TS転生お姉さんは悩めるバンド少女たちを導きたい 作:ヒナまつり
音の止んだスタジオで俯く奏の側に寄り添っていた私に杏は襟を掴みんで辛そうに叫ぶ。
でも、そんなことより私は傷ついている奏が心配で通りすぎる杏の声を無視して奏を見つめ続ける。
「ほんと、何なのよ…!由莉も奏も音羽も!ねぇ、私達はバンドをするんでしょ!?プロを、月乃を目指すんでしょ!?こんなのところで挫けてる場合じゃないのよ!ねぇ、なんとか言ったらどうなの!?奏、音羽!」
「杏ちゃん…ダメだよそれ以上は。ごめんなさい、奏ちゃん…音羽ちゃん。今日はここまでにしよう。由莉ちゃんも居ないし…杏ちゃんも暑くなっちゃってるから…。また、ね」
「ちょっ、心乃音!まだ私はあいつらに言ってやらないと…!」
きっと、心乃音はそんな私に気がついて今は何を言っても駄目だと分かったから杏を連れてスタジオから出ていった。
(プロを、目指すか…。私には、そんなの関係ない。ただ、ただ奏が幸せならそれで…それだけでいいんだ。それなのに…)
「歌わないと…歌わないと、見てもらえない。ヤダ、ヤダよ…そんなの、絶対。そうだ。一人でも、歌わないと…」
肩を揺らしながら呟いて震える奏は、壊れかけで…私の伸ばした手すらも見えないみたい。
そんな奏にどうすればいいのか、私には分からなかった。
ずっと、ずっと…私はそうなんだ。奏が大切で大事で…それなのに力になれない。
泣いている心に傘を差すことも、月乃さんみたいに音で奏を夢中にさせることも…何にも出来ないんだ。
だから、ただ…泣きじゃくる奏の冷たい身体を抱き締め続けた。
そうじゃないと、本当に奏は壊れて私の前から消えてしまいそうだったから。
でも、やっぱり私の事なんて関係ないかのように奏は孤独に歌い出した。
それは何時もの、優しく幻想的な私の大好きな奏の歌声じゃなく、美しくもドロドロと心に奏の声を突き付けるような悲しい歌声で…思わず溢れていった涙はきっと、奏が私を見てくれないからじゃなくて、あの綺麗な奏が変わってしまったことに傷ついたのだろう。
─あぁ、本当にバンドなんてやってなければ…月乃さんに憧れなければ…良かったのに。
『今日の放課後…皆、スタジオに来て。伝えたいことがあるから。絶対ね』
振動で覗いたスマホの画面には、今日学校を休んだ由莉ちゃんからのメッセージが届いていた。
それを見て、私は少しだけ憂鬱な気分を抱いた。
だって、昨日私達は喧嘩をしてしまって…顔を会わせるのわ少し気まずいから。
それに…。
「心乃音…私、昨日言い過ぎちゃったわよね…?ううっ、嫌われたわ、絶対に…。心乃音、ごめんなさい─」
杏ちゃんがナイーブになっちゃっているから、集まったらまた荒れちゃいそう。
─うぅ、どうしよう。でも由莉ちゃんがあんな風に書くってことは大切なお話なんだよね…?
じゃあ、行かないと─。
「その、心乃音?もしかして…怒っているの?いや、怒っているわよね、私は昨日心乃音が喧嘩良くないって言ってるのに怒鳴っちゃったもん…嫌われて当然よね…」
「ち…違うよ杏ちゃん!嫌ったりしないから!だから、落ち着いて…?」
「そう…?よ、良かったわ。私、心乃音に嫌われちゃったら生きていけないもの…はっ!?それよりも、あれね?今日の練習どうしようかしらね…?!やっぱり、解散なのかしら…。由莉、昨日相当怒ってたもの…。まぁ、私も気持ちは分かるけど…」
杏ちゃんは焦ったようにブンブンと腕を振りながら俯いてそう、心を漏らした。
解散…嫌だな。初めて…心の底から楽しいってあの日、月乃さんの目の前で弾いた時、思えたのに。
…それに、皆とやる練習も作曲も、一人でピアノを弾いてあの頃よりも全て輝いていて…大切な思い出になったからあの居場所を放したくないって思っているのに…。
皆は、違うのかな…。いや、何時も辛そうな音羽ちゃんでもあんなに楽しんでいたんだから…きっと、きっと解散なんてしないよ…!
