モルガン陛下が最初のバーサーカーになったマスターの末路 作:湿度100モルパーセント
モルガンの怒りはこの世界においては真っ当な怒りではない。普通に考えれば彼女はこの世界ではあり得ないイフの魔女であるし、そもそもマスターが死ねばその後が楽になるとわかるはずなのに。
(とりあえずは一掃してしまいましょう)
しかし魔女の怒りは収まらぬ。こちらを狙うものも、等しく殺しにかかってくるものも、それらは全て「目障りなもの」だった。例えこの場所に最愛の娘がいたとしても、もしかしたら殺すという選択肢を取るかもしれないほどに。
「宝具偽装登録─
一瞬にして世界が呪いで埋め尽くされる。特異点の性質を知っていなければ無差別な攻撃だろう土地への攻撃は、しかし精密な彼女の魔術の腕で別のものへと変貌していた。
『そこかしこからゲイボルグの宝具反応…いや、まさかバーサーカーが複製して使っているのか!』
「ええ。令呪があれば雑作もないこと」
あくまで令呪があったからこその大規模な呪詛返し。ケルト兵であろうともその地に生きる村民であろうともその全ての命に等しく彼と同じ一撃が体の中から形どられる。
誰一人として避けることもできない。静かな虐殺。異聞帯よりも凄惨な死体の多さに対して誰も現実感がなかったのは当然とも言えよう。
「さて、帰りましょう」
音のない静かな殺人に対して誰も言うことはない。本来ならするべき行動を幾度も削る彼女は、結末が悪い方向に向かうことを理解していた。
(だからなんなのです。二度目の救済の旅─なら、どんなに苦しくても生きられるでしょう)
この時から本人は気づいていたか定かではないが─彼に対する意識が異なっていった。
『自分の受肉のための生贄』から。
『愛するべき夫であり救世主の後輩』へと。
気づいたかどうかは定かではないし、彼女からしてみれば激情を表に出したりはしない。あくまで自分の中の一つの指標だと言い捨てるだろう。
彼女の生前の悪い癖。
残る特異点に対して彼女が馳せた思いは─
─やはり、まだ知ることはないだろう。
「次の特異点はエルサレムだ。見慣れない魔力の計測パターンがあるため、気をつけて攻略してほしい」
指揮官であるロマニから受け取った魔力のパターンは紛れもなくあの妹のものでした。
(なるほど、次はキャメロットですか…)
別に私としては同行することに異論を唱えるほどのものではないのですが、やはり真名が看破されるということに躊躇いを覚えます。
カルデアからの評価は汎人類史にある悪女モルガンという形ではなく、単なるバーサーカーという女性でありたい。
「…私は行きません」
「そんなぁ!自分の夫が取られるかもしれないのに?」
「それでも私は行けません。行くならさっさと行きなさい」
つまり、彼に真実が露見して失望されたくない。
妖精の欲望とは困ったものです。人間のように抑制すると死んでしまうものなのですから。
「ならせめて一週間後にしようか。流石にメディカルチェック含めてそれくらいの猶予は欲しい」
ドクターの指示で決まったその休暇は、私にとって何よりもありがたいことでした。彼を無理に蘇生したのもそうですし、何より仕込みを終わらせられるギリギリの時間。
「わかりました。彼の体は今は私の魔力で染めているので必要ならその中和も行いましょう」
体が私でできている─なんと喜ばしいことでしょう。自分で言ってしまった提案を後悔してしまうほどには甘美な響きです。
「うん…まぁ、今のところは問題ないし気にしないでいいよ。藤丸くんも少しくらいは無鉄砲さを減らしたほうがいいしね」
「そうでしょうね。ドクター、私も部屋で休息をとらせてもらいます」
キャメロット攻略の前日。持つべきものは少なく、さりとて行動を最低限できるように。
そんなことを思って準備しているとコンコンとノックされる音がした。
「はい、今開けます」
