「お父さんは怖くなかったの?」
「ん?」
麦の海が広がるその金色の光景は、そよ風が吹いているせいかとても心が和んだ。そのすぐ近くの川で『白髪の親子』が座り込んでいる、近くの木の枝を折って釣り竿を作り、虫を集めて餌として神々の言う『ふぃっしんぐ』を楽しんでいた。
父親の故郷で開かれたそれは父と娘のおだやかな交流だった。
その後ろから聞こえるのはやんちゃ盛りの幼い子どもたちの声、娘の兄であり姉であり弟であり妹である彼ら彼女らは釣りにあまり興味を示さず原っぱで駆け回っては折り重なってひっつきもっつきするその姿は、まるで小兎の団欒のようだった。
そんな時に娘から突然声をかけられた
隣にいる自分の子供達のなかでとりわけおとなしくてそしてとても不思議な娘・ピアノはときおりこういう事をする
父親のベル・クラネルはとっさに返した
「怖くなかったって何が?また夢を見たの?」
「うん」
「どんな夢?」
「お父さんが真っ赤っ赤になって苦しい顔をしてる夢」
「!」
ピアノの夢はカサンドラの時とは違って『未来』ではなく『過去』を見る。そしてピアノの言葉から娘が見たのは恐らく自分の過去、血まみれの自分、数え切れないほど経験してきた修羅場のどれかなのだろうと推測した。
「怖くなかったの?」
ピアノは基本無表情だがその瞳には何か真剣なものを感じた。そしてベル・クラネルは大人になろうと父親になろうと『真性のバカ野郎』であることに変わりはない、娘に嘘をつくことなどできなかった。
「物凄く怖かったよ、カッコ悪いけど」
「、、、、、じゃあ逃げればいいのに」
「そうだね、、、逃げることも出来たんだろうね」
「なんで怖いのに怖いことをしたの?」
「やりたいことがあったから、、、後は守りたいものもあったからかな?」
「、、、、、なんでお父さんはあんな目にあったの」
「え?」
「お父さん優しくて悪い人じゃないのに」
「あっ」
その時ベルは初めて気づいた。ピアノが気になっていたのはいわば『勧善懲悪のズレ』父親に降りかかった理不尽に納得できないからこそ言葉にしたのだろうと、そしてピアノにとって誰よりも優しい父親に理不尽な事があったのが許せなかったのだろうと
白と黒では分けられないグレーな世界。それは子供が理解するには難しすぎた。
そしてベルは
「だけど僕にも悪いとこはあったよ」
「、、、、、わかんない」
「そっか」
「お父さんが強いからそうなるのかな?だから一番優しいいい人なのかな?」
「いや、強いことは良い悪いじゃ片付けられないんだ」
「え?」
無表情のピアノの目が初めて見開かれた。ベルの声のトーンが変わって優しさが前面に出たいつもの顔ではなく、少しだけ怖い、けどいつもより大きく強そうに見える顔になったとピアノは感じた。
そしてベルが口にしたのは『この未来のベルが辿り着いた一つの答え』
強さは『毒』なんだ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ごふっ!」
口から血の飛沫を吐き出し呼吸を確保する。手足の節々から鮮血が流れ出て纏っている装備を赤く染めていく。猛暑で流れ出てしまう汗が傷口に触れるたびに激痛が走る、外は陽光で内は負傷でピアノの神経を虐めていた。恐らく内臓に切れ込みが入っている、治療師(ヒーラー)の彼女なら治せるが、そんな状態ではなかった。
「詠唱をしないのは魔力暴発(イグニスファスト)を恐れてか?」
ワルサ復権派の戦士・ロエ レベル2
彼女の剣術にピアノは予備武器のナイフで対応したが、所詮は治療師と剣士、後衛と前衛、レベルが同じでも強さの質はまるで違った。
