327人殺した転生美少女の俺は、誰も殺していない ~首を刎ねると、現代日本で目を覚ます~ 作:里奈使徒
斬りたい。
旅館の廊下。
ルーシェは玄関に向かって歩いていた。全身が、うずいている。
誰でもいい。この感覚が、胸の奥から溢れて止まらない。
背後から足音がする。コウメが追いかけてきた。
「ルーシェ、ちょっと待ち」
「なに?」
ルーシェはゆっくりと振り返る。口元が、異様に上がっていた。
「エリがな、あんたの様子がおかしいって泣きながら来たんや」
「ふぅん、それで信じたの?」
「半信半疑やったけど、確信した。今のあんた、おかしい」
「ふふ、私がおかしい? エリがおかしいんじゃない?」
「エリが泣いてると聞いて、そないなこと言えるあんたが一番おかしいわ」
「そう。それでおかしい私に何か用? 私忙しいんだけど、そろそろ戻ってあの
「……私のミスや。あんたの中で眠ってたものを、歪んだ形で引き出してしもた。ギフトを解除する」
「一方的な言い分ね。少しいらつくかな」
――コウメの小言が癇に障る。負の感情がぐるぐると回ってくる。
――斬ってやろうか? いや、コウメは利用価値がある。ん……? そんな単語、今まで使ったことなかった……まあ、いいか。
「おとなしくしいや、ルーシェ」
「そんな態度、考えちゃうな~」
ルーシェは右手に意識を集中した。
「【
淡い光とともに、鎌が手の中に現れる。
その時、廊下の奥から足音がした。コウメの秘書である。
「ルーシェ様、お下がりください……っ」
「あなたも邪魔するの?」
鎌の切っ先を、秘書に向けた。
「ルーシェ様……っ、申し訳ありません」
秘書が両手を前に突き出す。青白い光が指先から滲み出した。
「【重力の檻】」
ルーシェの体に、重さがかかる。
――ふぅん、体感的に十キロの重りくらいかな?
――私には効かないけど。
ルーシェの足は止まらない。秘書の顔が引きつっていく。
「ギフトが……全力で、かけてるのに……なんで?」
「あんたじゃ無理や。ボブを呼んできて」
秘書がすぐに頷いて、駆けていく。
しばらくして、廊下の奥から重い足音が響いてきた。一歩ごとに床が軋む。
大きな男だった。
二メートル近い体躯。坊主頭。黒い肌に古い傷跡が走っている。首が太い。腕が丸太のようだ。
壁に飾られた絵画が、男の肩幅と同じくらいに見えた。
「ボブ、参リマシタ。女将」
「ルーシェを止めて。怪我させんようにな」
ボブがルーシェを見る。一瞬、躊躇いがあった。困ったように眉が下がる。
「……ホントウニ、コノ子……デスカ?」
「はよして」
「……ワカリマシタ。キノリシマセンガ」
ボブがゆっくりと前に出た。巨体が廊下を塞ぐ。
「オトナシクシナサイ」
ボブが踏み込んできた。大きな手がルーシェの腕を掴もうとする。
ルーシェが避けた。ボブの手が空を切る。
ルーシェは、ボブの背後に回った。鎌の柄でボブの首筋を打つ。
ボブがよろめく。それでも踏み込んでくる。今度はかわさなかった。
ボブの拳を鎌の柄で受け止める。ぎり、と音がした。力負けしない。むしろ押し返した。
ボブの目に、初めて動揺が浮かんだ。
「女将、チカラ……カシテクダサイ。コノ子、テカゲンデキマセン」
「ボブ、持てるもん全部出しぃ!」
コウメの目が金色に光る。蝶がひらりと舞い、ボブの瞳に触れた。
「チカラガ……ミナギル……!! Woooo——!! Oh my God——!!」
ボブが両腕を大きく広げ、天井に向かって雄叫びを上げる。ボブの体に、力が漲った。
「Semper Fi——!!」
ボブが再びルーシェへ踏み込んできた。
さっきより速い。さっきより重い。廊下の壁が、ボブの踏み込みで軋んだ。
ルーシェは鎌の柄で受ける。ぎり、と腕が軋む。
押し負けた。
――ふぅん、一応強化されてるのね。
ならば……。
ルーシェは手を離してかわした。ボブの拳が壁を砕く。漆喰が飛び散る。
「What——!」
ルーシェは回り込んだ。鎌の柄でボブの脇腹を打つ。
「Guh——!」
ボブがよろめく。でも倒れない。
ボブが体ごと回転してくる。腕が薙ぐ。当たれば吹き飛ぶ。
ルーシェは潜った。腕の下をくぐる。背後に回る。
鎌の柄をボブの首筋に叩き込む。
「Ugh——!」
ボブの膝が折れる。
もう一撃!
