探偵と疫病神 〜異能蔓延る世界にて、されど探偵は悪と踊る〜 作:Haganed
時間が経ち、依頼当日。蜘蛛を昨夜中に配置し終え、俺は眼鏡の電源をつける。岩田少年に渡した小型スコープカメラは接続可能状態で問題なし、あとは俺がヘマしなければ良いだけだな。
今回の依頼は護衛相手が学生であり、テレビにも出演している有名なブレイバーである事を考慮して、俺という存在が目立たないようにしないといけない。もしもしくじれば、その時何が起こるか分かったもんじゃないしな。
最終チェックとして、疫病神に電話をかける。
「疫病神、こっちは配置に付いた。そっちは?」
『はいはーい、こちら助シュ。蜘蛛達のカメラとの接続異常なーシ。監視はバッチリ。不審者が居たらすぐに報告に出られるヨ』
「なら良い。そのまま監視を続けてろ」
『はーイ』
通話を切る。さて、こちらもそろそろ動き出すとするか──公園のトイレから。
トイレの水を流し、手を洗って外へと出る。この待機方法だと案外バレないんだよな、周りに不信感を抱かれにくいというか。まぁそれは置いといて。
今は……7時58分。そろそろ少年が出かける頃だし、先にルートを通るとしようか。時間になったら眼鏡とスコープカメラを繋げて、ある程度歩いたらチェーン店か喫茶に寄って一時離脱。学校周囲は怪しまれない程度に飯時に出るぐらいに留める。
正直、面倒臭い。いや仕事だしちゃんとやるが、それはそれとして面倒臭い事には変わりない。手違いで不審者扱いされて警察のお世話になったこともあるし。こちとら依頼でやってんだっつーの。ま、依頼だどうだかなんて分かる事は無いから判断としては正しいんだけども。
で、こんな考え事をしてたら8時になっていたので、スコープカメラと接続し映像を共有する。映像に問題なし、俺の後ろ姿もバッチリ映っている。さて、依頼を遂行するとしようか。
ぶっちゃけた話、めちゃくちゃ、暇。尾行の方がまだ集中できる。
現在時刻は13時45分、今のところ不審者は見あたらない。学校周囲も見たし、通学ルート付近の道やら場所やらも見て周ったが特に不審者が居たわけでもなかった。
今は、疫病神からの連絡も無いので、ネカフェで客に擬態中。監視ついでに今まで集めた情報を整理しようとすると、このタイミングで電話が掛かってくる。この電話番号は確か、晴々さんのか。
「はい、こちらソウマ探偵事務所」
『ソウマさん、お仕事お疲れ様です!』
声がデケェ。そんなデカイ声で喋るもんじゃねぇだろ、咄嗟に耳から離しちまったよ。あと一応仕事中……いや今は良いか。本当はよくないんだろうけど。
「えぇ、まぁ。晴々さんもお疲れ様です、お仕事でお忙しい中」
『ありがとうございます!』
「それで、晴々さんはどういった御用でお電話を?」
『いえ、その────』
電話の向こうに居る彼が言い淀む。聞かれたら面倒な事か?
『あの、今こんな事を訊くのは変に思われるかもしれませんが、もしもブレイバーを殺す人間が居たとして、何の目的で殺しているのか考えたのですが、一向に分からなくて』
「なるほど。それで?」
『もしかしたら、ソウマさんが何か掴んでるのかもしれないと思って、電話した次弟です』
「……1つ、私どもから言える事があるとすれば」
『なんですか?』
「まだ何もハッキリしていない、とだけ」
『えっと……まだ何も分からないってことですか^』
「誤解を解くために申しますが、分かっている事はあるんです。 ただ、何によって引き起こされたのか、誰が関わってそうなったのか。といった事を、現段階で説明できる状態では無いのです。下手に予想を伝えて場を混乱させるのは、こちらとしても避けておきたいので」
とか何とか言ってるものの、疫病神がやって来てからそれが達成された試しは数少ないのだが。自分で言ってて情けなくなるわホント。
『そうですか。でも、御二方で何かを掴んでいらっしゃるんですね。またハッキリした事が分かれば、その時は教えていただいてもよろしいでしょうか?』
「えぇ、もちろん。依頼人である貴方々には、その権利がありますから」
まぁ教えたとして、それが良いものとは限らないんだが。
それから幾つか言葉を交わして通話を終了したところで、今度は疫病神から連絡がやって来る。
