君にヒーローアカデミア   作:おぷと

1 / 6
Ep. 1 特別講師

 

「――それから。今日3-4限、外部から講師を招いて講堂での特別授業だ。1年ヒーロー科2クラスのための講義だが、聴講生希望が多いから実質ちょっとした全校集会だ。くれぐれも粗相のないように。質問のある奴はいるか、いないな、以上」

 

 1年A組の朝のHRで、相澤は最後にそう付け加えた。にわかにどよめく教室内。しかしそれは学校行事に湧くそれではなく、困惑の混じるざわめきであった。無理もない、入学式すらスキップしたクラスで、2限も使って集会ごとである。学校っぽいが、言うなればそう、雄英らしくない。

 

「講義内容は何でしょうか!」

「特別講師とはどなたのことですか」

「美人ですか!?!?」

「2限も使うって珍しいッスね!?」

「なんでそんな聴講希望いんの、何事?」

 

 入学してまだ間もないが、担任のやり口を既に把握し始めていた生徒たちは、先日決まった委員長飯田と副委員長八百万を中心に、彼の「いないな、以上」に被せるよう挙手して質問を繰り出した。

 相澤は彼らを一瞥すると、やや面倒臭そうに口を開いた。しかし嫌そうな素振りではなかった。

 

「実施が先方の厚意だからカリキュラムにこそ含まれていないが、毎年やってる恒例行事みたいなものだ。講義内容は毎年少しずつ変わるが、大筋は一貫している。『個性について』だ」

「先方?」

「国立個性究明研究所、通称QIL。名前くらいは聞いたことのある奴もいるだろう」

 

 その担任の言葉にクラスの反応は概ね二分された。即ち、なんだそれ? 組と、その単語の大きさに戦いた組である。前者の代表、上鳴は正にその通り思ったことをそのまま口にした。すぐさま八百万から解説が飛ぶ。

 

「国立個性究明研究所といえば、国内の個性研究の最前線にある施設ですわ。世界的に見ても注目度の高い論文を多数発表している、我が国の誇りでしてよ」

「ほえー」

「たしか国直轄の機関で、詳細不明なヴィランの危険な個性を同定したり、個性事件の専門家としてもよく招聘される機関ですよね。そんな凄い人たちが講義に……! 流石雄英……!」

「めっちゃ感動しとる……」

「なんでも校長のツテらしい。例年は男性の研究員が教壇に立ってくださるが、今年は都合がつかず別の方だそうだ。女性だと聞いているが俺も見たことはないので外見の情報はない。他にはないか」

 

 生徒側から明確な返事はなかったが、相澤はなしと判断して教室を出た。峰田の力強い雄叫びが朝の雄英に響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だぁからなんで私が中坊に授業なんかしねえとならんのだ、院どころか大学すら出とらん一般人に何を教えればいいと!? 一般教養か、ええ!?」

「中坊やのうて高校生ですってういる先生、しかも天下の雄英やで」

「高1なんざ中坊と変わらんだろうが分からず屋!」

「相変わらず悪口のボキャが優しいねんな……しゃあないでしょエリックさんいま海外なんやから、国の圧力とあの人の顔、両方丸く収まるんやから、ね?」

「大体コレお前の紹介も兼ねとるんだからお前が講義すりゃ一番丸いんだよ!」

「だから僕ァ医者であって基礎研究まで手ェ回ってないんですって」

「それでも中坊の講義くらい易かろうが、臨床ばっかやってんじゃねえぞ甘えため!」

「教授みたいなこと言わんでくださいよもう! 子供騙しは止めろって言われとんですよ知っとるやろ!」

「嫌だ!」

 

 も、もめてる……。

 講義開始予定10分前、きっちり講堂に集まった良い子のA組たちが見たのは、檀上で四肢を投げ出し駄々をこねている成人女性とそれを宥める男性の姿だった。どちらも白衣を身に付けている。

