探偵と疫病神 〜異能蔓延る世界にて、されど探偵は悪と踊る〜 作:Haganed
ひとまずの調査を終え、帰路に着く。山梨から東京の事務所に到着した頃には、既に日は傾きかけており、そのとき俺は地下に居る疫病神が判明した新しい情報を聞いていた。
「君が撮ってきた映像に面白い物が映っててネ。今から説明に入りまス」
「お前の面白いは基本信じてないが、何があったって?」
「一言多いヨー」
「大体いつもそうだろうが。良いから早く見せろ」
「せっかちだネー。今から見せるヨ」
複数のモニターの内の1つに映したのは、俺が送った映像記録だった。時間を進めていき、疫病神が診察室の本棚全体を映した所で映像が止まる。椅子を回転させて疫病神は此方に向き合い、お茶らけた様子で話し出した。
「さて、もんだイ! この映像のどこが可笑しいでしょーカ?!」
「知るか馬鹿さっさと答えろ」
「ひぃン。ノってくれないのネ………。も一仕方ないなぁ、マコ太君ハ」
迷うことなく脳天めがけてチョップをかます。
「いったァ!?」
「さっさと言え、はたくぞ」
「はたいて無いからって、チョップだって痛いんだヨ!?」
んもー、とか言いながら頭を押さえて痛がるフリをしているが、俺としては一々付き合うコッチ側の身にもなれと思う。コイツに通じるかなんてのは、
ぶーぶーと愚痴りながら疫病神が本棚の最下層をズームし、その中の金糸で綴られている、日本語圏外のタイトル名が刻まれた2冊の本へと更に拡大。これが一体何なのかと訊く前に、疫病神は答えを提示した。
「『異能者の遺伝的優生に基づく進化について』と『異能原論』。この本のタイトルをフランス語訳すると、そうなル」
「異能優生思想系統の本か?」
「ソ。しかもこの2冊ちょっと訳有りで、総数が少ないから、優生思想論者の間じゃプレミア品扱イ。前者は日本円換算で600万の値がついたこともあル」
「よく出せるな、こんな本に」
と、そんな感想が出たものの、注目すべきはそこではない。指適すべき違和感の正体。それは────
「何故医者が堂々とこの本を置いていたのか、だな。 趣味だとしても普通、この手の本がクリニックにある必要性が無い」
「ただでさえプレミア価格がつく超レアモノ。価値を知らないからそこに置いたとしても、内容が内容だからクリニックに置くのは中々にフシゼン。知らなかったにしては、本の内容を読んでいないワケもないから、その線もほぼ無イ」
「そして俺の質問に対して生まれたあの間、となるとあの宮津幸長は」
「捜索対象の失踪に何かしらの関与があると見て良イ。そゆことになるネ」
となりゃ、今後の方針は決まりだ。俺は直接現場に日行って張り込み、コイツは衛星からの監視で奴の尾を掴む。確かクリニックを直接見れる場所は私有地だったから、機材を用意して監視しておかないとな。いっその事、 薬局側に何か仕込みをする方が良いか? ……いや、止めておこう。誰かに回収されたらたまったものじゃない。大人しくアイツから蜘蛛を借りて発信機でも付けさせておく方が懸命か。
とはいえだ、今日はもう遅い。今から準備して向かうにしてもターゲットに怪しまれやすくなるだろう。それに明日は英一さ人の勤め先だった会社に行く日だし、今日は準備と報告書だけ書いて終わるとしよう。
「今日は明日の準備だけして切り上げる。お前はそのまま監視を続けて待機、俺はこれからアイツの所に行ってクモを借りてくる」
「おっ、じゃあ帰りに赤辛チキンとカルボナーラ買ってきてン」
「10%課税して返せよ」
「うーん、ぼったくリ! いいヨ!」
