「貴方たちが死ぬのは耐えられない」
「あっ」
「だからどうか、恨んでください」
そこは戦場だった。正確には前衛から少しだけ離れた中衛、そして動けない者が集まり、前衛と同じくらい血と臓物の匂いが蔓延る半死半生の領域
黒竜との戦いで負傷した者達がそこに集まっていた
前線では第一級冒険者達が死に物狂いで黒竜と戦っていた。今もなお戦いの咆哮と迫撃による轟音が鳴り響いておりまるで地獄の断末魔のようだった
ここはその中衛に位置する場所で負傷した者達が一塊に集まっていた。治療と蘇生を施すのはレベルアップを果たしている治癒師達、主にアンドフリームニルと呼ばれる者たちがそこにいた。治癒師は後衛が常だが、それではとても間に合わないとレベルアップを果たした者達が前線と中衛の為に前に出ていた。
中衛でこれなら前衛は必死の領域なのだろう。それでも生きて戦えている者たちは正真正銘選ばれた者達、特別な人間と凡人の延長の格差、何とも分かりやすい区別だった。
だが誰もそのことに不満など口にしない、何故なら圧倒的などという言葉ではない説明できない最強の存在と今もなお戦っているからだ。すでに中衛で動けなくなってしまった凡人の延長に生きる者たちの心は砕かれていた。
もう自分に出来ることはない
足手まといになるだけ
命を捨てても何の意味もなく死ぬだけ
勇猛果敢なエインヘリアル達、団長や王族を信じる連携の眷属達、そんな彼らに憧れた者たち、彼らの出番はもう終わった。このまま戦い続けることのできる者たちはすでに全員が前衛に行ってしまった。
そこに駆け出そうとしている少年がいた
すでに何度目かわからない蘇生をその身に施された少年の肉体は実力のある治癒師たちの魔法で傷一つない、だが血が足りない、すでにその肉体には生命を維持するだけの血の量しかない。
だが少年は行ってしまった
【二言】を残して
「ま、、、待って、、、待ちなさい!」
少年の【二言】は何故かその耳によく通った。戦いの音が響き続けているのに、大した大声も出していないのに、多くの動けなくなった者たちがその【二言】を聞いてしまった
言葉の意味
それは考えればすぐに分かること。少年は自分たちに振り返って、黒竜とそれと戦う選ばれし者たちを背にそういったのだ。多くの者たちが出番の終わった彼らと選ばれし者たちが見えない壁で断絶されたような気持ちになった。
少年はわかっているのだ 自分が何をしたのか
彼らはわかっているのだ 何が起こったのか
それは『悪意なき見限り』だった
このまま戦い続ければ死んでしまう
少年は彼らを死なせたくない
だが『そう』すれば見限る事になる
一緒に戦ってくださいと少年なら言葉にしただろう
だが少年は『悪意なく見限った』のだ
自分の言葉が彼らにとっての呪いとなることを承知の上で
だから恨みを許容する言葉を残したのだ
この者たちは今も黒竜と戦い続けている選ばれし者たちに比べて圧倒的に弱いと
弱者だと
それを直接言葉にしないのはひとえに彼の人柄ゆえ
だがもうその事実を無視する状況でもなければ出来る事でもない
何より少年はすでに目の前で死にかけている者達と残酷なまでに力の差がついてしまった
そして少年の最も恐れるものは命が失われること
ならば
そうならば
それしか出来ないのなら
たとえ恨まれても彼らを救う愚者となろう
少年の考えが手に取るように分かった。少年とはすでに強い繋がりを持ってしまったから、少年は決死の思いと覚悟で自分たちを優しく見限った、優しさゆえに彼らが最も恐れる『屈辱』と『侮辱』を与えた。少年より大人である彼らがそれを気付かないはずもなかった。
弱者の誇りをけなす行い
それを分かった上で走りゆく少年の背中
何故身体が動かない
何故その後に続かない
誇りを守るために立ち上がるべきなのに
今こそ強くなる時なのに
「待って!ベル!」
死にかけの乙女の叫びはベルには届かなかった
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「、、、、、ヘイズ」
「ん、、、、ヘルン」
とある個室、大量の乱雑に置かれた資料が床と机のうえを埋め尽くされ足の踏み場もない場所にヘイズはいた。
そこにやってきたのは水の入った瓶とコップをトレーで運んできたヘルンだった。
「水を飲みなさい、勇士でも水が無ければ死ぬわ」
「え、、あぁ、そうですね」
「最後に口に何か入れたのはいつ」
「覚えてませんよ。それより今は」
「フレイヤ様から伝言よ」
「、、、、なんですか」
「身体を休めなさい、、、と、、、」
「嫌です」
