旧作:色彩のせいで、死にたいのに死ねなくなりました 作:蒼雲しろ
光の宿っていない瞳で、虚無を見つめるホシノ。
太陽は燦燦としている。
ユメさんから少しずつ下がっていく。
死を、認められないように。
認めたくないと、悲痛な目が。
動かない人を、見つめる。
上半身を地面に落とした。
蹲った。
ホシノの横から、一歩前に出て屈む。
ユメ先輩の肩に手をかけ、身体をゆっくりと仰向けにする。
人形みたいに力がなく、驚くほど冷たい。
中身が抜けてしまったように軽い。
顔が見える。
しな垂れかかった浅葱色から。
覗く。
黒く濁った――瞳。
半分だけ開いたまま、空を見つめている。
何も映し出していない目。
しかし。
今にも、瞬きしそうだった。
ホシノは、動かない。
「病院に連れて行こう」
「助かるかもしれないから」
返事はなかった。
ホシノは立ち上がった。
そして、近くにあった黒色の四角い箱を抱える。
うつろな目で、後ろをついてくる。
砂漠は、熱い。
風もない。
熱いだけだ。
――――――――
病院に着いた。
病院は外よりも暗かった。
誰かが駆け寄ってきた。
担架が運ばれてくる。
診察された。
結果は、水分不足による衰弱死だった。
四日近く、砂漠を彷徨っていたらしい。
水分もなしに、砂嵐に襲われそのまま。
心停止したのは、昨日。
最後は幻覚が見えたことで、月光が反射したガラスを街だと見間違えた可能性が高いとのことだった。
そこから今日の朝、見つかった。
ホシノの元に届いていたメールも、最後の最後まで送っていたのだろう。
病院についてから、一件のボイスメッセージが届いた。
『ホシノちゃん……ごめんね』
『またコンパスを忘れちゃった』
それを聞いたホシノは、身体から力が抜けた。
力なく、地面を見つめていた。
背中がほんの僅かに軽くなる。
担架に乗せられたユメ先輩。
隣に立つホシノは、担架を見下ろしていた。
その視線から、目を離せなかった。
気が付くと、待合室の椅子に座っていた。
青白い壁。
蛍光灯。
時計の針の音。
ホシノは隣にいる。
床を見つめていた。
廊下の奥から、車輪の音が響く。
担架だった。
看護師が、霊安室に運ぶ、といった。
立ち上がったホシノ。
つられて立ち上がる。
担架は、静かに押して行かれる。
病院の奥。
人の少ない廊下を進んでいく。
やけに白い廊下。
反響する足音しか聞こえない。
最後に1つの扉の前で止まった。
「霊安室」と書かれた扉。
扉が開く。
冷たい空気が足元から這い寄る。
夏の暑さは、嘘のように消えた。
担架はそのまま、中に運ばれていく。
白い布の下。
浅葱色から覗く、あの黒い瞳が。
頭から、離れない。
――――――――
病院の帰り道。
少し前を歩く、ホシノは俯きながら彷徨うように歩く。
何も、できなかった。
助けてもらったはずなのに。
助けてあげられなかった。
嫌気がさす。
うまくいかない。
ドラマや映画のように、都合よくいかない。
いつだって、理不尽から逃れられない。
「ごめんなさい」
ホシノは、譫言のように呟き続ける。
一度も焦点が定まらないその瞳は、何をみているのだろうか。
不意に、ホシノの足元がふらつく。
体を右から支える。
「……ッ」
音にならない空気が漏れる。
その歪んだ瞳を上に動かす。
目が合う。
目をそらすことは、できなかった。
「ホシノ」
大丈夫、とは聞けなかった。
大丈夫、とは言えなかった。
俺の言葉は、ホシノに届いたのだろうか。
唇を噛み、目元が揺れる。
何か声を駆けなければいけない。
口を開いた。
言葉は出なかった。
口を閉じる。
歩幅を合わせて、学校まで帰る。
誰も、救われない。
……それは。
何故なのだろうか。
――――――――
学校についた。
お互い、一言も話さずここまでたどり着いた。
ホシノは、そのまま、一階のほうに吸い込まれていく。
やはり、俺の口から言葉は出なかった。
二階へと歩く。
階段を上がり、正面にある教室。
電気をつけ、窓際の席に座る。
日は見えなくなっている。
いつの間に、沈んでいたのだろうか。
窓ガラスに反射する自分を見る。
何をしていいのかわからない。
何をすればいいのか――。
俺には、何ができるのか。
考え続ける。
目は、逸らせない。
――――――――
一階の一室。
