「収穫なし、か」
始業式を終えてからも、みくると共に粗方調査を続けているものの、結局分からずじまいだ。
あんなにも逐一プリキットボイスメモで着信しているが、中々出ない。
中でも不可解なのが、着信が途切れるまでが異様に速いことだ。
──まさか、意図的に着信拒否をしているのか?
「なんか、嫌な天気ですね」
祥太もみくるも、進展がない状態に対するどことない不安が、曇った空模様のように心中に立ち込めていた。
「――うん?」
ふと、茂みからオレンジ色の髪が目に入る。
見慣れた髪色だ。まさか──不法侵入の類ではないだろうな?
「わっ!?」
ひょいっ。
祥太は茂みから両手を突っ込み、その肩をぬいぐるみのように持ち上げる。
祥太の腕力ならば、少女1人持ち上げるのも難しくない。
「あ、あんな!?」
「何してんの。しかもそれ高等部のだろ」
ジトっとした目で訊き出す。
今のあんなはみくるのとは異なる、高等部の制服を着ている。
背丈もいつもより数センチほど高かったり、髪もいつもより少しばかり伸びている辺り、恐らくプリキットでも使って変装したのだろう。
何にせよ、行方が分からなかったあんなを見つけ出せたのは幸運だ。
その中で、みくるは改めてあんなに問い質す。
「どうして連絡に出てくれなかったの、あんな。私も先生も心配したんだよ」
「調査中だったから。真理子さんの依頼で……」
「調査中って……もしかして、ひとりで依頼を引き受けた? なんで相談してくれなかったの?」
「2人共、学校だし。何か、悪いかなって……」
迷惑をかけたくなかったから、とあんなは答える。
だが、みくるはその答えに納得できなかった。確かに学業は大切だが、それと同じくらい探偵の仕事も大切なのだと訴える。
「1人で調査して上手く行かなかったら? 依頼人に迷惑がかかるでしょ?」
「っ……! みくる達だって依頼引き受けたじゃん!」
「ボイスメモで何度も連絡したぞ? ずっと出られないくらい調査に追い込まれてたってことか?」
「……そ、それこそ、調査が失敗したら真理子さんが悲しむと思ったから」
あんなの声は震えていたが、同時に反発的でもあった。
祥太は疑問に思ったから優しく聞いたつもりではいたのだが、その言葉がどこか追い詰めるようなものだったかもしれない。
「だからって、相談しない理由にはならないでしょ!?」
みくるの声が一段階強くなる。
普段は滅多に怒らない彼女が、感情を抑えきれなくなっていた。
「相談したら……止められると思ったからだよ!」
あんなも負けじと声を張る。
その目は潤んでいるのに、意地だけは強く残っていた。
「止めるよ! 危ないことしてたら当然でしょ!」
「ほら! やっぱりそうじゃん!」
「そうじゃん、じゃないよ! 私たちがどれだけ──」
二人の声が重なり、互いの言葉を押しつぶすようにぶつかり合う。
みくるの眉は吊り上がり、あんなは悔しさと不安で顔を赤くしていた。
空気が一気に熱を帯びる。
曇り空の下なのに、まるで湿度が跳ね上がったような息苦しさが漂った。
祥太は二人の間に流れる“嫌な予感”を察し、深く息を吸った。
「──はい、ストップ」
その声は大きくはないが、妙に通る。
二人とも、反射的に祥太のほうを見る。
「頭に血登りすぎだ。互いに感情をぶつけすぎて口喧嘩になってる。まずは──」
祥太が、二人の視線を受け止めながら言葉を続けようとした、その瞬間だった。
みくるの表情が、ふっと変わった。
怒りでも、困惑でもない。
“何かを見た”ような、鋭い集中の色。
「あ──」
「──小林?」
それに気づいた祥太が声をかけた瞬間──
「ごめん、行かないと!」
みくるは踵を返し、駆け出していた。
制服のスカートが風を切り、足音が校舎のほうへ遠ざかっていく。
「ちょっと、みくる!」
あんなが呼び止めるが、みくるは振り返らない。
まるで“何かに呼ばれた”かのような、迷いのない走りだった。
「……なにそれ。こっちが真剣に話してたのに、勝手に行っちゃうなんて」
あんなは頬をぷくっと膨らませる。
声には露骨な不満が滲んでいた。
さっきまでの口論の熱が冷めきらないまま、置いていかれた悔しさが混ざっている。
「話の途中なのに……」
あんなは地面をつま先で軽く蹴り、むすっとした顔でみくるの走り去った方向を睨んだ。
「……ったく。進展があったんだろうけど、タイミング悪すぎだな」
祥太はため息をつき、頭をかいたその時──
「ポチー!」
「ええっ、ポチタン!?」
あんなの隣で浮遊していたポチタンが突如声を上げた。
直後、あんなを引っ張ってみくるが走って行った方向へ飛んで行く。
