世界が終わってからどれくらい経ったのかな。
よくわかんない。
どうして空はこんなに澄んでいるのかな。
世界が終わったはずなのに、まるで何事もなかったみたいに綺麗。
雲はゆっくりと流れてて、風は頬を撫で、草の匂いを運んできてくれる。こんなに優しい世界なのに、どうして私はこんなに寂しいのかな。
家には、お姉ちゃんがいない。
その事実だけが、世界の終わりを静かに告げていた。
最初の頃は、探せば見つかるって思っていた。
地下シェルターに避難したのかもしれないし、どこかで私の名前を呼んでいるのかもしれない。だから私は歩き回って、誰かに尋ねて、探し続けた。
でも、返ってくるのは決まって同じ言葉だった。
「お姉ちゃんなんて、最初からいないよ」
そんなはずない。
だって私は覚えている。朝ごはんの時、眠そうな私の髪をくしゃっとしてくれた手の温度。
「アリスは困った子だね」って、少し呆れたように、それでも優しく笑った声。
その声が、少しずつ遠ざかっていく。
昨日は顔がぼやけて、今日は名前が喉の奥で絡まって出てこない。
忘れたくないのに、忘れていく。
忘れたら、本当にいなくなってしまうのに。
歩いていると、風がひゅうっと鳴った。
振り返ると、地面に影が落ちていた。
私の影じゃない。
細くて、背が高くて、私がよく知っている影。
「……お姉ちゃん?」
影は何も言わなかった。
でも、風がふわりと頬を撫でた。
あの時みたいに、優しくて、温かくて、泣きたくなるほど懐かしい風。
「忘れていいよ」
そんな声が、風に混じって聞こえた気がした。
「もう苦しまなくていいの」
「アリスが生きてくれたら、それでいいの」
やめてよ。
そんなこと言わないで。
忘れたくない。
忘れたら、私、どうしたらいいの。
胸の奥がぎゅっと痛む。
「どうしてあの時、行かないでって言えなかったのかな。」
「どうして、気づけなかったのかな。」
後悔ばかりが増えていく。
影はだんだん薄くなっていく。
風も止んで、世界が静かになる。
空だけが、やけに青かった。
その時、ひとつだけ思い出した。
名前も声も忘れてしまったのに。
お姉ちゃんが最後に見せた笑顔だけは、はっきりと残っていた。
あの笑顔の意味に、私は気づけなかった。
あれは、さよならの笑顔だったんだ。
「……ごめんね」
ぽつりと呟いた言葉は、青空に吸い込まれていく。
「ごめんね、お姉ちゃん。忘れたくない。忘れないよ。」
その瞬間、空の向こうで誰かが笑った気がした。
困った子ね、と。
あの時と同じ、優しい声で。
振り返っても、もう誰もいなかった。
でも、風だけがそっと背中を押した。
まるで「大丈夫」って言うみたいに。
「終末観察プログラムを完全終了します。またのご利用は出来ません。」