開けた先にはバーサーカー。普段のような刺々しい雰囲気はなく、結ばれることもない髪の毛はまた違った印象がある。
(でも今日って彼女と話す予定はなかったような…)
特異点前日は寝なきゃいけないから起きようとしているのに、どうしてここに彼女がいるのだろうか。
「我が夫よ、妻をこのような場所に待たせるとは何事ですか。ちゃんと部屋の中へと招き入れてください」
「あ…普段よりもかわいくてつい見惚れちゃってた、ごめん」
拗ねてしまったようなので本心からの言葉と謝罪。彼女には嘘が通じないしつくつもりもない。元々サーヴァント間での問題を起こしていない妻のことを大切にするのも夫の役目だろう。
「…むしろ我が夫に褒め言葉を求めたのが無為なのでしょう」
はぁとわざとらしくため息をつかれ、俺は激しく動揺する。もしかして何かやらかしてしまったのか。バーサーカー自身に求めた稽古の結果がおかしかったのか。
「ごめん、気に障ったのなら謝るよ」
「そんなことはどうでもいいのです。もっとくっついて私と一緒に過ごしてください」
何故かどんどん密着してくる。普段はもう少し節度を保って健全なつき合いをしてきただけに、青少年には中々キツイものがある。
「そ、そうだ!せっかく来てくれた訳だしお茶にしよう。バーサーカーから俺の知らない君の話を聞かせてほしいんだ」
話の転換とついでに彼女から聞き出そうとする。どうせ普段は二人きりで話す機会などないのだから、ここで彼女のいろいろなことを聞いてみたい。
「私から、ですか…?ええ、構いませんが…夫はそれでよいのですか?今ならなんでも私は許しますよ…?」
「バーサーカーのことを知れる機会なんてなかなかないしさ。お茶淹れるからクッキーを用意してもらえるかな?」
正直どんな話をされてもちんぷんかんぷんだろうけど、それでも聞こうとすることが大切なのだ。
彼女とこうしてやれる時間─それはもう、あと二つの特異点を消せばすぐにやってきてしまうから。
「ええ、もちろんです。昔に献上された最上級の焼き菓子でも再現しましょう」
「そうやって笑ってくれるのは嬉しいな」
あまり紅茶の淹れ方には詳しくないけれど、それでも彼女が楽しめるように作るのが一番だろう。見様見真似でやり、紅茶の茶葉を蒸らす時間も足りないソレを彼女に提供する。
「作り終わりましたか。…ふぅ。夫の紅茶と考えると、体の芯がじんと暖かくなりますね。どんな話を聞きたいんでしょうか?」
「言いたい話なら何でも。そうだね…バーサーカーのことならどんなことでも大丈夫だよ」
本音を言えば彼女の過去を聞きたい。しかし聞いてしまえば壊れるかもしれない関係の上に立ってしまっている以上、やれないのだ。
「では、私のいたところでの昔話でもしましょうか」
彼女の口から出てきた言葉は、想像の斜め上を行くものだった。といっても選択肢はないし、耳を傾けることにした。
「昔々のあるとき、一人の救世主がありました」
「救世主は星の嘆きを聴いて産まれた、楽園の妖精でした」
「救世主は─とても愚かでした」
彼女が語ったのは、遠い昔のおとぎ話。いずれ起こる未来の話。雨の魔女が冬の女王になる話。裏切られ続けた地獄話。最後、救われずに国民から殺されるおとぎ話。
「…どう、思いましたか?」
エンディングまで報われない話に対してどう答えればよかったのだろうか。真剣に問いかけられた以上、真剣に答えなければならないのだが。
「俺の意見でいいのなら、だけど」
わざわざおとぎ話に加工された彼女の過去がわからないような、そんな人間にはなれなかった。救世主に対して求めるようなものは心のなかには無かった。
「自分のことだけ、考えればよかったんじゃないかな」
かすかに、彼女が表情を
「…続きを」
「じゃあ、少しだけ聞いててほしい」
自分のことを語る。思いの丈をそのままぶつける。変なことを思わず、真摯に彼女と向き合う。