 いい大人のあまりにも大人気ない姿に高校生たちは言葉を失った。唯一、彼だけは「美人が本気でゴネてんのそそるな……」と歪みないセリフを吐いていたが。隣にいた緑谷はちょっとだけ女性に引いてしまったので、ブレない峰田をちょっぴり尊敬した。

 男性は入ってきたA組の方を見て、何かに気づいたのか少し目を丸めると再度女性に話しかけた。

 

「ほら、()()()()もお見えやで。エリックさんどころか操太くんのメンツまで潰さんでください、あの人にまで見限られたらほんまにいよいよですよ」

「…………わかった」

「ほな僕後ろで聞きながら修繕寺先生と話してきますんで」

 

 男性は話がつくや否やスチャ! と敬礼し、ステージから席側に伸びる階段をすんませんなあ、とか言いながら降りてきた。スタコラサッサのSEが良く似合う引き際である。

 女性は深く長いため息をついて、前に1年A組B組、その後ろに聴講生がひしめく会場を一瞥した。それから、キィ、ン、とノイズをたてながらマイクを手に取り、先程の一幕などまるでなかったかのような実にクールな声色で「そこのお前」と切り出した。緑谷の方を見ている気がする。

 

「お前だ緑モジャ」

「え、っと。僕ですか」

「そうだよ。昨今の義務教育の範囲なぞ知らんからお前が代表だ喜べミスター。答えてみろ、個性とは何だ」

「え、っと」

 

 突然の指名に緑谷はつい返答に吃った。個性はヒーローの専売特許のようものとはいえ、あまりに身近で生活に馴染みすぎている事柄、改めて問われると即答には少し難しいものがある。因みにこのとき心臓を震え上がらせていたのは緑谷よりも相澤であったことをここに明記しておく。担任してまだ少し、その上除籍を真っ先に考えすらした生徒とはいえ、外部の人間にそんなことは関係がないし、教え子であることに変わりはない。

 

「……100余年前、中国・軽慶市にて発見された光る赤子を皮切りに、人類に出現し始めた、先天性の超常変異……ですかね」

「他には」

「他!? あう、えーっと、何を言えばいいか……今は世界人口のおよそ8割が持ってて、」

「統計ね。大事だ」

「日本ではヒーローをはじめとした特別なライセンス所持者にのみ、公的な使用が許可されている」

「ふむ。制度について今回私は触れるつもりはないが君たちには重要だ。結構」

 

 その一言で許されたのが分かった緑谷、及びA組一同はほっと安堵の息をついた。彼女はヒールをカツカツと鳴らして舞台上を移動し、「次、そこの金髪」と別の生徒を指名した。B組の物間だ。出席番号が後ろの方の生徒がちょうど3列目辺りで、視界に入りやすいのだろう。打って変わって今度はB組に緊張が走る。

 

「はい」

「今度はもう少し、我々研究者の目線に近付いてもらおう。ときにミスター、個性が遺伝することは今時その辺の幼稚園児でも知っている常識である訳だが、そもそも遺伝とはどのようにして起こる? 説明してみろ」

「え……えーっ、と……」

 

 物間は視線をうろつかせた。全く分からない訳ではない、が、綺麗な説明ができる程の理解度でもなかった。周囲にはクラスメイトにライバルのクラス、後ろに先輩や他科、先生。エリートたるヒーロー科なのだから、きちんと答えられなければいけない。物間はそういう考えが人一倍強い性格をしていた。

 数秒答えを待った彼女は口癖なのか再度ふむ、と口にすると、口紅を引いた薄い唇を少し開いて笑った。

 

「諸君。これは嘗て私も生徒であった経験から送る先輩としてのアドバイスだが、教示を受ける際は馬鹿である方が得であることが多い。何故なら馬鹿が嫌いな人間には教師など務まらぬからである。まァ私は教師など真っ平御免なのだが今だけは仕事をするさ。諸君、少なくとも今この場では馬鹿であれ。頭の良い奴は馬鹿なフリも上手い、できるだろう雄英生」