それは信じられない瞬間だった。何よりも女神の為に生きてきたヘイズが女神の伝言を速攻で拒否するなど、ヘルンが何かを堪えるように自分の唇を噛むが、ヘイズはトレーにある水の入った瓶を手に取るとコップに注ぐこともなく直接口につけて一気に飲み干し、すぐに手に持っている資料にまた目を通し始めた。
ヘイズの見目は普段とは違いその目は光がなく、身体も細くなっている、定期的な食事を雑にしているからだ。美の女神の眷属として整えられている身なりは今は見る影もない
「わかっていますよ、、わかっています、、、今私はおかしくなってる」
ヘイズはそのままヘルンに言葉をかける。ヘルンはただ黙って聞いていた。
「わかってるんです、、、これ以上は『神の領域』だって」
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ベルは黒竜を倒し英雄となった
だが起きなくなってしまった
炭とかしたベルを見た瞬間、ヘイズは搾り粕しかない魔力を使って回復魔法をかけた。他の者達もそうだった。ただ必死だった。オラリオに戻ってからもそうだった。
ベルの一命を取り留める間の記憶がヘイズにはない、ただただ回復魔法をかけ続けた記憶しかない、他の者達も同じだった。
そしてベルが一命を取り留めたのを知ったのは女神が自分たちに教えてくれたから
フレイヤが自身の眷属一同を一箇所に集めて彼らが知りたくてたまらないことを一つずつ答えていった。その全てが一貫してベルのことだった
結論から言えば『ベルが目覚めるかは不明』
生き物として限界を超えすぎて神でもどうなるかわからないのが現状、後は医神に任せるしかないと全知であるフレイヤから告げられたエインヘリアル達はことごとくいい顔をしなかった。
するとその場から離れようとする人影があった
それはヘイズだった
女神がその足を止めて、何をしようとしているのかを聞いた
「ベルを起こす方法を探さないと、ベルが下界の未知なら私たちがベルを起こす下界の未知を見つけないと」
ヘイズの言葉を聞いて顔を引き締めるエインヘリアル達、彼らはこれから世界に飛び出しベルを目覚めさせる方法を探し続ける。それはもはや決意だった。
だがフレイヤの顔は沈んでいた
まるでこれから来る『苦悩』を予言したかのように
「医神ですら答えを出せない以上、下界に答えがあるか本当にわからない、きっと空回りの連続になる」
「関係ありません」
「貴方たちの事を止めはしないわ、だけど、、、どうか無茶をしないで」
女神フレイヤらしからぬ暗い顔、彼女もまたベルの現状を憂いている。だが彼女には愛する眷属達がいる、そして彼女は女神であるがゆえに『人』とは違う
故にヘイズは、、、、、
「フレイヤ様」
「私たち、ベルに言われたんです」
「恨んでくださいって」
「だから早く起こさないと」
「早く起こして言ってあげないと」
「余計なお世話だって」
「私達は弱くないんだって」
「だってそうじゃないと」
「そうじゃ、、、ないと、、、」
「あまりにも惨めじゃないですか」
「子供であるベルに全部背負わされた」
「全部押しつけてしまった」
「私たちはついていけなかった」
「その背中に続けなかった」
「誰にもとどかない前にベルは、、、、」
「だから起こさないと」
「私たちが起こさないと」
「私達は、、、私たちは、、、わたしたちは!」
「たとえベルが一生起きなくても!ベルを起こす方法をずっと探し続けなきゃいけないんですよ!!」
誰かが集まりのなかで泣き崩れた 女だった
誰かがその場から泣きながら走り出した 女だった
誰かが泣きながら自分の弱さを呪った 女だった
「そうじゃなきゃ!もうベルと関わる資格すらない矮小に成り下がってしまうから!」
ベルに辛い決断をさせた。きっと自分達は本来黒竜との戦いで無もなき死を迎えていた。それをベルが捻じ曲げた。ベルが強かったからじゃない、自分達が弱かったから、あの時ベルと共に前にかけるべきだった。共に戦うべきだった。だがもう遅い、置いていかれた自分達は英雄の踏み台としてこの世界に残り続ける。
だったらせめて
「ベルの意思じゃなくて私の意思で恨まなきゃ、、、そして気が済んだら、、、ちゃんと祝福してあげなきゃ、、、頑張りましたねって」
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だが最後は結局、神だより
『移植』のための準備は進められている
自分達、人では理解できない領域で
治癒師としてのプライド、戦場で動けなかった後悔、ベルに全てを押し付けることしかできなかった惨め、それを糧にして蘇生方法を探し続けてもベルをどうにかできるのはもはや『神々』だけだった。
