327人殺した転生美少女の俺は、誰も殺していない ~首を刎ねると、現代日本で目を覚ます~   作:里奈使徒

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第11話「尋問」

 廊下は長かった。

 

 石造りの壁。冷たい空気。蝋燭の灯りが等間隔に揺れている。

 

 尋問を受ける日が来た。

 

 ルーシェは木製のベンチに座っていた。両隣にも、向かいにも、容疑者たちが並んでいる。誰も喋らない。誰も目を合わせない。

 

 ただ、待っている。

 

 自分の番が来るのを。

 

 ――百二十人。

 

 今朝、セリアから聞いた数字だ。レッドジョン捜査の容疑者リスト。その中に、自分の名前がある。

 

 なぜ、俺が?

 

 何度も考えた。心当たりを探した。

 

 グレイ街区への出入り。深夜に一人で歩いていたこと。あるいは——見逃した誰かが、何かを見ていたのか。未練があると言った者を、俺は送らなかった。その中の誰かが、口を滑らせたのか。それとも、ただセリアの身内だから形式上入っただけなのか。

 

 わからない。わからないまま、今日が来た。

 

「大丈夫よ。形式的なものだから」

 

 セリアはそう言って微笑んだ。

 

 違う。形式的なものではない。それは俺がよく知っている。

 

 俺が、レッドジョンだからだ。

 

 正確には、俺は誰も殺していない。日本に送っているだけだ。でも、この世界の人間にとっては同じことだ。首が斬られた死体。血文字。それだけが、彼らの見ている現実だ。

 

「あなたのギフトは召喚でしょ。戦闘向きじゃない。レッドジョンとは程遠いわ」

 

 俺のギフトが召喚だけとわかってから、セリアの表情は明らかに柔らかくなっている。

 

 セリアは廊下の端に立ち、こちらに小さく頷いた。

 

 身内が容疑者リストに入っている場合、担当の憲兵は尋問に同席できない。セリアは廊下で待つしかないのだ。

 

 ――バレたら、終わりだ。なんとかしないと。

 

 尋問室の扉が開いた。

 

 中から男が出てきた。日雇い労働者という風体だ。表情は落ち着いている。何事もなかったという顔。

 

 憲兵に促されて、廊下の向こうへ消えていく。その背中には、緊張の名残すらなかった。

 

 隣に座っていた老婆が、小さく息を吐いた。

 

「……なんや、普通に終わるんやな」

 

 誰にともなく呟いている。

 

 次の名前が呼ばれた。

 

 若い女が立ち上がる。足取りは重いが、顔色は悪くない。尋問室に入っていく。

 

 扉が閉まった。

 

 数分後、扉が開く。

 

 女は普通の顔で出てきた。少し疲れた様子だが、それだけだ。隣の席にいた知人らしき男に、小さく頷いてみせた。

 

「大丈夫だった」

 

 囁く声が聞こえた。廊下の空気が、わずかに緩んだ。

 

 次。中年の職人。無事。

 

 次。若い男。少し顔が青いが、歩いて出てきた。

 

 ――みんな、普通に終わってる。

 

 ルーシェは自分の手を見た。震えている。握りしめても、止まらない。

 

 ――落ち着け。大丈夫かもしれない。

 

 その時だった。

 

「やめろ……やめてくれ……!」

 

 悲鳴が響いた。

 

 尋問室の中からだ。分厚い扉越しでも、はっきり聞こえる。

 

 廊下の空気が凍りついた。

 

 容疑者たちが顔を見合わせる。さっきまでの安堵が、一瞬で消える。

 

 扉が開いた。

 

 太った商人が転がり出てきた。顔面蒼白。口を両手で押さえている。指の隙間から、くぐもった呻き声が漏れている。

 

 口の中が、焼けているのだ。

 

 憲兵に引きずられていく。

 

 廊下に、沈黙が落ちた。

 

 さっきまで「大丈夫だった」と囁き合っていた者たちが、顔を見合わせている。

 

 尋問室の扉は開いたままだ。中から、冷たい声が響いてきた。

 

「言い忘れていた。私のギフトは、嘘を検知する。嘘をつけば――舌が焼けるぞ」

 

 廊下がざわめいた。

 

 隣に座っていた老婆が、小さく身を縮めた。向かいの若い男は、顔面蒼白で膝を震わせている。

 

 ――嘘をつけば、舌が焼ける!?

 

 ルーシェは拳を握りしめた。手のひらに爪が食い込んだが、痛みは感じなかった。

 

 ――嘘はつけない。でも、全部本当のことを言うわけにもいかない。

 

 次の容疑者が呼ばれた。老婆だ。足を震わせながら、尋問室に入っていく。

 

 数分後、出てきた。顔色は悪いが、口を押さえてはいない。憲兵に支えられながら、ゆっくりと歩いていく。

 

 次。若い男。無事。

 

 次。中年の女。無事。少し泣いた跡があるが、自分の足で歩いている。

 

 次。

 

 また悲鳴。

 

 若い女が転がり出てきた。口を押さえて、床に崩れ落ちている。指の間から煙が立ち上っているように見えた。気のせいかもしれない。でも、その顔は本物の痛みに歪んでいた。

 

 ――二人目だ。

 

 ルーシェは目を閉じた。

 

 心臓が沸き立つ。耳の奥で、血流の音がする。

 

 嘘はつけない。では、どう答える?

