327人殺した転生美少女の俺は、誰も殺していない ~首を刎ねると、現代日本で目を覚ます~   作:里奈使徒

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第17話 「狂気」

 斬りたい。

 

 旅館の廊下。ルーシェは玄関に向かって歩いていた。全身が、うずいている。足音が廊下に響く。誰でもいい。この感覚が、胸の奥から溢れて止まらない。

 

 背後から足音がした。コウメが追いかけてきた。

 

「ルーシェ、ちょっと待ち」

「なに?」

 

 ルーシェはゆっくりと振り返る。口元が、上がっていた。

 

「エリがな、あんたの様子がおかしいって泣きながら来たんや」

「ふぅん、それで信じたの?」

「半信半疑やったが、確信した。今のあんたおかしい」

「ふふ、私がおかしい? エリがおかしいんじゃない?」

「エリが泣いてると聞いて、そないなこと言えるあんたが一番おかしいわ」

「そう。それでおかしい私に何か用? 私は忙しいんだけど、そろそろ戻ってあの雑魚(ヴァン)を片付けないといけないから」

「……私のミスや。あんたの中で眠ってたものを、歪んだ形で引き出してしもた。あんたにかけたギフトを解除する」

「一方的な言い分ね。少しいらつくかな」

 

 ――コウメの小言が癇に障る。今までそんなこと思ったことなかったのに。

 ――負の感情がぐるぐると回ってくる。

 ――斬ってやろうか? いや、コウメは利用価値がある。ん……? 利用価値なんて単語、今まで使ったことなかった……まあ、いいか。

 

「おとなしくしいや、ルーシェ」

「そんな態度を取られると、こっちも考えちゃうな~」

 

 右手に意識を集中した。

 

「【天国への扉(Heaven's Door)】」

 

 淡い光とともに、鎌が手の中に現れる。

 

 その時、廊下の奥から足音がした。コウメの秘書である。

 

「ルーシェ様、お下がりください……っ」

「あなたも邪魔するの?」

 

 鎌の切っ先を、秘書に向けた。

 

「ルーシェ様……っ、申し訳ありません」

 

 秘書が両手を前に突き出す。青白い光が指先から滲み出した。

 

「【重力の檻】」

 

 ルーシェの体に、重さがかかる。

 

 ――ふぅん、体感的に十キロの重りくらいかな?

 ――私には効かないけど。

 

 ルーシェの足は止まらない。秘書の顔が引きつっていく。

 

「ギフトが……全力で、かけてるのに……なんで?」

「あんたじゃ無理や。ボブを呼んできて」

 

 秘書がすぐに頷いて、駆けていく。

 

 しばらくして、廊下の奥から重い足音が響いてきた。

 

 大きな男だった。二メートル近い体躯。坊主頭。黒い肌に古い傷跡が走っている。首が太い。腕が丸太のようだ。壁に飾られた絵画が、男の肩幅と同じくらいに見えた。

 

「ボブ、参リマシタ。女将」

「ルーシェを止めて。くれぐれも怪我させんように」

 

 ボブがルーシェを見る。一瞬、躊躇いがあった。困ったように眉が下がる。

 

「……ホントウニ、コノ子……デスカ?」

「はよして」

「……ワカリマシタ。キノリシマセンガ」

 

 ボブがゆっくりと前に出た。巨体が廊下を塞ぐ。

 

「オトナシクシナサイ」

 

 ボブが踏み込んできた。大きな手がルーシェの腕を掴もうとする。

 

 かわした。ボブの手が空を切る。

 

 ルーシェは、ボブの背後に回った。鎌の柄でボブの首筋を打つ。ボブがよろめく。それでも踏み込んでくる。今度はかわさなかった。

 ボブの拳を鎌の柄で受け止める。ぎり、と音がした。力負けしない。むしろ押し返した。ボブの目に、初めて動揺が浮かんだ。

 