うん、杏ちゃんも由莉ちゃん、奏ちゃんもあんなに楽しんでいたんだよ?解散なんて…しないよ。皆の大切な居場所だもん。
そう、自分に思い込ませた…けれど現実は違った。
叫ぶように、漏らした音羽ちゃんの言葉で私達は解散することを余儀なくなった。
でももっと、あの時私が叫べば良かったんだ…解散なんてしたくないって、夢が違くたって資格なんか無くたってずっと一緒にやろって…そう我が儘を言えば…それだけで変わったかもしれなかったのに。
また、あの子の言う通り私は自分を押し殺して…流されてしまったんだ。
「ふーん、ふーん♪」
文字を書き記したノートを広げながら、リズムを刻んで言葉に音を合わせる。
きっと、想いは伝わるって信じながら…明るいスタジオで。
そして、開いた扉の音に振り替えって見えた皆へ叫ぶように私は言葉を心の底から吐き出した。
「私は、皆と刻む音が好き。等身大で泣いてるように歌う奏。それを支えるようにリズムを刻み続ける音羽、誰よりも楽しんで彩ってくれるこの、絶対にミスしないで皆を後ろから支える杏…きっと、どれか一つ欠けたら私達は壊れちゃう」
「だけど、私達は皆月乃に憧れて集まって…一つになれた。あの時の音を私は、忘れられない。どくどくって心臓に血が巡って熱くなった身体も…皆の輝く顔も目に焼き付いてるの。もう離れられない、離れたくないってそう思った。だから、だからね…悲しいなら教えてほしい。痛いなら、一緒に居たい。人形みたいに隠さないで、全部教えて。私は言葉が苦手で、傷つけちゃうかもしれないけど…それでも、皆のことが大事だから!だから、バラバラになりたくない…!歪な音のままで居たくないの!」
月乃と星の人たちのお陰で纏まった言葉と、鳴り響くギターの音を心の底から漏らすだけで私は疲れて、汗で皆の顔が見えなかった。
でも、伝わったってそう思って顔を拭って見えたのは…辛そうにしている音羽の顔だった。
(なんで、泣きそうなの…?もしかして、傷つけた?また、私の言葉が、伝え方が悪かったせい?じゃあ、言葉を新しい言葉を用意しないと─)
そう、焦った頭に考える隙無く音羽は心の底からの言葉を漏らした。
「私はバンド、もうやめたいんだ。もう、無理なんだよ。そもそも私は、プロなんて目指してない!音なんか良く分かんないんだよ!ただ、ただ…奏と一緒にやれたら、それだけで良かったんだ…だからさ、きっと私は皆と組む資格なんて…ないんだよ!それに、奏はバンドしてると傷ついて壊れちゃうから…!そんなの、我慢できないから…やめたい」
「なら…奏が傷つかないようにする。それに音羽が音を好きになれるようにも頑張る…だから─」
「傷つくかもしれない…それが嫌なんだ!奏は、もう傷だらけなんだよ!あと、一歩で壊れて居なくなるかもしれないんだ!それなのに音なんか楽しめない!ずっと、見ていないと…消えちゃう…だから、バンドなんかやってる場合じゃ─」
「バンドなんか…!?あんた、音羽を無理矢理誘った挙げ句そんなこと言うの?!こっちがどんな思いでどんだけ苦労してあの人から約束をもぎ取ったと思ってんのよ!ふっざけんな!奏、奏ってさ!独りよがりの依存なんかしてないでちゃんと周りを見なさいよ!この馬鹿!」
私の心の音から引き出された音羽と杏の心の音がぶつかり合って傷つけ合う。
それは、私達の間にあった溝を広げて全てを壊してしまうようで、直ぐに私も言葉を出さないといけないのに何一つ浮かばない。
このままじゃ─。
「杏ちゃん、言い過ぎだよ!音羽ちゃんも…バンドなんかなんて…言わないで?」