いつものやり取りを交わして地上へと出たあと、車を走らせて俺はある場所へ向かう。正直あまり頼りたくないが、こういう時と情報収集についてはかなり役立つんだよな。あまり頼りたくないが。
アイツへの土産を何にすべきか考えながら、車を走らせS区O町に到着。駅周辺の雑居ビルが立ち並んで作られた路地裏、その道の途中に壁に埋め込まれたように在るスチール製の扉の前で足を止めた。
その扉を3回ノックし、唱える。
「“絡新婦、絡新婦。貴女の目が欲しい”」
唱えて少しの間を空けて、扉は触れることなく
1歩、また1歩と階段を下り、やがて段差が無く平坦なコンクリート質の床へと足を踏み入れ、全身がその部屋へと入った途端、俺は何も考えず前へと避ける。膝抜きと呼ばれる技術を使用して移動し、先程まで自分が立っていた地点を振り返る。
人間大の巨大蜘蛛が居た。鋏角が蠢き、平行に4つ並んだ目が俺を捉え、ゆっくりと蜘蛛は足を動かす。近付く巨大な蜘蛛を前に、俺は手を伸ばし────蜘蛛の頭に手を置いた。
「サブ、元気してたか?」
そして撫でる。すると目の前の巨大蜘蛛『サブ』は体全体を揺らして喜びを露わにし始めた。そうして撫でていると、サブの隣から別の巨大蜘蛛『半兵衛』と『タブル』が暗闇から姿を見せる。
そして撫でろといわんばかりに頭を擦り付けて俺の足を鋏角で挟んでくる。仕方ないので2匹を撫でると、今度はサブが撫でろと催促してきた。
「手2つしかねぇから、ちょっと待ってくれ」
来る頻度が少ないからせがむのは分かるんだが、俺の手は3つに増えねぇんだ勘弁してくれ。
「サブ、半兵衛、タブル。旦那様が困ってはるやろ」
部屋の奥から、凛とした声が響く。3匹の巨大蜘蛛がせかせかと俺を避けるように部屋の奥へと移動していった先を見やれば、青い光の光源に照らされた着物姿の細目の女が立っていた。
「旦那様、ようお越しやす。どうぞ中へ」
まるで妖怪の縄張りにでも迷い込んでしまったのかと思うほど、美しい顔立ちをしている彼女の名は『
彼女は俺に一礼して部屋の奥、青い光に照らされた襖の向こう側の座敷へと案内する。そして当たり前のように隣同士になるよう座った。
「して、旦那様。今日は何を求めてきはったん?」
「監視用の蜘蛛を1匹、いや3匹頼む。少しきなくさい奴が居てな」
「かしこまりました。何時ご入用に?」
「明日の夜から」
「承知しました。……そらそうと、旦那様」
いきなり手のひらに、指先で円をなぞり始められるとこそばゆいんだが。だもんで指をハエトリグサみたく掴まえて反応を見れば、口の端が上がりまくってぽわぽわした表情に変わっている。ホントこういう所が可愛いんだよなケイは。
「って、そやのうて。旦那様、依頼の捜し人ならなんで真っ先にうちのとこに来ぃひんの? うちなら
「聞いてたのかよ。いや、聴いてるわなそりゃ」
東京のほぼ全てを知ることの出来る情報屋だしな。そこん所失念してた。
「そうは言うがな、まだ目撃情報の1つも見つかってないんだ。東京に居るならまだしも、県外とかに居るなら仕事を止めさせなきゃならんだろ。変に手間を掛けさせたくない」
「旦那様の為なら仕事止めたってええのに」
「それは俺が困るからやめてくれ」
「はぁい」
不服そうな声色で答えたので、お詫びという訳じゃないが手の繋ぎ方を変えて暫くお喋りをした後ケイをディナーに誘い、レストランで食事を済ませる。食事中、俺は暫く顔が俯いていたケイをじっと見つめて、恥ずかしがる様子を眺めた。
食事を終えて外の空気を吸えるようになって、彼女を送って行ったあと事務所までの帰り道を走行し、事務所に到着して疫病神が欲しがってた物を買い忘れたことに気付いて、面倒ながらコンビニに向かうのだった。