この度、キュアット探偵事務所はあんなとみくるの手によってリニューアルした。
『インテリアならそっちで勝手にやってくれ。俺はそういうの分からん』
そんなことを言って、露骨に関わらなかった祥太は事務所の変わりように目を丸くした。
具体的にどこがどう変わったのか、内装的な話は丸ごと変わっているおかげで多くは語れないが、以前の陰気くさい雰囲気から華やかなものへと急変していた。
そんな探偵事務所に、今後は依頼人を招き入れる方針へと進めた。
マコトジュエルを手に入れ、あんなを元の時代へ返すため、よりアクティブな活動をするためのものだ。
ただ、──
「あーもう、何もなくてどうにかなりそうだよ!」
事務所を忙しなく動き回り、中々依頼が来ないことに不満を連ねるみくる。
「折角探偵事務所を開いたのに、依頼人が来ないの!」
「あのなー、それだけ平和って事だろ?」
ジェットの言う通り、平和が訪れていることに越したことはない。
それに、人を招き出してから時間もあまり経っていないおかげか、まだこのキュアット探偵事務所が周囲に浸透していないのかもしれない。
それにしても、今のみくるの言動は何処かで時間が起きてくれないかと発言しているのと同義に思えるが。
──ドタバタ、と。
その矢先、外から慌ただしい足音が聞こえ、それが段々と近づいてくるのを、祥太は聞き逃さなかった。
「た、助けてー!」
やがてこの部屋の扉が大きな音を立てて開かれ、1人の男が血相を変えて飛び出してきた。
「「……え、えぇ!?」」
突然の依頼者の登場に、あんなとみくるはその場で慌てふためく。
依頼人をどうもてなすべきか、更に忙しなく動いている中、祥太はお茶が入った湯呑みをとんとテーブルに置き、みくる達に機嫌の悪い表情を見せる。
「……喧しい」
◯
あんなとみくるは、その一声でようやく落ち着きを取り戻す。
改めて依頼人と対面し、名刺を渡しながら訪ねてきた理由を訊き出す。
「「で、どうしました?」」
「お前ら……」
依頼人が困っていると言うのに期待の眼差しを向ける2人に、祥太は頭を抱える。
「僕は小松崎純一。それでなんですが、バッグの中身がりんごとじゃがいもになっちゃって……」
訳の分からないことを言われ、は?と口に出してしまいそうになるが、純一の言うことに偽りはない。
彼が持つバッグの中身は、幾つものりんごやじゃがいも。それだけなく、他にも玉ねぎ、食パン1枚にエプロンが入っていた。
「元々バッグには何が入ってたんですか?」
「漫画の原稿と着替え」
中身が全く違う。
思いつく手立てはいくつか散見されるが、それにしたって事象が不自然すぎる。
「それで、原稿が無いって気が付いたのは何処ですか?」
「た、探偵事務所の前です……」
「「じ、事務所の前⁉︎」」
「はい。まさか、バッグの中身が変わるなんて……」
「あの、それ……」
純一の発言に祥太は反応し、意見を出す。
大事な物が入っているバッグなど、普通なら肌身離さず持っているはず。
それなのに、自身が気付くことなく中身をすり替えられた。
この場合、考えうる限りは可能性はいくつかに絞られる。
「バッグごと入れ替わったという線はどうです?」
「まさか。間違いなく僕の……あれ? なんか汚れてる」
よく見ると、バッグの底の部分がオレンジ色で汚れている。
自分のバッグだと言い張る辺り、見た目自体は同一のバッグのようだ。
「汚れているなら、どっかで落としたとか?」
「そういえば駅前で!」
◯
純一の記憶を頼りに、祥太達は駅前の公園へと訪れる。
小さな公園の割に、駅前ということもあってかそれなりに人の通りが多い。長いベンチも置かれており、ここで一休みする人も少なくなさそうだ。
「ここで向こうから走って来た人とぶつかって、バッグを落としたんだ。その時にバッグが入れ替わったのかな」
「ぶつかった人はどんな人でした?」
「うーん、覚えてないな……」
「男性か女性かも判らない?」
「あはは、はい……」