「……」

「他人の目が気になるか。だろうな、お前らエリートだもの、それで正解ですらある。いいだろう、ならば『そんなことも知らねえのか』と呆れ笑いたくなった奴から手を挙げ名乗り出るといい。後ろの年上も教師も残らずだ。私がこの場で体を八つ裂きにしてやる」

「や、やつざき」

「学問をする上で、無知を笑うこと程滑稽なことがあるかよ」

 

 講堂が静まり返る。しかし嫌な沈黙というよりは、各所で息を飲む音が聞こえるような、ある種の感動や尊敬を伴うような空気であった。彼女はまた客席を一瞥し「結構」と笑う。既に彼女はこの空間の覇者であった。

 

「そもそもこちとら専門家、この場の誰の知識量にも期待なんざしとらんわ。調子に乗るなよ一般人ども」

「口わっる……」

「爆豪みてぇ」

「んだとコラ」

 

 少し緩んだ空気に思わず雑談が飛び出す。がしかし騒ぎ方が控えめなのはやはり彼らがいい子である証左である。

 

「さて話を戻そう。ミスター、先の問への答えを。単語でも関係があるかもしれないだけの事柄でも、なんでもいい」

「あ……DN、A、とか。遺伝子」

「結構。知ってるじゃないか」

 

 彼女は物間にそう笑いかけると、またカツカツと移動を始めた。A組の辺りに戻ってくるようである。崩れるみたいに席についた物間の顔はほんのりと赤い。斜め前に座る円場がぽそりと「罪作り……」と呟いた。

 

「遺伝は遺伝子、核酸配列の情報が親から子へと伝わることで起きる。そして、個性は遺伝する。このことから、個性をもたらしているとされる個性因子、その原点もDNAであると考えるのは自然なことだ。ここまではいいか、そこの葡萄頭」

「ハイ!」

「しかしそれは未だ一説にすぎない、事実とは言えないということだ。何故か?」

「分かりません!」

「結構、その潔さは嫌いじゃない。個性を発現しているはずの細胞を観察しても、必ずしも23対46本の染色体、そこに刻まれるヒトゲノムに変化が起きている訳ではないからだ」

「……???」

「勿論変化している場合もあるが、DNAは個性黎明期以前の人間のそれと同じまま、タンパクによる巨大構造が作られていたり、やたら脂質が蓄えられているだけであったり、細胞膜によく分からん糖修飾がメタメタに付加されているなんてパターンもある。要するに、人によって、細胞によって、起きていることがまるで違うということだ」

「あ、なるほどそれならオイラにも分かる!」

「結構」

 

 そう言うと彼女はまた移動する。子どもたちは聡いので、次に当てられて発言するのは柳であると察した。その次は八百万、鱗の順、そうして各クラスの出席番号1番へ、の流れだろう。

 

「個性が確認されてからおよそ140年、本格的な研究が始まって90年。私たちは未だ、個性を『起きていること』で描写できないでいる。『普通のノーマルな人間とは違う部分』、という風にしか、個性を定義できないんだ」

 

 しかし彼女は今度はB組ではなく、プロジェクターと繋がっているパソコンの方へ向かって話しながら操作を始めた。資料作ってきてるんじゃん。あの全力の駄々は何だったというのか。

 

「これは我々生物学者にとって、大変な屈辱だよ。これでは何も分かっていないのと同じだ。だから個性の発現を、『進化』などと言う輩が現れる」

「……違うんですか」

「ああ違う。よく覚えておけよ、個性の申し子ども。私たち人類には、個性を獲得してからの100年以前に、何千年もの歴史がある。そこで繰り返されてきた自然選択、腹立たしいことに近年では古典的などと形容される進化論に、個性の獲得は全く当てはまらない」

 

