探偵と疫病神 〜異能蔓延る世界にて、されど探偵は悪と踊る〜   作:Haganed

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 今回持ち込まれた相談の内容は、三上 英里の兄『三上 英一(えいいち)』さんを捜してほしいというものであった。半年前、居るはずの英一さんを起こしに行くと返事が無く、部屋に入ると姿が見当たらず、代わりに机の上に別れを告げるような文面の置き手紙があったという。

 

 元々英一さんは東京の郊外で営業職を勤めていたが、2年前に精神を病んで実家のある山梨に住まいを移し、近くの精神科に通院して療養していたとのこと。快復しつつあったが、半年前に何故か失踪したと依頼人はそう話す。

 

 

「少なくとも、兄は今まで黙って出ていく事なんてなかったんです。鬱から快復しつつあった時、外へ出て散歩へ出かける時も、事前に私たち家族に伝えていました」

 

「しかし半年前に限って、何も言わず出て行かれた」

 

「はい」

 

「その置き手紙の内容が分かるものはありますか?」

 

「兄が書いたメモが」

 

「それは今お持ちで?」

 

「必要になるだろうと思って、持ってきてます」

 

 

 かなり用意が良いな。

 

 依頼人がバッグからその置き手紙を取り出して、俺は彼女が差し出したその手紙の中身を見る。

 

 “皆、黙って出ていって、ごめん。

  理由は言えないけど、一人でもやっていけるようになりました。

  父さん、母さん、迷惑かけてごめん。これからは大丈夫だから、心配しないでほしい。

 英里、お前は兄ちゃんみたいに苦しみばかりの世界には行かないでくれ。幸せに生きてほしい。”

 

 これが文章の全容。傍から見ればお涙頂戴の文だが、家族の心情や実情を加味すれば、かなり身勝手な別れとなる。そんでもって気になるのが────

 

 

「ボクにもみーせテ」

 

「あっ!」

 

 

 んのやろ勝手に取るんじゃねぇ!

 

 

「ふむふむ……んーなるほド。君のお兄さんってすごい律儀な人だね、多分優しそうな人っぽイ」

 

「えぇ、まあ」

 

「周りからも好かれてたりするでショ?」

 

「確かに兄は周囲から好かれてる人ですが……あの、それが何か?」

 

「先に結論から言え、会話下手くそか」

 

「こういう時間は必要だヨ? アイスブレイクってやつサ」

 

「お前のはアイスブレイクじゃなくてヒートアップになるんだわ。さっさと返せ」

 

「あぁン」

 

 

 気色悪ッ。取っただけで気色の悪い声を出すな疫病神。

 

 とはいえだ、おそらくコイツも文章の異変。正確には文字の異変に気付いている様子だ。先程の会話は彼女にそれを示そうとしてやっていたのだろう。この事実を面白半分に伝えられるのは性格悪いが、コイツにそれを指摘して直せと言っても、聞き流すだけなんで意味が無い。

 

 ともかく、俺はこの手紙の異変について彼女にそれを見せながら説明を始める。

 

 

「この手紙を読んで気付いたのですが、所々に文字の一部が乱れているのが分かりますか?」

 

「乱れ、ですか? あっ、本当だ……」

 

「一つ質問をしますが、お兄さんの普段の筆圧はここまで強かったり、乱れていたりしましたか?」

 

 

 そう問いかけて、彼女に手紙を渡すと少しの間を置いて、俺の方に視線を向けた。

 

 

「いえ、普段はここまでは無かったと思います」

 

「この字体からして、おそらく強い感情を抱きながら書いたものと推察できます」

 

「それは一体、どういう事で」

 

「君のお兄さんが自分から厄介事に首突っ込んでる可能性が高いってことだヨ」

 

 

 コイツ言い切りやがった。同じこと言おうとした俺が言うのもなんだが、一瞬で場の空気が固まったんだが?