 

 

 ◇

 

 

 時間が過ぎていく。

 

 午前中だけで、二人が取り乱した。残りの十数人は、多少顔色が悪くなる程度で済んでいる。

 

 昼休みを挟んで、午後も続いた。

 

 ――逆に怖い。

 

 ほとんどの人間が、何事もなく帰っていく。取り乱したのは、あの二人だけだ。

 

 俺は、どっちだ?

 

 ルーシェの番が、近づいてくる。

 

 窓のない廊下では、時間の感覚が曖昧になる。蝋燭の灯りだけが、ちろちろと揺れている。時間を刻むものが何もない。ただ、扉が開くたびに、番が一つ近づく。

 

 隣の席が空いた。向かいの席も空く。気づけば、周りには数人しか残っていない。

 

 手が震えている。止められない。膝も震えている。歯の根が合わない。

 

 扉が開いた。

 

 憲兵が顔を出す。

 

「次。ハイム通りのルーシェ」

 

 息が止まった。

 

 立ち上がる。足がふらつく。石床の冷たさだけが、足裏からはっきり伝わってくる。

 

 廊下の奥に、セリアの姿が見えた。こちらを見ている。

 

「大丈夫よ」

 

 唇が動いた。声は聞こえない。でも、わかる。

 

 ルーシェは小さく頷いた。セリアの目から、視線を離せなかった。数歩歩いて、ようやく前を向いた。

 

 尋問室に入った。

 

 

 ◇

 

 

 窓のない石造りの部屋。

 

 蝋燭の灯りが壁を揺らしている。中央に木の机と椅子。外の廊下より、さらに空気が冷たかった。

 

 机の向こうに、男が座っていた。

 

 三十代半ば。痩せた顔に鋭い目。表情がほとんどない。

 

 これが、ヴィクター。

 

 王都から派遣された尋問官。嘘を検知するギフトの持ち主。

 

 部屋の隅に、もう一人いた。

 

 壁にもたれて立っている男。四十代くらい。無表情。腕を組んで、目を閉じている。何をしているのかわからない。ただ、その存在感だけが、妙に重かった。

 

 誰だ? 見たことがない。でも、今はそれどころじゃない。

 

 椅子に座った。

 

「名前は?」

「……ルーシェです」

「年齢は?」

「十六です」

「職業は?」

「……居酒屋の手伝いをしています」

「深夜に一人で外出することはあるか?」

「……仕事が遅くなった時は、深夜になることもあります」

「仕事だけか?」

「……はい」

 

 しまった。反射的に、嘘をついた。

 

 舌が——温かくなった。じわりと。それだけである。

 

 ――焼かれない。この程度か。大丈夫かもしれない。

 

「グレイ街区に行ったことはあるか?」

「……あります」

「何をしに?」

「姉の手伝いで、炊き出しに」

 

 これは本当だ。何も舌には感じない。

 

「レッドジョンの犯行現場の近くにいたという目撃情報がある。心当たりは?」

「……ありません」

 

 嘘だ。また少し舌が温かくなった。

 

 ――全然平気だ。これくらいなら余裕で耐えられる。

 

「レッドジョンの関係者を知っているか?」

「知りません」

 

 また嘘だ。舌が温かくなった。でも、まだ余裕がある。

 

 ヴィクターが身を乗り出した。

 

「……お前は子供だから、俺のギフトの特性を教えてやる。今、舌が温かいだろう? あれは序盤だ。嘘をつくたびに熱が積み重なる。そして上限を超えた瞬間――廊下で見た連中のようになる。今のお前は、もうあと一つか二つしか嘘をつけない」

 

 血の気が引いた。

 

 ――そういうことか。

 

 廊下で見た二人の顔が蘇る。口を押さえて転がり出てきた商人。床に崩れ落ちた女。あの二人は嘘をつきすぎたのだ。俺と同じように、この程度かと思いながら。

 

 ヴィクターが、ゆっくりと口を開いた。

 

「最後の質問だ」

 

 ヴィクターが、ペンを置いた。

 

「レッドジョンについて、何か知っているか?」

 

 胸の奥が凍りついた。

 

 ――何か知っているか。

 知っている。全部知っている。俺がやったことだから。

 

「知らない」と答えたら、舌が焼かれる。

「知っている」と答えたら、何を知っているか聞かれる。

 

 どちらも、答えられない。

 

 沈黙が長くなる。

 

 ヴィクターの目が、じっとこちらを見ている。

 

 ――どうする? どうすればいい?