――これで終わり。
ボブが床に崩れ落ちた。ピクリとも動かない。
――残念ね。加減を調整したらもう少し楽しめたかも?
まぁいいか。鎌を肩に担いだ。
ふんふん、と鼻唄を歌いながら、コウメに向かって歩く。
コウメの眼前で、鎌をすっと向けた。
「今なら許してあげるよ。コウメさんには……くすっ、お世話になってるしさ」
「……あんた今の自分がどんな顔してるか、わかってるか?」
「わかってるよ。完璧で究極なアイドルの顔してるんでしょ」
「恐ろしい顔してる。絶対に止めたるわ」
「止める? どうやって?」
ルーシェは鎌の切っ先を、コウメの首元にすっと近づけた。コウメの首からうっすらと血が滲む。
「こうやるんだよ」
突然の声。ケンだった。
廊下の奥、十歩ほど先に立っている。ケンは無言で顎をしゃくった。
すると虚ろな目をした男たちが押し寄せてくる。
操り人形のように無表情で、一斉にルーシェに群がった。両腕を掴まれる。足を押さえられ、体ごと壁に押し込まれた。
「こんな連中、旅館に飼っておくなんて……ふふ、私よりよっぽどコウメさんの方が怖いじゃない」
「どうせ悪人や。人身売買で子供を攫うような奴らに遠慮はいらんからな」
「ふぅん、それで?」
「観念しぃ、ルーシェ。怪我させとうない」
「この程度で私を拘束できると思ってたの?」
ルーシェは腕に力を込めた。拘束が、簡単に千切れる。男たちが一斉に吹き飛んだ。
「なっ!? あんた、そこまで力が」
「力だけじゃないよ。躊躇もしない」
ルーシェは一人の男の首元に鎌を向ける。
「おやすみ」
鎌で切断しようとした——
「やめろ、ルーシェ」
その時、ルーシェの視界の端にケンが見えた。すでに銃口がこちらを向いている。
「ケンちゃん、銃なんて物騒ね」
「安心しろ、麻酔銃だ」
「そんなおもちゃで私を止められると思ってるんだ」
一歩ケンに近づく。
「動くな。おとなしくしろ、ルーシェ」
くすっ、と笑いが漏れた。
「ケンちゃん、夜更かしはだめよ」
鎌を一閃、投げつけた。銃が弾き飛ぶ。戻ってきた鎌を掴み、その勢いのままケンの側頭部を打つ。
ケンが音もなく崩れ落ちる。
視線を、もともと鎌を向けていた男の首元に戻した。
「じゃあ、続きしよっか♪」
「あかん——!」
コウメの目が光った。
蝶が生まれる。
一羽、二羽、三羽——次々と舞い上がり、男たちの瞳に触れていく。
一人が崩れ落ちた。また一人。また一人。音もなく、静かに。感情のない顔のまま、床に倒れていく。
廊下が、静かになった。
コウメが壁に手をついている。
「はぁ、はぁ、はぁ……あ、あんたに人殺しはさせられん」
「それで、どうするの? 駒がいなくなっちゃったよ」
「……まだ私がおる」
「ふふ、ギフトの連続使用はきついでしょ。逃げてもいいんだよ?」
「……逃げへんよ」
「そう」
鎌の切っ先を、コウメの首元に向けた。
「この世界に未練は? 待っている人は?」
けらけらと笑いながら聞いた。
いつもの問いかけ。
まぁ、いつもと違い見逃さないけど。
「……未練ならある」
コウメの声は、穏やかだった。
「正直な話、ユズを残して死ぬんは辛いわ。それが未練やな。でもな、あんたに救われた命や。あんたがこうなってるのに、背中向けて逃げるわけにはいかん」
金色の光が、再度コウメの目に灯った。
蝶が生まれる。ひらり、と——ルーシェの瞳めがけて、一直線に突き進む。
「コウメさんのギフト、無敵だと思ってた?」
ルーシェは目を閉じた。
――蝶なんて、見なければいい。
気配だけで十分。
「……っ」
コウメの悲痛を前に、ルーシェは鎌を振り上げた。
血が騒ぐ。
一歩。もう一歩。コウメとの距離が、みるみる消えていく。
刃が届く——その瞬間。
「【重力の檻】」
ルーシェの腕に、重さがかかった。鎌がピタリと止まる。
――そういえばいたね。
廊下の陰に、コウメの秘書がいた。
一瞥する。
視線を戻した。コウメの目が、最大限に金色に燃えていた。
鎌を振る。蝶が散る。
どちらが先か——
視界が、白く弾けた。
◇
異世界の空気が、肺に流れ込んだ。
貧民街の外れ。
廃屋の前。夜の闇。月もない。数歩先しか見えない。
右手に鎌を握ったまま、転移していた。
あ~、惜しかった。時間切れか。もう少しだったのに。五時間、あっという間だった。
でも、いいか。本来のメインイベントは別だ。
一歩、二歩と通りへ向かう。
殺気!?
