TS転生お姉さんは悩めるバンド少女たちを導きたい   作:ヒナまつり

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消えない過去とかけがえのない今

 

 人は弱っている時に、同じく弱みを見せてくれる人が居るとその言葉に信頼を置く。

 

 だから、あの日俺は嘘と本当を織り混ぜた話と弱みを漏らした。だけど…だけどさぁ!?

 

 「約束ですよ?」

 

 そう、奏ちゃんが可愛く笑って俺の唇に触れたのは、おかしくないっ!?そんなの予定になかったよ!俺は背中を押すために、発破をかけるために弱みを見せただけなのにぃ!

 

 「…うぅ、何でまだあの感触が離れないんだぁ…!私は、大人で未成年なんかのキスに崩されないんだよぉ~!うわーん!」

 

 久しぶりに飲んだお酒の酔いにも勝とうとする桃色の記憶を忘れるために俺はまたお酒を仰ぐ。

 

 だって、事案じゃん!あの子まだ高校1年生だよ!?俺、もう二十三だって!アウトオブアウトだよぉ…!

 

 嫌だ、捕まりたくない…!俺はこれからもたまに現れて背中を押していくカッコいいミステリアスお姉さんをしたいんだ!

 

 「はぁ…あんなぁ?久しぶりに飲み行こうやって誘っといてうちには何の興味もないんか?てか、つきちゃんはまだ子供やろ?まぁ、うちもやけど」

 

 そう隣でため息を付くのは、古い知り合いのドラマー美海みうちゃんだ。

 

 別名、都合のいい女とも言う彼女は色んなバンドを回っているサポートドラマーの優しい子だ。でも、その言葉には断固として反対したい…!私はお姉さんなのだから!

 

 「子供じゃないもん~!私は大人なお姉さんだし!それに美海ちゃんはどうせサポートドラムしてるだけでしょー?早くバンド組めばいいのにぃ」

 

 「あれ、言うてへんかったっけ?うちもうバンド組んどるで?」

 

 あっけらかんと特大のネタを出す美海ちゃんに驚きながら、時間の過ぎる速さを感じた。─これがもしかしたら、婚期に置いていかれる感覚…なのかも?

 

 うっ、嫌なことを考えてしまった…!取りあえず、美海ちゃんを弄って癒されよう…。

 

 「ええっー?!聞いてないよぉ!そっかぁ、あの美海ちゃんが…都合のいい女から卒業出来たんだね…」

 

 「おま、いてかますぞっ!うちやって、好きでサポートだけしてたわけじゃないんよ!てか、つきちゃんこそロックはもうせえへんの?あ、今のつきちゃんの演奏が嫌いって訳やないんやけどな?やっぱり、うちはあの時のつきちゃんに惚れてしもうたから…」

 

 目を輝かせながら、美海ちゃんは俺を見る。でも、もうロックはやる気がない。あれは、自分らしすぎるから。

 

 俺としてはこのままポップスやパンクで自分を隠して誰かのために音を奏でているだけでいいのだ。

 

 それが、なりたい俺で…夢なのだから。

 

 「美海ちゃんに悪いけど、もうやらないかな~。今は今で私としては満足してるし。それに、美海ちゃんのファンを奪っちゃいたくないしねー?」

 

 「はっ!今の腑抜けたつきちゃんに奪われる程度のファンならいらんわ!せやけど、やらんのか…。リーダーに、どう説明するべきやろ…」

 

 困ったように美海ちゃんは薄桃色の髪を掻く。

 

 ─ん?俺がロックをしないことがなんで美海ちゃんのリーダーに関係するんだ?

 

 「ゆいちゃんは、つきちゃんに勝つこと目標にしてるらしいからなぁ。これで、もしバンドやめる言われても困るんやけど…」

 

 そんな疑問を問おうとして、でもポツリと溢した美海ちゃんの言葉に…俺は倒れたグラスから溢れる水に飲み込まれた。

 

 ─バンド、もうやりたくない。どれだけ練習を頑張ったってあんたには勝てないんだから…やる意味なんてないじゃん。…もう、一人でやれば…?あんたなら、出来るでしょ…!

 

 涙を流しながら、俺の手から抜けて行った彼女。それで、俺は大きすぎる才能というものは人を傷つけるのだと知った。

 

 そして、天才という出過ぎた杭は周りに尊敬から壁を作り上げるのだと学んだのだ。

 

 だから、俺はロックを少しだけ嫌いになった。なのに、なんで今さら…?いや、人違いかも知れない?名前だけ…一緒の。

 

 うん、きっとそうだ。そうじゃなきゃ…俺は─。

 

 「ちょっ、つきちゃん…?大丈夫かいな、もうびちょびちょやん。拭くさけちょい止まってな?」

 

 でも、優しく濡れた俺の後始末をしようとする美海ちゃんの手を無視して俺はとにかく高鳴りする心臓に従って遠くへ走った。

 

 そして、ライブハウスへたどり着いて扉に寄りかかった。

 

 ─お金、先に払っておいて良かった。これなら、美海ちゃんに迷惑は掛からないだろう。でも─もしゆいちゃんとやらが本当に俺の知っている唯愛なら…俺はどうすればいいんだろう?

