真1の大破壊後の世界で、日本復活のために悪魔と戦うある男女の物語   作:XX(旧山川海のすけ)

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第4章 蠅の王
第33話 メシア教徒の聖典


 京都の街の体育館に隣接している運動場。

 かなりの広さのグラウンド。

 そこの隅で、佐上忍は基礎的なトレーニングを行っていた。

 

 汗が流れ、運動場の地面に滴り落ちる。

 

 やっていることは腕立て伏せのようなもので。

 基本的な腕立て伏せの姿勢から、胸を地面すれすれに沈め、そこから一気に身体を押し上げる。

 その勢いを維持したまま、彼は身体を捻る。

 捩じっていく。下半身を。

 

 そして身体を捩じることで重心が移動した腕に体重を預け、そうでない腕を地面から離し、伸ばす。

 こうすることにより、片腕に負荷が掛かり、より腕が鍛え上げられる。

 その美しい動作を支えるため、彼の全身の筋肉……特に腹斜筋が軋む。

 

「……ふッ」

 

 鋭く息を吐き、彼は再び腕立て伏せの基本姿勢に戻り。

 休まずに今度は逆側を鍛える。

 

 それを左右交互に繰り返し。

 

 どのくらいやった後か。

 

 彼は気づいた。

 彼の妻が運動場のベンチで本を読んでいることを。

 

 少し気になったので

 

「何読んでるの?」

 

 彼は基礎トレーニングを止めて、見に行き訊ねる。

 そんな夫に気づいた彼女は

 

「えっと……あ、汗すっごいよ? 着替えたら?」

 

 読んでいた本から少し目を離し、そう言った。

 

(……そんなに汗かいてるかな?)

 

 彼は妻の指摘に少し戸惑う。

 そんなに酷いのかと。

 流れる汗をタオルで拭いつつ、少しだけそれを考えるが

 

 彼の妻は

 

「……で、何を読んでるの、だったよね」

 

 夫の質問に答える形で、読んでいるものを示した。

 本の表紙を示すことで。

 

 そこにはこう書かれていた。 

 

『メシア教聖典』

 

 さすがに忍は絶句した。

 メシア教徒の聖典を妻が読んでいるなんて。

 

 そんな夫の様子に、真月は

 

「……何でそんなものを読むのかと言いたい顏だよね、忍」

 

 クスクスと少しおかしそうに笑いながら、そう返す。

 忍は妻の言葉に頷いた。

 

「うん。その通りだけど?」

 

 彼女の夫は彼女の行動が理解できなかった。

 あんな狂信者たちの書いた狂った本を読んでどうするんだ?

 アイツらの主張なんて全部間違っているに決まっているから、読む必要無いだろう。

 そうとしか思えなかったから。

 

(真月、ちょっと物好きが過ぎやしないか?)

 

 ……だがしかし。

 彼の妻はこう言った。

 

「敵の事はさ、知っておくべきだと思うのよ」

 

 そう言ったとき。

 彼女は懐かしそうにしていた。

 

 そしてこう続ける。

 

「……よく、お父様に『聖書は白人たちの社会の基礎になるものだ』『聖書を読んで、将来もし白人が敵になったときに備えておけ』って言われたなぁ……」 

 

 妻の言葉に、忍は育った家のレベルを感じた。

 

 大破壊前の世界では、別に日本は白人の国家と敵対していたわけでは無かったが。

 将来的に敵対する可能性が無いとはいえない。

 

 だから彼らの社会の根幹を理解するため、聖書を読め。

 そう言ったというのか。

 

 説明されれば理解は出来るが、発想として出て来ない考え方。

 彼女の家の知的レベルの高さに、自分の家との差を感じてしまう。

 

 そう、思いながら

 

「うん。そこまでは分かった」

 

 彼はそう返し、これまでの妻の振る舞いを思い返す。

 

 ……彼女は良くも悪くも偏見が無く、フラットにものを見る傾向が強かった。

 

 そんなことを噛み締め

 

「で、何か分かったの?」

 