 彼女は発表用のパワーポイントではなく、検索エンジンで『人間 進化』と入力した画面を映した。画像検索に切り替えると、人間が猿のような格好から徐々に二足歩行になり、一番右側に翼が生えたり尻尾が生えたりしている変化を描いたイラストが出てくる。「こういうやつ。頼むから信じてくれるなよ」彼女は眉尻を下げて困ったように言った。

 

「……でも、一般では進化という単語を使うこともあります。メディアでも聞きます、どうしてですか」

「良い質問だミス。実は先程言ったように、これまでの自然選択による進化を古典的な進化とし、これまでの進化とは別物だと理解した上で、個性の獲得を新しい進化と定義する一派があるんだ。ただの名前の問題だから私としてはどうでもいいんだが、混同しやすいという意味では他にやり方があるんじゃねえかと思っている。わざわざ進化と呼ばなくてもいいのに、進化って響きがカッコイイから使いたがってる奴らがいるという話だ。諸君はここでは、とにかく既存の進化と個性獲得の機序は別物であると理解してくれればそれでいい」

 

 この辺りの話は毎年来ている研究員が専攻だから、詳しく聞きたい奴は後ろの先輩に尋ねるか来年聴講するといい、と女性は加え、柳は軽く頭を下げた。八百万がそれを見て、恐る恐る口を開く。まだ話したかったらどうしよう、という不安故だったが、言うまでもなく杞憂である。

 

「では、先生は、どのような機序で人類は個性を獲得したとお考えですか」

「いいな、核心に切り込むじゃないか。嫌いじゃない。私はプラスミドだと思っている」

「なるほど……」

「ただこれは私の考えにすぎないし、個性学分野のなかではかなりロックな学説なんだ。話半分に思っておいてほしい」

「分かりましたわ」

「ロック……」

「さてプラスミドが何か分からん諸君よ。つまり私は、個性は人間のうちから何らかの要因によって変化して生まれたのではなく、外的要因のせいで、つまり外から何かが人間にブチ込まれて生まれたと考えている」

「おおなるほど! 確かにロックだわ」

「だろ」

 

 切島の感嘆に彼女は自慢げににやりと笑った。自論が尖っていることに対してプライドすらありそうな笑い方だった。耳郎はそわつく耳のコードの先を手で捕まえて抑えた。生徒の側から質問や発言の飛ぶ、良い雰囲気の講義であった。

 

「外的要因によって体の細胞が変化するという事象は、実は生きている限り日常的に起きている。水を飲んだり呼吸をしたりも一応はそうだし、紫外線、太陽光を浴びるだけでヒトには変化が起きる。とはいえそんなことで、何千年も何もなかったのに100年前に急に個性が生まれるなんてことはないだろう。では何が起きたと考えるのが妥当か?」

「……ケガとか病気?」

「良い筋だミスター。私はね、感染だと考えている。厳密には少し違うがね」

「感、染……」

 

 緑谷は思わず呟いた。彼は自身の師、オールマイトから、彼の個性を譲り受けた日のことを思い出していた。

 

「ああ、そういえば紹介が遅れたな」

 

 目の前のスクリーンがパッと切り替わる。スタイリッシュなデザインのロゴと、National Quirk Investigation Lab.の文字列が映った。

 

「国立個性究明研究所から来た、斉木ういると言う。専攻は微生物学、……細菌や、ウイルスの研究が専門だ。最近は専ら分子生物学者なんだがそこはまあいい。よろしく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「めっっっちゃ面白かったね!?」

「わ! う、うん」

 

 4限目が終わって昼休み、講堂から食堂へ向かう生徒たちの大きな流れの中、麗日は興奮気味に緑谷に話しかけた。緑谷はまだこの頃は女子と話すのに慣れておらず、いかにもナードっぽいどもった返事をした。

 

「マジそれな! スッゲー分かりやすかった!」

「なんか頭良くなった気がする」

「気がするだけでしょ」

 

