探偵と疫病神 〜異能蔓延る世界にて、されど探偵は悪と踊る〜   作:Haganed

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 翌日の夜。とある埠頭の人目に付かない場所に、1人の男が車内で待機していた。暗い車内でPC画面の光とキーボードを叩く音だけが日立つ中、助手席に置かれた携帯が画面を発光させなから震えだす。

 

 男は携帯を手に取り、画面を確認する。着信の相手は不明。にも関わらず、男は迷いなく電話を取った。

 

 

「私だ」

 

『よお、ヤブ医者』

 

「誰だ、キサマ」

 

『それとも、宮津幸長院長って呼んだ方が良いか?』

 

「誰だ、と訊いている」

 

 

 男、宮津幸長に疑念の色が浮かび上がる。自分の知らない電話相手は、少しの間考えたあと、何かに納得するような反応を返した。

 

 

『あぁ、そうだわな。たった1回しか会ってない相手の声なんざ、憶えてらんねえわな』

 

「1回……まさか、あの時の探偵か?」

 

『お、正解。なんだ、記憶力が良いならそう言えよ』

 

 

 相手は、あの時三上英一について尋ねてきたマコトであった。同時に、宮津の思考に何故という疑問が浮上する。

 

 

「キサマ、なぜこの番号を知っている?」

 

『ハッキングが大得意な奴が居てな。仕事の片手間に見つけ出してもらったのさ。アンタと話すために』

 

「話だと? キサマと話すようなことなど何も」

 

『三上英一の件についてだ』

 

 

 語気を強めて、有無を言わせないよういするマコト。 宮津は紡いでいた言葉を中断してしまった。

 

 

『テメェの思考誘導のせいで、彼を連れ戻すのに時間が掛かっちまった。面到な事しやがってよぉ』

 

「思考誘導? 一体なんの」

 

『とぼけんなよ。彼を都合の良い手駒にするために、わざと義慣を覚えさせるような環境に連れて行っただろ。 迫害を受けた異能者達の会合とやらに。彼の日記に書いてあったぞ』

 

 

 宮津が座席シートにもたれかかる。 フロントガラスとルーフの境目に視線を向けた彼は、ただ黙していた。

 

 

『他にも、だ』

 

 

 マコトが話を続ける。

 

 

『似たような手口を使って、私兵を作ってもいたな。 “本人の抱えた不満なんかは正当性のあるものであり、世間に反抗の意志を示すことでしか世界は好くなれない”とか何とか言ってた事も日記に書かれていたしな』

 

「随分、悪しように言ってくるじゃないか。だが仮に、 カウンセリングの際にそう言ったとしても、それはあくまで気概の話だ。こうしろ、ああしろといった行動の指示はしていない」

 

『犯行の教唆行為は刑法にも引っかかるんだぜ、ヤブ医者。 勉強不足だったな』

 

 

 宮津は押し黙る。これについてなにも言い返せず、 表情が虚無に沈んだ。

 

 

『そして極めつけに、アンタは1つ大きな失態をした』

 

「大きな失態?」

 

『忘れたとは言わせねえぞ。アンタ、三上英一とスフィンクスのデミの彼女に薬を渡しただろ。アンタが自らの異能で造った薬を』

 

「……どこでそれを?」

 

『誰でもできる初歩的な推理ってヤツだ。三上英一に渡した異能を成長させる薬と、彼女に渡した異能の発動を阻害する薬。この2つは両方とも、アンタと関わってから手に入れたモンだしな。加えて、異能優生思想であるアンタなら』

 

「待て」

 

 

 宮津がマコトの発言を遮る。電話越しに不服そうな声色でマコトが問うた。

 

 

『何だ』

 

「キサマは先ほど、私のことを異能有性思想と言ったな。どこにそんな証拠が」

 

『診察室の本棚最下層、金糸で綴られたタイトルの本』

 

 

 宮津が発言をピクりと止める。それに構うことなくマコトは続けた。

 

 

『確かフランス語で、“異能者の遺伝的…優生に基づく進化について”と“異能原論”だったか? その本、優生思想論者の間じゃ有名らしいな』

 

「それだけで、私がそうだと言い切れないだろう」

 

『へえ、前者が日本円で600万の値が付いたプレミア品だってのに、当たり前のように所持している事がか?』

 

 

 宮津の中のナニカに、(ひび)が入る。

 

 

「それは……そう、貰い物で!」

 

『さっき値段言ったろバカが。そんな値打ちモン、早々人に譲る奴が何処に居る? まぁ、アンタが泥棒したってんなら、話は別だがな』

 

 

 罅が増える。宮津の口端が僅かに震えた。

 

 

「く、薬は」

 

