兎の群れ√ 出会いの果ての未来   作:サイセンサイ

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序章・前編

 

黒竜は死んだ

 

それを認識するのにそう時間はかからなかった。なんせ『自分』がとどめを刺したのだから。戦いは終わった、下界は救われた、だけど【何も見えない、何も聴こえない、何も感じない】

心は確かに昂ぶっているのに、今すぐにでも勝利の喜びを手を挙げて叫びたいのに、心だけが激情のままに動き続けていて身体がまるで動かない、目は開いているのに何も見えない、それは何故か?

 

簡単だ『燃え尽きているからだ』

 

目なんてとっくに灰となっていた。身体の痛覚が機能していない。つまり【そういうことだ】

技も駆け引きも力も経験も命も意志も全て使った

そしてこれまでに出会い自分の命よりも大切だと思えた愛しい人たちが自分と共に戦ってくれた

 

けれど僕には生まれ持ったものなどなかったらしい

僕はもう自分を卑下などしない、尊敬する先達たちのを前にしても自分は強いとこれからは堂々と胸を張れるだろう。自分よりも才能も何もかも持って生まれた人達に並びたかった。そして足掻いて足掻いてここまで強くなった。

 

これはその『代償』なんてことのないこの世の法則

 

もし僕が一つでも才能を持って生まれていたのなら、『燃え尽きる』こともなかったのかな?

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

いや、そうじゃない。

こんな何もなかった僕だからここまで来られたんだ。

遥か彼方の高嶺の花だったから頑張れたんだ

胸を張ろう頑張った自分に、そしてここまで強くしてくれた与えてくれた至らせてくれた試練となってくれた、そんな沢山の人達に心から感謝しよう

 

あぁ、だけど

 

僕の目は【燃え尽きてしまった】

 

もう見えないのかな?

 

もうみんなの顔を見れないのかな?

 

それは、、、、、イヤだな

 

 

 

 

 

 

 

死にたくないな

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

「ベル、、、、どこなのベル!!」

 

一人の少女が彼を探す

黒竜が死んだ事でその死骸は『大量の灰塵』となり周囲に撒き散らされた。

周辺一帯は黒い灰塵により夜の闇のように真っ暗で何も見えない

第一級冒険者の視力を持ってしてもほんの少し先も見えない暗い世界がそこにあった

 

少女の名はアイズ・ヴァレンシュタイン

 

その心境は彼の事でいっぱいだった。

悲願だった、切望だった、生きる意味ですらあった、因縁の黒竜が死んだ

だが今の彼女にとってはどうでもいいことだった

かつての自分を変えて自らを地獄に落とした相手が死んでもアイズの心には一人の少年の事しか今は頭に無かった

 

アイズは最後の瞬間を見ていた。それはベルが黒竜に最後の一撃を与えそして倒したその瞬間を、

 

そして『自らの聖火に焼かれる彼を』

 

ベルは魂を削りこれからの命すら削り何者にも遮ることのできない『不滅の聖火』を再現した

しかし所詮は人の身、人の肉体、自らが生み出した炎であっても耐えられることはなかった。

そうでもしなければ倒せなかった。

ヘスティア・ナイフに纏う炎はもはやそれだけでは纏まることなど出来ずナイフから飛び出した擬似的な聖火はベルの肉体を焼いていたのだ。人の出来る領域を超えた下界最高の一撃だった。

 

アイズは今、両足で立てていない、それどころかもはや感覚すらない、右腕は折れて変形しており左腕で地面をつかみ自らを引き摺ることでしか移動できない

四肢はくっついているだけで機能しておらず動くのは左腕だけだった

血も流しすぎた。剣姫と呼ばれるその少女は今や何の力もない女の子なのだろう

だがそれすらどうでも良かった

今すぐにでも意識を失いそうな自分を許さないとばかりに舌を噛んで意識を繋ぎ止める

 

何があっても失いたくない彼を見つけるまでは

 

「どこなの!ベル!お願い、、、返事してよ、、、」

 

何があっても起き続ける

 

「、、、、どこ、、、、どこぉ」

 