即座に右に跳んだ。
刃が空気を切る音。左側から来た。
ヴァンだ。待ち構えていた。ケンの予想通りである。
――来た来た来たぁ!
ルーシェの口元は緩んでいた。
左手に閃光弾を握る。
体をしならせ投げた。
眩い光が炸裂する。闇が白く塗り潰された。
「なんだ……っ、目が……!」
ヴァンが膝をつく。
目を押さえ、耳を塞いでいる。立ち上がろうとするが、膝に力が入らない。
さすが米軍調達の武器だ。速効性も威力も申し分ない。
ルーシェはうずくまっているヴァンを見下ろした。
このまま送るのは簡単だ。でも、それでは足りない。もっと楽しまないと。
「あれ、大丈夫? 中世の傭兵さんに閃光弾はちょっと厳しかったかな」
「ぐ……」
「返事もできないか。そのまま転がってれば、楽に送ってあげるよ?」
「だ、黙、れ……」
「ふふ、強がっても体は言うこと聞かないみたいね。そんなざまで復讐なんてできるのかな?」
「う、うおぉぉ……っ」
震える腕に力を込めて、ヴァンが体を起こそうとしている。
歯を食いしばっている。意地だけで立とうとしていた。
「ふふ、ふらふらじゃん。名うての傭兵が、猟犬のヴァンの名が泣いちゃうよ。ミラさんも情けなくてがっかりするんじゃない?」
ヴァンは答えなかった。
震える手で水筒を掴み、目に直接かけた。懐から薬草を取り出し、噛んで目に押し当てる。
ヴァンが目を開け、立ち上がる。
ナイフを拾う。
目に怒りの光が戻っていた。
「……舐めるな」
「すごいじゃん。まともに食らってこの回復、さすが猟犬のヴァン」
「おかしな武器を使いやがって。やはり仲間がいるんだな」
「関係ないじゃん。それより続きしようか♪」
ルーシェは鎌を構えた。
口元が吊り上がっている。
止まらない。早く斬りたい。早く血が見たい。
ヴァンはしばらく動かなかった。
ナイフを構えたまま、こちらを観察している。次第に目が細くなっていく。
「やっと会えたな、レッドジョン」
「さっきもいたじゃん。もしかして私のこと忘れちゃった? ひどいなぁ、さんざんもてあそんでおいて」
「あの娘とは違う。ずっと探していた——家族を奪った、本物の化け物を。哀れな少女の体を借りて、よくも一年も逃げ回ったな。ここで終わりにしてやる」
「なにいってんの? 私は私よ」
「お前のような奴は戦場でもいたよ。言葉は通じまい。ただ——ルーシェには詫びておく。その体ごと、葬ることになるからな」
「ふうん、ルーシェに詫びるんだ。じゃあミラさんには? エリちゃんには? 死んでからじゃ遅いけど——まあ、向こうで直接謝れるね」
ヴァンの顔が、歪んだ。
怒りじゃない。もっと深いところが、えぐれたような顔だ。
ヴァンが踏み込んできた。怒りが体に出ている。
甘い。
軌道が、手に取るようにわかる。
鎌で受けた。弾いた。
そのまま間合いを詰める。ヴァンが後退する。
楽しい。楽しくて仕方がない。
「……っ」
右、左、上。鎌を連続で振る。
ヴァンが防戦一方だ。
手も足もでなかった最強の敵。そんな男が、今は後退している。
もっと追い詰めたい。血が見たい。
「は、ははっ——どうした? 本気出してよ。ミラさんのため、エリちゃんのためでしょ。それとも——もう諦めた?」
「命が尽きようとも、貴様だけは殺す!」
――いい顔だ。
ヴァンの刃を、鎌で弾いた。
懐に滑り込む。
鎌の刃が、首元へ——
その瞬間だった。
熱が、消える。
目から、蝶がひらりと飛び立った。
闇の中に溶けていく。
「……コウメさん、ギフト間に合ってたんだね」
体から、何かが抜けていく感覚。
指先が冷たくなる。胸の奥の火が、すっと消えた。
――あ。
手が、震え始めた。
ヴァンの顔が、急に大きく見えた。
あの夜の顔だ。
首を掴んで持ち上げた、あの男の顔。
――さっき、俺何を言った?
ミラさんとエリちゃんの名を、ヴァンに向かって——笑いながら侮辱していた。
――やばい。やばい。謝らなきゃ。でも逃げなきゃ。
——何か言わなきゃ、と思った。
でも、出てこない。
目の前に、ヴァンがいる。
ヴァンは、まだ動いていなかった。