『あ?』

 

「薬が、私の異能で作った物という証拠はあるのか?」

 

 

 電話の向こう側から溜め息が届く。

 

 

「何もないのに、そんなデタラメを言うのなら、キサマを訴えて」

 

『薬の成分』

 

「は?」

 

『スフィンクスの彼女から貰った薬を調べた奴曰く、その薬からある論文で存在が確認された腸内細菌に作用する成分が見つかってる。ただ、本来その成分の生成に必要な期間は1mgで半年かかる計算だ。にも関わらず、国家機関級の設備を揃えていないだろうアンタが渡した薬の量を考えると、その計算が合わないんだよ」

 

 

 罅が全体に広がっていくような感覚と共に、宮津がハンドルへと寄りかかる。数拍置いて、マコトが切り込んだ。

 

 

『住生際が悪いぞ、犯罪者。とっとと本性をあらわせ』

 

「────くくっ」

 

 

 寄りかかった姿勢のまま、宮津は不敵な笑みをこぼす。もはや取り繕う様子はなかった。

 

 

「なるほど。追い詰められると、このような気分になるのか。勉強になった」

 

『アホかテメェ。物理的にも追い詰められてるから逃げた癖に』

 

「戦略的撤退と言いたまえ。しかし、まさか君があの論文まで知っていたとは。運命が違えば、同士として迎え入れたのだが」

 

『ハッ、同じ異能者の彼女を殺そうとしといてよく言う。優生思想論者なら、そっちを同士として迎え入れるだろ』

 

「いいや、彼女は同士としての素質が足りなかった」

 

 

 宮津が座席シートにもたれかかる。但し、先ほどと違って、その表情は余裕そうであった。

 

 

「彼女は実に愚かだ。誇るべき力を忌み嫌い、消したいなどと。我々トランセデス(異能者)ノルム(非異能者)より遥かに優れているというにも関わらず、こんな力なんて無ければと言ったのだから」

 

『だから、あんな不良品を渡して殺そうとしてたのか?』

 

「彼女の望み通りにしてやっただけだ。その結果が、自らの死であっただけで」

 

『────逃げられると思うなよ、ヤブ。アンタは必ず追い詰めてやる』

 

「追い詰める? ハッハッハ! 冗談も程々にしておくと良い。警察や自衛隊も手一杯の今、探偵如きに何が出来る?」

 

 

 宮津が海に視界を向ける。周辺を照らす白い光が夜を照らす中、遠くの方からやって来る小型船舶を視界に映した。

 

 ノートパソコンを閉じ、幾らかの荷物を持って車外へと出たあと、彼は勝ち誇ったように言ってのける。

 

 

「まさか、君が罰を下すか? 先ほど刑法を宣った君が、私刑? そのリスクを犯してまで、私を罰するメリットが君には無いだろう。それに追い詰めると言ったが、それも無意味に終わる。日本を出てしまえば、罰せられる可能性が高いのは君の方だ。探偵」

 

 

 宮津のもとへと近づく度、波が水面を掻き分けていく。船との距離が確実に近づいていた中、電話の向こうに居るマコトが問いに答えた。

 

 

『だろうな。アンタが海の向こうで善良な医者とでも演じとけば、人はアンタを信じる。そして、俺にアンタを私刑にかけるメリットは無く、デメリットぐらいしかない』

 

「……なんだ、やけに冷静じゃないか。負け惜しみか?」

 

『だが1つ、アンタは思い違いをしている』

 

「なに?」

 

『確かに、俺に私刑を行うメリットは無い。あらゆるデメリットを気にも止めない、怨嗟に塗れた奴でも無ければな』

 

 

 船が目と鼻の先の距離に到着した途端、上から飛来してきた何かが船の一部を貫通し、崩壊させする。直後、その船に向かって火炎が襲いかかった途端、ガソリンに火がつき瞬く間に海に炎が現れた。

 

 

「なっ、あっ……」

 

 

 突然のことに唖然する宮津。後ずさりするも、自身が乗ってきた車に遮られそれ以上後ろに向かうことは出来なかった。そのタイミングで、マコトは告げる。

 

 

『アンタ、こんな噂は知ってるか?

 

 わるーい事をしたのに、なんの報いも、なんの罰も受けず、

 

 反省も後悔もしない卑怯者の前に現れる、()()()()()の噂を』

 

 

 宮津の前に、何かが降ってきた。

 

 ゆっくりと、それが立ち上がる。それの体躯は、2mを優に超えていた。

 

 闇と同化したかのような黒き青。光さえも取り込んでしまいそうなその巨体がゆっくりと振り返って、彼は恐怖と対面する。

 

 鬼が居た。

 

 

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