TS転生お姉さんは悩めるバンド少女たちを導きたい 作:ヒナまつり
静かな暗闇の中、目を閉じて寝ようとする俺の脳裏に勝手に浮かんだのはもう戻れない青い思い出と、涙を溢して俺を睨む彼女の姿。
そのことをもうとっくに忘れて、新たな…いや前々から望んでいた夢への道を歩んでいるというのに、忘れてはいけないと叫ぶかのようにその思い出はぶり返してきて、俺の心をぐちゃぐちゃにしていく。
「…じゃああの時、どうすれば良かったんだよ。俺に、何を望んでたんだよ…あぁ、くそっ!ほんと、なんで今さらっ!」
思わず怒りから勝手に漏れた叫びは、きっと俺の本音だろう…。けれどそう叫んだってなにも帰ってくることなんて無くて、代わりに静かな夜の中で俺の声が響くだけだった。
「…はぁ、もう…やめてくれよ。もう、いいだろ…終わったんだ…。だから、だから…そんな目で俺を見ないでくれよ…っ」
あの日の絶望した彼女の瞳が、嫉妬するその目が…まだ俺を見ている、そんな気がして必死に目を閉じる。でも、けして消えてはくれなくて…ただ、許しを乞うように叫ぶことしか出来なかった。
こんなことを思い出してしまうのも、こんなに胸が痛いのも全部全部、急に送られてきたあのメッセージが原因だ。
『次、あんたのとこでライブするから。絶対、逃げないでよ』
それはあの子らしい簡潔で勝手なそのメッセージで、それから俺の止まった過去が動き出してしまったんだ。
前世から望んでいた夢ではなく、ただロックにハマってバンドをしていたその過去が…どうにか忘れようとしていたトラウマが。
「逃げたのは…そっちじゃないか…っ」
また、俺を突き刺して孤独という暗闇に陥れていく。
そして、また今日も寝れずに日が昇った…。
「ねぇ、優衣香…?何だか最近月乃様の元気が無くないかしら?まさか、女の子の日?いえ、でも周期が合わないわ…優衣香は何か知ってる?」
「…雪乃ちゃん、それ先輩の前で言わないでね?ちょっと、いや結構気持ち悪いこと言ってるから…。でも、確かに最近の先輩は調子悪そう…前も弄ったら変な反応したし。けど、理由までは知らないかな、聞いてもはぐらかされちゃって…ね。でも…」
バンドの練習中、雪乃ちゃんから聞かれた先輩の不調は少し前から急に起きた。本当に急に。
その日から先輩は私たちの練習や仕事中の会話も何処か上の空で聞いて、何時もみたいな優しさもころころ変わる大好きな笑顔も見ることが出来なくて…。
けれどその傷に触れようとしてものらりくらりと言葉で傷に蓋をして隠してしまうから私たちにはどうしようも出来ない。
でも、あの顔をしている先輩に…私は、私だけは会ったことがあった。
それは、遠い遠い蝉の声が響く夏の日…バンドなんて興味もなかった私が、焼けてしまいそうになるぐらい眩しい…泣きながら音を奏でる先輩という太陽に出会った日。
ただがむしゃらに心のまま音を奏でる今とは違うあのメロディーが、あの叫びがまだ、私の中では色褪せない。だから、思い出せたんだ。
何か、大切なものを失ってしまったようなあの顔を。自分を責めて責めて、消えてしまいそうな先輩を。
でも、その思い出の中には先輩が何に悩んでそんな顔をしていたのか、その真相についての思い出は何一つ無くて私は雪乃ちゃんにそのことを伝えることは出来なかった。
「でも…?」
「ううん。ごめん、何でもない」
「そう…。月乃様、どうしたら元気出てくれるかしら…」
そう悩む雪乃ちゃんを眺めながら、私は自分の無力さを噛み締めていた。
だって先輩はいつも、いつも私達の…悩んでいる子の味方をして助けてくれるのに、私達はそんな先輩が辛そうな時に何も出来ないから。
先輩みたいに、心を震わせる音楽も…どうやって手を伸ばせば力になれるのかも分からない。
結局、凡才の私達は天才の先輩に守られる星々でしかなくて…隣にも、立てやしないんだってそう分かっているから…。また先輩に助けられるのを待ってしまう。
そして、だからこそ…目の前に走った無知で愚かで…それでも誰よりも輝く名もない彗星の眩しさに目を瞑りたくなった…。
「月乃さんっ!私達の歌、聞いてくださいっ!きっと、今度こそ月乃さんを越えますからー!」
そう、思わず叫んでしまったのは大好きで憧れの月乃さんが死んでしまいそうな顔をして…。
あの日の、あの私達を救ってくれた夜の…いやそれよりも酷い顔で1人寂しく泣いていたから。
「うん、そうだね…。ほら、杏ちゃんも行こ?」
「ちょっ、心乃音っ!?もう、分かったわよ…」
「はぁ、奏が元気になりすぎた…まぁ、やろっか」
「んっ、まだ言葉は練習中。だから、音で示す。星さんたち、借りるよ?」
そして、私の言葉に宿った気持ちを皆は理解してくれて直ぐに準備を開始してくれた。
実際、今の私達の歌なんかじゃ月乃さんの立つ空までは届かない。でも、私達の歌なら独りなんかじゃないって伝えられるってそう信じている、いや…そう月乃さんが教えてくれた。
だから、練習中のバンドの人達に少しだけ退いてもらって私達は音を奏でた。
月乃さんのお陰で繋がれた私の、私達だけの音楽を。
今まで、私の為だけにリズムを刻んでいた音羽ちゃんのドラムが皆を引っ張って、
本当の心を隠し続けていた心乃音ちゃんのキーボードが、本当の心から生まれた音を奏で、
音だけは素直で実直な杏ちゃんと由莉ちゃんのベースとギターが私の奏でる道を舗装してくれる。
だから、何も怖がらずに私のままで歌を歌う。
大好きで、大切な月乃さんの心に覆った雲をほんの少しでも晴らすために…!
