「どうして、どうして夢を見れないの!?」
黒竜の討伐に下界が湧き立つ一方で、私は不安でいっぱいだった。
いや、私以外の沢山の人達が、ベルさんのことで不安でいっぱいだった。
そして黒竜が倒されたその日から、私は『予知夢』を見れなくなった。
なんでこんな時に見れなくなるの!?ベルさんの未来は!?目覚めるの!?なんで!?知りたいのに!!私はまだあの人に何も伝えてないのに!!
何度も何度も試しても夢は見れなかった。
ずっとずっと自分を悩ませて呪いさえしていたこの力を、かつてないほど欲しているのに、今が一番必要な時なのに、私が出来ることなんてこれしかないのに
人に隠れて何度も泣いた
かつてないほど自分を呪った
だけどそれは自分だけではないとカサンドラはわかっている
自分よりもベルに近い人たち、友人、盟友、戦友も自分の不甲斐なさに自分を憎んでいた。
思えば自分は他の人達より一歩遅れていた
戦争遊戯でも下層の時も魅了の時も、ほんの少しでも自分が動けたら、もっと早くもっと最善な動きが出来たなら、何か変わっていたかもしれない。
そう思えるほどに先を見ることが出来ていたのに、それでも動かなかったのは、私の弱さと人格、そして長年の習慣で積み重なった逃げの姿勢、要は勇気が無かったからだ。
冒険者としてそれなりの修羅場を潜り抜けてきた。だがそれは常に生命を賭け続けるベルと比べれば微々たるもの、対象が完全に悪いとは思うが、カサンドラの好きになった人はそういう人、並び立つには自分は矮小すぎた。
彼の周りには自分なんかより遥かに優れたヒーラーもいる。自分があの人の特別になる日なんて来ないと本当はわかっている。いくら運命を感じて恋心に酔おうとも自己陶酔など出来る存在ではなかった。
だからあの時は必死だった
ベルが内も外も黒く燃え尽きたあの時、カサンドラは回復魔法を全力でかけ続けた。
1秒後に死んでしまうかもしれない彼を前にして、それ以外のことなど頭に入らなかった。ただ死なないでと願い続けて魔法を出し続けるしかなかった。カサンドラはあの時のことをよく覚えていない、ダフネから聞いた話では何度も魔力切れで気絶しそうになってはポーションを飲んで回復してポーションがなくなったら『爪』すら引き剥がして意識を保ち続けて回復魔法をかけ続けたらしい。そんなカサンドラを見ていた誰もが彼女に感謝した、褒め称えた。
だがヒーラーである彼女は理解していた。
自分の活躍など微々たるものだと
フレイヤ・ファミリアのアンドフリームニル
戦場の聖女
第一級冒険者の回復魔法
彼らもまた狂ったように回復魔法をかけ続けて、自分が本当に役に立てたかなど分からなかった。
だからこそ『予知夢』にすがりたかった
でも
「お願い、、、教えてよ、、、あの人は大丈夫って教えてよ、、、、死なないって教えてよ!!」
情けない、あまりにも情けない、なぜ自分はこんなに矮小なのか、なぜ自分はもっと強くならなかったのか、あの人は強くなり続ける。追いかけるには自分も強くなり続けるしかないのに、そうでなければ、もう、自分には、、、、、、
今、彼を救おうとしているのは、自分よりも特別で抗うことが当たり前の凄い人たち。彼らは世界中を飛び回って彼を救うための素材を集め続けている。『移植』の為に提供出来るものは全て提供した。自分を切り売りすることは辛くもなんともなかった。だけど自分は世界を飛び回れるほど力なんてない、せいぜいオラリオの近くの素材を集めることくらいで、それは他の人にも出来ること、自分には『予知夢』以外に特別な力なんてない
ダメなんだ
自分では
運命を言い訳にしてきた
今までずっと
乗り越えられたことも確かにあった
だけどその時はいつも自分以外の誰かがいた
自分は『悲観』して逃げてきた
抗うことなどしなかった
いつも心が折れて歩みを止めてしまった
けど
あの人は
そんな私を必要としてくれた
こんな私を信じてくれた
その人が今、死にかけている
そんなの嫌だ 絶対嫌だ
私ができることは何?
私が今のあの人にしてあげられることは何?