その行動は、以前ニジーを追っていた時と同じ──。
「かなりデカい進展みたいだな……!」
遅れるように、祥太もあんな達の行く方向へ向かった。
〇
あんな達は道中にいたみくるの腕を掴んで強制連行させるなどして振り回していた後、ようやく動きを止めた。
息を切らした2人と遅れてやって来た祥太が目にした光景は、1人の女子生徒と我が校のシンボルであるツバメの銅像。
女子生徒を目にしたあんなが驚きの反応を示した。
「恵子さん!」
「あの人が?」
「うん、ロンドンに留学中で。朝、お姉さんの真理子さんが電話しても出なくて……」
恵子と呼ばれた女子生徒が不敵に微笑む。
その後、盛大に制服を脱ぎ捨て、隠していた姿を曝け出すた。
単刀直入に言うが、彼女は恵子ではない。
「ニジー!」
「探してる恵子さん、ロンドンにいるって言ってたけど、寝てたのかも!」
「どういうこと?」
「時差だよ。こっちが朝の8時だとしたら、4月のロンドンは夜中の12時。夜更かしなんかしてない限り、連絡はほぼ無理だろうな」
みくると祥太の説明に、あんなは納得する。これであんなの方の依頼は解決し、あとは報告するのみだろう。
ただ、みくるはあんなに物申したいご様子で──。
「私に話してくれればすぐに分かったのに!」
「さっき話そうとしたら、みくるが行っちゃったんでしょ!」
「しょうがないじゃない! 私も事件を追ってたんだからっ!」
再び、二人の声がぶつかり合ってしまった。
さっきまでの緊張がそのまま残っていたせいか、火種は一瞬で燃え上がる。
みくるは眉を吊り上げ、あんなは頬を膨らませて睨み返す。
互いに一歩も引く気配がない。
言い合いはまるでピンポンのラリーのようにテンポよく続き、
その横で、祥太は止める気も起きず、ただ半眼で眺めていた。
「ボクを除け者にしてヒートアップしないでもらいたいが……しかしまあ、彼女に変装したのは好都合と言ってもいいかな」
「何で恵子さんに変装したの?」
「留学した生徒を利用したのさ。彼女は海の向こう側にいるからね。思いがけず会う事なんて絶対にないだろ? お陰で昼夜問わず好きなだけ調べられたよ」
「何を調べてたの……?」
「この銅像をどう運ぶかさ。街で何を使えばこの大きな像を運べるのか、とにかく調べ、考えに考えた」
「考えに考えても、決めかねてたみたいだが?」
「ああ。でも……君のお陰で思い付いたよ」
ニジーの瞳に映るはみくるの顔。その視線で、みくるは何かを察した。
「嘘よ覆え! 出よ、ハンニンダー!」
マコトジュエルが眠るツバメの銅像に、黒いエネルギーが注がれハンニンダーへと変貌した。
『ハンニンダー!』
「ツバメさ。ツバメのようにして運べばいい。ツバメのように飛んで行けば、簡単に運ぶ事が出来る!」
ツバメの姿に模した2体のハンニンダーが、3人の前に立ちはだかる。
此処は学校の敷地内であり、早急に対処しなければ、被害は拡大しかねない。
「「オープン! ジュエルキュアウォッチ!」」
「「プリキュア! ウェイクアップタイム!」」
「どんな謎でもはなまる解決! 名探偵キュアアンサー!」
「重ねた推理で笑顔にジャンプ! 名探偵キュアミスティック!」
「「名探偵プリキュア!」」
「私の答え、見せてあげます!」
戦闘態勢に入った3人だが、ニジーは臆する様子を見せず、寧ろどこか余裕の表情だ。
「一気に2つもマコトジュエルが手に入るとは、まさに一石二鳥」
「渡さない! 幸せを運ぶと言われるツバメは、学校のシンボルなの! 生徒と先生達の思いの込もった像なの!」
「ふぅん、このボクにも幸せを運んでくれたようだね。ハンニンダー!」
ニジーの指示により、2体のハンニンダーが動き出す。
真正面から来るハンニンダーに対し、アンサーとミスティックは回避を試みる。
「「っ!?」」
だが、タイミング悪く2人が衝突してしまう。
予期せぬ事態に、ぶつかり合った後は互いに顔を見合わせた状態のまま硬直し、隙だらけの状態となっていた。
「「ハンニンダーッ!!」」
「くっ……!」
捕縛布でどうにか助け出そうとする祥太──ジャック・スパイダーだったが、飛翔により加速する2つの蹴りの方が僅かに速い。
2人は咄嗟に防御の姿勢を取ったが、強力な攻撃に耐えかねず地面に打ち付けられてしまう。
「見事だろう? 息の合ったハンニンダーの攻撃。それに比べて惨めだねぇ。キミたちはまるで足並みが揃ってない」
ニジーは余裕の表情で言い放つ。
負けじとアンサーとミスティックは立ち上がろうとするが、膨大なダメージに上手く体勢立て直せないでいる。
「像を、取り返すっ……!」
