「怪盗が何で僕の原稿を!?」
祥太達が大男──ゴウエモンと名乗ったか。
彼奴の跡を追ってから数分後、一悶着を終えた3人は純一のところへ戻り、そこで起きたことを説明する。
まず、奪われたバッグはすぐに返してもらった。
マコトジュエルが宿っているのはバッグではなく、バッグの中に入っていた漫画の原稿だと嗅ぎ取られた。
それにより、どちらが先にマコトジュエルを手に入れるか競争、と言う話になり、ゴウエモンは祥太達の前から退散した。
恐らく、ゴウエモンは今、マコトジュエルが宿る漫画の原稿を探していることだろう。
「原稿は渡しません。私達が先に見つけます!」
奪われる前に、取り返す。
そう決意するあんな達の一方で、純一は肩を落として俯いたまま。
「もう、いいよ……」
「え?」
「僕は皆を笑顔にしたくて漫画を描いているんだ。なのに、僕の漫画のせいで探偵さんが危ない目に遭うなんて嫌だよ!」
祥太はあんなとみくるに目をやる。
言い分は概ね理解できる。いくら探偵とはいえ、実態は自分より幼い中学生の少女2人。
顧問という立場はいるものの、探偵が主体の中では、やはりこの2人が怪盗に立ち向かわなければならない。
純一はその状況を見ていられないのだろう。
「それは私達も同じだよ!」
その苦しみの言葉は、当人に伝わっている。
伝わっているからこそ、それを無駄にせず、それでもどうにか説得して理解してもらう必要がある。
「探偵も困っている人を笑顔にしたいの!」
「純一が漫画で皆を笑顔にしたいという気持ちと同じくらいに!」
「だから、受けた依頼は必ずはなまるに解決します! 私達名探偵に任せて下さい!」
そう言うと、あんな達は気を取り直して、無くなった漫画の原稿を探しに走り出す。
「上手いこと言い包められたのに満足そうですね」
そう皮肉めいた言い方で純一に声をかける祥太。
「まあ不安はあるけど、ああ言われると何も言い返せないなって」
「安心してください。俺が顧問として見ておきますし、身の危険を感じたらすぐに安全確保に回ります。それまでは、アイツらに賭けてみてください」
祥太は軽く手を振って、あんな達の跡を追った。
〇
「んで、目星はついてんのか?」
祥太の問いに、2人は首を傾げる。
やはりそこまでには至っていないか。答えを導くにも情報が少々足りない。
「バッグの中身はりんご、じゃがいも、玉ねぎ、パン、それにエプロンだよね?」
「つまり、レストランとか食べ物屋さんの人かな?」
とはいえ、周りにはそういったお店がずらりと並んでいる。
片っ端から捜査なんてすれば日が暮れることは目に見えている。
「あ、カレーだよ! りんごを入れると味がまろやかになるんだって!」
あんなが指で示す方向にあるは、カレーハウスの看板が目立つ大きなカレー屋。
そこまで簡単な話ではないとは思うが、現時点で進展がない以上、当たって砕けろの精神で進んで見るしかなかった。
「うーん、知らないなぁ……」
そうしてカレー屋の店長に似顔絵を見せるが、間もなく首を振られてしまう。
「カレー屋さんだと思ったのに……」
「だったら他のお店……あっ、そうだ!」
みくるはバッグからエプロンを取り出して広げる。
「このエプロン、見覚えありませんか?」
「……ん、ちょっと待って! これ、ケチャップの染みじゃない?」
「ケチャップ!?」
よく見ると、胸元に赤い染みがべったりと付いている。
ただ、ケチャップと言うには少々茶色がかっているようにも見える。
「……いや、ちょっと違うな。コイツはケチャップじゃない」
試しにエプロンの匂いを嗅ぐ。
──特段、匂いは感じない。強いて言うならば、ビニールっぽい匂いを疑うほど僅かに漂う程度。
ケチャップは通常、トマトを原料として作られており、トマト特有の香りに鉄分の匂いが混じったような香りが漂うことが多いのだが、今回はその香りを感じられなかった。
「それに俺も今までちゃんと見てなかったんだが、よく見たらじゃがいもと玉ねぎに芽が出てるし、りんごも色合い的に取れたて新鮮なヤツじゃなさそうだ。こんな食材を使うようものなら、誰も食いに来なくなるだろうな」
「そんな……」
あんな達は落胆する。