瞳から涙があふれた

既に失ったと思っていた物が頬を伝い地面に落ちていく

彼女の涙させるのは言いようの無い不安

もしかしたらと思ってしまう最悪

もしそうなったら彼女はもう生きてなどいけないだろう

長い孤独の時ですら感じたことのなかった

彼女は知らなかったのだ

 

好きな男がいなくなる不安を

 

「!」

 

そして彼女は手元に何かがあるのを見つけた

それは金属の塊であり【ドロドロに溶けていた】

まるで高温で熱せられたように

ただしその至る所に光る点々が見えた

まばらになった【ヒエログリフ】が光っていたのだ

 

「これって」

 

それは【役目を終えたヘスティア・ナイフ】だった

 

「あ」

 

そのすぐ先に彼はいた

 

「あ、、、、、あぁ」

 

背中から倒れていた

 

「あぁぁぁぁ」

 

いつも見ている【顔は無かった】

いつも綺麗だと思っていた【髪も無かった】

ただ当たり前にあるはずの【皮膚も無かった】

 

「イヤ、、、イヤ!」

 

肌色などそれには存在しなかった。そこにあるのは全てが燃え尽きた少年の成れの果て、身体のすべてが黒く染まっており何故砕けないのか、何故粉にならないのかが不思議なほどの

 

「いやああああああああああああああ!!」

 

ベル・クラネルだった

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

全員が死にかけだった

黒竜と戦った全ての人間から死体の匂いがしていた

少し間違えば死んでしまう、何も間違えなくても死んでしまう、そんな理不尽な強さを持つ黒竜だった

 

そんな黒竜が死んだ

彼ら彼女らはそれを認識した瞬間、糸が切れたように倒れ込み膝をついた

戦いが終わった、だがさっきまで相手にしていた最強が消えたことを頭では分かっていても心の整理がつかず全員が思考停止のまま止まってしまっていた

 

そのまま一人一人と安堵を浮かべた顔をしながら意識を手放し、気絶していく。この場に集った強者たちも例外ではなく、満身創痍の心と身体を休ませようと瞼を閉じて意識を手放そうとした瞬間

 

 

アイズの慟哭が響いた

 

 

その瞬間、彼らの一部が目を見開き走り出した

ある者は折れた足を動かして

ある者は血を吐きながら

ある者は愛用の武器すら投げ出して

ある者は動かない足を呪いながら手を使って

全員が死に体で歩くどころか意識を保つのもやっとなはずなのにそれでも彼らを動かしたのは、、、

 

黒竜の最後の瞬間にその場にいたのは二人

 

アイズ、そして、、、、、、

 

走り出したものは一同揃って不安に包まれていた。既に涙を流しながら半狂乱になっているものもいた。一同が同じ事を考えていた。

 

アイズの慟哭の理由

 

そんなもの一つしか思い浮かばなかった

黒竜により発生した『大量の灰塵』の中に彼らは突っ込んだ。アイズの悲鳴だけを頼りにただ一つのことを祈って進んでいった

頼むから無事でいてくれ、頼むからそれだけはやめてくれ、みんながそう思っていた

 

 

 

 

最初にそこにたどり着いたのはレフィーヤだった

 

 

 

 

 

彼女は元々二人をいち早く探すためには灰塵の中に飛び込んでいた

だから誰よりも速くその場に赴けた

 

そして見てしまったのだ

 

 

 

 

燃え尽きた真っ黒な彼の顔に左手を添えて泣き続けているアイズの姿を

 

それを認識した瞬間、レフィーヤは回復魔法を高速で唱えベルに掛けた

だが魔力が足りない

黒竜との戦いで使い切ってしまっていた

今できるのは残りの搾りカスの魔力で応急処置を行うことのみ

 

そしてレフィーヤは既にフラフラの頭で思考する

 

 

 

(魔力が足りない!別のヒーラーに!でもこの魔法を止めていいの!?今にも死にそうなのに!?この魔法を切った瞬間死ぬ可能性もあるのでは!?いやだからこそこの人を運んで!でもこのままの人間を運べるの!?動かしていいの!?これじゃ表面だけじゃなくて体内も焼けているかもしれない!動かした瞬間身体が千切れる可能性は!?他のヒーラーも満身創痍で魔力切れなんじゃ!?)