「……マコトジュエルを、取り返すっ!」
それでも、アンサーとミスティックは諦めていなかった。
今度こそ迎え撃つため、ジュエルキュアウォッチを構え、長針を『11』まで回していく。
「「これが、わたし達のアンサーだあぁ!!」」
地面を蹴り、2人のエネルギーがひとつになってハンニンダーに襲いかかる。
だが、その拳が届くことはなかった。
「「――なっ!?」」
2体のハンニンダーは、拳を軽々と受け止めた。
それにより、2人の輝きが虚しく散っていく。
仕返しとして繰り出した反撃が、彼女らを先ほどの地点へ吹っ飛ばす。
「そん、な……」
『ハン!』
『ニン!』
『ダー!!』
そして、追撃。
ハンニンダーはその隙を見逃さない。完全に戦闘不能となるまで、その攻撃が止まることはない。
だが、その2つの拳を、蜘蛛の糸が取り押さえる。
「この──っ!」
『ハンニン……ダァァー!?』
ジャック・スパイダーは捕縛布をもって2体のハンニンダーを持ち上げ、その頭部を衝突させる。
味方が犯してしまった事態を、今度は敵側にお見舞いする。
想定外のカウンター攻撃に崩れるハンニンダーだったが、それでもダメージは幾分軽いものだ。
『ハンニンダー!!』
──左右から迎え入れる立ち合いは、両者の立場を変動させない。
同時に無数の攻撃を繰り出すハンニンダーは一歩も引かず、隙を捕えようとするスパイダーは詰め寄ることが出来ず、
「近接攻撃が主体のキミじゃあ、こいつらを相手するのにデメリットが大きい。数の暴力で何とかなってしまうみたいだね」
「ちっ、んなもん……」
──自分でも分かってるからどうにかしようとしてるんだよ。
そんなことを呟きながら、数歩後退る。
何せ今は1対2のカードだ。
一度捌いてしまえば懐に入るのは容易いというのに、どうしてもそれができない。
「前にも言ったけれど、これ以上はやめておいた方がいい。現にそこの2人はもはや歯が立たない。名探偵プリキュアを失う前に、彼女たちを連れて引いた方が身のためだよ」
「……はっ。言いたい放題されちまってんな」
戦況は劣勢にある。
アンサーとミスティック、そして自分自身も本調子であったのなら、あのような怪物にこれほど苦戦する事はない、とスパイダーは唇を噛む。
「このままじゃ……そうだ」
その時、スパイダーの背後にいたアンサーが呟くと、必死に立ち上がり、見覚えのないルーペのようなものを掲げる。新たなプリキットだろうか。
「――オープンッ!」
──反応がない。
彼女の呼びかけに対し、プリキットは何も変化を起こさない。
「あれ……? オープン! オープン、オープン、オープン! そ、そんな……どうして……!?」
何度も、何度も呼び掛けても、プリキットは何も機能しない。
ジェットが機能しないものを渡してくるとは思えない。とすると、ソイツの使い方に問題があるのか。
『ハンニンダー!』
1体のハンニンダーが低空飛行で攻撃を仕掛ける。それにもう1体のハンニンダーが続く形勢。
前方のスパイダーを崩し、後方のアンサーとミスティックにトドメを刺そうという魂胆か。
「キミ達には、もう舞台に上がる資格がないのさ!」
──その時。
異変は起こった。
「ポチー!」
「ポチタン……?」
眩いピンク色の閃光──ポチタンから放たれている光が、ハンニンダーの行手を阻んだ。
「ポーチィー……」
ポチタンの光はハンニンダーを押し返す力と化している。
その力は増して、増して、また増していく。
「な、何だ!」
「ポチィィー!!」
そして、限界を迎えた力は光が収束するのと同時に前方のハンニンダーを突き飛ばし、後方のハンニンダーと衝突させた。
それを見たニジーは、先ほどの慢心とは打って変わって青ざめた表情を見せる。
「このままでは……! くっ、ハンニンダー!」
ニジーは素早く判断を下す。
慌てて満身創痍となった前方の片割れを手に取ったハンニンダーが、ニジーを乗せて飛び立っていく。
「マコトジュエルは二つも手に入れた。良しとしよう……さらばだ、名探偵の諸君!」
そんな負け惜しみを言い残して、ニジー達は空の彼方へと飛び去った。
捕縛布を投げつけようとしたスパイダーだったが、その時には何も届かないところまで行きついてしまっていた。
「ポ、ポチぃ……」
先ほどの力により全てを出し切り、その場に崩れていくポチタンを目の前にいた祥太がすぐさま受け止める。
「ポチタン!」
アンサーとミスティックが呼び掛けても、返事はない。
ぽつりぽつりと降り始めた雨が、やがて打ち付けられるような大雨に変わっていく。
そのせいか、ポチタンの身体が、それを抱える両手が冷たくなっていった。