大きく振り被ったかと思えば足からの蹴りが飛ぶ。薙ぎ払いのあとに一瞬で返しの二の手三の手の斬撃が皮膚を切る。何よりも早かったのは剣により『突き』の連攻、内臓をかすめて既に数カ所の切り込みを文字通り刻み込んだ。ピアノは身体中を血まみれにしていた。
そしてロエ自身は全くの無傷。
百人中百人が見てもロエが圧倒していた。
ピアノは現在、回復魔法を使えない、何故なら失敗すれば魔力暴発で確実な負けが決まってしまうからだ。彼女は並行詠唱を扱えるが彼女ができるのはまだ『詠唱と回避』の2つのみ『詠唱、回避、防御、迎撃を一度にする』その高度な技術は今のピアノには無理な行い、故に詠唱するわけには行かない。
だが押しているはずのロエには違和感があった
(あまりにも攻撃が少なすぎる)
ピアノからの攻撃回数の少なさがロエの頭を捻らせる。これは勝負、守りと回避に徹しているだけでは絶対に勝てない、攻めなければ勝利などありはしない。ロエは今までの経験則からある可能性を感じていた。
(一発逆転の『何か』を持っている、例えば一撃で勝負が決まってしまう何かが)
この一撃が決まれば勝てる。そんな手段がある気がしてならなかった。そもそも魔法はそういう側面を持つことの方が多い。何より既に切り刻んだ身体で自分に勝つにはそれくらいしかないだろうと冷静に分析する。
「確実に勝機を殺す」
ロエが構えたのは『突き』の構え、何度も繰り出されるのはそれが彼女の得意技だから。相手の急所を確実に刺し貫くその動きはあまりにも精密な技だった。
狙いは喉
喉は全生物共通の急所にして【魔法を扱う者にとっては詠唱という武器を繰り出す部位でもある】
例え一撃で決まらなくても相手の弱体化は必須
そして確実に魔法が使えない状態
「お前には悪いが、俺にも大事なものがある」
「、、、、、大事なもの」
ピアノの脳裏によぎるのはシャルザードに来てから見た夢の光景、知らないはずの姉妹の過去
不運続きの運命でお互いの存在を支えに強くなったその光景をピアノは夢で見ていた
そして『兎の血筋』に火がついた
「むんっ!」【ガンッ!!】
「はぁ!!?」
何が起こったのか?何故ロエは驚愕の声を上げたのか?
それは
『ピアノがナイフの柄で自分の鼻先を殴ったからだ』
ただでさえロエに切り刻まれて身体中血まみれなのに鼻から鼻血が噴き出して更に負傷を増やすという奇行、意味が分からなかった。なぜそんな事をしたのか?それは
「気合を入れました」
実にシンプルな理由だった
「バカか!?」
「違うよ」
「ーーーーーっ!!」
何か高度な駆け引きかと思ったらそうでもなかったっぽい事に調子を崩されたがロエのやることは何も変わらない
「時間はかけないここで決める」
「うん!」
2人の間に緊張の空気が漂う。次で決まる。お互いがそれを確信していた。ピアノがナイフを構えて背中に刃の部分を隠す、武器を隠す初歩の構え、対してロエは腰をかがめて全身のバネを全力で出せるような体勢で剣の先をピアノの喉元に固定する。
ビュウ!と風が吹いた。砂塵を巻き上げてパラパラと細かな砂が舞い散る中、2人は一切の目をそらさない、そらした瞬間あの世だとわかっているから
ジリジリと足先を動かし呼吸を整える
そして
「覚悟!!」
ロエが全身のバネを使って出せる限り最高速の刺突を繰り出した。ロエは無傷、体力すら削られていない本気の一撃
対してピアノは負傷状態
この速さなら超短文詠唱でも間に合わない
勝利が確信に変わるその刹那
ピアノがとった行動は
『防御』だった
剣先だけに意識を向けて喉元を狙っていると確信
両腕をクロスした
なんてことはない自らの肉体を使った防御
刺突がクロスした両腕を貫いた
クロスした真ん中、文字通り両腕を刺突が貫通した
勢いはある程度弱まったが
それだけあれば十分だった
ザクッ!!!