「女将、チカラ……カシテクダサイ。コノ子、テカゲンデキマセン」

「ボブ、持てるもん全部出しぃ!」

 

 コウメの目が金色に光った。蝶がひらりと舞い、ボブの瞳に触れる。

 

「チカラガ……ミナギル……!! Woooo——!! Oh my God——!!」

 

 ボブが両腕を大きく広げた。天井に向かって雄叫びを上げる。ボブの体に、力が漲った。

 

「Semper Fi——!!」

 

 ボブが再びルーシェへ踏み込んできた。さっきより速い。さっきより重い。廊下の壁が、ボブの踏み込みで軋んだ。

 

 ルーシェは鎌の柄で受けた。ぎり、と腕が軋む。押し負けた。

 

 ――ふぅん、一応強化されてるのね。なら……。

 

 手を離してかわした。ボブの拳が壁を砕く。漆喰が飛び散る。

 

「What——!」

 

 ルーシェは回り込んだ。鎌の柄でボブの脇腹を打つ。

 

「Guh——!」

 

 ボブがよろめく。でも倒れない。

 

 ボブが体ごと回転してくる。腕が薙ぐ。当たれば吹き飛ぶ。

 

 ルーシェは潜った。腕の下をくぐる。背後に回る。

 

 鎌の柄をボブの首筋に叩き込む。

 

「Ugh——!」

 

 ボブの膝が折れる。もう一撃。ボブが床に崩れ落ちた。

 

 ――これで終わり。もう少し楽しめたかな。

 

 さてと鎌を肩に担いだ。ふんふん、と鼻唄を歌いながら、コウメに向かって歩く。

 

 コウメの眼前で、鎌をすっと向けた。

 

「今なら許してあげるよ。コウメさんには……くすっ、お世話になってるしさ」

「……あんた今の自分がどんな顔してるか、わかってるか?」

「わかってるよ。完璧で究極なアイドルの顔してるんでしょ」

「恐ろしい顔してる。絶対に止めたるわ」

「止める? どうやって?」

 

 ルーシェは鎌の切っ先を、コウメの首元にすっと近づけた。コウメの首からうっすらと血が滲む。

 

「こうやるんだよ」

 

 突然の声。ケンだった。いつの間にか廊下の奥に立っている。ケンは無言で顎をしゃくった。

 

 すると虚ろな目をした男たちが一斉に押し寄せてくる。操り人形のように無表情で、一斉にルーシェに群がった。両腕を掴まれる。足を押さえられ、体ごと壁に押し込まれた。

 

「こんな連中、旅館に飼っておくなんて……ふふ、私よりよっぽどコウメさんの方が怖いじゃない」

「どうせ悪人や。人身売買で子供を攫うような連中に遠慮はいらんからな」

「そう、それで?」

「観念しぃ、ルーシェ。怪我させとうない」

「この程度で私を拘束できると思ってたの?」

 

 ルーシェは腕に力を込めた。拘束が、簡単に千切れる。男たちが一斉に吹き飛んだ。

 

「なっ!? あんた、そこまで力が」

「力だけじゃないよ。躊躇もしない」

 

 ルーシェは一人の男の首元に鎌を向ける。

 

「おやすみ」

 

 鎌で切断しようとした——

 

「やめろ、ルーシェ」

 

 その時、ルーシェの視界の端にケンが見えた。すでに銃口がこちらを向いている。

 

「ケンちゃん、銃なんて物騒ね」

「安心しろ、麻酔銃だ」

「ふぅん。そんなおもちゃで私を止められると思ってるんだ」

 

 一歩ケンに近づく。

 

「動くな。おとなしくしろ、ルーシェ」

 

 くすっ、と笑いが漏れた。

 

「ケンちゃん、夜更かしはだめよ」

 

 鎌を一閃、投げつけた。銃が弾き飛ぶ。戻ってきた鎌を掴み、その勢いのままケンの側頭部を打つ。ケンが音もなく崩れ落ちる。

 