 

現実を加味しながらレフィーヤは思考する

 

そして涙があふれた

情けない自分にではない

それはただの【恐怖による涙】

死んじゃ嫌だと心が慟哭しているのだ

 

「お願いお願いお願いお願いお願い!死なないで!!貴方はこれから、、、これからも!」

 

その時のレフィーヤは既に黒竜との戦いで身も心も摩耗しきっており、いつもの彼女ではない

そこに居たのはただの『女の子』だった

 

やがてそこに他の者も駆けつける

そして目の前の光景に凍りついてしまう

想像していた最悪が目の前にあるからだ

 

そしてそこに響くのだ

 

彼女の声が 一人の女の子の声が

 

 

 

「助けて、、、助けて、助けて助けて助けて、お願い!ベルを助けて!助けてください!助けてええええええええええええ!!」

 

 

 

 

そこにいる皆が恥も外見もなく『性根』を表に出していた

 

 

 

「ヒーラーはどこですか!!?」

「南にいたはずだ!」

「私の魔法でランクアップを!」

「私も回復魔法で加勢します!」

「どいて!アルゴノゥトくんを運んで」

「待て!下手に動かすんじゃねぇ!」

「ならどうすんのよ!」

「ど、どこだよヘイズ!!?どこだよ!」

「引きずってくる!愚兎を動かすな!」

「エリクサーは!」

「「「もう無い、、、」」」

「魅了をかけます!スキルを反応させれば!」

「死ぬな!春姫をこのまま置いていくきか!?アタシも!」

「ソールライト!ソールライト!ソールライト!」

「ベル先輩?」

「ニイナ!固まるな!回復魔法だ!!!」

 

みんな必死だった。1秒後に死ぬかもしれない人間、その相手は自分たちと縁を結んだ少年。そんな彼が死ぬところなんて見たくなかったさせたくなかった。だけどもう手遅れかもしれない、むしろその可能性の方が高い目の前の惨状。

 

みんなが泣いていた

 

「ベル様!生きてますよね!生きているのでしょう!お願い生きて!」

「ベル!死ぬな!まだまだこれからだろ!」

「死なせませんから!絶対に絶対に死なせませんから!」

「死んでいいはずがない!私を2度も殺す気ですかベル!」

「ダメダメダメダメダメこんなの!こんなの!君は英雄に」

「一番強えお前が死んだら意味ねぇだろうがバカ野郎!!」

「耐えなさい!堪えなさい!踏ん張りなさい!」

「ベル!大丈夫だから!もうすぐヘイズが来るから!ヘディンが連れてくるから!」

「シル様を悲しませる気か!せめて天寿で死ね!」

「「「だから死ぬな!!!」」」

「ここで死んだら許しませんよ!ここで死んだら私も死んでやる!」

「耐えろベル・クラネル!アンタにはその責任があるんだよ!!」

「生きてください!私はまだあなたに!」

「やだやだやだやだやだやだやだやだ!!置いてかないで!!」

「生きろベル!生きろ!」

 

切実な願いだった

きっと彼らの他にもそう思う者がたくさんいるのだろう

遅れてやって来た黒竜討伐連合の彼らも目の前の惨状に言葉を失い、そしてすぐにベルに呼びかける

誰もが望んでいた

誰もが願っていた

誰もが不安に押しつぶされそうだった

 

残酷なことにその声はベルには響いていない、聴覚の内部すら焼けて黒くなっていた。一切の音がベルには聴こえていなかった

 

 

そのはずだった

 

 

「お願い、、、、ベル」

 

 

だが、彼ら彼女らの『魂』すら乗った言葉は形のない圧となりベルの何かに確かに響いていた

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒竜討伐完了

 

その事実に下界が歓喜の叫びを上げて

 

その『半年後』 

 

 

ベル・クラネルは今だ目覚めない

 

 

 

 

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