探偵と疫病神 〜異能蔓延る世界にて、されど探偵は悪と踊る〜   作:Haganed

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 三上の顔に拳が突き刺さり、彼はそのまま仰向けに別れる。口と鼻を押さえながら、不可解なものを見るような目付きでマコトを見上げた。

 

 

「安心しろ。血は出てるが、そこまで強く殴ってない。意見には概ね同意してる。だが俺は、どうしても理解したくない意見が1つあるんだよ」

 

 

 倒れた三上の胸ぐらを掴み、引っ張り上げる。互いの鼻先が触れるか触れないかの距離で、マコトは彼を射殺さんと錯角するほどの視線をぶつけた。

 

 

「アンタ、人殺しを正義だと本気で思ってんのか?」

 

「────え」

 

 

 掴んでいた手が離れ、三上の背が地面に着く。少しだけ彼から距離を取ったマコトは、続けて語った。

 

 

「正義の裁き。正しいこと。ハッ、笑わせる。人殺しを正当化して、自分に罪は無いと思いたいんだろ。おめでたい頭だな」

 

 

 彼の言葉の節々に、呆れと侮蔑が顕著に現れていた。

 

 

「100歩譲って、思うだけなら別に構いやしねぇよ。人間、生涯で1度くらいは、この人殺しは正当化されていいとか思っちまうもんだ。だがアンタは、あろうことか思想を行動に移し、その行動を正義の鉄槌だと勘違いしている。その事実だけは、俺は認めるつもりが無い」

 

「勘、違い……だと? 僕が、一体なにを勘違いしてるっていうんだ!?」

 

「人殺しは紛うことなき悪だ!」

 

 

 マコトの怒声が響く。煽る時よりも更に大きく、相手を一瞬だけ萎縮させるほどの声量だった。

 

 

「どんな言葉で取り繕うと、人殺しが善である理由はこれっぽっちも無い! 罪を犯したお前に着いて回るのは英雄の証じゃねぇ、いつ誰かを殺すか分からない悪党の汚名だけだ! この世界に生きる普通の人々にとって、アンタはいつ爆発するか分からない不発弾となんら変わりないんだよ! 正義を為した勇者なんかじゃない!」

 

 

 その言葉は嵐のように吹き荒れ、その眼光は烈火の如く燃えていた。しかし、それらは瞬きの間に消え去り、次に三上の目に映ったのは、吹雪のように凍えた視線だった。

 

 

「いや、悪かった。当時のアンタには、そんなこと理解できなかったんだよな。精神的に参ってた奴が、そこまで頭が回らないのも当然だったわな」

 

 

 ここに来て、マコトから謝罪の言葉が投げかけられる。しかしその本意は、彼の理解に及ぶものだった。

 

 侮蔑と、侮辱。それを悟った三上は、拳に力を込める。

 

 

「──ぇに」

 

「あ?」

 

「お前に! 何が! 分かる!?」

 

 

 三上が怒りのままに自身の影からスレッジハンマーを取り出し、力任せに振り上げた。

 

 見え透いた軌道であったため、避けることは容易だったが、マコトは敢えて接近し、攻撃を止めた。

 

 

「何も悪い事をしてないのに、犯罪者のように扱われたことがあるのか? 家族から家に居ないでほしいと影で言われたことはあるのか? お前に俺の苦しみが分かるのか!?」

 

「全部分かるわけねえだろ! 犯罪者みたいに扱われて、実際にそうなる事を選んだアホの事なんざ!」

 

「だったら余計な口を狭むな!」

 

 

 スレッジハンマーから手を離し、マコトの顔に右肘が迫る。咄嗟の判断でそれを防ぐが、間髪入れず三上の左膝が襲撃。自身の右膝で対応したマコトは、返す刀で三上を蹴った。

 

 その蹴りは三上をかなり突き離した。

 

 ライトのある場所にまで。

 

 

「ヤベッ」

 

「ッ!」

 

 

 その好機に三上は飛びついた。ライトを飛び越え、 影の中へと入っていく。次の瞬間、光源が倒され地面に光が遮られた。

 

 次から次へと地上にあるライトが倒され、許容を超える熱を感知した内部のセンサーがアラートを鳴らし光を消す。地面を照らしていたライトは次々と落とれ、残された光源は林仁太を照らす物だけとなった。