もう逃げたくない
あの人の近くにいたい
『悲観者』の自分自身に抗いたい
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「それで『薬師(ハーバリスト)』の勉強を?」
「アハハ、結局無駄になっちゃいましたけど」
そこはとある山道で下を見れば麦畑が広がる農村の景色が広がっていた。
ベルの故郷の名も無き村
カサンドラはベルが目覚めて里帰りに誘われた一人だった
今は山の山菜を採りに来ていたのだが、意図せずしてベルと二人っきりになっていた。
普段のカサンドラならこの状況に心臓を高鳴らせていただろう。だがそんな気分にはならなかった。
カサンドラはミアハに頼み込んで『薬師(ハーバリスト)』の勉強に注視した。きっと今から勉強し始めた彼女ではディアンケヒトの本格的な医療関係の薬師に並び立つことなど出来ないだろう。それでも自分が取れる選択肢のなかでそれが一番【マシ】なものだった。近くにミアハという医療の神が入る。それが今のカサンドラが他とは違う事ができる唯一の可能性だったからだ。
「結局私は何もできなかった、、、」
「そんなことは」
「でも薬師の勉強を辞める気だけはありません」
「!」
「私はあの時、覚悟を持ってこの道を選んで、後戻りなんてしないって決めました。」
「、、、、、、、、、」
「難しいことだらけで私が本物の薬師になれる時なんてきっと数年後、でも私はもう逃げたくないんです。何もなくなった私だからこそもう逃げ続ける人生を終わらせたいんです。」
「カサンドラさん」
「自分より優れた人に嫉妬するのも嫌で責任を持つのも嫌で、目立つことなんてしてこなかった私を終わりにしたいんです。」
カサンドラは確かに覚悟を決めていた
例え何者にもなれなくても、手の届く範囲で何かをなせたのならきっと『悲観者』からの脱却を可能にできると信じたかった。
「ベルさん、何の役にも立たなかった私ですが、、、私が決めた新しい生き方をどうか見守ってほしいんです。どうかこのわがままだけは許してください」
ふわりと風が吹いた。長い黒髪がたなびいてカサンドラの覚悟を持った両目が顕になる。
その瞳と目が合った瞬間、ベルは口を開いた
「謳え悲劇世界の王女(ファイブ・ディメンション・トロイア)」
「え?」
「カサンドラさんのスキル、予知夢の原因ですよね」
「は、はい、今はもうその機能すら失われてますけど」
「それは役目を終えたからじゃないですか?」
「え?」
役目を終えた?ベルの言葉が理解できず困惑するカサンドラにベルは言葉を綴った
「スキルにある『悲劇世界』は『下界』のことなんじゃないですか?」
「下界、、、、」
「つまり、圧倒的厄災である『黒竜』がいる限り悲劇が繰り返される『悲劇世界』」
「!?」
「黒竜が倒されたことにより『悲劇世界』は『世界』になってそのスキルは役目を終えた」
それは今まで考えたことのない事だった。だとしたら、もう予知夢を見ることはない?今まで煩わしくもどこかで自分の存在証明として扱ってきたものは黒竜が死んだと同時に消滅した?
「カサンドラさん、あなたの予知夢には何度も助けられました。そのおかげで僕は黒竜を倒せるくらいに強くなれた」
「私が出来たことなんて」
「予知夢がなかったら強くなる前に僕は終わってました。カサンドラさんのスキルは黒竜までの道標の1つだったのかもしれません」
「でも」
「貴女は特別になれる」
「!」
「僕は貴女を信じますよ。沢山の人を助ける凄い薬師になれるって、『英雄』と呼ばれた僕が断言します」
真っ直ぐな言葉、いつだってそうだ。目覚めてから生き方を変えたベルだろうと彼は彼、いつだってどんな時だって時に厳しくそれでも自分を理解した言葉をくれる
だから堪らなくなるんだ
気づけば大粒の涙を流して彼の胸に飛び込んでいた
「もう終わりにします!『悲観者』を!この涙で泣くのは最後にします!だからせめて!この涙が枯れるまででいいですから!」
だから彼を好きになってしまうんだ
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「はぁ~やっと手に入ったぁ~極東の漢方の本」
ペラペラとページをめくってずっと求めていた本を読みながらカサンドラは取り寄せてくれたエイナに感謝した。
そこはヘスティア・ファミリアホームのカサンドラの自室、そして『保健室』でもあった。
机の上と棚には大量の瓶が並べられており、本棚には薬関係の本がびっしりと並べられている。調薬が出来るように器具や鍋も幾らか壁に立てかけられて大きな釜も配備されていた。
ベルの妻の一人となってからのカサンドラは家族となった者たちに頼られることが多くなった。
ミアハ・ファミリアの恩恵をそのままに『竈の館』で暮らしていて、『青の薬舗』に勤務しては自室で調薬をしている。
何より【家】に薬師がいることを喜ばれた。ここにはベルの大量の子供がいるので何かあったらすぐに対処出来るからだ。
みんなありがとうと言ってくれる
そして何より
「お母さん」
「あら、ここは色々あるから入ってきちゃダメだよ」
「お姉ちゃんが野菜持ってきた」
「あぁ、あの娘が」
ベルとの間に2人の娘が生まれた
次女はまだ幼くすぐに母に抱きついてくる
今も椅子に座っている私の足元をギュッてしてきた
手はかかるが可愛くて仕方がない
そして母親が違っても子供たちはみんな私を頼って私に見合わない感謝を言葉にしてくれる。
幸せだ
「入ってきなさい」
次女を膝の上に乗せてそして最初の愛娘を呼んだ
「来たよ『巨乳マスター』」
「その呼び名やめてぇぇぇ!!!!」
次女の耳元を塞いで大声を上げた
耳を塞がれた次女は何が起こったかわからず頭にハテナを浮かべている。
幸せなのだ、幸せなのだが物事は予定通りになどいかないものである。メンタルが凡人に近いカサンドラならなおさら
『巨乳マスター』などという恥辱の塊のような呼び名でカサンドラを呼んだのはカサンドラが産んだ『長女』
白い髪に赤い瞳、ベルをそのまま女にしたような彼女は他の子どもの例に漏れず、変わった性格をしていた
無表情ミステリアス系不思議ちゃん
それが神々につけられた彼女の呼び名だった
その性格はベルにもカサンドラにも正直似ているとは思わない。無表情で何を考えているかわからず、正直幼年期は苦労した。顔で感情がわからず接し方がわからなかったからだ。
なぜこんな性格になったのか?
