邪眼皇ロマノフ一誠は″兵士″になっていた 作:邪眼帝
「やっと、釣られましたわね」
「リクエストにお答えしたまでのことです」
降り立った一誠に、リタイア寸前まで追い詰められていた朱乃達も、包囲殲滅に王手をかけていたレイヴェル達も、戦いの手を止めて彼を見つめる。後者は思惑通りに一誠を前線に引きずり出せたことに対する笑みを、前者は驚愕と申し訳なさと嬉しさがない交ぜになったような、複雑そうな表情を浮かべていた。
一誠は、敢えて威圧的に、舗装の施されていない砂利道を歩く。
歴戦の将校を彷彿とさせる威風堂々の姿に、戦力差では圧倒的に優勢である筈のレイヴェル達は動けないでいる。下手に仕掛ければ、その瞬間に抗いがたい暴力に晒されそうな、そんなビジョンを垣間見たからだ。邪悪で禍々しく、悪魔よりも悪魔らしい力の前には、数の有利など無意味である。
「お初に、レイヴェル様。グレモリー眷属の″兵士″を一任されている、兵藤一誠と申します。お召しにより参上いたしました」
「……こちらの情報は分析済み、と。察するに、あなたが今回の作戦立案を進めた参謀でしょう。しかしまだまだ詰めが甘いですわね。″王″を置いて、一人で乗り込んでくるなど愚の骨頂」
「仰るように、戦術的に判断すれば、ここは見殺しにするべき盤面ですな。ライザー卿としても、ただ本陣で指を咥えて待ち構えるような下策は取りますまい。必ずや強襲を仕掛けてくると推測されるのであれば、リアス様とアーシア嬢を残し、救出に出向いたのは策にもならない愚行です。ただ」
「ただ?」
「グレモリー眷属は仲間を見捨てない──それだけのことなのですよ」
そう宣言しながら、一誠は四人にアイコンタクトを送り離脱を促す。その意図を読み取れない朱乃達ではなく、一誠が注目を集めている隙を縫い、包囲を掻い潜ることに成功する。
とはいえ、これはレイヴェル側の粋な計らいでもあった。人質を取り、わざわざ呼び出すような無礼を働いたにも拘わらず、正面から対峙する度胸と器量に応じたのだ。
救出に成功させられてしまった一誠は、彼女の心意気に甘える形で、「帰還してください」と背後に庇う四人に言った。
「先輩方は、リアス様とアーシア嬢の警護をお願いします。そして、ライザー卿の襲撃からリアス様を守り抜いてください。私が殿を承りましょう」
「ですが、一人だけでは!」
「──早くしろ!! 手遅れになる!!」
一誠が声を荒げたのは、これが最初である。
その場にいた誰もが身を縮こませた中、「仲間思いは結構ですが」とフォローしつつも、彼は強い口調で続ける。「目標を忘れないでいただきたい」
こうまで言われては従う他になく、四人は弾かれたように飛翔していった。
その背を見つめながら、失礼しました、と一誠はレイヴェル達に向けて一礼した。そして、やむを得ないとはいえ、思わず怒声を放ってしまったことをこの上なく恥じた。この程度で冷静さを捨てていたのでは甘い、という闇文明の名士であるが故の誇りだ。
横槍を入れず、彼らのやり取りを観察していたレイヴェルは、警戒を最大限に引き上げる。
仲間を庇ったのではなく、足手まといを避難させたのだとすれば。ここから先、彼は被害を気にすることなく全力を出せる──。
その危険性に思い至ったユーベルーナは、レイヴェルに視線で指示を求めた。グレモリー眷属では一誠がそうであるように、ユーベルーナ達の指揮は彼女が務めるのが暗黙の了解だからだ。ユーベルーナだけでなく、イザベラやカーラマインといった実戦経験豊富である筈の実力者も──或いはだからこそ、目の前の少年の一挙手一投足に惑わされ、攻めあぐねていた。
やむを得ませんわ、とレイヴェルは決断する。このまま完全に雰囲気に呑まれてしまう前に攻めなければ、罠に誘導される一方だ。ここは、リスクを承知で先手を打つべきだろう。