容姿、顔立ちだけでなく、性別さえも分からないとなると、推理しようにも困難を極める。どれだけ落ち着きがなかったんだと呆れるほどだが、覚えていない以上仕方がない。
「そのバッグ、さっき同じのを持ってる人が来たよ。間違えて持って行ったお兄さんを探してた」
するとその時、ベンチの塗装作業をしていた初老の男性がこちらに話してきた。
丁度いい助け舟だ。目撃者がいてくれるとバッグがすり替えられた信ぴょう性も増す。
「えっと、若い女の人で、こんな眼鏡で、髪型はこーんな感じで……」
男性の証言を元に、みくるはせこせことプリキットブックに何かを描き込んでいく。
何してんだ、と訊き出したくなった祥太だったが、恐らく人相を似顔絵で表そうとしているのだろうと悟り、引っ込めた。
人相を表現するのは、探偵として1つの手法である。
「出来た! ずばり、この人ですね!?」
完成された似顔絵を自慢げに見せる。
──小林みくるの画伯は、自然と頭を抱えるほどだ。
そもそも男性の漠然とした証言であまり伝わらないのに、それで分かった気になって描いていた時点で何となく察することはできたが、これで相手に伝わるわけが──。
「おぉ! 彼女だ!」
「「えぇ……?」」
ぴったりとハマったらしい。
この2人は偶然にも似た物同士なのかもしれない。
「……明智君、絵描きは得意か?」
「え、いやぁ、あんまり自信は……」
「世の中には天賦の才って言葉がある。あれじゃあ小林は見込みないから、次から君が描いてね」
「意義あり! いくらなんでも酷いと思います先生ッ!!」
何にせよ、事は上手く運べたようだ。
このまま行けば、時間は綺麗に解決に終われる──のだが。
「情報なしだね」
「はぁ、もう無理なのかなぁ……」
完全に行き詰まった。
似顔絵を頼りにすれ違う人々に尋ねてみたが、どれもこれも空振りで終わってしまう。
そのダメージがじわじわと来たのか、純一はついに弱ってしまった。
「大丈夫! 必ず見つけてみせますから!」
あんなが純一を勇気付けようとするのを横目に、祥太はポケットから一枚の紙を手に取る。
捜査の道中で貰った、絵画教室の生徒募集の内容が書かれたビラ。
ビラ配りの人があまりに推してくるものだからつい貰ってしまったのだが、これを機にみくるを絵画を習わせるかと何故か母親目線で語る祥太だった。
「見つけたぜ、紫の包み!」
その時、祥太達の前に1人の大男が声を荒げて現れた。
突然の登場に、祥太を除いた者達は戸惑いを隠せない。
「歌舞伎役者、なわけないよな……お前も怪盗団ファントムの1人か」
「ご明察だ、ジャック・スパイダー。そのバッグ……いや、マコトジュエルを置いて行って貰おうか!」
「っ、漫画の原稿が入ったバッグを見つけるの!」
「だから絶対渡さない!」
「熱いねぇ、熱くて茹で上がっちまいそうだ」
バッグは渡すものかと立ち塞がるあんなとみくるを、大男は扇子で煽っていく。
「だが、相手が悪かったな!」
そして、その扇子を使って目を覆ってしまうほどの突風を巻き起こす。
どこからか飛んできた桜の花びらで視界を遮られる、対象の安否すらも確認させてくれない。
「フン、頂いていくぜ!」
その僅かな隙を突かれ、純一が持っていたバッグを手にして大男は逃走を図る。
恐らく狭い路地裏などに逃げ込むつもりだろう。簡単に逃がすわけにはいかないと、3人は腰に備えたジェットの発明品に手を取る。
「オープン! プリキットライト!」
「こうやって、好きなものを光で描くと形になる!」
みくるが早速使用して、発明品の性質を魅せる。
みくるが描いた光の絵が実物となってその場に現れた。
「ピーナッツ!?」
「ビーンズだろ」
「トランポリンです!」
「そっか!」
ここまで歪な形のトランポリンを見たことはないが、みくるがそう言うのならそれはまさしくトランポリン。やはり画力というものには限界がある。
「早く追いかけるぞ」
「「はい!!」」
祥太の指示に強く頷き、3人は純一を置いていく形で大男の跡を追った。