『ほうこーク。監視用の蜘蛛が鳩に狙われてまース』
俺は慌ててネカフェから退室した。
17時52分。
学生である岩田魁星は、私服で自宅から程近い公園に到着し、ベンチに座るマコトの姿を見つけると、そこに真っ直ぐ進んでいき彼の隣に座った。
「お待たせしました」
「ん、誰にも付けられてないな。お疲れさん」
「これでもブレイバーですから、色々気を付けてるんです」
「最初の情報を隠せば完璧だったけどな」
岩田少年が慌てて口を押さえて周りを見回すが、マコトが彼の頭に手を置いて少し乱雑に撫でる。それで彼の注意力は散漫する。
「心配すんな。もしバレそうになった時は、こっちも全力で隠し通す。少年はうっかり口を滑らせたり、正体を見せないようにする事だけ考えろ」
「わ、分かりました。分かったので、手を……!」
「おっと、悪い。ついな」
マコトがあまり悪びれる事もなく謝ったものの、少年の胸中に悪感情が湧く事は無く、どこか安心感を覚えていた。
「しっかし、少年も大変だな。事実かどうかも分かってない事に振り回されて、暫く活動も制限されて。まぁ、学生は勉強やら部活が本分みたいな所があるし、ある意味では学生らしくて良いんだろうが」
「そうかもですね。でも正直、何をしようか全然思い付かなくて」
「というと?」
「僕、15歳になって真っ先にブレ──協会に入ったんです。学生としての当たり前とか、そういうの今までまともに過ごした事が無いんです」
「なりたい理由でもあったのか?」
「はい」
少年の視線が、いつの間にか組まれていた自身の両手へと移る。昔を思い出しながら、少年は語った。
「昔、ブレイバーにレネゲイドから助けてもらったんです。それから、ブレイバーに憧れを抱くようになって」
「いつ?」
「10年前くらいです。銀行強盗に来たレネゲイドを、それはもう手早く鎮圧したのが忘れられなくて。よりブレイバーになろうと決心したのは、5年前のあの日が終わってからでした」
「あの日、か」
少年から5年前の単語を聞いたマコトは、どこか遠い所に視線を移す。
「あの日、僕は何も出来ずに、ただ怯えていました。怖くて、母に抱きかかえられるまま逃げてました。普通とは違う力を持っているにも関わらず」
組まれた手を解き、少年は両の
「もう、あの日の後悔を繰り返したくない。だからブレ──協会に入ったんです。もうあんなレネゲイドを、野放しにしてなるものかって……あの、大丈夫ですか?」
「あぁ、心配しなくていい。ちょっと目眩がな」
目頭を押さえて眉をひそめるマコトを見ていた少年だったが、おもむろにマコトが腕時計を見ると18時を過ぎていたことに気付く。
「おっと、もう時間か。少年、それじゃあ」
「はい」
少年が小型マイクロスコープに接続されている保存用媒体からSDカードを取り出し、マコトはそれを受け取る。反対に、マコトは新たなカードを差し出し、少年はそれを受け取り保存用媒体に差し込んだ。
「よし、今日の分は終わりだ。念の為、帰るまでは俺が前を歩いて危険が無いか確認する」
「えっ、良いんですか? 時間は過ぎてるのに」
「よく言うだろ。帰るまでが何とやらってさ」
岩田少年は促されるままに、マコトの後ろを歩いて帰路へと着く。ほんの100歩程度の道のりを、少年はマコトに注意を任せて歩き目と鼻の先ほどの距離になった所で、マコトが手を後ろに伸ばし、足を止める。
疑問に思った少年が向こうの景色を覗き見ると、黒いポンチョのフードを深々と被った誰かが、少年の実家を見ていた。
「おい、アンタ」
「あ?」
迷うことなく、マコトが訊ねる。返ってきた声は男のものであった。
「人ん家の前で何してんだ。不審者として通報されても知らんぞ」
「見て分かんねえかよ、ドアホ」
「答えになってねぇわ知恵遅れ」
「あぁ゙ん゙?」
マコトが少年を庇う姿勢は崩されていない。剣呑な雰囲気に慌てた少年が、マコトの服を引っ張って言った。
「あの、探偵さん。流石に落ち着いて」
黒ポンチョの男の視線が少年へと向けられる。不意に、男から軽薄な声で告げられた。
「なぁ、知ってっか? そいつ────ブレイバーなんだってよ」
瞬間、マコトの蹴りが黒ポンチョの男の腹を突き刺した。