掲げられた白い右手が、ライザー眷属が誇る主力部隊への殲滅命令である。陣形を組み、得意の一斉攻撃を仕掛ける六人を前に、しかし一誠は微動だにしない。
無表情に思える眼差しには、深い後悔と激しい怒りが宿っていた。
「可能な限りの策は練った。包囲戦術への対策も編んだつもりだった。あらゆる可能性を見越し、完璧な作戦を立てた筈だった。それでも届かなかったのは私に甘さが残っていたからだ。ああ、腸が煮えくり返る」
だが、本当に恐ろしいのは。
考えるだけで憎悪が溢れるものは。
「この私が捨てなかった願い!! それは……リアスと歩む未来だ!! 我らは、不滅だ!!」
激情に身を委ねるがまま、その輝きにまだ気が付かないまま、一誠は淡い翡翠に煌めく左手を振りかざした。そして、刹那の眩さが消失した瞬間、出現したのは純黒と紅蓮に塗られた巨大な門だ。
詠唱されず、魔弾として放たれるでもなく、彼の憤怒と願いに共鳴することで降臨を果たした地獄の門は、そこから無数の鎖を吐き出した。
今まさに飛びかかろうとしていた六人は、回避が間に合わずに次々と捕縛されていき、遂には一人残らずに拘束され、勢いそのままに地面へと叩きつけられた。
巻き上げられた土砂と、リタイアを告げる無情なアナウンスが、ユーベルーナ達の脱落を知らせる。
レーティングゲームのシステムは死亡者を出さないという絶対条件で構築されており、参加者が即死を免れないと判断された際には問答無用でリタイア扱いになる場合も発生する、とレイヴェルは耳にしたことがあった。
だとすれば、今の一撃は六人を殺害しかねないものだった──グレイフィアの声音がどことなく緊迫していた理由を見抜き、参謀として強襲に加わらずにいた彼女は戦慄した。
必然、その致命的な攻撃をもたらした門がまだ健在であることに、気付くのが遅れる。
「──
レイヴェルの視界を、標的を求めて殺到してくる大量の鎖が埋め突くそうとし、遅れて白い光が彼女の全身を保護する。『ライザー様の″僧侶″一名、リタイアです』直後に獄門も姿を消し、後には氷のような無表情で佇む一誠のみが残った。ここに来て、レイヴェルに一矢を報いられたのである。
勝ちたいというレイヴェルの願いは、決して嘘ではない。ただ、それと同時に眷属としての責務も果たしただけだ。″王″を除く残存戦力の全てを集結させ、名誉挽回の覚悟で挑んだ一戦は、最も厄介な敵をリアスの本陣から引き離すことに成功した。稼げるだけの時間も稼いだ。
その間にも、ライザーは敢えて自慢の炎を広げることなく、リアスが本陣を構える旧校舎へと静かに進軍を続けていた。レイヴェルの最後の笑みは、小さな勝利を意味している。
旧校舎の聳える方角から、爆発が響いた。
『リアス様の″騎士″一名、リタイアです』
「お前こそ、我らを置いていくな」
『リアス様の″戦車″一名、リタイアです』
「徹底的に抗ってみせたな」
『リアス様の″僧侶″二名、リタイアです』
「男を見せたか。聖水鉄砲も悪くない案だった」
『リアス様の″女王″一名、リタイアです』
「仲間を売るような輩はいない……か」
合宿での共同生活は、元の世界で常に戦いに明け暮れていた一誠にとっては新鮮な体験であり、シミュレーションばかり重ねていたものの、気の合う仲間との作戦会議は楽しい時間だった。配下や家臣ではなく、対等な立場で意見を言い合える者など、以前の世界では殆どいなかった。
せめて失うまいと全力を注いだ策は破綻し、救出作戦も空振りに終わった今、彼に残された願いはただ一つである。自分でも無意識の内に、一誠もオカルト研究部の一員となっていたのだ。
最早、隠し事はするまい。
グレモリー家とフェニックス家の関係者達が観戦している点を考慮し、全力だけは隠しておく算段だったが、それで散っていった五人の期待を裏切ったのでは──リアスを守れなかったのでは、オカルト研究部を名乗れない。
正体が晒される?
周囲に恐れられる?
