モルガン陛下が最初のバーサーカーになったマスターの末路 作:湿度100モルパーセント
稽古を始めてから一ヶ月後。ロンゴミニアドのレプリカをワンアクションで出し入れできるように咄嗟の判断力も鍛えましたから問題なしと判断し、次の特異点へと向かいました。
アメリカ大陸。私の國を滅ぼしたカルデアの記録では最初に刺されるのはラーマというインドの王である、と。経路含めて考えることは多いですが死ぬわけにもいかないので避けるように行動しましょう。
「とりあえず安全を…」
周囲の魔力の探知には引っかかるものは何もない。百メートルの安全は確保したと言っていいでしょう。
(とりあえず村の方向に気をつけて進むとして…手頃なエネミーでも…)
別に戦闘中の村もいくつかあるのでそちらから回るのも悪くはありませんが、どのような争いになっているのかを彼が理解していない以上はよしておきましょう。
「…バーサーカーとマシュ。悪いけど臨戦状態になってくれない?」
「どうしたのですか?」
「上からなんか来る…ああやっぱり」
彼は持ち合わせていた力で上空から降った敵の一合を受け止めました。そのまま格闘術に移行して獲物を手放させようとしましたが平然と逃げられて構えられます。
(ふむ、サーヴァント二人と戦闘なら悪くはないか…)
ホクロのある槍兵に対しては注意を払うべき力があるが、他の部分は平均的で対戦相手としては悪くないでしょう。
「マシュは黒髪の槍兵を。バーサーカーは…」
「周囲を警戒しながら支援しますので力を振るってきなさい。夫の初戦の相手としては申し分ない」
彼の指示に従うように前へと出たマシュへと妖精の加護を使っておき、私は杖を掲げておきます。
「はは、見たまえディルムッド。君にけしかけた手勢と同じように人妻との新婚旅行の第一功へと成ってしまいそうだよ」
「…我が君よ、その節は…」
相手が目の前のかけ合いに夢中になっていますが、二人の気配は歴戦の戦士そのもの。実力としてはガヴェインよりは劣っているようですね。
(そもそも妖精であるガヴェインと比べることそのものが間違っているような気もしますが…円卓の騎士よりは基準になるでしょう)
まともな判断にできる基準はベディヴィエールしかいないでしょう。
「よい、とりあえずはお前の相手であるマシュとやらを生け捕りにしてくれ。私はこの男を殺す」
「承知しました」
かと思えば一瞬で動き出して距離を詰めるのですから、相当な場数だけは踏んできたのでしょう。槍の扱いも様にはなっています。
「新婚だし妻の前くらいかっこつけさせてくれない?」
だが我が夫の前では怪我にすら繋がらないようです。相手の力との差は着ている魔術礼装で調整できていますし、教育した成果は出ていますね。
私は鍔迫り合いになった瞬間に更なる強化を行って獲物ごと両断する腹積もりでしたが、逃げられました。
「大丈夫。すぐに後を追わせてあげよう」
槍ごと弾き飛ばされた時点で打ち合いは不利と考えたのでしょう─水の魔術で呼吸を消そうとしてきました。他愛もない攻撃ですが速度があるので危険ではあります。
「夫よ、少しだけ手を貸しますね」
荒野の地面を最小限だけ巻き上げて水を吸わせます。この程度なら考えればできるかもしれませんが、今は戦闘中なので考えさせる余裕はないです。
「…策が尽きましたか。逆転される前に殺しなさい」
上から唐突に降ってきた魔術も含めて色々と考えなければなりません。彼が勝つことを確信して、私は探知に魔力を使いました。
特異点において聖杯の力を入手した─あるいは聖杯に歪められた人物であるクー・フーリン。ラーマを刺した直後、彼はとある人物に接触された。
大仰な魔術の行使をしていながら何一つ問題がないように振る舞うソレは、魔術王ソロモン*1だった。
「なんだ。味方じゃないならそこをどけ、殺すぞ」
素っ気なく言い放った彼はそのまま槍を構える。目の前の人を全て殺して王になろうとする以上、立ちふさがる者が誰であれ殺すのは変わらない。
味方なら少し生かすだけ。そしてメイヴから何も告げられていない以上、妙な動きをしたら殺すつもりだった。
「どうやら狂犬としての側面が押し出されているようだがサーヴァントから離れていないようで何よりだ」
構えられた槍が自分の胸を貫くのも厭わず、ソロモンは手に赤い令呪を形づくる。
「急ごしらえだが一つの命令を聞かせる分には問題あるまい」
令呪を持つマスターではなくとも、使い捨てで膨大な魔力さえあれば動かせる。規格外のサーヴァントに黒く染まった令呪で刻印する。
「あいつを殺せ。それだけだ」