ヘイズは優秀な治癒師であるがゆえにベルがどんな状態なのか他の者よりも深く理解している。紙に書かれた数値が今までの積み重ねが、蘇生は不可能だと告げている。どんな状態なのか正確に理解できる治癒師とどんな状態なのか理解できない無知な者、一体辛いのはどちらなのか、そんな者わかるはずもない
それでもヘイズは止まらなかった
止められなかった
「フレイヤ様に伝えてください、私が私であるために失礼を働くことをお許しくださいって」
「、、、、、、、、ヘイズ」
再び資料に目を通す
その目に涙を浮かべながら
「恨んでください、、、、恨めるわけないじゃないですか、貴方のおかげで拾った命なのに、、、その命で貴方を恨んだら私は本当に醜い存在になってしまうじゃないですか、、、、、だから、、ベルを起こして、ちゃんと憎んで愛さないと」
憎みたいけど憎めない、近くにいるのに愛せない、こんな事は初めてだった。ヘイズのなかに渦巻く愛憎はその行き場がなくただただ不甲斐なさを作り続けていた
そのせいかもしれない
そのせいで身体が冷たくなっていたのかもしれない
だからこそ
「ヘルン?」
誰かの『抱擁』の温かさを深く感じたのは
後ろから感じる温もり、ヘルンが座るヘイズを後ろから抱きしめていた
「ヘイズ、、、今からすごく頭の悪い事を言うわ」
「え?」
「少しの間だけ、、、、少女の頃に戻らせて、貴女も一緒に」
「!」
ヘイズの目が見開かれて後ろを振り向く、そこで目にしたのはその両目から涙を流すヘルンだった
「なんでかわからないけど、、、感じるの、、、貴女の苦しみが流れ込んでくるように」
「、、、、ヘルン」
「、、、、、貴女を放っておけないの」
「、、、ベルみたいなこと言ってますね」
「、、、そうね」
まるで鏡写しのように2人は同じ顔をしていた
「よく見れば貴女の身なりもボロボロですね」
「貴女と同じ」
「髪もボサボサ」
「じゃあ貴女が梳いて、、、昔みたいに」
「、、、、えぇ、いいですよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
そしてそれから暫く経ったある日
ベルが半年の眠りから目覚めた
その日は何ともない日だった
ベルの診察のためにホームに訪れていたヘイズ達は
中庭で両足で立っているベルを見つけた
目が合った
自分たちの後ろを歩いていたロナとイルデが腰を抜かして倒れた
ヘイズとヘルンは頭が真っ白になった
言いたいこともぶつけたい憎悪も愛の祝福も全て全て全て吹き飛んでしまった
二人が同じタイミングで膝から崩れ落ちた
そしてそのままただの無垢な少女のように泣き続けた
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「来いやオラァーーーーーーー!!!」
「うるせぇ」
「怖い!怖い!怖い!なんなの君たち!!?」
時は過去のオラリオ、その中庭で模擬戦が行われていた。戦っているのはフルトとメロのコンビ、その相手はヘグニ
たとえ二人がかりでも第一級のヘグニの相手にはならないが、そのコンビは打ち合えていた
その理由は『コンビネーション』
ガリバー兄弟レベルの示し合わせた連携、自動治癒のフルトが肉の壁として前に立ちその後ろで斬撃範囲拡大の鉤爪を使うメロが援護する。
縦位置列の二人羽織戦法
位置的に目を合わせることもないのにお互いの呼吸だけで次の動きがわかるシンクロ、前から見た相手には本当に二人で一人のように見える、フルトの後ろから絶妙なタイミングでその鉤爪が向かってくるのでまるでフルトに複数の手足が生えているように見える一致率
だが何よりもヘグニを苦しめるのは
何よりも異質なのは
「戦争遊戯前、父さんはフレイヤ・ファミリアのフォールクヴァングでヘグニちゃん達にズタズタに引き裂かれていた」
ヘグニの顔から冷や汗が垂れる
「つまりそのヴィクティム・アビスは父さんの血を大量に啜った」
瞳が揺れる
「つまり、、、つまりだ」
口元が引くつく
「比較的父さんの血を啜りたての剣が俺の肉体に入ってきているということだ♡」
フルトは恍惚の表情をしていた
「素晴らしい!素晴らしいよ!まさに至福だぜ!天使が与える至福!父さんの身体を刻みまくった物と同じように刻んでくれるなんて♡それも弟を守るというシチュエーション付きで!」
「はぁ〜」
「怖い!怖い!怖い!怖い!怖い!怖いぃぃぃぃ!」
フルトの言葉は止まらない メロのため息も止まらない
「父さんが乗り越えた試練を!地獄を!俺はこの身で感じてる!経験している!まさに奇跡だぜ!」
「だ!ダメだ!気絶させて!」
生理的嫌悪のあまりヘグニがフルトの意識を刈り取ろうとしたその時
グッサーーーーーーーーーーーーー!!