 その後ろからクラスメイト達が次々同意する。教室に戻るより近いので、お弁当組以外は大体食堂に向かっているらしかった。

 

「普段の授業もこうならいいのになあ」

「気持ちは分からなくもないが、難しいだろう。カリキュラムの存在する授業と、話題の自由度の高い講演では勝手が違う」

「だよねえ」

「でもあんなに分かりやすく喋れるのに、なんで最初あんなに嫌がってたんだろうな?」

「子どもが嫌いとか? 俺らそんな歳じゃねえけど」

「てか途中笑ってなかった?」

「あ、それ……僕分かるかも」

「お?」

「多分……すっごく頭を使うんだ。僕、ヒーローが大好きなんだけど、他の人に説明するとき、用語とかセオリーとかが全然通じないから。言い換えて、説明して……でもそれを毎度やってたら、どうしても説明が冗長になって、かえって分かりにくくなっちゃうんだよね」

「テメェが要約下手(バカ)なだけだろがクソデク」

 

 緑谷がワタワタという効果音を伴って説明していると、爆豪がどけや、と後ろから肩を押し退けて緑谷を追い越しノシノシ歩いていった。緑谷が失敗から学ぶ(そしてその速度がえげつない)タイプであるのに対して爆豪は失敗する前に正解が肌で分かるタイプであるので、彼の言葉はある意味で合っていてある意味で間違っていた。切島がオイ、と言いながら彼を追いかけていく。

 

「んじゃ、ヤオモモも唸る最先端の研究の話を私たちに分かりやすく説明したあの人、やっぱ相当凄い人なんだ」

「だと思う」

「ヒエー」

「でもそう思うと、最後のオチ余計オモロいな」

「ああ あれ……んふ」

「思い出し笑いしてる」

 

『さて、そろそろ時間なので最後に諸君へ贈るTake home massageだ。これまでの話は全て忘れてもよろしい』

『『!?!?』』

『講義などついでだ。今日来たのは言うなれば自己紹介のためでね』

『冒頭で終わってんじゃねーか』

『そうだよ。この空虚さが諸君に分かるか、こちとらノーギャラだぞ本当にやってらんねえ。覚書(おぼえがき)』

『ああはいはい。要するに、個性について悩んだら僕らに連絡してきて構へんですよってことですね。ヒーローは個性が売りもんですから、僕らQILはよくヒーローのための研究機関とか呼ばれたりします。君ら雄英生はそんな僕らとのツテを、雄英生であるというだけで無償で貰えるという訳です。自分で言うのもなんですけど、相当恵まれてると思いますよ』

『……私が言うのも本当になんだとは思うがお前今日マトモに喋る内容それでいいのか。担当お前だぞ』

『やって全然連絡来んのですもん。どんだけ貴重なコネか分かっとんか言いたぁもなるでしょ。僕はオモロい個性のオモロサンプルがほしいんです』

『それはそう』

『身も蓋もない!』

『俺たちのことサンプルだと思ってる……!』

『だから連絡こねーんだろ!』

『あはは、ナイスツッコミ。まあ冗談です、この人は本気ですけど。僕の名刺人数分置いて帰りますんで、興味があるとかでも全然いいんで気軽に電話してきてくださいね』

 

「漫才だったね」

「打ち合わせとかしてたんかな、そうは見えなかったけど」

「普段から漫才してるってこと? 国内最先端の研究所で?」

「待ってそれやば……フフ……」

 

 葉隠の言葉にうっかりツボに入ってしまった耳郎が歩きながら笑いを噛み殺す。先生について想像してあれこれ好き勝手言うのは生徒に許された一種のエンタメなのだ。

 

「や、でも実際気軽に電話は無理だよなー。知らんかった俺でもビッグネームなのが分かるもん」

「悩みすぎて人生変わるくらいじゃないとな」

「名刺、プロヒーローなっても取っとかないとだね」

「……、」

 