「生徒会室」と書かれた部屋の扉を開け、進む。
机に伏す。
誰もいない生徒会室。
ここ数日で慣れた無音。
誰も、いない。
居なく、なった。
もう誰もいない。
私だけ。
この教室に誰かが帰ってくることはない。
足が、揺れる。
何も、できなかった。
私は。
何も言えないまま。
謝れないまま。
「戻ってきてください……」
手に力を籠める。
返事はない。
慣れた、無音だ。
「ユメ先輩――」
空虚な呟きは、暗闇に消える。
嫌な、無音だ。
周囲は、闇に飲まれていた。
――――――――
どれほど、机で蹲っていただろうか。
わからない。
頭が、身体が。
痛い。
眩暈がする。
今になって思えば、どれほど食べ物を口にしていないだろう。
そろそろ家に帰らなければ。
……帰る必要などあるのだろうか。
ないか。
喉が渇いた。
水を飲みに行く。
重い体を持ち上げ、立ち上がる。
歩けば、地面に置かれていた本に足を取られる。
床に倒れ伏した。
手をつき、起き上がる。
生徒会室の扉を開ける。
入口の壁沿い。
置いた覚えのない机があった。
その上には、水とおにぎりと菓子パン。
いつか見た、あの菓子パンだった。
いつかではない。
つい最近。
昨日の真夜中。
私のために、用意してくれたと。
彼がそう言った。
手に取る。
また――
彼に助けられた。
本当に。
一体どれだけ私に優しくすれば気が済むのだろうか。
思い返せば。
ユメ先輩を病院まで運んだのも。
ここまで帰ってこれたのも。
彼あってのことだった。
助けられていたのだ。
周囲が見えていなかった。
一人で殻に籠っていた。
傍にいた彼の存在を見ていなかった。
自己嫌悪が全身を支配する。
助けられたのに、何1つ言えていない。
昨日の感謝だっていえていない。
「ありがとう」
その一言が。
いつだって言えない。
言えていなかった。
水を一口飲む。
生徒会室を出て、廊下を進む。
階段を上がる。
目の前の教室。
真っ暗な教室のドアを、開ける。
窓際の席。
うつ伏せになって、動かない彼。
足音を殺して、近づく。
観察すれば、背中が上下している。
息はしているようだ。
一息つく。
寝ているらしい。
明日にしよう。
明日こそ、感謝を伝えよう。
彼を起こさないよう、足音を殺して教室を去る。
――――――――
目が覚めた。
これ以上ないほど良い寝起きだった。
月明かりに照らされた時計を見れば、時刻は午前二時。
ホシノは、ご飯をたべただろうか。
水くらいは、飲んでくれるといいのだが。
廊下の方を見やる。
夜の校舎は暗かった。
なんとなく、廊下に向かってみた。
廊下には光がほとんど差し込まず、光っているのは非常出口のみ。
ふと、窓ガラスを見る。
透明なガラスだ。
真っ暗な廊下を映し出す。
反射して見えるのは、自分。
その後ろに。
誰かが、立っていた。
長髪の女性だった。
髪で顔が覆われ、確認できない。
ただ。
左目だけが見えた。
まっすぐとこちらを射抜く――
黒い瞳。
生気がない。
今にも動き出しそうな、目。
脳から離れない、あの目。
俺は、死ねない。
色彩からもらった力。
これが体内にある限り、死ぬことはできない。
ユメ先輩が死んだ。
ホシノの前で死ぬなんてことは……できない。
ホシノにユメ先輩を助けると誓ったのに。
嘘をついた。
ホシノに嫌われたら、俺は生きる意味が。
ホシノを救いたくて。
救えなくて。
役に立ちたくて。
足手纏いでお荷物で、最後まで何もできなかった。
どうしようもない現実が襲い掛かる。
取り返しのつかない出来事は、俺の前に覆いかぶさる。
前が何も見えなくなり、真っ暗な後ろ、左右と相まって、進む道はなくなる。
進む道も、戻る道もなくなる。
心に残る。
二度と取り除けない傷として、どこまでも付きまとってくる。
ガラスに映る自身の目は、黒く染まっている。
何も映し出していない。
黒の瞳。
背後から。
黒の瞳が、俺を見つめる。
目が合った。
視線が揺れる。
歯が音を鳴らす。
体が震える。
汗が止まらない。
逃げたい。
苦しい。
息が、うまく吸えない。
俺なんかより、ホシノのほうがつらいはずなのに。
こんなことで逃げようとしている俺は。
なんて――
弱いのだろうか。
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