たった一つの命令。狂王にとって優先順位がつけられただけの、小さな命令。あくまで命ごいをされたならそれに答える程度は『王としてのシステム』なら行うだろう。
彼の言葉通りの命令を実行する前に、目の前へゲートが形作られる。
「移動手段だ。一度きりだが離脱は問題ないだろう」
狂王には注釈を聞くつもりもなく、即座に荒野へと肉体を躍動させて狩りにかかる。
エモノは目の前の
─『
対軍宝具。聖杯のバックアップを受けた宝具の投擲は、周囲を警戒していた魔女や盾の騎士ごと貫かんとする正に必殺の一撃と呼ぶに相応しい代物だった。
いち早く気づいたモルガンがロンゴミニアドを構える。マシュが遅れて後ろを振り返り─そして誰もいないことに気がつく。
「先輩!?」
静止の声も聞こえないふりをするマスターは、槍に最も近い存在─すなわち、モルガンを守るために自らの身でもって受け止める道を選んだ。
彼は本来ならマシュに守られて回避することができた─体が動かなかったこそ守られた命だった。その運命が変わった理由は紛れもなくモルガンが教えた武術であり、彼のワガママだった。
レプリカの槍を構え、勢いを宝具同士の衝突で抑えようとする。
「真名擬似開放─
真っ向勝負としての痕跡として黒い光と白い光が周囲へと散っていく。一瞬にして長い均衡が終わった先にあったものは─
─胸から槍が突き出た、
─口から血を吹き出して倒れた、
─マスターの姿だった。
「…どきなさい」
自分でも驚くほど冷たい声が喉から出た。荒れ狂う激情で敵を殺し尽くしたいが、今はそうするべきではない。
「
夫に刺さったその槍へと魔術を使い、呪いや毒性を素早く抜き取ります。悍ましい呪いばかりの赤い槍は血まみれになった体から落ちました。
「…目的は達した。危険だから今は引く」
目の前の傷つけたバーサーカーを殺してしまいたくてたまりませんが我慢します。夫の様態のほうが急を要しますから。
寸前に槍を回収していったのでそこだけが不安要素ですが、そんなことはどうでもいいのです。
「…!」
槍の呪いを解除したことからわかりますが、彼の体は心臓を貫かれたという結果だけが残ったようです。ギャラハッドの加護がどれだけ毒や呪いに対して有効かわからない以上、早急な措置が必要です。
「あー…そっちは怪我とかしてないよな?」
彼は体を少しだけ動かして血まみれの手で触ってきました。全身についている血の多さはすぐに治療を行わなければ間に合わないでしょう。
「何を言っているのですか。今は喋らなくていいので療養してください」
「心臓が…貫かれたわけじゃない…腹一帯だ…」
救世主のときのように彼を助けることはできません。なのになぜそんな余裕があるのか不思議でたまりません。
「…バーサーカーさん、先輩は…助かりますか…?」
「助けます…助けなければ申し訳が立ちませんから」
生温くなっていた自分。仮初とはいえ過ごしていた夫婦生活。願われて訓練してしまったこと。咄嗟に回避が選択できずに夫を前に出させてしまったこと。
それらの事実が頭のなかに過っては記憶の中の妖精が騒ぎ立てる。『モルガン陛下はやはりブリテンを治める人物足り得ない』、と。
(考えろ、どうすれば夫を救える…?)
既に止血と新しい臓器の生成は終わった。貫通した部分の肉体まで作り終えた。けれど確実に衰弱していくことは間違いない。
「…いや、充分だ。ここまで出来れば喋れる」
「ですが…」
体を起こすことすら今の夫にはキツイはず。気絶しないだけでも奇跡みたいなものです。
だというのに気にせずこちらを見つめる彼は何を思ってるのでしょう。
「気にすんな。とっとと特異点終わらせて帰るぞ」
意地を張っているのかどうなのかすらも掴めない私は、妖精眼を使ってまで彼の本音を確かめます。
(メディカルチェックですからね…)
誰に見られるわけでもないのにそう言い訳しながら、私は確認します。
『守れてよかった / あなたが生きててよかった
痛いけど逃げちゃダメ / 代わりは誰もいない
自分が我慢しないといけない / 隣に立つため
勝たなきゃ / 生きなきゃ / 見捨てないで』
…どこまでも優しかった。私が動けなかったことを責めるわけでもなく、ただ私と共に生きることを望んでいた。
「夫よ」
理解した。
理解してしまった。
私がどんな存在だったのか。自分が何をしようと考えていたのか。
妹が言う通りの。
自分の望みだけで人を傷つけて振り回した。
愛してくれた人間を、踏みにじろうとした。
自分の恋心にすら目を背けるような。
愚かな、妖精。
だから。だから─
「
どんな出来事があっても、死なせないために。
どんな世界へ行っても、私を忘れないように。
─私は、あなたを支配します。