─この!やっぱり、皆のこと見てくれて必要な言葉を投げてくれる。それが私には出来ないから、このは特別。
これなら、また同じに─。
「─心乃音ちゃんはさ…自分の言葉は漏らさないよね…!周りを伺ってさ!私は、月乃さんに見てもらいたいの!あの瞳にあの手にずっと私だけがあってほしい!その為なら、他の全部無くなってもいい!バンドも、何もかもね…!」
「奏ちゃん…な、なんでそんなこと…言うの?私は、ただ…ただ─」
それ以上、このの口から言葉は漏れなかった。言いたいのに心を漏らすのを怯えて。
でも、ライブを途中で辞めることが出来ないように心の声を止めてしまうのは…きっとダメなことでまた溝が広がった。
だから、これ以上拗れてしまわないように私は必死に頭に浮かんだ言葉を奏に返した。
「奏、このは皆の為に、傷つけない為に言ってないだけ!それに、奏だって今の今まで隠してた!…だから、そんな歌声になった!─今の奏の歌は、誰にも届かない!月乃もきっと、嫌いだよ…その音!」
─違う、違う…こんなことを言いたかった訳じゃないのに。奏を傷つけたい訳じゃないのに…。
そんな後悔をしても、飛び出た音は止まらなくてその言葉の結果は奏から溢れる涙で見て取れた。
「─私だって分かってるよ、そんなの!でも…見てもらいたいの、それだけで十分なの…!それしか私にはないの!だから醜くても歌わないと─また、一人になるんだっ!嫌だ、嫌なの…!また、止まりたくなんてない…っ!」
「奏…!由莉、私はやっぱりバンドなんか辞める。こんなの…やらなかったら良かったんだ…!」
そう叫んだ音羽はスタジオから飛び出していく奏を追って雫を落としながら離れていく。
もう、その間にある溝は先が見えない程大きくなっていて…そこに繋がっていた橋も私が壊してしまった。
─何がいけなかったの…?私はただ、皆とまたバンドをしたかっただけなのに。どうして、こうなっちゃうの…何時も何時も、私の言葉のせいで…。
出る場所を失った言葉が頭に回り続けて立っていられなくて私はバンドと共に崩れ落ちた。
呆然として隣から掛けられたこのの言葉も熱も全て感じられず…私はただ、暗い暗い扉の先を眺め続けた。
「…ふぅ。ちゃんと由莉ちゃんは皆と仲直り出来たかなぁ。拗れてないといいけど」
夕焼けに沈む町を眺めながらその綺麗な景色に消えていく煙をぼんやりと見て俺は、彼女の成功を祈りながらそう呟いた。
まぁ結局、俺が出来るのは背中を押すことだけなんだよね。
その後は本人の力と周りの力が無いといけないんだ。
特に、ロックバンドは心を叫ぶからすれ違っていたら音は合わない。自分だけを見ていてはいけないのだ。
皆を信頼して、時には離れて…時には笑い合って適切な距離を保ち続けないといけない。
それがロックで、そのロックンロールを続けるには結局ぶつかり合って本音を漏らし続けるしかないんだ。
そして、その中で悩み踊ることになる。その道のりも何もかも示されずに、答えなんか無い入り口で剥き出しの醜いだいっきらいな自分と他の見て見ぬふりをしていた少しは嫌いな相手と。
だから、その輝きは線香花火のように儚くて美しくて目を奪われるんだ。
普通に生きている人間には、出来ない…いや、しちゃいけないと世界に押さえつけられているから。
「ま、結局傷ついて終わりなら…何も変わらないんだ。でも泣いても覚悟を決めて立ち上がれるあの子なら平気でしょ。取り敢えずは最悪のために準備をしておこう」
俺は、何もかも出来る超人ではないからね。
コツコツと石橋を叩いて行こう、今の俺はロックの俺じゃない普通の人間なんだからさ。