探偵と疫病神 〜異能蔓延る世界にて、されど探偵は悪と踊る〜 作:Haganed
深夜未明。淡い月光だけが夜を照らす中、とあるアパートの一角の暗闇、その中からガスマスクを被った黒尽くめの人間が姿を現した。
それはアパートの一室に視線を集中した後、また闇の中へと消える。再度それが現れたのは、アパートの室内。それはベッドの膨みを確認し、迷うことなく眼っている人物の首に手をかけ、異変に気付く。
布団をめくって発見したのは、ガムテープで巻かれた毛布と1枚のメモ。それにはこのような事が書いていた。
“残念でしタ! 君のターゲットは先に捕えちゃいましタ! 返してほしくばここに来てネー! 三上英ーサン”
その文の下には住所が書かれていた。
自分の名前を知り、先回りされて標的を奪われた黒尽くめの男『三上英一』は、思考を巡らせて件の住所に向かう決断を下す。
自身の異能【潜影】を使用し、部屋を出て指定された場所へと移動する。息継ぎを繰り返しながら目的地に到着すると、そこは廃棄された大型複合施設であった。
目と鼻だけを地上に露出させた状態で影の中を進んでいくと、ミニステージの上で猿轡を噛まされ、目隠しとヘッドフォンをつけられ、椅子に縛られた上に、あらゆる方向からライトで照らされた林仁太がいた。
異様な光景を見て亜然としていた彼だったが、ここで何かが軋む音を捉え、音のした方向を見る。
1番手前のライト2つが、彼が居る場所を照らそうとしていた。
「まずっ!」
咄嗟に影の中から出た三上は、その姿をライトで照らされる。まばゆい光を受け視界を遮るしかなかった彼は、次にステージの方から聞き覚えのない声を耳にした。
「もう非行少年って歳でもないだろ、三上英一」
「誰だ!?」
「探偵だ。アンタを探して見つけてほしいって依頼を受けた、ただの探偵だ」
ステージから現れた声の主は、降りて光の中に入る。 今最も目立っているマコトが彼に告げた。
「このまま大人しく依頼人の所に戻ってきな。そっちの方が隠便に済むぜ」
「戻る? 何処に!?」
三上が吠える。
「僕の居場所は、あそこだけだ! あの場所だけが、僕が自分らしく居られる場所なんだ! それを捨てろ、だって……? 何様のつもりだ!?」
「おーおー、随分とまあ洗脳されてんな。何人目だっけ?こういう奴を見るの」
「デタラメを……!」
「正直言うとな、アンタみたいな奴を相手してる時、 説得の意味なんて無いって思いながら説得してんだわ」
「はっ?」
気怠げにそう発したマコトの言葉に、彼は要領を得られなかった。
「思考を誘導され、思考の天秤が片方にだけ重りが載ってる奴はな、こっちがどんなに荒事を望まなくても、結果として暴力に発展する確率がほぼ100%なんだわ。だってまーったく話を聞きやしないんだからな、即効暴力で解決した方が早い。────でもよ」
マコトの視線が真剣味を帯びる。先程までの気怠さはいつの間にか霧散していた。
「依頼なんだ。そして、たとえどんだけ面倒になろうが、依頼人の依頼を叶えるのが探偵なんだ。アンタの天秤を元に戻して、この依頼をしたアンタの妹さんの為に、アンタを連れ戻す!」
「エリが?」
マコトが2歩、前進する。影と暗闇が重なった。
「居場所? あんなヤブ医者が用意した世界が、自分の居場所だって? 冗談も休み休み言えってんだ。都合の良い駒としか見ちゃいねぇぞ、あのヤブ医者は」
「は?」
三上の声が、ドスの効いたものに変わった。
「あのヤブ医者はな、アンタみたいな人を使って、自分のドス黒い野望を実現させようとしてんだよ。人を救いたい、なんて微塵も考えちゃいないクズだ」
「お前ェ!」
三上が影へと沈む。次の瞬間には、マコトの目の前に出現しナイフが彼の肉体に吸い込まれる────ことはなく。マコトは避けながら、彼の腕を掴んで投げ飛ばした。
光の中に引きずり込まれた彼を見下ろしながら、マコトは口を開く。
「俺が何も考えずに影を近付けたと思うか? アンタをこっちに誘導するために、わざと近付いたんだよ」
先程まで三上英一を照らしていた2つのライトが動き、影の出入り口を遮断。周囲に配置されているライトの光が強まり、人の影が本人の足元に限定されて発生する。