「最初にバーサーカーと出会わなきゃ俺はここまでやってきていなかった」
「ひどい話だけどさ、最初に会わなかったらここまで頑張れなかった。救世主には到底なることができない人間だとわかってんだよ」
「祈っても勝てるとは限らない。死んだら終わりでも逃げることは許されない」
「マシュに守ってもらっても死ぬときには死ぬし、敵なんてどいつもこいつも頭がおかしい」
今でこそ笑えるけど、これまでの敵なんてどれもこれもおかしかった。
亡き聖女が復讐を望まないと知りながら尚も栄誉の為に戦った騎士。
己の全てをかけた
愛ゆえに隠し、黒幕の手先として全てを破壊せしめようとした少女の魔術師。
その黒幕の正体であり、目的を明かさぬままに全てを壊そうとするソロモン。
ある王女の願いのために全てを殺し尽くそうと狂った気高き槍の戦士。
「こんな奴らと戦うなんて─正気の沙汰じゃ、到底できなかった」
仲間がいた / だからどうした。
大義がある / だからどうした。
英霊の思いは、常人の手には余るものだ。少なくとも、救世主と呼ばれる存在の思いを受け止められるような器であれば、それも英霊と呼ばれる存在だろう。
「それでも、戦い続けたのは」
傍らに一目惚れした女がいた、なんてそんなつまらない理由があった。それを目の前にいる本人に言ってしまえば楽だろう。喜んで受け入れてくれるだろう。
「あなたが、命じてくれたから」
だけど、せめて今は隠し切ろう。人理の旅が終わる前にそんなことは言わないでおこう。
「共犯者になってくれたから」
今までの旅で変わらずに対等で居続けてくれたこと。『最後の希望』ではなく、単なる自分という一人を見てくれていたサーヴァント。
「一緒に隣で歩いてくれる人がいたから」
「俺は、戦えた」
「…そう、ですか」
珍しく、本当に珍しく。
彼女にしてはありえないくらい弱々しい声で返答される。
「ええと、要するに「…これで構いませんよ」
「アナタらしい、要領を得ない意見。こちらのほうが、臣下の形を取られるより余程心地が良い」
そして、優しく微笑む。
普段見せるような女王のような鋭さもなく。
いつかみた救世主らしいものでもなく。
バーサーカーが何者でもなかった頃の、純粋な笑み。
「…魔術の話でもしましょうか」
俺のことにも関係してきそうな話。照れ隠しなのは明白でも追求することはしない。
珍しく語りたがる彼女が楽しめるよう、笑顔で聞き続けるのだった。
絆礼装「おとぎ話のお茶会」
効果:バーサーカー(モルガン)が装備している場合、全員に攻撃力上昇(8%)及び防御力アップ(8%)及びQuick性能アップ(8%)及びBuster性能アップ(8%)及びNP獲得量アップ(8%)及び毎ターンNP獲得状態及び宝具威力アップを付与
解説:多くの迷いがあった。多くの間違いが存在した。
一人では辿り着けない旅路を救世主として過ごし続けた。
彼女の希望も心もすり減ったとき、感謝してくれた存在は一つだけであった。
どこまでも自分の理想を追い求めた、その結果は─
─何も残らなかった。愛する者すら守れず、女王としての尊厳を踏みにじられた。
─救えなかった。全ての魔力を以てしても自身の願いは維持できなかった。
そんな救世主の成れの果てにとっては、平凡な人間とは毒だった。
助けてくれたらお礼を言う。愛してくれたら愛し返す。期待に対して答える。
そんなごくごく普通のありふれた「当たり前」は救世主のおとぎ話には存在しなかった。
バーサーカーにとって、彼との関係は形だけだと思っていたのに。
彼にとっては、バーサーカーは唯一無二の信頼を寄せてくれていた。
たったそのことにようやく気づけた彼女は、彼のもとでお茶会を開く。
救われた彼女の決意。救世主の寵愛がどのような結果をもたらそうとも、寸前まで自分の愛する人を手放さないだろう。
今度は、失敗しないように。
─ハッピーエンドを、目指すために。