 

 って、これ以上コイツに口開かせるのも拙い。さっさと話の主導権を俺に移さねぇと。

 

 

「それ、どういう事なんですか?」

 

「もしかすると貴女のお兄さんは、自らの判断で厄介な事に関わっている可能性が高い」

 

「なんで手紙を見ただけでそうだと判断できるんですか?! 兄が、自分で犯罪に関わってるなんて、そんなの有り得ません!」

 

「そう言えるだけの根拠がこの手紙にあるからだヨ」

 

 

 即座に疫病神のこめかみ目掛けてボールペンを飛ばすが、全く視線を向けることなく反応してそれを掴み取った。一連の流れに彼女の怒りは驚きによって霧散したので、これで話を続けやすくなったのは良い方向に捉え……いや、前段階で色々アウトなんだわ。

 

 そんな俺の考えを察するなんて事をする訳もなく、この疫病神は己の考えを口に出していく。

 

 

「まずこの文章の筆圧、全体的にかなり強めに書いてるネ。途中から文字の跳ねや止めがやり過ぎてて、終わりに近付くほどその乱れは鮮明に浮かび上がってきていル。まるで書いている内に強い感情に支配されていってるみたいニ」

 

「強い感情……?」

 

「多分何かしら決意に満ち溢れてたんじゃないかナ?恐怖に由来するものだと、文字の乱れ方はまた変わってくるシ。そしてこれらの情報を纏めると、お兄さんはこの厄介事を正当化して行動したと推察できル」

 

「正当化って、一体何を言ってるんですか?! まるで兄が犯罪を肯定しているみたいに」

 

「犯罪を起こす人間というのは」

 

 

 なるべく声量を大きくして、依頼人の視線をこちらに移させる。コイツのペースで話が進むのは腹立ってくるが、起きてしまった以上どう取り繕っても意味が無い。もう正直、ここまで来ると依頼する訳ないと考えて言いたいこと言った方が良い気がする。

 

 

「程度の差はあれ、社会から犯罪と見なされる行動を正当化するものです。例えば万引き、“お金が無く腹も空いていた”とか“やらなければ学校で虐められる”だとか“そんな事が犯罪だなんて知らなかった”と理由は数あれど、その根幹には自身の行動を正当化する思考が働くんです。そこには善人も悪人も関係無く、ただ己の行動を正しい事だとか、仕方無かっただと思う人間がいるだけ」

 

 

 一息ついて、また俺は口を開く。

 

 

「そして貴女のお兄さんは、この手紙を書いた時点でその厄介事を正当化している。正しい事と思っているのか、仕方無かったことだと思っているのかは、まだ確定していませんがね」

 

「────ふざけないでください」

 

 

 冷たい声だ。身から出た錆、としか言いようが無いが、このままだとさっさと帰ってしまうのは火を見るより明らかだ。ただ、このまま帰してハイさよならなんてのも許容できない。

 

 

「もう良いです。こんな所にまで頼った私がバカでした。他を当たります」

 

「そこでネットで酷評を出すとか言わない辺り、君も人が良いネ」

 

 

 あっけらかんな疫病神への視線が冷たく刺さるが、そんなものこの阿呆には全く通用しない。事務所の床を強く踏みしめる依頼人の足音が遠ざかり、ドアノブに手を掛ける前に、俺は彼女に訊ねた。

 

 

「また、門前払いされるかもしれませんよ?」

 

 

 扉が開く音はしなかった。

 

 

「貴女のその真剣さからして、警察や他の探偵事務所にも駆け込みはしたんでしょう。しかし警察の捜索も成果は出ず、他の探偵事務所からは難色を示された。違いますか?」

 

「まあ確かに、警察はともかくウチ以外の探偵事務所だとネェ?」

 

 

 疫病神は椅子から立ち上がり、彼女の真後ろへと移動する。

 

 

「ウチを頼ったのも、行方不明の君のお兄さんが()()()()だからなんでショ? だから態々東京にあるウチにやって来タ。異能持ちの行方不明者なんて厄ネタ、自分から関わりたいと思う人間なんて殆ど居ないヨ? 他の探偵もあの手紙を見て同じことを考えたのかはさておいてサ」

 

 

 疫病神が扉の前に移動し、彼女の目を覗き込むようにして言ってのけた。

 

 

「君のお兄さんは、9割9分9里レネゲイドになってるだろうネ」

 

 

 受け止めるには重すぎる、可能性を。

 

 

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