そんな想いで歌った詩は、今までよりも綺麗に飛び立ってこの小さなライブハウスを揺らした。
これなら…そう思って上げた私の瞳に写ったのは、辛そうに痛そうに泣いて離れていく月乃さんの小さな小さな背中だった。
─な、なんで…?私は、そんな顔をしてほしかった訳じゃ…。
そう思って手を伸ばしても、堕ちた月は顔を隠して目の前から消えていく。
私を、私達を見ずに…。
救おうとした歌は、大好きで憧れの月を傷つけた。その事実だけが残って、ギィと嫌な音を立てながら月乃さんは自分の部屋に戻った。
閉じられた扉は、私達と…月乃さんのもう埋められはしない溝のようで、震える手を縋るように伸ばすことしか出来なかった。
─それから、何れぐらい時間が経っただろう。良く分からない…でも、汗で肌寒くなるまで私は見えなくなった月を探していた。
けれど、やっぱり見つからなくて…枯れきった喉を必死に震わせて私は、同じように暗い顔をした皆に伝えた。
「だめ、だったね。でも、でもね…もう諦めない。そう決めた、から…だから、あの人に届くように新しい歌…作ろ?付き合って、くれる?」
それは、私の精一杯の強がりで…そして、あの日の救われた夜に誓った誓いだった。
だって、月乃さんは…何処までも諦めずに私達の心を掬ってくれたから…。
「うん、そうだよね…諦めない。もう、絶対諦めないし自分の心も誤魔化さない…そう決めたから、付き合うよ」
「この…。私も、言葉苦手で…伝えられないかもしれないけど、だからって止めない。だって、月乃にそう教わったから」
「はぁ…そうね。私だって、あの人のお陰で救われたから手を貸すわ。それに…あの姿、見覚えがあるから」
「奏、皆…そう言うと思ってた。じゃ、泣いてないで作曲しないと。ほら、行くよ?」
─あ、やっぱり…皆も同じなんだ。うん、そうだよね…たった1回届かなかった、それだけで諦めれる程もう弱くない。あの人のお陰で、そうなれたんだから。
静寂に沈むことなんてしない。暗闇に留まることなんてしない。
だって、私達は何時の日かあの人を越えて隣に立って…そしてもうたった1人でしか出来ない悲しいバンドなんてやらせないようにするんだから。
「よしっ、じゃあ…私の家、行こう!今なら、一番の曲作れる気がする…」
「んっ。じゃ、星さんたち。楽器ありがと、またね?」
「あっ、ごめんなさい!お、お返ししますっ!」
「…う、うん。ありがとうね…」
そう言って楽器を返して疲れた身体で家へと皆と歩いた夜空は酷く曇っていたけれど、私達の気持ちはそんなものすら美しく写るぐらいに高まっていた─。
嵐が過ぎ去ったように静かになったライブハウスで、急に狂ったような笑い声が響いた。
「ふふっ、ふふふっ!えぇ、えぇ…無知って怖いわ…?あの、月乃様に追い付くどころか越そうだなんてっ!あぁ、でもそうよね…?いつか、越さないと行けない目標だって忘れていたわ…!」
「あはっ、雪。そうだね?うん、そうだったよね…私達は、初めからあの子たちみたいにそれが目的だったから。近くに居すぎて、あの人の光が眩しすぎて忘れてたよ。じゃ、このままじゃ居られないね?あの人の悲しみも、あの子たちも…潰そっか?」
「ね、美琴の言う通り。私も月乃姉さんの頬を叩かないと…気が済まない。それに、月乃姉さんは前酷い嘘ついたんだしあの子達には借しもあるし、全部追い詰めて悲しみまで貪り喰ってやる」
「えっ…?えっー!??ちょっ、なんでそんな過激なのぉ!ゆ、優衣香…!優衣香はもっと平和的な解決選ぶよねー!?」
Lost Starの中でも先輩に特に狂わされた三人の暴力的な声といつでも優しい夕輝の声が何時も通りで…いや、夕輝以外の元々三人は音楽には狂っていてたまに狂暴になるんだけど…でも、だからこそ少しだけ安心できた。
私1人じゃ泣いてそれで、また逃げてそれで終わりだっただろうから。
だから、悪い顔して笑う三人に釣られて私も嗤った。
「ふふっ。そうだねぇ、というか先輩ってば悪い人だよね?私達以外にもちょっかいかけてさぁ。少し、思い知らさないと…ね?それに、あの子達に先輩、奪われたくないし?」
「あわ、あわわっ!優衣香まで闇落ちしたっ!?もうっ、しょうがないっ!私だって覚悟決めるよっ!皆との音…大好きだし、月乃さんにはお世話になったから…!それに…私だって思うところがない訳じゃないからねっ!よっし、Lost Starっ!本気で、全部飲み込むよっ!」
「「「「おおっ!」」」」
夕輝の元気良く叫ぶ声に皆で共鳴して、私達は走り出した。
月よりも、輝く星だって…大きな星だってこの世には存在するんだってあの人の前に証明して…そして、太陽のように輝いていた先輩の過去の全てすらも奪い取るために─。
─あ、でもその果てに、先輩が私のものになってくれたら…いいなぁ。
お久しぶりです。やっとこそ書けました…難産でした…っ!
そしてここからは、月乃が負ける番です。やったね!ここから物語は更に動いていく予定ですので亀のように遅い更新ですがお楽しみに待っていただければ幸いですっ!
では、また次回でっ!