「ゴボぉ!」
「ナナナッ!?」
ヘグニの頬を斬撃がかすめた
メロが放った斬撃範囲拡大の突きが当たったのだ
フルトの背中ごと刺し貫いて
「なななっ!何をしてるのぉ!!?」
「合理的だろ」
「いやでも!」
ヘグニが何の躊躇もなく自分の兄ごと貫いたメロに恐怖を覚える。いくら自動治癒で治るといっても家族間での人権無視が酷い
そして
「相変わらず最高な弟だせ♡」
「イカれてる!!!!」
そんなメロにも恍惚な表情を向けるフルト
「な!何とも思わないのか!!?」
いくら兄弟でも遠慮がなさすぎる、確かに自動治癒ができるフルトが前に経って壁になるのは合理的だが、メロはマジでフルトを盾のように扱っていた。なんなら道具扱いだった。同じレベルの連携のガリバー兄弟でもこんな事が起これば喧嘩になるだろうに
「説明したと思うがメロは『一万年に一人の呪詛の天才』って呼ばれてる」
「だ!だから!?」
「ほぼ同じタイミングで産まれたのに、圧倒的な才能の差がそこにあったんだ」
「!」
「いや、それだけじゃない、俺たちには父さんという圧倒的な壁がある、、、強くなるたびに実感するよ、あまりにも遠いって」
「、、、フルト」
「そしてなんて素晴らしいんだって!」
「え?」
フルトは『愛憎』を知らない
というか彼にはそんな発想はない
凄いものは凄い ただそれだけ
メロはヘルンの愛憎を才能という形で受け継いだ
ベルの遺伝子で浄化されて【憎】の感情を受け継がなかった
ならばフルトは?
ヘイズ譲りの愛憎はどうなったのか?
その答えは
「ヘグニちゃんはフレイヤ様に嫉妬したことはあるのか?無いだろ!?つまりそういうことだよ!素晴らしい物はひたすらに素晴らしくて見ているだけで心が踊って!近づくたんびに自分がいかにちっぽけなのかを理解する!それがいい!そこがいい!嫉妬?ないない!劣等?ないない!ひたすらに尊い!!つまり何が言いたいかというと結局《愛》!〚愛〛!〘愛〙!愛しかねぇぇぇぇぇぇ!!!」
ヘイズの愛憎は浄化されてしまったのだ。他ならないベルの遺伝子によって、そして愛憎の【憎】に向けられるはずだったエネルギーは全て【愛】に向けられることとなった
結果生まれたのがフルト
誰よりも前に突っ込みその身を切り刻まれて父親と同じことをしていると悦に浸り、その圧倒的な格差にすら理不尽に踏みにじられた父親と同じ経験をしていると脳内変換して快感を見出すグレートポジティブモンスター
だからこそだれよりも血に塗れてモンスターをきり刻むことのできる、自動治癒で肉体が治るどころかその心は愛を感じまくる性質のためブレることがない、不死だけではなく自己固定観念最強という武器を持つ前衛
その二つ名は【一番刃(ゴートシザー)】
刃に最も触れるのは相手の肉体ではなく相手の刃、だれよりも切り刻まれて誰よりも切り刻む全力疾走の生きる刃
「さぁ!もっともっと切り刻んでくれヘグニちゃん!そのヴィクティム・アビスが啜った父さんの血が全部全部全部俺の肉体に入ってくるように!というか違うな!俺はもともと父さんの血肉で産まれたんだからつまりこれは【原点回帰?】まぁいい!とにかく父さんの血で増殖した雑菌もろとも俺の肉体にカモーーンだぜぇーーー!」
「なんだこの生き物はぁーーーーーー!!!」
「、、、、、、、、ぇ、アレ私の息子?」
「そうですよ。多分今ヘイズさんが感じてるのは僕がダンジョンで貴方に首を絞められた時の感情と同じ感情です」
「、、、、、オモッテタノトチガウ」
「子供が想像通りに育つわけがないんです、だからヘイズさん達は【安い】んです」
「うぅ!」