 

 もう、諦めた筈なのに。もう、済んだことの筈なのに。

 

 今さら、ぶり返すなよ…。

 

 そう、思っている筈なのに俺はやっぱりあの音を聞けるなら聞きたくて…でも、もう俺とは交じり合えないのだと突きつけられるのも怖くて…逃げることにした。

 

 だって、それはもう捨てた過去、ロックの時代の俺なのだ。

 

 そして、今の俺はMoonというプロのミュージシャンでLode starの店主なんだ。関係ない、美海ちゃんのバンドも唯愛のことも。

 

 今が、今こそが前世から願った夢の集大成なのだから。

 

 そう、自分に言い聞かせて鳴り響くスマホの電源を落としてベッドに倒れ込んだ。

 

 


 

 「先輩~?うーん、そうだ。起きないならイタズラしますよ?過激なやつです」

 

 甘く囁く声に揺さぶられて俺は、二日酔いで痛む頭を抱えながら目を覚まそうとした。

 

 でも、目を開いて…近くにある顔にあの日を思い出して布団から飛び出した。

 

 「わぁー!?駄目、駄目だから!俺は犯罪者になりたくないーっ…?」

 

 「先輩…?そんなに驚かなくてもいいじゃないですか…っ!てか、なんで犯罪者になるんですか?もしかして、なにか悪いことしちゃったんですか?」

 

 頬を膨らませながら冷静に指摘してくるのは、優衣香でキスされるのかと思ってしまったのは気のせいだったらしい。

 

 うぅ、意識しすぎだろ俺ぇ。なんで、こんなクソザコになってるんだぁ…?俺の理想はクールでサッと背中を押すミステリアスなお姉さんだろ!もっと役にのめり込み…!

 

 「いや…何でもないよ。それで、どうしたんだい?私の部屋に入ってくるなんて珍しいじゃないか」

 

 「だって、今日は私達の練習を見てくる日じゃないですか。それなのに何時になっても出てこなかったので起こしに来たんです」

 

 そう言いながら優衣香が指を指したカレンダーを見ると確かに今日はLost Starの練習を見る日だった。

 

 マズい、忘れてた…!取りあえず、準備をしてさっさと見に行かないと…雪乃ちゃんが爆発するっ!

 

 「ごめん、ごめん。昨日はちょっと色々あってね。準備をしたら直ぐ行くから先に練習を始めてて?」

 

 「…分かりました。先輩、出来れば早く来てくれると助かります。…それと、何かあったなら私を頼ってください。私だって、先輩のこと助けたいですから…」

 

 小さく掠れている声は、ちゃんと聞き取れなくて…でも優しい想いだけは感じ取れて俺はその熱を受け取って、でもお姉さんであるために何でもないように振る舞った。

 

 「平気、平気~。ただ悪酔いしただけだからさ。優衣香はこんな大人になっちゃ駄目だよ~?それじゃ、また後でね」

 

 「…もう、先輩は意地悪です。適当にはぐらかして、でも騙されてあげます。先輩が踏み込んでほしくないなら、私は待ちますから」

 

 優しく、優しく俺を見て微笑む優衣香の顔を俺は直視できずに、誤魔化すように彼女の心を弄くった。

 

 「はいはい、着替えるから早く出て?それとも優衣香は私の裸見たいのかな~?」

 

 「ち、違いますっ!もうっ!本当に早くしてくださいね?待っているんですからっ!」

 

 プリプリと怒りながら優衣香は勢い良く扉を閉めて下に降りて行く。─流石にやりすぎたかな。まぁ、でも優衣香にならこれでいいでしょ。結構砕けて接して来たし。

 

 うん、俺は今理想のお姉さんだ。よし、じゃあこの後もこのまま頑張るぞっ!

 

 ─じゃなきゃ、また独りになるのだから。

 

 …ダメダメ、いつまで過去を引きずってんだか。まぁ、昨日のせいだろうけど…こんな顔を見せれないでしょ。

 

 鏡に写った、俺の顔はやつれていてあの日の奏ちゃんのようだった。それは、大人ではなく昔の子供の俺だ。

 

 だから、理想のお姉さんの笑顔を顔に張り付けて彼女達が待つスタジオへ降りて行く。

 

 だって、そこがずっと望んでいた夢の場所で…今の俺の居場所なのだから─。

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