とある神は『下界の未知であるバグ』と『下界の未知だった女』が合わさったからではないかと推理している。
ただし、『悪ノリ』は好きらしい
「恐れることはないよお母さんが巨乳でお父さんが元気になったから私はこの世に生を受けた」
「止めようよ!親子でこんな話ーーー!!!」
「お母さんは懸命に勉強した。お父さんに並び立つために、あらゆる書物を読み込んで潰したり引っ張ったり合わせたりして自分のできることを増やしていった」
「調薬の話だよ!調薬の話だからぁ!!!」
「部屋にこもることが多いからハーレムの中で一番身体がムチムチと」
「ごはぁ!!!!」
最近気にしていることをどストレートに言われてカサンドラはノックアウトされた。
「お母さんのお腹どう?」
「ぷにぷに〜」
「ゴフッ!!!!」
そして幼い次女の純粋で裏表の無い言葉にオーバーキルされた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
幼い次女を帰らせて今は机を挟んで向かい合わせで長女と向き合っている。
その目は不満でいっぱいだった。
「あの子はまだ幼いんだよ!!?聞かれたらどうするの!!?」
「あの子はぷにぷにを喜んでた。そしてお父さんも肉厚なことに正直喜んでたんじゃ?」
「そんな、、、、、、ことは無いよ!」
「それは嘘『夢』で見たから」
「またかぁ〜〜〜(涙)!」
カサンドラの長女は時折『夢』を見ることがある
彼女の場合未来ではなく『過去』をだ
そのせいで昔、リューが深層でベルと人肌で温めあったことをほかの子供たちに暴露してしまいリューが血を吐いたこともあった
彼女が時々フザケて母の事を『巨乳マスター』というのも『過去』を見る『夢』でアレやコレやソレを見てからだった。
「私はうれしいんだよ?薬師の勉強に夢中になるあまり『抱かれる』のが最後になって自分だけが純潔のままだということに気づいて青ざめて考えて考えて考えた結果、性格の合う春母さんに相談して『私がその場に居合わせます!私も隣で見守ってもらった身!私がお返しする番!一緒に生きましょう!』て頭の悪いことを言われて初夜を」
「その話題はやめてホントにホントぉぉぉぉぉにぃ!!あのときは焦るあまりブレーキが壊れてただけなんですぅぅぅぅ!!!」
「そのおかげで巨乳の扱いが上手い巨乳マスターに」
「春姫さんの方が上手ですからぁぁぁぁ!!!!」
もうやだぁ
なぜお腹を痛めて生んだ愛しの愛娘にこんなデリケートな話題でいじられなければならないのか?机に突っ伏してそのいじりの元凶である胸を潰しながらカサンドラは頭を抱えた
「それとあの子が『呪詛』に使うから鍋を1つ貸してほしいって」
あの子とはヘルンの長男である
「はぁ~、、、、、そこの1つ持っていっていいよ」
もう全てを諦め深い息を吐きながら娘に指示すると
「これでも?」
「あ!それはダメ!!」
一つの鍋を指さして娘が聞いてきた。
それは『専用』のやつで使ってはいけないやつだった
娘は【わかった】と行った後、隣の鍋を持って部屋を出ていった
「はぁ~危なかったぁ~」
カサンドラが『専用』の鍋を触りながら安堵の息をもらした
「いくらなんでも『アウト』だしな〜」
それは
「お父さんとの『元気が出るお薬やドリンク』を作るための鍋を他に使うのは精神的にNGってことね、やっぱりお母さんは頼られてて凄い尊敬する」
「怒るよモォーーーーーーー!!!!」
あの頃より欲望に忠実になったカサンドラ
親友に応援の眼差しを向けられて時折死んだ魚の目を向けられる
子どもの解熱剤を作り精力剤も作るから
同じ鍋を使うのを避けてこれからも頑張り続ける
いつか男の子も欲しいから