モルガン陛下が最初のバーサーカーになったマスターの末路 作:湿度100モルパーセント
モルガン。異聞帯の女王にして妻を名乗り、藤丸立香を導いたサーヴァント。ある種の傾国の美女としての白髪に、恐ろしさと怜悧さを同居させる微笑みをたたえる魔女。
あるいは、この世界における特殊な立ち位置にあるサーヴァントだった。
「……ふむ。どうしたものか」
特異点に対する一般論は、往々にして通用しないことが挙げられる。聖杯を持つものが使用する固有結界─あるいは、自分で押し込めた無意識のうちの願望が潜んでいるものだ。
彼女にとっては思い返す理由もない常識。されど目の前の状況に対してはほんの少しほどの驚愕を持つことになった。
穏やかな草原は血まみれの獣人がひしめく雪原に。
美しい青空には荘厳な龍が死闘を繰り広げる曇り空に。
城であったはずの遠くの景色には不穏な黒い霧がかかる。
仮に押し込めていた二面性であれば、どれだけの時間を生きてきたのだろうか。あり得ない幻想の景色ではなく体験してきたからこその惨たらしい結末の有様に、呆然とするのは無理もない。
「ええ。……この程度で私が折れてはなりません」
襲いかかろうとする騎士のような影や幽霊は並の存在であれば絶望するか、あるいは発狂して自棄になっていたのかもしれない。
…されど、その対応を彼女が取ることはあり得ない。雨の魔術によって敵のみを正確に狙い穿ち、襲われていたワドルディを助け出す。
(やはり調子がいい。はて、この土地と私に何かしらの関係があるのか…?)
疑問を持つのもほどほどに、この場には不釣り合いな電子音が鳴り響く。一瞬だけ目の前の景色が青色の砂嵐に染まり、慌てた様子のホログラムが映し出される。
『大丈夫!?というかマスターと一緒にいないの!?』
「ええ、どうやら別の場所に飛ばされていたようでして…戦況を教えてください」
指揮を取っているダ・ヴィンチに向けてそう言いながら彼女は杖を振る。手を止めることで何か戦況が悪化する可能性がある以上、不可能ということではない。
そんな彼女の現状を理解したのか、一瞬のためらいだけで短く情報を伝える。
『……モルガンがいなかった第六特異点に近い神秘の量…だったんだけど、少し奇妙なんだ』
「奇妙、とは?」
『その空間に適性のあるサーヴァントがモルガンしかいない。マシュとかブーディカは僅か過ぎる適合率で入った瞬間にもとに戻されるみたい』
ダ・ヴィンチの情報は確かに妙なことだ。わざわざ黒幕が聖杯を使ってまでモルガンだけを通そうとした理由がわからない。
(あり得るとしたらバーヴァンシーかオーロラか…?まさか愚昧がわざわざ私を呼びつけるなら回りくどい方法など取る必要もない)
何を目的としたのかはわからない。まさか想定しうる限りで特殊な状況と判断することは非常に難しいのだから。
しょうがないと彼女は思考を切り替える。相手が誰なのかわからずとも強大であることは確かなのだ。
『ともかく、ワドルディ含めてそこにいるちっちゃい生き物は殺されないように立ち回って!!』
「言われなくともそうするつもりです。まさか臣下をむざむざと殺す女王などいないでしょう?」
彼女を奮い立ったのは、後ろにいるワドルディのためでもあった。
「わにゃ…わにゃ…」
駆け寄ってくるいつも通りの声と様子に安堵しそうになるが、その体を見れば一部の─モルガンの知るアヴァロンで見ていた不治の病とそっくりの黒い呪いが柔らかな手についていた。
(モース化、ですか…)
それにしては、と彼女は抱きとめたワドルディと竜の幼体を撫でる。撫でる手に擦り寄ってくるように懐いているソレにモースの特徴は一切見当たらない。
不安。恐怖。それらの感情が寄り集まった負の感情が妖精をモースへと変えていたはずだ。
しかし臣民としてついてくるワドルディがいる以上、モルガンという女王が立ち止まるという選択肢をとることはない。
彼女は妖精國の女王であり─あるいは、今もなお隠していた真実を受け止めてくれた夫に恥じることのない妻でありたいという、単なる意地でもある。
「……やりますよ。ワドルディ
新生妖精騎士団─なんて、素朴で純粋な彼らが理解しているとは到底思えない。けれどその決意がもたらしたのか、はたまた何かしらの記憶に触れたのか。
『!?』
「ワドルディ…?」
進化。成長。モース化の予兆はそれだったのか、と不覚をつかれた。
「わにゃ!」
ワドルディたちで何かのキッカケがあったのは確かだ。いつの間にか握られているパラソルや槍が幽霊や獣を振り払ってくれる以上、杖を振るモルガンの負担もいくらかは減るだろう。
『ランサー、ライダー、アサシン……報告するよ。モルガンの近くにいたワドルディは全員サーヴァントのクラスとして反応されてる!』
言葉を咀嚼する。難しいことは言っていない彼女の言葉でも、今の状況に必要かどうかは関係ない。
「……わかりました。このまま進軍します」
思い返せば、この世界に来てからは藤丸の指示に従い続けてきた。少なくとも戦闘は彼に任せたままで何も考えずに戦うことが多かった。
(……アヴァロンのやり方とはまた違ったものですね)
あの頃は政治的なことを考えて自分一人だけで動き続けることも多かったが、今回は気の赴くままに軍隊を動かせる。
「さて、この世界を支配してあげましょう」
あながち彼女の取っている行動は間違いではない。過程はどうあれ、モルガンと共に行動をすればワドルディ達はサーヴァントに等しい活躍をする。
(つまるところ、更にワドルディがいる方向へと進んでいけばいい)
無論、モルガンの向かう先はキャメロットではなかった。遠目から見ても廃墟同然の場所にこのか弱い生物が生きられるはずもない。
「となると…ふむ、こちらですか」
彼女は魔力探知をして最も近くにある集落へと─彼らが過ごしていた場所へと歩みを向ける。
『そちら側の聖杯で作られた領域も解析しておく!マスターの安全の確保優先しておいて!』
「言われずともわかっています。……おや、どこにいったのでしょうか?」
そういえば、とモルガンは思い出す。自らがこの特異点において真っ先に出会ったはずの生き物。
『なにがだい?今のところ、友好的な反応はどこにもないよ?』
「わにゃ…」
竜のヒナのようでいて、それでいてどこか理性的であった小さな生き物は、ワドルディ達も知らない様子だった。
「まあいいでしょう。仮に見つかれば保護をすればいいだけの話です」
今は探すべきではない。
そう結論づけ、彼女は夫が待ち受ける町への道を作るため、煙で霞んだ空を見上げる。
─望まない出会いが、あると知らずに。
──あの嘘がまだ、真実と気づかれないままに。
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