「無影灯って知ってるか? 手術の時によく見るあのライト、あれはあらゆる角度から光を照射して、影を生み出さないようにしてる。この周囲のライトは、その無影灯を再現してんのさ。加えてこのライト1つの光量は約7000ルーメン、屋外で使ってもたちまち昼のように明るくなる。アンタの得意を徹底的に潰すために用意したんだぜ」
三上英一のために用意された光の檻であり、逃げ場のない土俵。その光熱は、ただ居るだけで玉のような汗を滲ませる。
「アンタは逃げも隠れもできない。俺は逃げも隠れもしない。真正面からぶつかって、今のアンタの全てをブッ壊す! 否定したけりゃ、殺してみろ! 湯本浩一みたいによぉ!」
「うぁああッ!」
立ち上がり、怒りに任せて三上はナイフを突く。 マコトは動きに合わせて突きを避け、ナイフをはたき落とし、ステージ目掛けて飛ばすように体当たりをした。
勢いが殺されることは無く、彼は数歩下がって尻もちを着く。痛みに対する耐性のない彼は、その場で横になり腹を押さえ、えづいた。
「どうしたオイ! まさかこの程度で終わりか? エエッ!」
荒い息づかいだけが返事をした。
「……しょうもな。所詮その程度の浅い夢かよ」
「────ぇ」
「迫害された異能者を救うと息巻いたにも関らず、その大義を盾に自分の復讐を有先した小者にはお似合いの格好だなァッ!」
「黙れッ!」
怒声が響く。怒りのままに立ち上がろうとするが、 足取りは覚束ない。それでも諦める姿勢は無く、三上は自身の極わずかな影に手を突っ込み、マチェットを取り出した。痛みを堪えながら、彼はマコト目掛けてマチェットを振るう。
しかしマコトは何一つ慌てる素振りを見せることなく、紙一重の距離感で避けていた。何度凶刃が襲いかかろうと、まるでいつも通りのように落ち着いて躱し続けていた。
同時に、マコトにとって明確に隙と呼べるタイミングであるにも関らず、彼はなんのアクションも行さないでいた。
乱雑に振るわれるマチェットが、上段に移動し力任せに振りおろされた。マコトはそれを腕で防ぎ、難なく止める。
「なっ!?」
「何の対策も用意してない筈ねえだろ。凶器なんざ、 死ぬほど見飽きてんだわ!」
左手でマチェットの刀身を掴んだマコトは、 そこを支点に回転し、勢いをつけた右肘を三上の右手に当てた。彼の手に凄まじい衝撃が発生し、武器は落ち、痛みで膝を再度着くこととなる。
落ちたマチェットを後ろに蹴り飛ばしたあと、マコトが語りかけた。
「そもそも、迫害された異能者を救うのに、なんで殺人なんぞ犯す? それが本当にやるべき事だったのか?」
痛む手を押さえ、痛みに耐えながら彼が答える。
「違う」
「は?」
「殺人じゃない。これは正義の裁きだ!」
マコトが呆れた様子を見せた。だが三上の発言を止めようとはしなかった。
「そもそも奴は、あの林仁太と組んで人を傷付けた!
異能を持っているだけで優生思想論者だと決めつけ、 僕らを犯罪者であるかのように吹聴した!
それに反論しようものなら、周りを巻き込んで加害者にしたてあげてきた!
精神的に限界が来て、辞職する人も居た!
耐え切れなくなって自殺した同期だっていたんだ!
なのに、コイツ等はのうのうと、何も無かったかのように生きている!
こんな不条理が、あって良い訳ないだろ!」
慟哭が響き渡る。それを聴いたマコトは瞑目し、三上はマコトに問いかけた。
「お前、探偵なら分かるだろ? あの犯罪者共が堂々と陽の下を歩いている矛盾が! 野放しにすれば、また誰か死ぬかもしれない! そんな奴を無視できないだろ! だから、ここで殺さないといけないんだ!」
その訴えのあと、30秒程の静けさが場を支配する。 破ったのは、マコトのため息だった。
「生かしてはいけない奴だというのは、まあ分かる。 放っておいたら被害者が増える、というのも分かる。 殺した方が世の為人の為になる、というのもまあ分かる」
三上の顔が綻ぶ。思ってもいなかった結果に、彼は喜んだ。
分かってくれたのだと、そう思っていた。
「分かって────」
三上の顔に、挙が突き刺さった。