探偵と疫病神 〜異能蔓延る世界にて、されど探偵は悪と踊る〜 作:Haganed
探偵に人探しを依頼する時、依頼人は捜索対象に関する情報を分かる限り伝える必要がある。情報が詳細であれば、その分依頼にかかる費用が極力抑えられる為だ。
しかし、三上英里さんは捜索対象がどこに行ったのか定かで無い上、最後に接触してから月日も経過している。ましてや捜索対象本人が自身の身を隠している可能性もあり、異能持ちへの対処に必要な手当も含んだ結果、92万という巨額になった。そこに被害手当がほぼ確実に加わる可能性を考慮すると、優に100万は越えてしまう。
そうして算出した見積書の額を見せられれば、依頼を無かったことにして退室しても仕方の無いこと。人は金のことになると途端に躊躇するからな。はてさて、じっくり悩んで「お願いします」早ッ。ここまでノータイムなのは初めてだわ。
「三上さん、実家暮らしとお聞きしました。ここまで巨額の支払いをご家族の相談も無しに行うのは」
「両親には迷惑をかけません。支払いは全部私の貯金から出します」
…………本気でやる事を決めた目だ。こうなると、どんな言葉を投げかけても、てこでも動かないのはよく知ってる。
なら、その本気には答えないとな。
「わかりました。その依頼、お受けします。先払い分の手付金と危険予想手当の計68万については、明日ご実家に到着した際に現金でお支払い出来るよう準備して下さい」
「はい、お願いします」
「先程の事もあって信用しきれていないでしょうが、満足いただける結果をお約束します」
依頼人はソファから立ち上がり、ただ一礼をして事務所を去って行った。丁寧に閉められた扉から足音が離れ、やがて聞こえなくなると俺は背もたれに自分の身を預けて脱力する。
マジで疲れた。それもこれも大体あの疫病神のせいだ。アイツの言葉に乗った俺にも非はあるが、そうだとしてもクソ疫病神の煽りが無けりゃ静かに事が運んだだろうに……毎度の事ながら腹立ってきた。
まだ蹲ってるふりをしてる疫病神の腹に1発蹴りをかますと、「ウッ゙!!」先程まで鳴りを潜めていた疫病神が呻き声を出し、何事も無かったかのように腹を抑えながらすくっと立ち上がる。
「いったァ〜。もう、君ってホントに容赦無いよネ」
「テメエに容赦なんぞ必要ないわバカタレ。それよりおい、仕事だ仕事。
「おーぼーだナー。ま、これもまた愛のカタチ」
「キッショ、三酸化硫黄かけるぞ」
「酷くなーイ? ねぇ酷くなイ?」
無視して事務所から退室し、階段で1階の駐車スペースへと降りる。階段を降りてすぐ、目の前のコンクリート造りの壁を3回、間を開けて叩くと壁は奥へと開かれ、その先に地下へと続く階段が現れた。
迷うことなく俺と疫病神が入れば、すぐに隠し扉は閉められ、裸電球が暗闇を灯す。そうしてまた階段を降りていくと、床から少し離れる形で敷かれた鉄の足場板と、この部屋の中心に堂々と吊り下げられた鬼の姿を模した巨大スーツのある秘密の拠点に到着した。
疫病神は階段を降りてすぐ右奥にあるモニターが並べられたスペースへと向かって高級そうな椅子に座り、俺は少し直進した先にある左側のスペースで探偵道具を選別し始める。
「鍵の他に何か要るものはあル?」
「三上英一さんの足取り、勤めてた会社の近況や評判、それと彼を診ていた精神科の情報調べとけ。あと半年前から今に至るまでレネゲイドの犯行らしき事件のピックアップ、対象の異能に関係するものを探せ。あぁ、あと会社にアポ取っとけ」
「はいはーイ。取り敢えず鍵は作っておくヨ」
えーといつもの眼鏡、ピッキングツール、発信機と腕時計型射出機、関節保護用装甲、安全靴、緊急用防盾、ナックルグローブ、交換用バッテリー。一旦こんなもんかな、1度ちゃんと動くか確認しよう。
