アニメはようやっとアルカナ・シャドウお披露目だね、ヨカッタネ。
その劇場シアターは薄暗く、けれど少しばかり明るさも見えた。
数百人ものの観客を迎えられるであろう客席の多さ、そのキャパシティとは裏腹に座る者は誰1人もいない。
ただ、顔面と手足が靄で覆われていて素顔が見えず、それでいて正装を見に纏った、言わば奇形の怪人が客席周りを徘徊していた。
その上階──2階の特別席では、男女が舞台を見下ろす。
仮面で顔を覆った大男。
1人目とは違い、素顔を晒して堂々と座る大男。
アイスを黙々と食べる少女と、隣に寝転がる小さな妖精。
彼らの視線の先。
その中央に立つは、名探偵プリキュアと対立した怪盗ニジー。
「ミラージュの書を読み解くに、約束の刻まであと僅か……マコトジュエルを得ねばならぬのにこの失態」
「ウソノワール様、申し訳ありません。まさか名探偵プリキュアが現れるとは……」
場の空気が揺らいだ。
名探偵プリキュアはかつて消えた──いや、消したはずの存在。
何をもって再誕したのか、あるいは新たに生み出されたか。
「未来自由の書が、新たなマコトジュエルを示している」
「なら今回は、アゲが行くしかないっしょ!」
未来自由の書のパラリとページが捲られる音を聞いて、弾んだ声が響き渡る。
「アゲセーヌ、なぜお前が!」
ピンクがかったオレンジ色のハーフポニーテールに、ピンクのインナー、黒のミニスカートという服装。世間ではギャルと言われる容姿の彼女は、ニジーの失態を容赦なく突っ込む。
「アンタのギャルの変装? 超下手! あり得ない、チョベリバー!」
「聞き捨てならないな」
「また喧嘩などして……仲間同士でいけませんよ」
「放っておきなさい、ヘルダー。いつものことよ」
2人の喧嘩の静止を促すのは紫の妖精──マシュタン。
しかし、と不満の残るヘルダーだったが、仕方なく周囲と同じくその場を傍観する。
「ミラージュの書は、新たなマコトジュエルを示した」
「ニジーにお任せを!」
「ゆけ、アゲセーヌ!」
2度目は許されなかった。
もう一度と自分に任せて欲しいとウソノワールを促すも、指名したのはアゲセーヌ。肩を落とし、ニジーはアゲセーヌを恨めしく睨んだ。
「そ、そんな……ボクにチャンスを!」
「ライライサー!」
「「ライライサー!」」
抗議の念も虚しく、慈悲もなく一蹴して無理矢理この話を打ち切らせた。
ウソノワールの命とあらば受け入れるしか無く、ニジーが大人しく引き下がったことで、怪盗団ファントムは一時退散となった。
──トン、トン。
それぞれが己の道へと進む静寂のシアターの中、床を叩く足の音がヘルダーの鼓膜に強く響き渡る。
少女が怪人を呼び出す合図。ヘルダーはすぐさま反応し、少女の隣へワープする。
「どうかしましたか、アルカナ・シャドウ」
ヘルダーは問うが、少女は一向に話そうとしない。
怪人の顔を見つめながら黙々とアイスを食べ続けるばかり。
「気になってるみたいよ。名探偵プリキュアのこと」
「その姿を拝みに参ろうと?」
「うん」
ヘルダーは目を丸くする。
驚いた。少女とはそれほど付き合いは長くないが、アイス以外の物事には全くの無関心と思っていた。
名探偵プリキュアの何が、少女を駆り立てたと言うのか。
「……分かりました。では行きましょうか」
ヘルダーも、少しだけ興味が湧いた。
自身を円状の大きな黒い霧に変え、少女とマシュタンを包み込む。
ワープゲート──アゲセーヌが今向かった場所へといざなう、ヘルダーの能力。
少女は声も上げず表情も変えることなく、されるがままゲートに覆われていった。
◯
先ほどの何処となく息苦しかった住処とは一変。
外の世界は心地よい春風と、燦然と輝く陽の光によって安らぎを覚えさせてくれる。
建物の屋上。
そこからの景色を無心で眺めていると、マシュタンが毛繕いをしながらヘルダーの顔を見て薄らと笑みを浮かべていた。
「──相変わらず器用で不気味な能力ね。元から人の姿を成していないから、不気味なのは当然だけれど」
「……知っていたのですか、マシュタン。そう、ワタシのこの身体は物心がついた時には滅んでいる。貴女方のように、とても日の下に出られる身体ではありません」
自身の脆さに、皮肉に嗤ってみせる。
それでも、漆黒を纏った怪人は何不自由なく太陽に照らされている。その光景は、紛れもなく異常だ。
「なら、日陰に隠れていたら? 用が済んだらすぐにそっちに行くわ」
「いえ、ワタシは怪盗団ファントムのお目付け役。アルカナ・シャドウが怪盗団の一員である限り、暇をいただくなど出来ません」
それからしばらく、沈黙の時間が続く。
ヘルダーは呆然と時が来るのを、何も動じずに待つ。その隣で、少女はいつしか買い込んだアイスを淡々と食べ続ける。
そんな彼女が見つめるは曲がり角のある方向。
その数秒後、アゲセーヌが戻ってきた。アゲセーヌはこちらに気付くと、自然な流れで悪態を吐く。
「アンタ達、何で来たし!?」
「ウソノワールからの言伝です。『奴らを倒して華麗に盗め』」
「だって。よろしく」
「はぁ? 何それ!」
文句を言われても、少女達は野次馬目的だけでここにいるわけではない。
ウソノワールが送ってきた伝言──と言うも、いつも彼が口にする台詞を定型文のように告げただけだが、それを伝えることも目的の1つだった。
その目的が果たせたならば、そそくさとこの場から離れて行く。いや、離れなければならない。
「「あ、いた!」」
──これから対峙する名探偵プリキュアに、我々を悟らせるわけにはいかないのだから。
○
「~~っ! 超ムカつく!!」
結局、アゲセーヌと名探偵プリキュアの交戦は、名探偵プリキュアの勝利で終わった。
彼女がマコトジュエルを使って喚び出したハンニンダーは呆気なくやられ、断末魔と共に浄化されていった。
あれだけ意気込んでいたアゲセーヌも、結局はニジーの二の舞でしかなかったのだ。
とはいえ、ヘルダー達は落胆しない。
大方、こうなることは予想できた。アゲセーヌにとって名探偵プリキュアと初対戦であったこともそうだが、怪盗団ファントムは彼女らのことを少々力を甘く見ているのかもしれないと思ったからだ。
何と言っても、名探偵プリキュアの隣にはファントムにとって宿敵の彼がいる。
"ジャック・スパイダー"。長く束ねた黒髪に無精髭という清潔感のないくたびれた姿の男を、これまで強敵として長く受け入れてきた。
アゲセーヌも伊達に怪盗をやっているわけではないのだが、そんな彼女を一度は捕縛するほど、彼の実力は厄介である。
「やはり彼の名は健在のようですね。ワタシも一戦交えたことがありますが、かなり手強い相手でした」
「……そっちは別に興味ない」
ヘルダーがジャック・スパイダーを語るも、少女は彼に見向きもせず……それどころか若干不満そうな声音と表情で、軽くあしらう。
少女の視線はたった2人、キュアアンサー、キュアミスティックと言ったか。
「プリキュア、ね……」
最後の一口。
アイスのコーンをひょいと口に含み、プリキュアから視線を外す。
その行動を以って、少女達は再びワープゲートの底へと消えていった。