探偵と疫病神 〜異能蔓延る世界にて、されど探偵は悪と踊る〜 作:Haganed
『やぁ。こんにちは、協会役員さん』
たった一言。電話越しにその一言を聞いた途端に、男の全身に鳥肌が立った。脳が、肉体が、逃げろと信号を発し、受け取り、男は即座に逃走を選ぼうとした。
『おっと、逃げるのは無しだよ。ボクは君と話をしに来ただけなんだから』
男の動きが止まる。自身の肉体にかかる重圧が急速に上昇していき、やがて男は椅子に座り直す。その一連の行動をまるで見透かしているかのように、電話相手のシロクが話を再開させた。
『うん、うん。そうそう、ボクはお話しをしに来ただけ。だから何も余計な事はしなくて良い。ボクのお話、聞いてくれるね?』
「ッ…………あ、ぁぁ」
『良い子だ。じゃあ早速聞きたいんだけどさ』
男は自らの首が、真綿で締め付けられているかのような妙な圧迫感を覚える。電話相手のシロクの一言を聞き漏らしてはならないと、なぜかそう思い込んでいた。
『キミ達さ、本気で事態を解決しようとは思わないの? こっちも調べてるんだけどさ、この2週間でブレイバー2人が活動休止になってるじゃん。ちょうど、この前見つかった2人の惨殺死体が報道されたすぐ後に』
「────そ」
『ん?』
「そ、れが、何だと、いうんだ」
言いたいことは多くあった。否定する言葉も頭にあった。
だが、その全てが、首の半ばで止まる。多くを言おうとした途端、その全てが詰まった。唯一出られる事の出来た言葉が、先の問いにもならない問いかけだった。
シロクは電話越しに、1つ息を吐いて言う。
『あのさ、誰が口答えして良いって言った?』
「ッ!?」
男の体感温度が、一段と下がった。耳から入ってくる声が、 脳を突き刺す針のように侵入して来る。
『キミがしていいのは、ハイかイイエだけ。第3の選択肢を与えたつもりは無いの。それを踏まえて、もう1度さっきの質問にちゃんと答えて。ハイか、イイエで』
「ッ、ハ、ハイッ!」
男はシロクの条件の通りに答えた。端から見れば、突然情けない返事をしたように見えている現状だが、男にとっては今の危機に等しい状況であった。
数瞬の間も置かず、シロクは問いかける。
『キミは、この2つの出来事を認知していたんだね?』
「ハ、イ……」
『じゃあ遺棄された死体がブレイバーである事を知っていたんだね?』
男の喉に、こみ上げてくる物があった。同時に冷や汗が流れている事に男は自覚する。そしてこの質問の答えを言いかけて、無理矢理止めた。これを言ってしまったら、己の地位も、功績も、何もかもが崩れてしまうから。
己の精神と肉体が限界を迎え始めている。あるのは男の矮小なプライドのみ。そんなプライドさえも、シロクには無意味であった。
『聞いてるよね? 大内管理官殿?』
首筋に、死神の爪が立てられた。
ヒュ、と声にならない息遣いだけが彼から発せられたあと、男は全てをかなぐり捨てる。
「ハ、ハイッ! ハイィッ!」
『よろしい、大事な事は早く言ってね。じゃあ次、内通者に関しての事だけど、それを知られたくない理由があると見て良いんだね?』
「ハイ……」
『では2択という制限を外そう。何を理由にその情報を伏せているんだい?』
男がこの場に居合わせるマコトと晴々光に視線を移した。その僅かな間を、シロクは無慈悲に潰す。
『今更恥を隠しても意味は無いだろう。それともまだ、なけなしの意地を大事にするのかい?』
男は答えない。
答えられない。
答えられる筈も無い。
男が感じているこの不可解な恐れの前に、ただただ口を噤むだけ。閉じた口に唾液が集まり、喉が枯れていく。
『意地を取るつもりなら、あぁ、それもまた良いだろう。だけどね────捨てれば、楽になれるじゃないか』
「捨て……」
『そう。捨てても良いんだよ、君は楽へと逃げて良いんだ。君の持つ秘密を話せば、今この状況の何もかもから逃げ出せる。君は晴れて自由の身だ』
「だが……」
『あぁ、確かに。これを話せば君が裏切り者の謗りを受けてしまうのは避けられない、だがそれは見方の問題だよ。協会側の見方はそうなってしまう。だが、こういう見方はどうだろう? 大衆が君を哀れな被害者と認識するという見方は』
男の目の前に、蜘蛛の糸が降りた。
『君はただ、こう思い、こう伝えれば良い。人倫を無視した判断に心を痛め、このまま隠し通す決断をした事に無理難題を悟り、協会として成すべき判断を下したと。そうすれば、少なくとも大衆の一部は君を哀れな被害者として見てくれる。そこから君は被害者として演じれば良い』
男にもはや、耐える選択肢など無かった。
「────情報を、伏せていた理由は」
『うん』
「我々に、被害が及ぶのを、防ぐ為です」
『今まで築き上げてきた物を、崩されるのが我慢ならなかったんだ』
「はい」
男は静かにシロクに語り、男の発言をその場にいたマコトと晴々光はただ黙って聞く。
「5年前、あの日から全てが変わりました」
『あぁ、確かに。5年前のことは、ね』
「その日は、混乱を収めるため協会所属のブレイバーも派遣され、しかしその尽くが無為に終わってしまった。事態が収束した後、ブレイバーはその所業を非難され、そのシワ寄せは我々協会にも届きました。スポンサーは離れ、ブレイバーや職員も脱退し、協会を維持する力は、今では殆ど無いに等しい」
『キミらも必死だったワケだ。そこに追い打ちをかけるように、2週間前と1週間前にブレイバーが殺された事件が起きて、挙句の果てにはザ・マイティへの襲撃と』
「ブレイバーの個人情報は、そのブレイバーに割り当てられた担当者のみが管理しています。しかし、知りようのない情報をレネゲイドは認知していた。これがバレてしまっては、協会の信頼は地に落ちてしまう」
『それが、キミ達協会が情報を隠した理由なんだね』
「あぁ……そうだ」
男は全身が脱力し、背を丸めて疲幣を哂け出していた。男に残されたのは、どうにでもなれといった諦めのみ。藁にもすがる 思いで、男はシロクに救いを求めていた。
しかし、忘れてはならない。東御四禄は決して救う者ではなく、疫病神と呼称されている存在である事を。
『よぉく理解したよ。それならボクらも、キミを救う事にしよう』
「ほ、本当か!? 私は助かr『ただし、キミにもやってもらう事がある』
男がシロクの言葉を聞く姿勢を取った。
「私は、一体何をすれば?」
『キミがやるべき事は2つ。1つはソウマ探偵事務所への依頼内容を変更し、追加分の金銭を支払うこと。事態解決のための調査をタダ働きでってのは、それは道理が通らないでしょ? 詳しい金額は所長から聞けば良いけど、そうだね……200万は超えないと思うよ』
「わ、分かった、払う。もう1つは?」
『もう1つ。それは警察に、キミ達協会が掴んでいる情報を渡すこと。あぁ安心していい、秘密を喋ったことをばらさないよう所長にお願いすれば、なんの心配も要らないよ』
男はそれを聞いて、一瞬戸惑ったものの、己の保身に繋がることであればと考え、すぐに答えを出す。
「……分かった。その条件を受け入れよう」
『────OK、これで話はおしまい。所長に電話を変わってください、管理官殿』
シロクは電話の向こう側で、1人ほくそ笑んだ。