ここから頑張っていこうと思います!
プロローグ
【機密記録閲覧許可:二級以上】
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事案処理報告書
記録番号:JCR-2015-██-K
分類:呪詛師排除任務
発生日時:2015年██月██日 21時08分
発生地点:東京都██区 廃棄指定区域内
未登録術師による高出力呪力行使を確認。
当該人物は術師資格離脱後、独自活動を継続していた危険呪詛師と断定され、監視対象より即時排除対象へ指定された。
本事案において、非術師の被害および巻き込みは確認されていない。
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■ 対象人物
神代 槍牙(かみしろ そうが)
区分:呪詛師
旧所属:東京都立呪術高等専門学校 関係術師
危険度評価:一級相当以上
■ 対応術師
特級術師 一名
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■ 事案経過
21時14分、担当術師が対象と接触。
対象は逃走行動を取らず、自発的に戦闘状態へ移行。
交戦開始直後より双方による最大出力での術式行使を確認。
戦闘は帳内部に限定されたものの、高密度呪力衝突が継続。観測記録には長時間にわたる呪力飽和反応が残存している。
対象は終始出力低下を見せず、担当術師もこれに応じ全力戦闘状態へ移行。
約四分間の交戦後、対象呪力反応の完全消失を確認。
21時18分、戦闘終了。
現地確認により――
呪詛師 神代槍牙 死亡確認。
反転術式による蘇生可能性なし。
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■ 結果
排除対象:処理完了
非術師被害:なし
本件は規定に基づく正当排除として処理され、特級術師による単独制圧事例として記録保存される。
当該記録は閲覧制限対象へ移行。
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呪術総監部
任務管理局・記録課
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……だが。
この報告書には、記録されていない事実が存在する。
彼が呪詛師となった理由も、
そして――
特級術師が“全力”を行使するに至った経緯も。
すべては、数年前に遡る。
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校庭に、爆音が響いた。
空気が震える。
――訓練場の中心で、音が消えた。
砂埃が、不自然に一点へ引き寄せられる。
風が止まる。
いや。
流れが揃えられていた。
神代槍牙の右手。
握られているのは、まだ何もない空間。
周囲の呪力が逃げ場を失ったように収束する。
渦を巻かない。
膨張もしない。
ただ一直線。
――貫くためだけに。
次の瞬間。
そこに槍があった。
神代が踏み込む。
振るわれた一撃。
遅れて――爆音。
訓練場の外壁が、内側から吹き飛んだ。
粉塵が舞い上がり、コンクリート片が地面を跳ねる。
沈黙。
そして。
「……神代ォォォ!!」
教師の怒号が校舎に反響した。
煙の中から、一人の少年が歩いて出てくる。
肩に担いだ呪力の槍が、音もなく霧散した。
「また施設壊したのか貴様ァ!!」
「壊れる方が悪いだろ」
悪びれる様子もなく答える。
東京都立呪術高等専門学校――通称・呪術高専。
その訓練場は、通常の術師では破壊不能な結界補強が施されている。
つまり。
普通は壊れない。
「出力制御を覚えろと言っただろ!」
「してる」
「してこれか!?」
後方で見ていた仲間たちが笑いを堪えきれず吹き出す。
「三日連続だな神代」
「記録更新じゃ?」
「マジ建物キラーっすね」
神代槍牙は軽く肩を回した。
痛みはない。
というより――最初から感じていない。
「次」
教師の説教を無視して言う。
「もう一本やる」
「やるな!!医務室行け!!」
ようやく自分の腕を見る。
皮膚が裂け、血が袖を濡らしていた。
骨も、たぶん少し見えている。
「あー」
他人事みたいな声が漏れる。
「これか」
周囲が一斉に引いた。
「気づいてなかったのかよ!?」
――――
医務室は静かだった。
さっきまで響いていた爆音が嘘のように、音が遠い。
消毒液の匂い。
窓から差し込む午後の光。
白いカーテンがわずかに揺れ、室内に柔らかな影を落としている。
外ではまだ誰かが騒いでいるはずなのに、ここだけ時間の流れが遅かった。
ベッドに腰掛けた神代の腕を、少女が無言で縫合している。
血を拭き取り、迷いなく針を通す。
手慣れた動きだった。
「……また死にかけ?」
淡々とした声。
家入硝子だった。
「死んでない」
「それ毎回言うよね」
針が皮膚を通る。
肉が引き寄せられ、糸が締まる。
普通なら顔を歪める痛みのはずだ。
神代は欠伸をした。
硝子の手が、一瞬だけ止まる。
「痛くないの?」
「ん?」
「感覚」
神代は少し考える。
自分の腕を見る。
縫われているという実感が、妙に遠い。
「あるぞ」
「嘘」
即答だった。
神代は小さく笑う。
「まぁ、慣れただけ」
硝子は何も言わない。
ただ視線を傷口へ落としたまま、縫合を終える。
裂傷の深さに対して筋肉の緊張がない。
痛覚反射も、防御反応も見えない。
まるで最初から――壊れることを前提に使われている体みたいだった。
包帯を巻き終え、硝子は小さく息を吐く。
「……応急処置は終わり」
そう言いながらも、手は離さない。
神代の腕を軽く持ち上げた。
「動かすなよ」
「もう終わりじゃ――」
言葉が途切れる。
硝子の指先に、呪力が灯った。
淡い光。
攻撃的な呪力とは違う。
圧も鋭さもない。
静かに反転した流れ。
負の呪力が裏返り、柔らかな熱へ変わっていく。
傷口へ触れた瞬間――
皮膚がわずかに震えた。
裂けていた肉が寄り、断たれていた繊維が繋がる。
血が引く。
縫い合わせたはずの傷跡そのものが、存在を忘れるように薄れていった。
光がゆっくり消える。
残ったのは。
最初から何もなかったかのような腕だった。
神代が腕を曲げる。
握る。
開く。
違和感はない。
だが――治った実感も、特にない。
「……便利だな」
「便利って言うな」
硝子は素っ気なく答える。
神代は少し眺めてから言った。
「毎回思うけどさ」
「なに」
「それ、自分には使わねぇのか?」
ほんの一瞬。
硝子の動きが止まった。
「……医者が倒れたら困るでしょ」
軽い調子。
だが視線は合わせない。
神代も、それ以上は聞かなかった。
沈黙が落ちる。
「……あんたさ」
硝子がぽつりと言う。
「そのうち本当に死ぬよ」
神代は窓の外を見る。
訓練場で同期が騒いでいる。
笑い声。
叫び声。
教師の怒鳴り声。
平和な音。
「死ぬ時は死ぬだろ」
軽く言う。
そして。
「でも戦いじゃ死なねぇよ」
硝子の手が止まった。
「……なにそれ」
神代は天井を見上げる。
少し考えてから答える。
「終わってないのに倒れるのが気持ち悪い」
冗談みたいな口調だった。
だが。
硝子だけが笑わなかった。
神代が気まずそうに視線を逸らす。
「あー、そう言えば家入は来年入学だったよな」
「そうだけど、なんで?」
首を傾げる硝子。
神代は少し考えて言う。
「いや、初めての後輩だったから」
硝子は目を瞬かせる。
それから思い出したように笑った。
「そう言えば小中学校行ってないんだっけ」
神代はコクコクと頷く。
その様子に、硝子は小さく笑う。
包帯を軽く叩き、言った。
「じゃあ、来年からよろしくね。」
ほんの少しだけ、からかうように。
「――センパイ」
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