ロエの刺突はピアノの『喉』に届いた
本来なら『喉』を貫いた勢いのままに脊髄も貫かれていたが、クロスした両腕が勢いを抑え、被害を『喉』だけに防いだ。
だが『喉』に届いてしまった
そうなればどうなるが?決まっている
詠唱が出来ない 魔法が使えない
刹那にロエは勝利を確信した
はずだった
その瞬間ピアノの身体が『燃え上がった』
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「強さは毒?」
「うん、僕が勝手に出した結論だけど」
幼いピアノには理解が及ばないのかその無表情を崩して動揺していた。そんな娘の珍しいところにベルは少し笑ってしまった。
「強くなきゃ大切なものは守れない、勝たなきゃ助けられない、そんな日々だった」
思い返すのはベルがオラリオで経験してきた数多の過酷、そしてありとあらゆる『強さ』
「強くなるたびにあぁこの力でみんなを守れるって思って安心してた、、、けどそれと同時に怖かったんだ」
「?、何で?」
「強くなるたびに『背負うものが増えていったんだよ』」
「背負うもの?」
ベルは短期間で数多の過酷を乗り越えた。しかし、そのせいで多くのものに巻き込まれた。大きな羽を持つ蝶が蜘蛛の巣に引っかかりやすくなるように
ベルの強さはベルにたくさんのものを与えた。
仲間、理想、恋情、熱狂、夢、願望、家族
しかしそれと同時に多くのものがのしかかってきた
責任、悪意、嫉妬、冤罪、差別、粘着、プレッシャー
強すぎる光には美しい色や形をした蝶も集まるが、醜く害悪な虫も集まってくる
そんなものとは関わり合いにならないのが一番なのだ
だがベル・クラネルは『真性のバカ野郎』自分が間違っていると理不尽だと思ったものには関わり立ち塞がりどうにかしようとしてしまう。
彼の強さは善意も悪意も美も醜も惹きつける
惹きつけてしまうのだ
「強さがなきゃやりたいことはできなかった。けど強さがあったから嫌なことものしかかってきた。つまり『薬』や『毒』みたいなものなんだ、ほんの少し何かが違うだけで、良い方向にも悪い方向にも進んでしまう。本人の意思に関係なく」
「じゃあ強さは薬でもよかったんじゃ?」
「いや毒だよ」
「なんで?」
「強すぎる強さはたくさんの人には怖いものに映ってしまうんだ。人は怖いものを見たくないけどどうしても怖い方を重点的に見てしまうから、だから薬か毒なら毒なんだよ」
「でもお父さんは怖くないよ」
「でも、全然怖いところがないわけじゃないんでしょ?」
「、、、、、、、、うん」
ピアノは少し悩んでベルの言葉を肯定した。ベルは娘に気を使わせたな?と苦笑してその頭を撫でた
「でも強さは必要なんだよ」
「!」
「そうだね、『毒』は危険なものだけど、使い方によっては薬になる。そして『毒』を知れば自ずとその扱い方や対処の仕方も分かるようになる。昔の人たちがたくさん頑張って勉強して、対処法を今の人たちに残してくれたように、『力』もまた扱い方や対処の仕方を勉強しなくちゃいけないんだよ。ただ『怖い』のひと言で本来持っている『いい部分』が曇らされて忘れられないように」
「いい部分、、、、、」
幼いピアノにはまだ深く理解することはできない。しかし隣にいる父親は自分にとても大事なことを教えようとしていることは分かった。
「だから君たちが持ってしまった『力』についても深く知ってほしいんだ」
他でもない君たちの身を守るために
毒を薬に変えられるように
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1秒にも満たないその刹那でロエは動揺した
喉を刺したピアノから『炎』が上がっている
魔法? 喉を刺されているのでありえない
魔力暴発? 詠唱もしていない
魔導具? ナイフ以外何も持っていない
その刹那の動揺が身体を硬直させ、回避を遅らせてしまった。『炎』は目の前にいるロエをも包もうとしている。その正体はまるで分からない
そしてピアノの口元が動いた
声は出ない
しかし彼女は心のなかで『それ』を唱えていた
ファイアボルト
ロエを包んだのは喉を刺されても発動できる常識外れの炎
『無詠唱魔法』
そんなものをロエは想定出来ていなかった
焼かれたロエは刺さった剣を手放して距離をとる
だが炎の熱でピアノから目を離してしまった
ピアノは力ずくで剣を喉と両腕から抜き取ると
『力』を集めた
ピアノの身体から上がった炎が右手のナイフに集まっていく
何故そんな事が起きるのか?
そもそも何故ピアノがファイアボルトを使えるのか?
それは純粋な『父親の想い』その具現化
『聖火愛加(リ・ウェスタ)』
対象に聖火の加護を与えるという人の身で『恩恵』を疑似再現したスキル
その対象者は『限定的にベルの聖火が使える』
そしてその代償に『発動した本人も炎に焼かれる』
聖火はベルが数多の過酷を乗り越えて使いこなせたもの、足元にも及ばないものが使えば『強すぎる炎』に焼かれるのは必定だった。
だが、その威力は確かな本物
ただでさえ負傷しているはずの身体にさらなる負荷がかかる
だがピアノは走り出した
内臓は切られ、喉も刺された
だが関係ない
自らの炎に今も焼かれ続けている
だが止まらない
どれだけ傷ついても苦しくても走るのをやめない
諦めることを諦めている破滅性
だからこそ『再現』が可能なのだ
そしてロエは見た。いや、『見えてしまった』
ピアノの後ろに蜃気楼のように見える【英雄】の姿を
偽現・聖火の英斬(ディオス・アルゴ・ウェスタ)!!!