真の恐怖に比べれば、そんなものは無に等しい。
「──
焔が繋いだのは、リアスが本陣としている旧校舎の部室だ。そこでは、二人の″王″による激戦が繰り広げられている。一誠が推測していた通り、ライザーが強襲を仕掛けたのだ。
レイヴェルが一誠と対峙している頃、壁を粉砕しながら現れた彼は、護衛として控えていた朱乃達を瞬く間に蹂躙。全員をリタイアに追い込むと、今度はリアスに一騎討ちを要求した。選択肢の残されていないリアスは、頷いた。
ここで、ライザーに誤算が生じた。
プレイヤーではないリアスは、その性格も相まって情を優先しやすい。愛着のある部室での戦闘は躊躇するだろうと踏んでいた。ところが、彼女は承諾したばかりか、一騎討ちが成立した途端に魔力を乱射したのだ。
この容赦と躊躇のなさに、さしものライザーも驚愕を隠せない。炎翼を展開し回避に専念しようと図るも、突如、その顔面にある物が投げつけられたことで絶叫した。
アーシアが残した、聖水鉄砲の残骸だ。
戦闘の余波で本体は破壊されたが、中身である聖水の効力は維持されている。それに塗れた鋭い破片が刺さればどうなるかは、激痛によろめくライザーと、鷲掴みにしたことで焼け爛れてしまったリアスの赤黒い右手が証明している。シュウシュウと肉を焦がされながらも、リアスは諦めない。
自分の犠牲をものともしない戦法に、ライザーは思わず叫ぶ。
「なんだ!? 何が、お前をそこまでさせるというんだ!! そんなことをすれば、自分だって無事では済まないんだぞ!!」
「分かってるわよ、そんなこと! 今だって、死ぬかと思うぐらいに痛いんだからね!!」
「だったら、何故だ!?」
「──彼と約束したからよ!」
リアスは、言った。
「一誠と約束したから、私はここで彼を待ち続けないといけない! 呑気にリタイアなんてしてられない! だから私は何度でも立ち向かう! そんでもって、おかえりって笑顔で出迎えるの!!」
「やってみろよ、リアス・グレモリー!」
「ただのリアスよ、バーカ!!」
見様見真似。一誠が魔弾を放つ姿を脳裏に思い描きながら、リアスは手で銃を打つポーズを取る。指先に集中した高純度の魔力球は、ぶっつけ本番で編み出した奥の手だ。
まだ名のない切り札は、聖水のダメージにふらつくライザーに狙いを定め、一直線に放たれる。
しかしライザーとて多くのゲームを勝利してきた経験者だ。冷静に周囲を見渡し、自分の顔を焦がした聖水鉄砲の欠片が床に落ちて転がっているのを発見するや否や、革靴を履いた脚でリアス目掛けて蹴り飛ばした。
聖水の効力は、咄嗟に利用したリアス自身もよく把握している。そして、反射的に身構えてしまったのも当然の反応だ。
隙とは、一瞬の空白を指す。
ライザーは紙一重で魔力球を潜り抜けると、リアスとの間に広がっていた距離を超高速で詰める。そして次の瞬間には、彼女を床に叩きつけていた。後はこのまま焼き尽くしてやれば勝利したも同然なのだが、観戦していた者達の予想に反して、ライザーは一向にトドメを加えない。ただし、解放することもない。
客席で怪訝そうにしているであろう両親の顔を思い浮かべて、目先の勝利よりも大切なものがあるのさ、とライザーは苦笑した。フェニックスが不完全燃焼で試合を終えるなど、笑い話にもならない。
「カウントしよう」姿を見せなければリタイアさせてやるぞ、と彼は告げた。
「──いや、私はここにいる」
地獄の底を彷彿とさせる低い声は、リアスの左手の甲から轟いた。続いて、彼女を庇うように黒い焔の渦が出現する。
「すまない、遅刻した。この埋め合わせは、後日にまた考えておく」
「奇遇ね。私、肉まんが食べたいの」
「用意しよう」
「それからね、いっぱい褒めてほしいわ」
「留守を守ってくれたこと、感謝する」
「それと、受け取ってもらいたい言葉があるのよ」
「頂戴しよう」
リアスは、きっとこれまでで最高の笑顔を浮かべながら、言葉を送る。
「おかえり、一誠」
逆転のオーロラ
R 自然文明 (5)
呪文
自分のシールドを好きな数、自分のマナゾーンに置く。