 

 

「くそっ、早く照明の下にッ!?」

 

 

 マコトが残された安全地帯に向かおうとした途端、 踏んだ場所がゆっくりと沈み始める。足を上げようとしても、ぬかるみがそれを許さない状況に、彼は陥っていた。

 

 

「なーるほど、これは手も足も出ないな。こんだけ粘性があれば、あとはただ沈むのを待つだけで良いんだしな」

 

「その余裕が、いつまでも続くと思うなよ」

 

 

 見上げるマコトと、見下ろす三上。今や立場は逆転した。

 

 

「これは罰だ。僕の正義を邪魔した報いだ。大人しくそこで影に呑まれて死ね」

 

「そんな強い言葉を吐いて良いのか? 全部引っくり返ったら顔真っ赤になるぜ」

 

「お前の策は潰した。何もできない絶望に呑まれて、顔を青ざめろ」

 

「上手く返したと思うなよ。それに策はまだある」

 

 

 マコトはまだ自由の効く手を使ってある場所を指す。ステージを示した指先に従い、三上がそちらへ見やった。

 

 ステージに、もう1人現れていた。林仁太の他に、 女性が1人。彼女のことを、三上は知っている。

 

 

「エリ……?」

 

「お兄ちゃん! もうやめて!」

 

 

 三上がマコトを見る。ゆっくりと沈んでいる彼は、 惚けた表情を題した。

 

「呼んだのか、エリを」

 

「アンタを連れ直すために必要だって言ったら、心よく協力してくれたぜ」

 

「余計な真似を……!」

 

 

 三上はステージに向かって歩を進め、自身の妹と同じ視座に立つ。先に口火を切ったのは、彼女からだった。

 

 

「もうやめよう? こんな事をしたら、もう一生後戻りできなくなっちゃう! だから」

 

「……エリは本当に優しいな。一方的に突き離したのに、 まだ家族だと思ってくれるなんて」

 

「兄妹だよ、当たり前でしょ!?」

 

「そっか、そっか。嬉しいな………でも」

 

 

 三上が歩を進める。行き先は、がんじがらめにされた林仁太へと向かっていた。割り込む形で彼女は兄の進行を止める。

 

 

「退いてくれ、エリ。僕はそいつを殺す」

 

「殺すって…だからそんな事したらもう」

 

「既に1人殺してる」

 

「えっ……」

 

「既に殺したんだ、1人。だからもう、後戻りをするつもりはない」

 

 

 突然の事で彼女は頭が真っ白になりかけた。だが兄を止めるために踏ん張る。

 

 

「ッ〜! だったら、もうこれ以上、罪を重ねないで! 私、お兄ちゃんが人を殺すところなんて見たくない!」

 

「エリ、お前はそのまま放っておいてくれれば良かったんだ。俺の事なんか忘れて、幸せな人生を過ごしてくれれば良かったんだ。今ならまだ間に合う、ここから離れて僕のことは放っておいてほしい」

 

「ふざけないでよ! 放っておいてとか、忘れてとか、そんなのしたくても出来るわけ無いでしょ! 私は、そんな分からず屋なお兄ちゃんの願いなんか聞きたくない!」

 

「それは僕だって同じだ」

 

 

 スレッジハンマーを持つ三上の手に力が入る。視線は妹を見ているようで、その奥に居る標的に狙いを定めていた。

 

 心の支柱は揺らいでいる。

 

 

「これが最後の警告だ。退いてくれ、エリ」

 

「絶対やだ!」

 

「……なら、仕方ない」

 

 

 三上は唐突にスレッジハンマーを手放し、彼女の視線が一瞬だけそちらへ向かった。そのタイミングで三上は妹と立ち位置を変え、自身の影に彼女を沈ませる。

 

 

「お兄ちゃん!」

 

「すぐ終わる。ちょっとだけ待ってて」

 

 

 入れ替えざまにスレッジハンマーを手にした彼の意識が、何も分からず身動きの取れない林仁太へと向けられた。

 

 柄の根元と端を握りしめ、力強く振りおろせる態勢に入る。先程の会話の時と一変して、全身から殺意が溢れていた。

 

 

「死ね」

 

「ダメ────!」

 

 

 スレッジハンマーが、林仁太の頭へと吸い込まれていく。

 

 

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