これまでの進展は進まないどころか、祥太にバッサリと断ち切られたことで振り出しに戻ってしまった。
とはいえ、祥太は意地悪で振り出しに戻したわけではない。
斯く言う彼も、答えを導き出せていないのだ。祥太にとっても今回は少々厄介な謎解きである。
「行き詰まったら始めから考える。これ、探偵の鉄則」
そう話すみくる達の後ろで、祥太は先ほど貰った絵画教室のビラをもう一度見つめる。
「……嗚呼、そういう」
小松崎純一は、駅前の公園で女性とぶつかってバッグを落とした──と思い込んでいた。
「落として汚れたのかと思ったけど、アスファルトだよ?」
あんなの言う通り、我々はそこで勘違いをしていたのだ。
道路の舗装や防水に使われるアスファルトでは、泥や水たまりなど起こるはずもない。
そもそも、バッグに赤茶色の染みが付着している時点で疑問を持つべきだった。
「ポチイィィィ!」
「あ、ポチタン!ペンキ塗り立てだって!」
付近には青いベンチがある。
塗装作業をしていた初老の男性によって、ペンキで青く塗られたベンチだ。
今、そのベンチにポチタンが触れ、あんなが即座にハンカチでその手を拭こうとする。
「もう、ちゃんと落ちるかな……」
バッグとエプロンの胸元には同じような染みが付着している。
ケチャップ特有の匂いはなく、殆ど無臭だった。
バッグの中に入っていた食材は、とても料理に出せるものではない。
であれば、食材の用途は料理ではなく、また別の何かだ。
その何かとは──祥太の持つビラが、ようやく教えてくれた。
「明智君、小林。これ見てみろ」
みくるにビラを渡す。
「さっきの絵画教室のチラシですよね……?」
「「……あっ」」
絵画教室で何を使われているのか、それらがどのように使われているのか。
祥太はそれに気付けたことでようやく答えに辿り着けたのだが、2人もここで辿り着けたようだ。
「「見えた!これが、答えだ!」」
あんなとみくるの声が重なる。
その姿を見て、祥太は思わずにやけた笑みを浮かべた。
「……俺達はとんだ遠回りをしてたみたいだな」
○
絵画教室、アトリエプレンティ。
推理が間違っていなければ、この施設に純一のバッグがあるはず。それを祈って、インターホンを押す。
「間違いない! この人だ!」
「あっ、私のバッグ!」
扉を開けた女性を見たみくるが、似顔絵と見比べて一致を断定する。
その画伯で自信を持てるのが不思議でならないが、女性がこちらのバッグに反応したことで本当に間違いないと確信する。
女性に案内がされるがままに奥の部屋と足を運ぶ。
そこで最初に目にしたのは、窓際に置かれたバッグ。
「あれって、純一さんのバッグ!」
「そっくり! 間違えても仕方ないね!」
「皆さん、よくここだって分かりましたね」
時間はかかってしまったが、ようやくこの事件の真相が分かった。
まず、バッグの染みはペンキでエプロンの染みは絵の具。落としたことによる汚れやケチャップなどではない。
そして、バッグの中に入っていた食材は料理としては不適切だが、デッサンの練習には適している。
「この生徒募集の紙を貰ってなかったらどうなっていたか、って感じではいましたがね」
「それでも、本当によく分かりましたね」
「「私達、名探偵ですから!」」
これで事件の謎は掴み、純一のバッグを取り戻すことができた。
「──ほぅ、中々面白い漫画だ」
などと安心したのも束の間、窓から手を伸ばし、バッグから純一の漫画の原稿だけを抜き取ったゴウエモンと鉢合わせしてしまう。
「いただいていくぞ!」
原稿だけを手に取ったまま、怪盗は逃走。
隙を逃さず、祥太達は後を追っていく。
即座に三手に分かれて追いかける。
祥太が真正面で屋上を駆け上がるゴウエモンを追い、あんなとみくるが狭い道で挟み撃ちにするように誘導する。
「おっと……!」
「逃がすか!」
手に取った布を相手の腰に引っ掛けて持ち上げ、共に路地裏へと落下する。
屋上から地上まで、想定よりも距離があったために衝撃で膝を強打してしまう。その痛みに耐えながらも、ゴウエモンを捕縛した布から手を離さないでいた。
「流石に貴様相手の鬼ごっこじゃ分が悪いな、ジャック・スパイダー」
「……ったく、いつすり抜けたんだよ」
祥太が持つのはくたびれた布ただ一枚。