 クラスメイトの何気ない言葉に、緑谷はドキッとした。嫌な感じのドキッだった。彼は個性について悩みまくった結果人生が変わるくらいというか実際変わった上に、今も尚悩まされている最中だった。無理もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒロアカってアカデミア言う割にアカデミック要素なくないです?」

「少年漫画に学術要らんだろ」

「あー……読者層もあれですしね」

「響きじゃない?」

「みなさんごもっともで……」

「あ 帰ってきた、おかえりなさーい。雄英どうでした?」

 

 デスクスペースに残っていた研究員たちは、外出から戻ってきた2人の姿に顔を上げて雑談を中止した。

 

「ただいま。愛されて育ったんだろなってガキばっかだったよ、疲れた」

「斉木覚書、只今戻りましたあ。言うても楽しそうに講義されてたやないですか」

「今すぐ雄英に戻って修繕寺女史に治癒してもらってくるといい、深刻な視力低下を来たしている」

「僕の目が悪いのは前からですんで心配せんでください」

「先生の眼鏡 度やばいですもんね」

「かけたん?」

「前に。死にました」

「やろなあ、レイくん視力2.0とかやろ」

「や左はそんな、1.8くらいです」

「誤差」

 

 髪の白い青年――レイは、そこまで会話すると、「コーヒーいれてきますねー」と給湯室へ引っ込んでいった。彼は童顔で実際この場で最も歳若く、研究補佐という肩書きに加えて本人の気が利くこともあり、こういう全く必須でない雑用こそを自分の役目みたいに思っていた。

 

「お前ら昼食ったか」

「いえ、まだですが。そのまま帰ってきたんで」

「なんかあるんです?」

「いや……」

 

 言い淀んでクマの酷い目で視線をうろつかせた、壮年に片足を踏み込んだ中年の男は、斉木が珍しく敬語を使う人間だった。何を隠そうこの研究所の所長、空井(うつい)である。ふたりが疑問符を浮かべていると、黒髪の女性が説明を引き継いだ。

 

「……生化室の右手奥、壊れたまま放置していた古い遠心機、あったじゃないですか」

「あったな小さいやつ」

「捨てるって言ってたのを御吏田(みりた)さんが暇つぶしで改造して、フードプロセッサー作ったみたいで」

「は?」

「便乗した生形(うぶかた)さんが材料買ってきてタネだけ作って、今冷蔵庫に大量にあって。食べたかったら各自適宜焼いて食べるシステムになりました」

「誰が食べたがるんですそれ」

「『めっちゃ洗ったし3回滅菌したし大腸菌破砕には使ってなかったしいけるいける』、だそうです」

「どっちもイカれてんな相変わらず」

「今年度お前が言うな選手権堂々の第一位」

「今5月やでメダ子ちゃん」

「ノルマ5個、お願いしますねドクター」

「堪忍してごめん堪忍して」

 

 おかっぱ頭から2本の細い触覚のようなものを生やした女性、メダ子は微笑みながら言った。彼女の表情は普段から穏やかな無表情か穏やかな微笑みかの2択なので特に変なことではないのだが、覚書は慌てて彼女に謝り倒した。メダ子はこの研究所の経理、すなわちお財布を握っている立場なので、並大抵のことでは誰も彼女には逆らえないのである。

 

「お前らとレイと凪乃(なの)以外はもう被害者だ、諦めろ」

「そういえばあいついないのか、珍しい」

「いやさっきまで……」

「はーい、呼ばれて飛び出て凪乃ちゃんですよー!」

 

 可愛らしい声がすると、部屋に設置されているモニターの画面に女の子が上から降ってきた。青とも緑とも黒とも銀ともつかない不思議な色の髪をツインテールにしている。彼女は電子機器やインターネットに潜り込める珍しい個性を持っていて、その中では容姿も声も自分の好きに実現できるらしい。前衛的なアイドルのような衣装は萌え袖で、足は途中からノイズがかかったように消えている。曰く、リスペクト先があるのだとか。

