旧作:色彩のせいで、死にたいのに死ねなくなりました 作:蒼雲しろ
「暑い」
口から言葉が漏れた。
撃ち抜かれた腹と脚。
砂に寝そべる全身も。
このままでは、逃れることのできない灼熱に焼き尽くされてしまう。
今になってようやく一息付けた。
しかし、今もなお身体の状態は一息つくのも厳しい状況である。
一度危機が過ぎ去った。
心に隙間ができた。
その隙間から。
ぽつり、とナニカが零れ落ちてきた。
――俺、水が買いたかったんだよなぁ。
適当に砂でもつかんで投げた。
顔に少し掛かって、いやな気持になる。
どうしてこんなことになったんだ。
色んな感情が胸の奥でくすぶっている。
そうして、感情はダムの決壊のようにとどまることを知らなくなった。
水、買えなくて。
荷物、投げつけて。
自販機どこにあるかわからなくて。
スケバンの子に、ゲロかかっちゃったなあ。
でもさ、銃はよくないよ。
殺人未遂だよ。
というか、俺、死んだのか。
あれ、夢じゃなかったんだなぁ。
なんで、こんな悪いことしか起きないんだろう。
今日、占い最下位だったからかな。
……俺、なんか悪いことしたかな。
ゲロかけたのは悪かったと思うけど、しょうがなかったじゃん。
だって、夢だと思ってたことが夢じゃなくて。
あの痛みは本物で。
俺、死んでて。
もう、今までの生活ができなくて。
「は、ははッ――」
どうしようもないほど、絶望的な展開。
知らない地で、息も絶え絶えとなってしまった。
元の地に戻る方法など知る由もなく、知っていたとしても戻る体力は残っていない。
これ以上、状況が悪くなることはないだろうと思えるほど。
一度死んだ上にもう一度死にかけて。
脚も動かないのに、灼熱の砂漠に放置されてる。
挙句の果てには飲み水もなく、周囲に人の気配すらない。
「誰かーー」
助けを求めてみる。
しかし、何も起こらない。
蚊の鳴くようなか細い声だった。
近くにいても聞こえる人などいない。
このまま、死ぬ。
空が青い。
砂がさらさら。
息が苦しい。
……
ムカつく。
空が青くてムカつく。
俺はこんなに苦しくて、赤にまみれてるのに。
砂がさらさらでムカつく。
なんでこんな寝心地がいいんだろうか。
家のベットよりも寝心地が良くて、許せない。
息が苦しくてムカつく。
息がしたい。涼しい空気を吸いたい。腹から空気が逃げていく感覚を消したい。
世界はきれいなのに、俺だけ絶望に落ちているのが許せない。
世界は澄んでいるのに、どうして俺だけ逃れようのない絶望に襲われているのか。
目から飲みたくて仕方ない水があふれる。
しょっぱい。
これで、終わる。
人生最悪の一日で、人生最後の一日。
車に轢かれ、銃で撃たれ、砂漠で息絶える。
何もできずに終わる。
そう、思っていたら。
地響きが起こり始めた。
地震か?こんな時に?
――これ以上。
なかなか鳴りやまない……?
――絶望なんて。
なにか、来てる?
――深まりようがないと。
――思っていた。
地面が爆ぜた。
砂が盛り上がり、舞い上がり、津波のように押し寄せてきた。
このまま何もしなければ生き埋めになる、と思った。
別に、それでもよかった気がする。
しかし、身体はその恐怖から逃れようと指示を下す。
正面から迫ってくる砂に、体を引きずるように横へ逃げる。
2秒ほどすると、すでに砂足元に迫り来ていた。
逃げられる状況ではないため、砂が口や鼻に入らないように覆う。
砂が足を飲み込んだ。体が倒れないように、何とか砂に対抗する。
しかし、抵抗むなしく足はもつれ、砂に飲み込まれていく。
……10秒ほどして。
砂をかき分け、何とか這い上がる。
そして。
目の前に見えた「絶望」に。
生存の糸を手放した。
砂の海に佇むのは偉容を誇る白亜の蛇だった。
しかし、生物とはかけ離れた咆哮をあげる
体の芯から不快感を呷るその無機質な不快音は、この砂漠、ひいては空に響き渡った。
「は」
口からは空気が漏れ出る音しかしない。
これ以上、体から何か出てしまえば死んでしまうというのに。
自分がどこに立っているのか、忘れさせる。
自分が生きていることさえ、疑わせる。
目線が交差した。
すべてを見透かされた視線に、感じるのは怒りでも、ましてや恐怖でもない。
悪夢、無力、奈落、窮地、破滅、死、絶望。
俺は絶望を覚えた。
真の悪夢は、俺が死んだ事故でも、スケバンの生徒に追いかけられたことでもない。
生物的に勝てないと、直感で感じ取ってしまった身体が。
死を。
受け入れてしまった。
目の前の蛇が口を開けた。
口の中に見えるのは、見たこともないような機械が織りなす迷宮。
そこに集まる身を焦がすようなエネルギー。
すべてを照らしつくすような、白色の煌めきだった。
蛇の口にエネルギーが集まるにつれ、体がその熱量に焼かれていく。
皮膚が焦げ、はがれてく。
血液が沸騰して、内側から内臓ごと焼かれる。
逃げ場のない地獄が全身を支配し続ける。
しかし。
俺は、その光を見続けた。
果てしないほど神聖さを含み、網膜を焼く純白の虚無。
俺は、光を受け入れることを自ら望んだ。
その時、俺はその白く煌めく光の向こうに、「黒色」を見た。
黒、というべきか迷うほど、はっきりしない。
どちらかといえば……
虹色?
