探偵と疫病神 〜異能蔓延る世界にて、されど探偵は悪と踊る〜 作:Haganed
これは個人的な意見なのだが、内科といった服薬を処方する機会の多い施設もあるのに、精神医療クリニックと同じ敷地にある薬局はかなり珍しいと感じた。無い訳ではないのだろうが、それでも俺自身はあまり見たことが無い。
俺はポーチからいつもの眼鏡を取り出して掛け、フレームの接続部近くにあるタッチセンサーを2秒ほど押す。ピピッ、という電子音の合図を皮切りに、俺は精神科へと足を踏み入れた。
縦長の構造をしているクリニックの中は、精神科らしくリラクゼーション音楽が流れており、落ち着いた空気感を演出している。受診者も各々落ち着いた様子なのが見て取れた。受け付けの女性の1人と視線が合い、ポーチの名刺入れから1枚取り出し、それを彼女に見せる。
アポ無しの訪問を訝しんでいる彼女だったが、それでもこちらは努めて冷静に答えるだけだ。
「ソウマ探偵事務所の想間 実です。突然のご訪問、失礼であるのは承知ですが、このクリニックの院長とお話ししたくお尋ねしました」
「お話し、というのは?」
「大きな声では言えませんが、探し人が以前このクリニックに通院していた為、何か手掛かりがあればと」
「…………お掛けになって少々お待ちください」
彼女の指示に従って、ひとまず空いている席に座り周囲の情報をさり気なく収集する。今のところ特に怪しいところは見当たらず、結局発見できないまま受け付けの女性に呼ばれて意識を戻し、カウンターへと向かった。
「お待たせしました。現在診療中の患者様もおられますので、休院の時間に起こしいただければ、お話をしても良いとのことです」
「それはありがたい。因みに休院時間は何時になりますか?」
「今の時間帯ですと、13時半からになります。ただ患者さんの診断時間もございますので、休院から1時間ほどお時間はいただきますが」
「分かりました。では14時半頃にお伺いします」
「14時半ですね、分かりました」
挨拶をして1度クリニックを後にし、続いてその足で薬局へと向かう。入り口の場所はそれぞれ別か、仮に監視するとしたら面倒だなこれ。そんな感想を抱きながら、建造物の左側にある薬局へと入った。
入ってすぐ受付カウンターと3箇所の薬渡しのカウンターが目に入り、視線を右側に動かすと自動支払い機が1つ。壁に沿うようにソファが並べられており、左側は壁とトイレのマークがついた扉が。壁の向こうは調剤室だろうな。
受付カウンターの方に向かい、合わせて薬剤師が足早にやってきた。俺はまた名刺を取り出し、それを見せながら尋ねる。
「失礼、私こういうものです。少しお話をお伺いしたいのですが、責任者の方をお呼びしてもらっても構いませんか?」
「えっと……ちょっと聞いてきますね」
少し困ったような様子を見せてカウンターの向かい、少しして壮年の男性を連れて俺の前にやって来た。場所が場所なので1度外へと出てから話をする事にして、改めて壮年の男性の自己紹介から会話が始まった。
「初めまして。みやづ調剤薬局の代理責任者の
「代理責任者? 失礼ではありますが、本来の責任者はどちらに?」
「今は診療中ですね」
「診療中……まさかこのクリニックの院長ですか?」
「ええ、その通りです」
指さした先のみやづメンタルクリニックを示しながら聞いた質問にYESと答えられる。珍しい、ってもんじゃないぞこれ。手続きとか審査とか掛かるのに、メンタルクリニックと薬局の運営責任者とか、よくやろうと思ったな。みやづ、の時点でまさかとは思ったが。
しかし、わざわざここまでやる理由が分からない。1度探りを入れた方が良さそうだ。となると────っと、今はそれを考えてる場合じゃない。俺は携帯を操作して画面を相手に見せながら訊いた。
「実は、探し人の依頼で調査を行っていたところ、その対象の方が服用していたと思しき処方箋が見つかりまして。薬袋の方にこちらの調剤薬局の名前があったので、幾つかお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それはまぁ。患者のお名前は?」
「三上英一という名前です。向精神薬を処方されている方なのですが、その点について不可思議な所が」
「と、仰いますと?」
「本来処方されていた1週間分の処方箋の服用を中断して、別の処方箋に切り替える。というのは、薬剤師の視点から見て有り得ることなのでしょうか?」
「ふーむ?」
樋口と名乗った男が下唇を摘んで悩み始め、やがて考えを纏めようとしながら見解を口にしていく。
「ケースバイケース、ではありますかね。医師の診断結果によっては、別の薬へ切り替えるといったことはあるでしょう。しかし、1週間分処方されていたものを中断して、となるとあまり聞いたことがありませんね」
「と、いいますと?」
「向精神薬を処方する場合、患者の容態を確認しながら処方するのが一般的です。そのため、患者も必ず毎日診察を受ける必要があります。ですが、患者の都合によって毎日診察する事が出来ない場合、医師との相談のもと、決められた期間分を処方できるようになっています。ですので、途中で新たな処方箋を服用されたとなると……何かしら予定が変わって、院長と相談した結果なのかも?」
「そうですか」
基本的には有り得ない、という認識を確定させて良いかもしれないな。確かに、何かしらの予定が急遽変更になって、担当医と相談した結果、別の薬を服用するように話が決まったとなると辻褄は合う。だが、その可能性だと決めつけたとして、この胸のざわめきは決して拭いきれない。
そう断言出来る。
「あぁそうだ、三上英一の顔に見覚えはありますか?」
そう言って、彼の顔写真を見せる。彼が一瞥して画像を見ているだけの時間が流れたが、「いやぁ……」と言いながら首を傾げたことで、俺は携帯の画面を暗転させポーチにしまった。
「お時間いただき、ありがとうございます。これからも他の方々にもお訊ねする事があるかもしれませんが、なるべく御迷惑にならないよう動きます」
「えぇ、えぇ、分かりました。お仕事頑張ってください」
一礼を交わしたあと、樋口さんは薬局へと戻っていくが、俺は1度思考の纏め作業に入る。
今回、三上英一さんの捜索という依頼を受け、まず英一さんの部屋に何か痕跡が無いか探し回った。そうして服用を止めた処方箋と、その薬袋を見つけた。
次に、向精神薬についての情報を樋口さんから聞いた。本来は毎日の診断に伴った結果を経て処方される。何かしらの理由でそれが難しくなった場合、医師との相談のもと、設定された期間分の処方箋が処方されるが、途中で服用する処方箋が変わることは普段ならば有り得ない。
今のところ、分かったのはこのぐらいか。処方箋のカルテとか見せて貰えたら色々と分かってくるんだろうが……って、思考がこのクリニックの異常性に傾いてんな。
俺が考えるのはあくまで三上英一の行方、なのだが。彼の行方不明に関係しているのなら、色々と探る方が良い。そう結論づけて、不意にアイツのことが頭に浮かぶ。ちょいとばかし蜘蛛の手を借りなきゃいけなそうだ。
そう考えながら時間を確認し、予定までにあと2時間もあることを知る。昼飯を何にしようかと考えながらコインパーキングへと歩き、俺は一旦その場を去った。