身体を起こすゴウエモンの腰に巻き付けた布の跡はなく、落下する際に上手く解放したようだ。
相変わらずタコみたいで気色悪い、とぼやく祥太の正面と背後に、2人はようやく辿り着く。
「やっと追い付いた!」
「何故、絵画教室に原稿があるって分かったの?」
「パンだよ」
「パン?」
「ああ、新人が気付いたんだ。パンは消しゴム代わりにもなれるってな」
そういえば、と祥太はふと思い返す。
学生の頃の何気ない記憶。
同級生が授業中、持参していた食パンをちぎって鉛筆で書いた文字を消していたのを教師に食べ物を粗末にするな、などと激怒されたのを思い出した。
「あれ、そういう意味だったのか。知らなかった」
それにしても、怪盗団にそんな頭の切れた新人が来たんだな、と祥太は感心する。
「このオレに追い付いたご褒美をやろう」
「褒美とか別にいらんから、早くその原稿返せ」
「おう、倍にして返してやるよ」
皮肉を込めて原稿の奪還をねだったのだが、ただで返してくれるほど甘い話ではないのは目に見えていた。
「ウソよ覆え! 来やがれ、ハンニンダー!」
扇子を振り、舞い散る花吹雪が漫画の原稿にあるマコトジュエルを侵食し、マコトジュエルを黒く染めていく。
邪悪な力により、原稿の姿形がハンニンダーへと変貌した。
ならば、ソレを更に倍にして返してやろう。
「「オープン! ジュエルキュアウォッチ!」」
「「プリキュア! ウェイクアップタイム!」」
「どんな謎でもはなまる解決! 名探偵キュアアンサー!」
「重ねた推理で笑顔にジャンプ! 名探偵キュアミスティック!」
「「名探偵プリキュア!」」
「わたしの答え、見せてあげます!」
先手を取ったハンニンダーが、握りしめた拳を容赦なく振るう。
跳びかかって襲い掛かってきた拳を、アンサー達は難なく躱していく。
『THUMP!!』
「っ、んだこれ……!」
衝撃波と共に出された吹き出しの文字が、こちらへの追撃を図る。
どうにかこちらも回避し、相手に接近したアンサーとミスティックが息の合った同時攻撃を繰り出すも、ハンニンダーは両腕で抑え、跳ね返す。
『POW!!』
「くぅっ……!」
2人は体勢を立て直すも、まるでダメージを与えられていないことに奥歯を噛みしめる。
「天晴れだ! これがハンニンダーか。流石はウソノワール様から授かった力だ」
「ウソノワール?」
「怪盗団ファントムの親玉、だっけか」
ハンニンダーを生み出す技術は、全てウソノワールの手によるものだという。
ニジーも以前同じようなことを言っていた辺り、そこに嘘偽りはないのだろう。
「マコトジュエルはウソノワール様の為に持ち帰る。だから、お前達には消えてもらう!」
ハンニンダーは再び拳を振り下ろす。
『BAM!』
衝撃波で出された吹き出しが大玉となって地面を転がっていく。
跳び上がって避けてからも大玉は転がり、奥のビルへと激突する。
その轟音が、当たってしまえばとてつもない威力で吹き飛んでいたことを悟らせる。
「人を楽しませたいっていう純一さんの漫画を、こんなことに使うなんて!」
「知ったことか! ウソノワール様がお喜びになれば、それでいい!」
『ZAAP!』
ハンニンダーが溜めていたエネルギー波が、ミスティック目掛けて放たれる。
高出力の光線に避ける素振りを見せず、焦ることなくジュエルキュアウォッチを構えて長針を動かした。
「ミスティックリフレクション!」
長方形を描いて形成したバリアで、光線を受け止めて弾いた。
これまでの2度の戦いでは見ることのなかった光景に、ジャック・スパイダーは思わず目を見開く。
「アイツ、いつの間に技なんか……!」
──驚くのはまだ早い。
今度はアンサーが、ミスティックと同じ動作でジュエルキュアウォッチを構え、長針を動かす。
「アンサーアタック!」
溜め込んだ力を握った拳に集中させ、ハンニンダー目掛けて繰り出す。
『WHAM!』
力を込めた一撃がハンニンダーの体を吹き飛ばし、近くの建物へクラッシュさせた。
「キュアアンサーもかよ……だが、勝機は見えた!」
建物と激突した衝撃で目を回すハンニンダーを逃さず、スパイダーは帯状の布でその身体を捕縛し、身動きを封じる。
これでトドメは、必中となる──!