その虹色からぬくもりを感じた。
異様なはずのソレは、この場所に来てから初めての安心を俺にもたらす。
身体を包み込むような温かさを感じる。
家のような、安心感。
心なしか、痛みも和らいだような気もした。
――瞬間。
脳を駆け巡る、閃光。
白に染まる空の下。
進み続ける白の怪異。
その怪異は木々を、建物を、人を、一切無視しながらただ歩いていく。
人々は悲鳴を上げて逃げ回り、建物は土台を失い崩れ。
すべてを消滅させ、まるで夢といわんばかりに世界が崩壊していく。
その白の怪異たちがやってくる方向に聳え立つ塔。
白に染まった■■■■■■■■■。
「――?」
その光景を長い時間、はたまた一瞬だけ見ていたのかはわからなかった。
気を取り戻すと同時に、目の前の蛇は星を集めたようなの煌めきを放った。
周囲の音は消え、視界はまたもや白に塗り替えられた。
――――――――
「黒色……いや、虹色……?」
目の前の蛇を見つめる。
蛇は口を開けたまま硬直していた。
と思いきや、もう一度ビームをこちらを目掛けて放ってきた。
しばらく、蛇からの一方的な攻撃が続いた。
光って、止まって、また光る。
熱が世界を焼き尽くして。
爆風が発生して、砂が舞う。
そうして、背後は砂漠ではなくなった。
世界の青と光を反射するガラスは直線的に広がり、砂漠にガラスの線路を作った。
しかし、その先頭に立つ俺の周囲に、ガラスはなかった。
蛇の動きが止まる。
目線の先は俺だ。
まるで理解できない、と言わんばかりに不可解な金属音を鳴らす。
変わらず砂の上に立つ俺を見ている蛇と会話を試みることに。
「君は、どういう存在なの?」
機械でできた巨大な蛇は後ずさりする。
まるで、自分より遥かに小さな俺を恐れるかのように。
「怖がらなくていいよ。君が気づかせてくれたこの力は君に使わない。嘘はつかない。約束する」
手を差し出す。敵意がないことを示してみた。
すると、こちらの誠意が伝わったのか、臨戦態勢から、頭を下げたような体勢になった。
どうやら、会話する方法はないらしい。
「それで、君はどういう存在なの?」
もう一度訪ねてみる。
すると、より頭部をこちらに近づけてきた。
触れろてことか?
焼きただれた手を……置こうと思ったら、すでに
全身の傷も同様に完治していた。
腹と脚の銃創もすっかり綺麗だ。
自身の身体の異常に驚いていると、蛇が頭部をずっとこちらに向けていたのを思い出し、急いで手を乗っける。
触れた瞬間、機械的なノイズと共に、直接思考が脳に流れ込んできた。
それは言葉というより、概念の伝達だった。
『パス「理解を通じた結合」、接続を確認』
脳に音が響いた。言葉を発していないが、脳では何を伝えているのかを理解している。
『私はビナーと申します』
ひどく無機質なそれは、自ら名乗った。
ビナーと名乗った白亜の蛇は、続けてこう告げた。
『異名「違いを痛感する静観の理解者」。聖なる十文字の神を証明し、全容を予言する3番目の預言者です』
人間のような声であるのが、猶更理解を困難にしている。
困惑の中、とにかく声を絞り出すことに成功した。
「これは……どういう状況ですか?」
会話を続けることに。
幸い、先ほどの虹色のおかげで多少心が落ち着いている。
今は冷静に会話できる機会だ。
呼吸を落ち着かせる。
焦らない様、精神を整える。
『貴方が私と直接会話できているのは、物理的な接続ではなく、私というシステムへ貴方という「特異点」を招待したため』
俺のことを「特異点」と称したビナーは、俺のことについて知っているのだろうか。
それとも、俺がこの世界に来た理由を知っていたりするか?