 

「お出迎え遅れちゃってごめんなさぁい、ふたりを叩き起……呼びに行ってました。もう来ますよ」

「寝かせておいてやれよ……」

「呼ばなきゃ後悔する面子だから呼んだんです」

 

 片頬を膨らませてプンスコ、と画面上で凪乃が実際に漫画的表現をしたとほぼ同時に、件のふたりがスペースに顔を出した。どちらも男性である。

 

「あ、本当だ帰ってきてる。おかえりなさい、兄貴どうでした、いました? ちゃんと先生できてました?」

「ねっみ……おけーりス……」

 

 片方は叩き起されたばかりとはとても思えない、爽やかという単語の権化のような男だった。物腰も表情も柔らかで、良いとは言えない切れ長の目つきですら、かえってスタイリッシュな好感に昇華している。印象を一言でいえば、ちゃんとした大人、である。

 対照的にもう一人は全くちゃんとしていなかった。髪はボサボサ白衣はヨレヨレ、本当に叩き起された直後の人間がする振る舞いをしていたが、実は彼は普段からこんな感じだった。部屋と凪乃の映るモニターの明かりを眩しそうにしている点を除けばだが。

 

「雄英ヒーロー科行ってたってマジすか」

「……? マジだが。何を今更」

「マジすか……だって今年の雄英、なんだっけあの、オールマイトいるんでしょ」

「らしいな、僕らは会わへんかったけど。あ、お兄さんはおったよー」

「結局どれだったんだ」

「A組のとこに座ってらした黒髪の先生です」

「ああ あの……話には聞いていたが本当に印象が違うな」

「見た目に無頓着で……あの人は親と声帯に感謝した方がいいです本当に」

 

 爽やか男、相澤操太は困ったように笑って言った。その後ろでもう一人、雰囲気だけでいえば弟より件の教師に似ている男、別宮(べっく)は凪乃と「声帯?」「諏訪部順一」「誰?」「えーっと……跡部様」「なるほどイケボじゃねーの」「アーチャー」「声帯を抱いて溺死しろ」「両面宿儺」「ケヒッ」と唐突なモノマネ大会に興じていた。セリフとも呼べない宿儺しかモノマネと呼べないくらいの微妙な仕上がりだった。

 

「別宮は何だったんだ」

「ああ、いや……今更ですけど、身内がエンカすると変に実感が」

「わかる」

「僕ら一体どうなっちゃうんやろうね」

「既にどうにかなったから今なのでは?」

「言えてる」

 

 メダ子の皮肉に同意したのは疲れた顔をした所長だった。国立個性究明研究所。世界中の研究者をして遅々として進まない個性研究に対して政府がそこそこの資金を投じて講じた対策の大目玉はその実、構成員11人という少数精鋭というにしてもあまりに心許ない実態をしていた。そう、こいつら11人もいるのに誰もストーリーを全部覚えてなかった。

 

「ならオレはどうにかなってよかったですけどね。みんなに会えた」

「お、お前お前お前〜〜〜」

「可愛いやつめ」

「お前は俺たちにとっての新たなの光だ」

「やめてこぼれる」

 

 斉木のデスクにコーヒーを置いたレイは周囲の大人たちにもみくちゃにされた。本人は嬉しそうと迷惑そうが3:7くらいである。

 

「ま、この先のことを知ってても知らんでも、僕らのやることはきっとそんな変わらん。空井さんとういる先生についていくだけです」

「オイ待て俺は首切り役だぞ」

「しっかりして所長でしょ」

「信頼してますよ」

「重い」

 

 助けを求める空井の視線に斉木は小さく笑ってパン、と手を叩いた。

 

「安心してくれよ諸君、こんな無秩序な世界でもどうやら林檎は上から下に落ちるらしい。さあ研究だ、我々は我々の仕事をしよう」

 

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。