 そう訊ねる。

 すると真月は頷いて

 

「うん。かなり分かったというか」

 

 話し始めた。 

 

「メシア教、彼らが世界を握っても、別に問題ないと思うな。無論それは絶対に嫌なんだけどね」

 

 開幕、この言葉で。

 忍は困惑の表情を浮かべる。

 

「どういうこと?」

 

 そんな夫の問いに自分の言葉が足りていなかったと気づき。

 彼女は 

 

「あ、つまり……」

 

 説明をした。

 

「この世の地獄が出現する要素は別に無いのよ。彼らの戒律に沿った社会が建設されたとしても」

 

 地獄が出現する?

 その彼女の言葉の意味は

 

「彼らの社会では罪は罪として裁くし、神の前では全ての人間は平等であると考えている」

 

「そこに特別扱いは存在しない。ここに書かれているエピソードの中に『王子が気に入らない民を1人処刑したことを神に断罪され、地獄の炎で焼き尽くされる』話もある」

 

 不当な差別を肯定し、堕落を誘発するような。

 そんな「明らかな悪」は一切書かれていなかった。

 

 書かれているのは「節度ある自由」「平等」「博愛」

 そんなことばかりである。

 

 そんな理念で作られる社会に、特に問題があるとは思えない。

 

 しかし

 

「でも私は日本人だから、そんなものに取って代わられるのは嫌。だから絶対に拒否する。そういうレベルの話」

 

 彼女の言う「別にメシア教徒が世界を握っても、特に問題は無い」とはそういうことだ。

 

 そして話しながら、真月は自分の夫に聖典の頁を見せた。

 付箋を貼った頁を。

 

「ここ、読んでみて」

 

 妻の言葉に、忍は従い。

 聖典を手に取り、書かれている内容を確認した。

 

 そこには……

 

 十罪と十徳、と書かれていて。

 

 十罪は神が罪と定めた十の罪とあって。

 

 その内容は……

 

 涜神の罪。

 それは神を敬わない罪。最も重い大罪。

 神の前でした誓いを破ること、聖典の内容を間違えることも含まれる。

 

 不信心の罪。

 正しき神の教えを守り、広めない罪。

 

 殺傷の罪。

 人の身体を傷つける罪。命を奪う罪。

 

 裏切りの罪。

 他人を裏切る罪。

 

 姦淫の罪。

 神の前で生涯添い遂げる誓いを立てた伴侶。

 それ以外と性交する罪。

 

 盗みの罪。

 他人の財産を法によらず自分のものとする罪。

 

 偽る罪。

 他人を騙す罪。

 

 侮辱の罪。

 他人の名誉を貶める罪。

 

 遺棄の罪。

 法によらず不用物を廃棄する罪。

 

 破約の罪。

 法によらず結んだ契約を遂行しない罪。

 

 

 十徳は「神が定めた人が守るべき十の善行」

 それは

 

 孝行。

 

 信頼。

 

 愛情。

 

 友情。

 

 謙虚。

 

 慈悲。

 

 向上心。

 

 献身。

 

 遵法。

 

 勇気。

 

 ……そこまで読んで、忍は聖典を真月に返す。

 真月は本を受けとりながら

 

「メシア教徒はこれを組み合わせて、社会のルールを作ってるのよ。別に普通でしょ?」

 

 そう付け加える。

 

 そんな真月の言葉を聞き、彼は思った。

 

 確かに……

 パッと見で問題が起きそうに思えない。基本的に悪いことは書いてない、と。

 

 無論、少数「例外」が出ることを無視することと。

 国民全員が敬虔なメシア教徒であることが前提条件になるわけだが。

 

 彼は

 

(連中は連中で、連中の正義があるのかもしれないな)

 

 そう、ふと思った。

 無論、彼らに歩み寄る気があるわけでは無いが。

 

 向こうにこちらに歩み寄る気が無い以上、それはあり得ない。

 こちらにも譲れないもの、守らねばならないもの、取り戻したいものがあるのだから。

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