 視線を鎌をもともと向けていた男の首元に戻した。

 

「じゃあ、続きしよっか♪」

「あかん——!」

 

 コウメの目が光った。蝶が生まれた。一羽、二羽、三羽——次々と舞い上がり、男たちの瞳に触れていく。

 

 一人が崩れ落ちた。また一人。また一人。音もなく、静かに。感情のない顔のまま、床に倒れていく。

 

 廊下が、静かになった。

 

 コウメが壁に手をついている。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……あ、あんたに人殺しはさせられん」

「それで、どうするの? 駒がいなくなっちゃったよ」

「……まだ私がおる」

「ふふ、ギフトの連続使用はきついでしょ。逃げてもいいんだよ?」

「……逃げへんよ」

「そう」

 

 鎌の切っ先を、コウメの首元に向けた。

 

「この世界に未練は? 待っている人は?」

 

 けらけらと笑いながら聞いた。いつもの問いかけ。まぁ、いつもと違い見逃さないけど。

 

「……未練ならある」

 

 コウメの声は、穏やかだった。

 

「正直な話、ユズを残して死ぬんは辛いわ。それが未練やな。でもな、あんたに救われた命や。あんたがこうなってるのに、背中向けて逃げるわけにはいかん」

 

 金色の光が、再度コウメの目に灯った。蝶が生まれる。ひらり、と——ルーシェの瞳めがけて、一直線に突き進む。

 

「コウメさんのギフト、無敵だと思ってた?」

 

 ルーシェは目を閉じた。

 

 ――蝶なんて、見なければいい。気配だけで十分だ。

 

「……っ」

 

 ルーシェは鎌を振り上げた。血が騒ぐ。一歩。もう一歩。コウメとの距離が、みるみる消えていく。

 

 刃が届く——その瞬間。

 

「【重力の檻】」

 

 ルーシェの腕に、重さがかかった。鎌がピタリと止まる。

 

 ――そういえばいたね。

 

 廊下の陰に、コウメの秘書がいた。一瞥する。

 

 視線を戻した。コウメの目が、最大限に、金色に燃えていた。

 

 鎌を振る。蝶が散る。どちらが先か——

 

 視界が、白く弾けた。

 

 

 ◇

 

 

 異世界の空気が、肺に流れ込んだ。

 

 貧民街の外れ。廃屋の前。夜の闇。

 

 右手に鎌を握ったまま、転移していた。

 

 あ~、惜しかった。時間切れか。もう少しだったのに。

 

 楽しい時間もあっという間。日本の滞在時間である五時間を超えていたようだ。

 

 でも、いいか。本来のメインイベントは別だ。

 

 一歩、二歩と通りへ向かう。

 

 殺気!?

 

 即座に右に跳んだ。刃が空気を切る音。ヴァンだ。待ち構えていた。ケンの予想通りである。

 

 ――来た来た来たぁ!

 

 ルーシェの口元は緩んでいた。

 

 左手に閃光弾を握る。投げた。

 

 眩い光が炸裂した。闇が白く塗り潰される。

 

「なんだ……っ、目が……!」

 

 ヴァンが膝をついた。目を押さえ、耳を塞いでいる。立ち上がろうとするが、膝に力が入らない。

 

 さすが米軍調達の武器だ。速効性も威力も申し分ない。

 

 ルーシェはうずくまっているヴァンを見下ろした。このまま送るのは簡単だ。でも、それでは足りない。もっと楽しまないと。

 

「あれ、大丈夫? 中世の傭兵さんに閃光弾はちょっと厳しかったかな」

「ぐ……」

「返事もできないか。そのまま地面に転がってれば、楽に送ってあげてもいいけど?」

「だ、黙、れ……」

「ふふ、強がっても体は言うこと聞かないみたいね。そんなざまで復讐なんてできるのかな?」

「う、うおぉぉ……っ」

 