『……嗚呼。解析。貴方が私の攻撃を無効化した論理、私の演算機能では到達不可能。非論理的。……理解不能です』
俺の世界ではいまだ到底到達し得ないほど進化をした機械、というか戦闘型ロボットのようなビナーは
つまりだ。
ビナーも俺という存在が、理解できず、ここにいるということに違和感があるのだろう。
『教えていただきたい。貴方は、何へと変質したのでしょうか』
加えてそう尋ねられ、顔を顰める。
自分自身が一番よくわかっていないのに他者に説明などできるわけがなく。
ただ……変質した原因はあの虹色だろう。
「貴方の攻撃を受けた時、虹色の光を見ました。その時この力を手に入れたのだと思います」
随分とはっきりとしない回答になった自覚がある。
それでも、ビナーは納得したような反応を示したため、大丈夫だ。
……なんだかんだ一番初めにまともな対話ができた存在だよな。
って思ったけど、そもそも話した人物が少なすぎだし、俺こいつに殺されかけてんだよな?
「えっと、ビナー」
返事を受け付ける意思が脳に伝わる。
「俺が手に入れたこの力はなんなんですか?」
やや沈黙が続いたものの、回答が返ってきた。
『認証を確認。回答。貴方が手に入れた力は「神秘」の反転――「
ふむ、「何言ってるかよくわからないです」
『……』
『回答権限の認証失敗。これ以上の回答権限が制限されています』
制限ってなんだよ。
親玉的なのがいるのかね。
結局何もわからずじまいのままか。
どんな原理で無効化したかはビナーもわかっていない、と。
ただ、
今のところ俺の身体には害って感じはない。
そもそも、この話が正解かどうかすらも確かめる手段がないのだから判断に困る。
「1つ聞きたいんどけど、俺の力って人に害がある?」
『証認を確認。貴方の力はこの世界の住人と対照的な性質を持ちます。世界の理に属さない力が危害を与える可能性は極めて高いと判断します』
なるほどなぁ。危険ではあるって感じか。
思案する。
攻撃が効かないってのがネックだな。
正直、あの時のビナーの攻撃で終わればよかったんだけど。
生存したと思ったら、害のある存在になって得る可能性があると。
色彩――先ほどの虹色の光を見た時に落ち着いた心は少しづつ乱れ始めてきた。
理不尽な一連の事象は俺の心をえぐり続けている。
今、俺の中に湧き上がるのは「虚無」。
いわゆる自暴自棄という奴だろう。
助かりたい、死にたくない。
そんなことを望む力すら、残っていなかった。
死のうと思っていたのに、機会を逃してまった。
その上、攻撃が効かない、害のある存在になっている可能性がある。
なぁんで生き残ってんのかな。
ただでさえ1回死んでんのに、何かに迷惑かけてまで生きようとは思えないな。
そうだよな。1回死んでんだから、何回死んでも変わらないだろ。
よし、決まりだ。
意思は定まった。
こんな絶望があふれる理不尽な世界で生きようと思えるほどイカれていなかった。
否、逃げだ。
苦しみから逃げるための救済を求めて歩き回る。
「ありがとう。ビナー」
『こちらからも感謝を表します。未知なる――チ――ィ゙――シ』
ビナーの様子が突如変貌した。
直前まで落ち着いていた機体はギチギチと嫌な音を立てながら動き始める。
危険なような気がする。
そうして、ビナーは、こちらから逃げるように砂の中へと消えていった。
最後、なんて言ったんだろうか……?
やっぱり、よくわからない。
まだまだ知らないことばかりの世界で、
気持ちを切り替え、目的にピッタリな場所を探しに行く。
楽になれる場所を目指して。
閲覧ありがとうございました。
ビナーはしゃべります。異論は認めない。
敬語っぽくておしとやかなお姉様気質なの。
そうに違いないわ。(洗脳)
追記:感想で気づいたのですが、ビナーちゃん概念ってあんまりない……?
マキビナ百合概念は……?
あ、花が咲きました。
ちなみに、生命の樹におけるビナー(美)の色は黒、金属は鉛らしいですよ。