「漫画の原稿と」
「純一さんの笑顔を」
「「取り戻すんだ!!」」
2人はジュエルキュアウォッチを翳し、エネルギーを充填する。
「「これが、わたし達のアンサーだ!!」」
地面を蹴り、2人のエネルギーがひとつになってハンニンダーに襲いかかる。
威力が減ることなくそのままの力で貫き、ハンニンダーはマコトジュエル、漫画の原稿と分離し浄化していく。
これで、事件は幕引きとなった。
「「キュアット解決!」」
「ふっ、俺も楽しませてもらったぞ! また相まみえよう!」
○
「ありがとう、探偵さーん!!」
キュアット探偵事務所に戻り、純一に漫画の原稿とバッグを渡す。
部屋中いっぱいに響く感激の声。
大切な物を取り返してくれたことに喜ぶ姿は、じんわりと胸の奥を温かくさせてくれる。
「ん? ジュンジュン・コマッツ?」
「あ、うん! 僕のペンネーム!」
照れくさそうに答える純一のペンネームを見つめ、何かを思い出したようにあんなは突然立ち上がる。
「あ、ああ……あの! あのジュンジュン・コマッツ先生!?」
「知ってるの?」
「うん! 先生の漫画、大好きなの! 純一さん、将来有名な漫画家さんになるよ!」
「っ」
あんなの言葉に、祥太は飲んでいたほうじ茶を吹き出しそうになる。
遥か未来から来た未来人とはいえ、大人が占い師の風貌もないただの女子中学生に将来のことを伝えられる光景は、何とも異質でじわじわと笑いを誘ってくれる。
「え、本当!? それって名探偵さんの推理?」
「推理じゃなくて分かってるの! なんて説明していいのか……うーん」
「そんなすごい漫画家さんの作品なら、私も読みたい!」
「ボクも読む!読みたい!」
「待って!私が先だって!」
少女2人はともかく、ジェットまで前のめりになるとは。
誰が最初に読むかで段々と騒がしくなってきたところで、祥太が咳ばらいを1つして場の空気を一蹴する。
「先が見えんから俺が順番を決めるぞ。まずは俺が子供が読んでもいい健全な漫画かを査定してやる」
「さりげなく大人の権利使って先に読もうとするな!」
「それの何が悪い。ジェット君だって222歳なんだから使えばいいだろ。そもそも222歳って小さい文字読めるのかよ」
「年寄り扱いするなよ! 普段子供扱いするくせに変に年齢いじりしやがって……もういい、こうなったらジャンケンで決めるぞっ!!」
こうしてあんな、みくる、ジェット、祥太の4人は円を作り、手を差し出す。
──何度も何度もあいこが続き、純一そっちのけで場の空気が盛り上がっていったのはここだけの話。
○
プリキュア達が事件を解決してこの場を撤退した直後。
路地裏近くの屋上で、少女はアイスのコーンを最後の一口として食べ尽くした。
「楽しめましたか? アルカナ・シャドウ」
そんな少女の前に姿を現したのは、奇形の怪人──シャドウ・ヘルダー。
その姿を以ってしても、少女は驚きの声を1つも上げることはない。
「……別に」
「ゴウエモンがマコトジュエルを奪うまで行き着いたのは、間違いなく貴女の推理があってこそのもの。流石、期待の新人と称されていただけのことはあります」
ヘルダーが恭しく頭を垂れる。
だが、少女はその賛辞を受け取るでもなく、ただ夕風に揺れる髪を押さえた。
「貴女に依頼をしておいてよかった。どうかその推理力で、
ヘルダーのお願い事にも、少女はどこ吹く風。
怪人に見向きもせず、沈んでいく夕陽をただ眺めるだけ。
その会話に、妖精マシュタンが不満そうな表情を浮かべて介入した。
「あまりこの子を困らせないでちょうだい。推理してもらうのもいいけれど、自分の身体なんだから自分で解決できるようにしておきなさい」
「承知の上ですよ。私とて、早く持ち主に返してあげたいですからね」
ヘルダーは不敵な笑い声をこぼしつつ、少女達をワープゲートへいざなう。
他の人間がどこへ向かっていくのかなど分かるはずもなく、何処か別の場所へと行方をくらましていった。