真1の大破壊後の世界で、日本復活のために悪魔と戦うある男女の物語 作:XX(旧山川海のすけ)
「何の御用ですか?」
忍は浴室の引き戸越しに声を掛けた。
するとこんな言葉が返って来た。
「……お背中をお流したいんですけど」
(……はぁ?)
彼はその留井の言葉が理解できなかった。
いや、正気の言葉と思えなかった。
だから
「えっと、お酒飲まれました?」
彼は躊躇いなくそう言った。
彼の中ではこんな言葉は酔っぱらってでもない限り出て来ない言葉だった。
風呂上がりにテングは酒を振舞ったのかもしれない。
そう思ったのだが
「いえ、単に今日、たくさん働かれた佐上さんを労いたくって」
何故?
労われる理由がない。
彼女は別に彼の妻でも恋人でも無いのだ。
なので
「まあ、とにかくいいです。部屋に戻っていって下さい」
これ以上会話すると洒落にならなくなる。
そう思った彼はそう言って強引に会話を打ち切った。
彼の中では線を引いたつもりだった。
しかし
その嫌な記憶を追い払い、身体を石鹸つけたタオルで手早く洗うために擦っていたら。
ガララと、浴室のドアが開く音がした。
(ちょっと待て)
「……えへへ」
声が聞こえる。
留井の声だった。
彼の手が止まる。
緊張ではない。
怒りだった。
彼は線を引いた。
何か、やらかす気配を感じたからだ。
なのにこの女はそれを安々と踏み越えて来た。
「……惚れ惚れする肉体美ですね。奥さんが羨ましいです」
「それはどうも……」
留井は忍の鍛えられた肉体を褒めた。
だが、嬉しさなど欠片も無かった。
あるのはただ、嫌悪感だけである。
早く出ていけ。
彼は心でそう吐き捨てる。
だが
「……背中を流していいですか?」
留井はそんな彼の内心を読もうともせず、そんなことを口にした。
彼は
「ダメです」
即座に拒否する。
当然である。
大人相手の入浴の手伝いなど異性に頼むことではない。
頼めるとしたら、それは男女の関係にある者だけだ。
それが彼の中の常識であった。
「……なんでですか? このくらいなら浮気にならないですよ。身体に触れるくらい。男性なんですから」
だが留井は彼のその態度に「悲しい」という感情を隠そうともしなかった。
まるで彼が強情で、分かっていない人間であると言いたげに。
しかし
「俺はそういう価値観で生きてませんので」
忍は一切ブレなかった。
曖昧さの無い言葉で斬って捨てたのだった。
こういうのは曖昧が一番良くないハズ。
それに、どうせ二度と会わない相手だ。
険悪になっても別にいい。
そんな人間を傷つけないことを考えるより、妻への義理立ての方が大切である。
留井と真月。どちらが大切なのかと言われれば。
そんなもの、真月に決まっているだろう。
「……そうですか」
忍の言葉に留井は悲しそうにそう言い。
浴室を出ていった。
浴室の引き戸が閉まる音が聞こえた後。
しばらく忍は眉間に皺を寄せていた。
「お食事も用意できております」
「ありがとうございます」
入浴が済んだ後。
テングたちは食事の用意までしてくれた。
配膳してくれるヤクシニーたちに夫婦で頭を下げる2人。
忍は笑顔であった。
風呂に入っている間はずっと不機嫌であったが。
ただ、彼は留井を無視していた。
別に気まずいからではない。
腹を立てていたからだ。
(こいつは、真月を見下した)
真月は彼のことを夫と言って留井に紹介した。
その夫に手を出そうとしたということは、自分は真月に勝ると判断したということだ。
そうでなければ手を出そうとはしない。
当たり前である。
そんな女が悲しもうが怒ろうが知ったことではない。
嫁を侮辱された以上、彼がこうなるのは当然のことだった。
しかし
「なかなか美味しいな。精進料理っぽいけど」
「そうだね。この里芋は良く味が染みてるよ」
彼はそんな胸の内を妻には一切言わなかった。
聞かせても嫌な思いをさせるだけであるし。
楽になるのは自分だけであるから。
そしてその晩。
3人はそれぞれ、別の部屋で寝ることになった。
布団の収納場所の関係らしい。
真月が忍と同室に拘って
「夫婦の寝室は一緒なのが宇宙の真理ですから!」
といって抗議したが、布団の収納場所の話を持ち出され、しぶしぶ了承。
忍としても久々の独り寝に、何故だか少し寂しさを感じた。
京都に住居を移してから、ずっと一緒だったからだ。
そして全員が与えられた寝室に入り。
寝静まったころ。
動く影があった。
暗い廊下を1人、歩く影。
それは長身の美女で。
素晴らしいプロポーションの女……
留井明日香である。
……彼女は下着姿であった。
白いブラとショーツだけの姿。
清潔感も感じられる。
見事、の一言であろう。
彼女は不敵な笑みを浮かべていた。
部屋を分かれる前には浮かべていなかった、勝ち誇った笑み。
「……待っていろ。佐上忍よ……」
その笑みはとても邪悪に見えた。
整った容貌だったが、その笑みは……
悪魔のようであった。
彼女は呟く
「必ず私のものにしてやる……決して逃すものか」
その呟きは暗い自信に満ちていて。
勝利を確信するものがあった。
やがて彼女は辿り着く。
佐上忍が寝ている部屋の前に。
それは襖で仕切られていて。
そっと開くと、そこには敷かれた布団と、そこで寝息を立てている若い男の姿があった。
彼女は――
その部屋に踏み込んで。
正体を現した。
彼女の正体は……
長い角の生えた仮面をつけ、黄金の翼を備えた悪魔……魔王アスタロトであった。
彼……いや彼女だろうか?
真の姿を晒した魔王は、胸部に女性の象徴たる乳房こそなかったが、股間にも何もついていなかった。
その姿は無性であった。
「魔王アリオクを一撃で屠るなど……悪魔人間以外あり得ん」
魔王は呟く。
無論、小さく。
標的である佐上忍は眠っている。
目覚めさせるわけにはいかないのだ。
そのために、このような手段を取ったのであるから。
魔王は狙っていた。
佐上忍の心を奪うことを。
その理由は悪魔人間であるからだ。
悪魔人間……
人間でありながら、悪魔の精神を凌駕し。
悪魔の力を持つに至った人間。
魔王はそれを確信したのだった。
目の前で魔王アリオクを倒されたときに。
彼がその、伝説的存在であると。
故に「是非欲しい」と思った。
この世に混沌の力を呼び込み、唯一神の勢力を叩き潰すための戦力として。
下津名を倒されたことにより、魔王は現在主を持たない野良の悪魔であるが。
見逃せなかったのだ。
この……混沌勢力にとっての救世主になり得る男を。
だから……
「佐上忍……我が虜となれ……!」
彼は自身の奥義を使用するつもりであった。
彼の奥義……
究極の魅了魔法「マリンダイン」を
マリンダイン……
効果が永続する究極の魅了魔法。
それを彼に使うつもりでいた。
非常に高度な魔法で、代償もある魔法であるのだが。
(だが、その価値はある)
魔王はそれを確信していた。
そして
「マリンダイン!」
その宣言と同時に魔法が発動し。
魔王の精神が、佐上忍の精神と接続された……。