「そういやさ、彼女には聞かないノ? 人探しだけならボクより上だシ」
「アイツの範囲はあくまで東京全域だ、県外となると仕事を止めないとならん」
「きみからのお願いなら何でも聞くでしょ、カノジョ」
「金銭を要求しないせいで頼みづらい事を知ってんだろ疫病神」
何度も何度も報酬を出そうとしてもエグい勢いで断ってくるし、無理くりにでも金を置いていこうとすれば後日幾らか増えて返却される始末。増えた分を返そうとしたら“もう依頼を受け付けない”とか言ってきて大変だった。何とか説得して納得してもらったが、あんなやり取りもう御免だ。2度も3度も繰り返したくない。
それにだ、今アイツに頼ったとしても現状何も定かになってない事が多すぎる。仮に三上英一が東京に居たとして、一体何の目的で東京に来たのか分からないし、ましてや東京に居るのかさえ分からないからな。無闇に頼る訳にはいかない。
まずは山梨の実家部屋での痕跡探しや、関わりのあった精神科での聞き込みからだ。っと、全部正常に作動できてる。明日に備えてバッテリーの方は充電しておいて、あとは────といったところで、俺の視線は部屋の中央に鎮座する巨大な鬼のスーツに移った。
……今はまだ性急すぎるか。救いようがあるなら、それに越したことはない。コイツはあくまで、度し難い奴に対してだけだ。ま、整備する時間はあるんで一旦見て、そのあと別のやつにも取り掛からないと。確か今日はもう依頼相談の予定も無かっただろうし。
翌日、俺は用意した探偵道具一式が入ったポーチをライトエースバンに入れたあと、山梨の郊外にある三上家へと向かっていた。彼が使用していた部屋を調べて何かしらの痕跡があれば上々だが、あまり期待しない方が良いかもしれん。出ていく時に痕跡を消した可能性もあるしな。
片道2時間以上をかけて、人より建物が目立つ場所にある三上家へと向かい、連絡を入れて家前まで待っていた彼女の案内に従って駐車。バンからポーチを取って車外へと出る。暦の上では春だというのに、もう初夏みたいな暑さを感じて、長袖の俺には少しキツイものを感じた。そんな熱波の大元である太陽を、手で影を作り目を細めて見上げる。視界の端に三上家の2階部分が映った。
待っていた彼女の案内で、家にお邪魔しリビングへと通される。今すぐにでも始められるように立ったままでいると、何やらドタバタと騒がしい足音と共に、両親と思われる2人が英里さんを引き止めるようなやり取りが聞こえてきた。
「英里! 待って、お願いだから1度ちゃんと話し合いましょ!」
「もう何度も話し合ったでしょ! 結局どこも受けてくれなくて、警察からの連絡も無いのに! お兄ちゃんのことが心配じゃないの?!」
「そうは言ってないだろ! 警察でもなければブレイバーでも無い探偵に、そこまで期待してなんになるっていうんだと!」
「警察は兎も角、ブレイバーに頼ったらお兄ちゃんが死ぬかもしれないのに何言ってるの!?」
…………英里さんの独断で動いたから家族の反対とかは予想してたが、予想通りとはいえ険悪ムードだなぁ。
そんな家族の制止を無視して現金の入っているであろう封筒を持ってきた彼女は、立ち尽くす俺を見て一礼をして手渡そうとしてきたが、その進行を間に入る形で彼女の進行を遮り、2人は俺と視線を交わす。
「アンタ、娘が依頼した探偵か? ならとっとと帰ってくれ、あとは警察がなんとかしてくれる」
「大変申し訳ありませんが、原則依頼人以外からは依頼を撤回することは出来ません」
「余計なことしないでよお父さん!」
……このままだと埒が明かないな。とにかく落ち着かせないと、と思いながら現状の沈静化のために行動するのだった。