探偵と疫病神 〜異能蔓延る世界にて、されど探偵は悪と踊る〜   作:Haganed

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 英里さんに助力を乞うことに成功し、三上家をあとにして昼食の時間になった頃、食事中に携帯に疫病神からの着信が入る。しかめ面になっているのを実感しながら、着信に出て携帯を耳に当てた。

 

 

「用件はなんだ疫病神」

 

『迎えに来テー』

 

「テメェがこっち来い。切るぞ」

 

『あー待って待って用件あるかラ。まったくもー、いつもプリプリしてボク困っちゃウ』

 

 

 誰のせいか自分の胸を当ててよーく考えてみろ。と言おうとして、コイツ(疫病神)には全く通じない事実を不意に思い出し、バカデカい溜め息が出る。

 

 

『もー、そんな溜め息しちゃったら幸せ逃げちゃうゼ?』

 

「誰のせいだと……あーもういい。それより迎えってどういう意味だ、そうする必要でもなけりゃ行くつもりはねぇぞ」

 

『そーする必要があるから迎えに来てって話なノ。実は彼女の件で1つ解決策を思いついてネ』

 

 

 嫌な予感しかしねぇ……。確かに、コイツの作戦そのものに助けられた事は何度もある。おかげで証言やら証拠やら色々と確保できたんで、探偵業をする上では助かっているのは事実だ。

 

 だが同時に、コイツの提案する作戦は大分糞だ。人を徹底的に追い詰めてナンボの精神をしてるせいで、今までの全てがネタ抜きで人の心が無い。そして今のところ俺の頭の中には、彼女を呼び出して証拠と証言を得る方法を思いついていない。最悪だ。

 

 

「……ひとまず、その策について教えろ」

 

『いいよン。先ずはね──』

 

 

 そこから疫病神による作戦内容の説明が始まった。最初からフルスロットルで糞のような話が展開され、聞き終わるのに然程時間は掛からなかったが、俺の精神的コンディションは一気に下落している。

 

 言いたいことは山程あるが、言えたのは悪態だけだった。

 

 

「糞外道。死ね」

 

『いぇーイ』

 

「犬のウンコ踏んで足滑らせて糞まみれになりながら転んで死んでくれ」

 

『んもー、そんなに褒めても100万円しか出せないヨ! じゃあこの作戦の準備したいから、早く迎えに来てネ!』

 

 

 通話が切られる。元の画面に戻った携帯を眺めて机にそれを置いたあと、さっきと同じほどのデカイ溜め息を吐き出し、食事をさっさと終えて東京に帰ることにした。

 

 

 

━━━━━

 

 

 

 5月21日 山梨県某所アパートにて

 

 アパートの一室のチャイムが鳴らされる。扉1枚を隔てた先に居る部屋の主の足音が近付き、住人と来訪者の対面が開始した。

 

 扉をおそるおそる開けて、覗き込むようにして猫の顔が現れる。スフィンクスという猫種の特徴を有した異形(デミ)の住人の眼前には、どこか不気味な雰囲気を漂わせている中年の警察官2人が立っていた。

 

 

「おはようございます。ワタクシ、O交番の深沢というものです。少々お時間いただけますか?」

 

「はぁ……まぁ、いいですけど」

 

 

 警官が手帳を見せながら尋ねたためか、面倒そうな表情をしているものの拒否をする様子は無い彼女に、深沢と名乗った警官は一礼して話を進める。

 

 

「ありがとうございます。実はですね、この辺りで不審な人物を目撃したとの情報が入りまして。こちらに似顔絵があるので、ご存じかどうか確認していただけますか?」

 

「似顔絵……?」

 

 

 警官がポケットから折り畳まれた紙を広げ、それを見せた。

 

 猫の異形の目が一気に丸くなる。

 

 

「どうもこの辺りで違法薬物取引を行っている女性なのですが、何かご存知ないですか?」

 

「いえっ? なにも?」

 

 

 声が上寧った。

 

 

「も、もういいですか? ちょっと、急にお腹が」

 

「あ、お手数おかけしました。不審な人物を見かけたら110ば」

 

 

 警官の台詞が終わる前に彼女は扉を閉じ、2人の足音と気配が遠ざかったのを確認して、その場に力なく座る。

 

 僅かに落ち着いた頃に、ようやく彼女は部屋に戻ったかと思えば、化粧台の収納スペースから、錠剤の入ったビンを取り出して、震える声で小さく呟いた。

 

 

「なんでなんでなんでなんで私そんなことしてない絶対ありえないそうだよねかそんなことしたことないもんありえるわけがないまさかあの先生が告げ口をした絶対そうに違いないだとしたら私は──」