 震える腕に力を込めて、ヴァンが体を起こそうとしている。歯を食いしばっている。意地だけで立とうとしていた。

 

「ふふ、ふらふらじゃん。名うての傭兵が、猟犬のヴァンの名が泣いちゃうよ。ミラさんも情けなくてがっかりするんじゃない?」

 

 ヴァンは答えなかった。震える手で腰の水筒を掴む。蓋を外して、目に直接かけた。水が床に滴る。次に懐から薬草を取り出す。口に含んで噛んだ。汁を手に吐き出し、目に押し当てた。

 

 数秒後、ヴァンが目を開ける。

 

 ヴァンは立ち上がった。ナイフを拾う。目に光が戻っていた。怒りの光が。

 

「……舐めるな」

「すごいじゃん。さすが歴戦の傭兵。閃光弾をまともに食らって、こんなに早く回復するなんて」

「おかしな武器を使いやがって。やはり仲間がいるんだな」

「どうでもいいじゃん。それより第二ラウンド始めようか♪」

 

 ルーシェは鎌を構えた。口元が吊り上がっている。止まらない。早く斬りたい。早く血が見たい。

 

 ヴァンはしばらく動かなかった。ナイフを構えたまま、こちらを観察している。次第に目が細くなっていく。

 

「やっと会えたな、レッドジョン」

「さっきもいたじゃん。もしかして私のこと忘れちゃった? ひどいなぁ、さんざんもてあそんでおいて」

「あの娘とは違う。ずっと探していた——家族を奪った、本物の化け物を。哀れな少女の体を借りて、よくも一年も逃げ回ったな。ここで終わりにしてやる」

「なにいってんの? 私は私よ」

「戦場でもいたよ。お前のような奴は。言葉は通じまい。ただ——ルーシェには詫びておく。その体ごと、葬ることになるからな」

「ふうん、ルーシェに詫びるんだ。じゃあミラさんには? エリちゃんには? 死んでからじゃ遅いけど——まあ、向こうで直接謝れるね」

 

 ヴァンの顔が、歪んだ。

 

 怒りじゃない。もっと深いところが、えぐれたような顔だ。

 

 ヴァンが踏み込んできた。怒りが体に出ている。

 

 甘い。軌道が、手に取るようにわかる。

 

 鎌で受けた。弾いた。そのまま間合いを詰める。ヴァンが後退する。

 

 楽しい。楽しくて仕方がない。

 

「……っ」

 

 連続で振る。右、左、上。ヴァンが防戦一方だ。手も足もでなかった最強の敵。そんな男が、今は後退している。もっと追い詰めたい。血が見たい。

 

「は、ははっ——どうした? 本気出してよ。ミラさんのためでしょ、エリちゃんのためでしょ。それとも——もう諦めた?」

「命が尽きようとも、貴様だけは殺す!」

 

 ――いい顔だ。

 

 ヴァンの刃を、鎌で弾いた。懐に滑り込む。鎌の刃が、首元へ——

 

 その瞬間だった。

 

 熱が、消えた。

 

 目から、蝶がひらりと飛び立った。闇の中に溶けていく。

 

「……コウメさん、ギフト間に合ってたんだね」

 

 体から、何かが抜けていく感覚。指先が冷たくなる。胸の奥の火が、すっと消えた。

 

 ――あ。

 

 手が、震え始めた。

 

 ヴァンの顔が、急に大きく見えた。あの夜の顔だ。首を掴んで持ち上げた、あの男の顔。

 

 ――さっき、俺何を言った?

 

 ミラさんとエリちゃんの名を、ヴァンに向かって——笑いながら侮辱していた。

 

 ――やばい。やばい。

 

 何か言わなきゃ、と思った。

 でも、出てこない。

 

 目の前に、ヴァンがいる。

 

 ヴァンは、まだ動いていなかった。

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