 

 その時だった。

 

 扉が叩かれる。

 

 ヴィクターの眉が動く。

 

「入れ」

「ヴィクター様、王都から緊急の連絡です。至急お戻りいただきたいと」

「……今、か?」

「はい。伝書鳩で。詳細は不明ですが、至急と」

 

 長い沈黙。

 

 やがて、舌打ちする。

 

「……この尋問は中断だ。後日、再開する。それまで、この街を出るな。必ず、続きをやる」

 

 壁際の男も、ヴィクターに続いて部屋を出ていく。歩き際に一度だけこちらを見た。表情は変わらなかった。

 

 残されたのは、ルーシェだけだ。

 

 しばらく動けなかった。椅子に座ったまま、蝋燭の炎を見ていた。揺れている。自分の息で揺れているのかもしれなかった。

 

 憲兵が顔を出す。

 

「解放だ。帰っていい」

 

 足が震えている。膝に力が入らない。

 

 尋問室を出る。

 

 廊下に、セリアがいた。

 

「ルーシェ!」

 

 駆け寄ってくる。抱きしめられる。

 

 温かい。セリアの匂い。花の香り。

 

「よかった……大丈夫だった?」

「……うん」

 

 大丈夫じゃない。最後の質問に、答えられなかった。

 

 中断されなければ、どうなっていたか?

 あの男には、何が見えていたのか?

 

 わからない。でも、セリアの腕の中で、少しだけ震えが収まった。

 

「帰りましょう。イリスが待ってる」

「……うん」

 

 二人で廊下を歩き始めた。廊下にはまだ数人の容疑者が残っている。

 

 セリアが、通りがかった憲兵に声をかけた。

 

「尋問結果の報告はいつになる?」

「ヴィクター様が王都からの緊急連絡で、そのまま宿にお戻りになりました。結果の共有は明日以降かと」

「……そう」

 

 セリアの表情が少し曇った。それでも何も言わず、ルーシェの隣を歩き続ける。

 

 ――ん?

 

 廊下の角を曲がる時、背中に視線を感じる。

 

 足が止まる。

 

 振り返った。

 

 廊下の向こうに、男が立っている。尋問室の壁際にいた、あの無表情の男だ。さっきまで目を閉じていたはずなのに、今はこちらを見ている。

 

 目が合った。

 

 無表情。何も読み取れない顔。なのに、全身の毛が逆立った。

 

 理由はわからない。ただ、あの目が怖い。見られているのではなく、読まれているような感覚。

 

 背筋を、氷の指が這い上がってくる。

 

 セリアに腕を引かれる。

 

「ルーシェ?」

 

 セリアの声が、遠くから聞こえた。

 

 歩き出す。振り返れなかった。

 

 

 ◇

 

 

 翌日。

 

 ヴァンは宿屋の前に立っていた。

 

 憲兵たちが出入りしている。野次馬が遠巻きに見ている。朝靄がまだ残る通りに、ざわめきだけが広がっていた。ざわめきの向こうに、何があるかは想像がついた。

 

 中に入る。

 

 階段を上がる。一段ごとに、血の匂いが濃くなっていく。

 

 二階。突き当たりの部屋。

 

 扉は開いていた。

 

 中に入る。

 

 足を止めた。

 

 ヴィクターが床に倒れていた。

 

 首がない。

 

 切断面は滑らかだった。一撃で落とされている。迷いも、躊躇いもない。慣れた手つきだ。ヴィクターの顔は、どこかに転がっているはずだが、見つけようとは思わなかった。

 

 壁に目を向けた。

 

 血文字。

 

「R.J」

 

 ヴァンは拳を握りしめた。

 

 廊下が騒がしい。憲兵が何人か、小声で話し込んでいる。

 

「マルコが死んでいたそうだ。今朝、自宅で」

「首が……?」

「ああ。同じだ」

 

 レッドジョンに近づく者は、こうなる。

 

 窓辺に歩み寄った。曇り空。灰色の街並み。どこかで犬が吠えている。景色を見ているのではなかった。頭の中を整理していた。

 

 昨日の尋問が蘇る。

 

 金髪の少女。そして、最後の質問。

 

「レッドジョンについて、何か知っているか?」

 

 あの質問に、少女は答えられなかった。

 

 長い沈黙。額に浮かぶ汗。泳ぐ視線。

 

 そして、ヴィクターは言った。

 

「次に嘘をつけば、舌が焼かれる」

 

 少女は黙っていた。潔白なら、知らないと言えるはずだ。

 

 そこで、尋問が中断された。

 

 あの夜のことが、頭をよぎる。

 

 廃屋の前。矢を放った瞬間に、壁が崩れた。人影は何も気づかずに立ち去った。

 

 あの時の人影と、昨日の少女。

 

 傭兵の勘が囁いている。獲物の匂いがする。

 

 レッドジョン本人か? 少なくとも、関係者か?

 

 いずれにせよ――あの少女を、誰かが守っている。尋問が中断されたのも、偶然ではない。ヴィクターやマルコを殺してまで。

 

 ――必ず、尻尾を掴む。

 

 ヴァンは振り返った。

 

 床に転がる首のない死体を、もう一度見る。これだけのことをしてまで守る存在。それが、あの少女だ。

 

 部屋を出た。

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