探偵と疫病神 〜異能蔓延る世界にて、されど探偵は悪と踊る〜 作:Haganed
昼食を食べ終え、現時点で判明していることを再確認すること2時間半。車をクリニック敷地内の駐車場に停め、休院時間中の院内へと入った。中に入って先ず目に入った人物が、待ち合い席から立って俺と向き合い、一礼をお互いに交わす。それを終えたあと俺は名刺を取り出しつつ自己紹介を済ませ、『
入って左側に一台のPCモニターとキーボード、彼が座る椅子と患者とその付き添いが座るための二客の椅子。そして右側には数多くの本が入った本棚。中には日本語圏外の文字で書かれたものまであったが、本来の目的を果たすために彼から三上英一について話を聞く。
「三上英一さん……ええ、確かにウチの通院患者で間違いありませんが、彼かなにか?」
「半年前から姿を見なくなったと、御家族から相談を受けまして。よろしければ最後に彼を診察した日と、 その時どのようなことを話していたのかお聞きしたく」
「最後ですか。少しお待ちを……最後に来たのは7ヶ月前の11月ですね。診室の会話内容は省かせてもらいますが、私から見た限り、当時の彼は社会復帰に前向きな姿勢でした」
「家族に黙って手紙を残して出ていくようには見えなかったと?」
「ええ。少なくとも、その兆候などは特に無かったと思います」
「実はここに来る前、ご家族に許可を貰って英一さんの部屋を調べていたのですが、そこで飲みかけの処方箋を見つけまして」
「飲みかけ?」
「1週間分処方されている薬を、途中で。確か患者側の独断で服用を止めるのは、 あまりよろしくない事と見聞きしたことが」
「ええ、確かにそうです。勝手に服用を止める患者さんも居たので、処方する時は基本必ず服用するようにと注意してるのですが」
今のところは特におかしなことを言ってるようには見えないが……ここで仕掛けるか。
「ところがですね、ご家族からの証言によると薬自体は毎日服用していたと。何の薬を飲んでいたのでしょうかね?」
「そんなことが……後で戻ったらきちんと話をしないと」
「特に怒られないのですね?」
「変な話ですけど、こういったことは無いわけではありませんから。ちゃんと服用してほしいものですが」
院長は胸中の疲労が混じったような呼気を鼻から出した。普通、といえば普通の受け答え。仕掛けても特に声の抑揚などの変化は正常気味で、話していると至って普通の医者のように見える。とはいえこの違和感が消え去ったわけではない。
「因みにですが、宮津さんが今回以外で彼が薬を服用しなかったことを聞いたことは?」
「一度もありませんよ。ちゃんと決められたタイミングで服用したと報告していましたから。でもまさか、彼が嘘をついていたなんて」
「あまり詳しい知識がある訳ではないので失礼を承知してお聞きしますが、そもそも精神疾患の患者は薬を服用しなければ治らないものなのですか?」
「いえ。症状の程度によって処方するかは判断しますが、薬の服用自体が対症療法ですので薬を飲めば治る、というものではありません。カウンセリングを通じて、患者が自分とどう向き合っていくのかを共に見つけ出さないと、根本的な解決とはなりません」
「となると、ますます不可解ですね」
「と、言いますと?」
「少なくとも英一さんは社会復帰を望まれるくらいに快復していたと、先生は仰った。それはつまり、きちんと服薬してカウンセリングを繰り返したことで、精神的に安定していたことを意味しているのでは? 仮に彼が服用していたものが極端な話、錠剤型のラムネなどであった場合、本来起こりうる反応は起こらず、精神的安定性を確立するにはもっと時間が掛かったはず。そう、例えば薬を服用していなかったことについて話す際───
「……」
暴論にも聞こえるだろうが、大抵の人間は嘘を吐くことに慣れていない。ただ、事実の何割かを隠して話すのには慣れている。虚偽の情報をまるきり本当のように話すことに慣れた人間など、早々居ない。現に、この目の前に居る医者は、俺が感じた矛盾点を突き付けられた途端、間を作った。
情報を作っている、とみて良いかもしれない。こういう時は間髪入れずに、別の話題に切り替える。
「ところで、ここは随分と珍しいですね。小規模の所であれば院内処方する場所があるのはまだ分かりますが、個人経営のメンタルクリニックで薬局と同じ敷地にあるのは、あまり聞いたことが無いものですから」
「ええ、たまに何人かの患者さんに言われますね」
「依頼とは関係の無い、私の興味本意でお聞きしますが、なぜ薬局を開業しようと? 精神科医として活躍されているだけでも立派な事ではありませんか」
「ありがとうございます。でもそんな大層な理由は無いんです。5年前の一件で困っている人を1人でも多く助けられたら、その程度の事です」
「そうでしたか……」
返答に対し、首肯を伴って答える。そういや、5年前のあれのせいで営業停止にならざるをえなかった店舗とかニュースでやってたな。確かにあれのせいで、薬局の運営が立ち居かなくなって潰れたとかで、近場に無いって所もあるのか。
「最後に、彼が療養中によく訪れていた場所を教えていただきたい」
「よく訪れていた場所ですか。……少々お待ちください」
宮津がマウスを操作し、キーボードを叩く。少しして目当ての資料を見つけたのか、目線をデスクトップに向けながら伝える。
「よく訪れていたのは、M広場という場所ですね」
「わかりました。本日は以上になります、お時間ありがとうございました」
互いに一礼を交わし、俺はクリニックから退室し、駐車場へと戻っていく。その最中に頭の中にあったのは、あの医者への不信感であった。途中、俺が若干捲し立てながら言った証言の矛盾点に、あの医者は何も言わなかった。
単に上手く聴き取れなかったら、“すいません、もう少しゆっくりお願いします”といった台詞が出てくるものだろうから、この線は除外。少なくとも俺が話した内容は理解していたと判断していい。
となれば、あのタイミングで黙ったのは三上英一についての何かを知っているか、或いは何かに関わっている可能性がある。黒、と断定するには早いにしても、黒寄りのグレーと見ていいだろう。張り込みした方が良いな。
車内へと入り、軽い電子音が鳴るまでタッチセンサーに触れて眼鏡を外す。携帯に変換アダプターを取り付け、眼鏡の弦から取り外したメモリーカードをそれに差し込み、アイツに送る。するとすぐに返事が返ってきたのだが、返信文が完全におじさん構文すぎてキショい。つーかどうやってこの短時間で長文返信できるんだアイツ。
ともかく長ったらしい返信を要約すると、未だに捜索対象の異能に因んだ事件などは起きていない。人工衛星にハックしてクリニック周辺のGPSを調査し、怪しい人物が確認できれば追跡。映像を確認して怪しい箇所が無いかチェックするとのこと。
要約したものをメモに纏め、その文章を削除。新たな情報を見つけに、院長が言っていた場所へと向かったのだが、疎らにやって来た人を見かけて訊ねても、何も得られたものは無く空振りに終わったのだった。