 

 焦燥に狩られること1分以上。息が辛くなってきた所で深呼吸を行った彼女は、その手に持った錠剤入りのビンを見ながら考えた。考えに考えた結果として、 今日使うのを最後にして、ゴミと共に捨てることを選んだ。

 

 彼女が錠剤を10粒服用する。すると目に見える速さで、彼女の肉体に変化が訪れた。みるみるうちに猫の特徴を有した肉体は普通の人間のものになっていき、顔からも猫の特徴は消え普通の人間のように変わった。あの似顔絵と同じ顔へと。

 

 変化した彼女は服を着替え、帽子を深く被り、外に誰か居ないかおそるおそる確認したあと、急ぎ足で外へと出かける。

 

 県外に出るまで自身の顔を隠し、東京に着いたタイミングで幅子を外して最後の日を楽しんだ。しかし彼女の頭の中では、遊んでいる時も、食べている時も、ナンパされていた時も、あの錠剤を捨てることを惜しんでいる。

 

 ()()は正しく、彼女にとって救い以外の何者でも無かったから。

 

 やがて日も暮れて、行きと同様に目深に幅子を被りながらアパートに帰宅する。部屋に戻って服を着替えていると、チャイムが鳴った。来訪者を確認するため覗き穴をのぞく。

 

 

「ひッ」

 

 

 咄嗟に仰け反り、2歩下がる。

 

 この扉1枚を隔てた先に、 あの時の警官が居たのだ。

 

 もう一度、チャイムが鳴った、客人の来訪を告げる音が彼女の恐怖を助長する。僅かな間を置いて、今度は3回のノック音が部屋に響いた。

 

 

「すみませーん、O交番の深沢です。少々お話がありまして」

 

 

 口を押さえて、息を殺そうと試みる。心拍は振れ幅の小さいメトロノームのように動き、額から脂汗が出ていた。続けて、3回ノックされた。

 

 

「すいませーん」

 

 

 コンコンコン、扉が叩かれた。

 

 

「すいませーん」

 

 

 ドンドンドン、扉が叩かれた。

 

 

「すいませーン」

 

「ち、ちょっと待ってください! 今、着替え中で!」

 

 

 咄嗟にそう返事をした途端、扉のノック音は消え去り、外に居る警官の声が届いた。

 

 

「あぁ、いらっしゃったんですね。今度から居る時は返事をお願いします。実は今朝お伝えした不審人物がこのアパートに入っていくのを見たと通報を受けまして。どの部屋に居るかまでは通報者も知らなかったので、今聞いて回ってるんですよ」

 

「私はなにも、知らないって言ったじゃないですか!」

 

 

 声を荒げて、彼女はそう答える。尋常ではない反応を示された警官は、しかし不気味なほど抑揚の無い声で対応した。

 

 

「分かりました。もし不審な人物や物を見つけた時は、 すぐに110番をお願いします」

 

 

 足音が遠ざかっていく。落ち着くまでに数分を要し、ようやく現状を認識できた頃合で、彼女にあった猫の特徴が復活した。

 

 元の姿となった彼女は自身の手のひらを見つめる。人間のものでは無く、肉球と皮、浮き出た骨のそれをただじっと見つめ続けた。やがて彼女は両手で頭をおさえ、胎児のようにその場で(うずくま)る。

 

 そのまま、夜が更けた。捕まってしまうかもしれない恐怖や、これからの生き方への不安。しかし今の彼女に、それらを考える気力など皆無に等しい状態だった。

 

 生気の無い動く屍みたく、彼女はビンに入っている薬をゴミ箱に入れ、薬の入ったゴミ袋の口を閉じ、それを持って外へ出る。あとは全て焼却され、消えていくだけ。

 

 ゴミ置き場にそれを捨て、自室に向かって踵を返し

 

 ガサッ、と背後から聞こえた。

 

 彼女は足を止める。反射的なものだったが、彼女はその選択を後悔した。

 

 まさか、と考えたが、すぐに否定しようと試みる。だが今まで起きた事に対する恐怖の感情が不安を煽り、徒労に終わってしまった。

 

 まだ背後で何かを探っている音がする。心臓は三度(みたび)警鐘を鳴り響かせ、呼吸に荒さが戻っていく。

 

 心の何処かで、もしかしたらとかすかな期待にすがる。気のせいだ。有り得ない。そんなわけが無いと、 今にも千切れそうな細い願望を抱いて、振り向いた。

 

 居た。

 

 

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