327人殺した転生美少女の俺は、誰も殺していない ~首を刎ねると、現代日本で目を覚ます~   作:里奈使徒

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第19話 「ただいま」

 異世界の空気が、肺から抜けていく。

 

 日本の夜だ。蛍光灯の光。コンビニの看板。自販機の青白い輝き。

 

 いつもなら、心が軽くなる。

 

 でも今は右手が、まだ覚えていた。あの夜の、コウメの首元に切っ先を向けた鎌の感触。

 

 コウメに何と言えばいい?

 

 謝って済む話じゃない。笑って流せる話でもない。

 

 ――合わせる顔が、ない。

 

 転移のたびに施設の近くまで足を向けた。何度来ただろう。扉の前まで行って、引き返した。また来ては、引き返した。それでも扉の前で、いつも立ち止まってしまう。

 

 夜のコンビニの前でぼんやりしていると、見知った顔が現れた。

 

「コウメさん!? なんで——え、なんで?」

「あんたがここ利用しとるのは知っとったから」

「そ、そうだったんだ。じゃあまたね」

 

 気まずくて、その場を離れようとした。

 

「ちょい待ち。なんでいつものように来んの?」

「そ、それは……」

「それは?」

 

 コウメがルーシェの顔を真正面から覗き込んだ。整った顔が、間近に迫る。

 

「うぅ、あんなことをしでかした私に、そんな資格はないよ」

「そんなん気にせんで。たこ焼き作っとるさかい。来て」

 

 たこ焼き!? ジューシーなタコ。とろけるチーズ。青のりの香り——異世界では絶対に味わえない日本の味。

 

 ルーシェの口の中に唾液が溢れた。

 

 ――いやいや、何を考えている。大罪人が、よだれを垂らしている場合か!

 

「いや、いい。みんなに合わせる顔がない」

 

 ルーシェは踵を返し、駆け出した。

 

「ユズがあんたに会いたがっとる」

「ユズちゃんが?」

 

 コウメの言葉に、ルーシェの足が止まった。

 

「そうや。ルーシェが来んでさみしいって。ユズのためや。頼むから来てくれ」

 

 ――そんなこと言われたら、断れないよ。

 

 ルーシェはコウメの背中を追いながら、旅館へと足を向ける。

 

 

 ◇

 

 

 旅館に着くと、厨房に人が集まっていた。油の匂いと、鉄板の熱気が漂っている。

 

 ボブが鉄板の前に陣取っていた。エプロン姿である。ルーシェに気づくと、大きく手を振る。

 

「ルーシェ! タフガール!」

 

 でかい声が響き渡った。ボブが近づいてきて、大きな手で肩を叩かれる。痛い。

 

「あ、あの……この前は」

 

 ボブが親指を立てた。

 

「No problem! Strong girl!」

 

 全然気にしていない。

 

 ふと視線を感じた。コウメの秘書と目が合う。

 

「ルーシェ様、お怪我はありませんでしたか?」

「え、私が心配されるんですか……襲った私が言うのもなんですが、あなたこそご無事でしたか?」

「ふふ、あの程度は日常茶飯事ですよ。こちらこそ失礼しました」

 

 淡々としている。

 

 ――みんな、普通だ。

 

 ただそれだけのことが、胸に沁みる。

 

 その時、足元に小さな気配があった。ユズがルーシェの足にしがみつく。

 

「ルーシェおねえちゃん!」

「……ユズ」

 

 ルーシェはしゃがんで、そっと抱き返した。しばらく厨房の隅でユズと遊んでいると——

 

「いい匂い」

 

 ユズの言葉で、ルーシェも鼻をひくつかせた。

 

 視線の先で、コウメは鉄板の前に立っていた。爪楊枝を二本持ち、くるくると手首を返す。生地がぷっくりと膨らんで、丸い形に仕上がっていく。職人の手つきだ。

 

 じゅうじゅうと鉄板が鳴るたびに、青のりとソースの香りが濃くなっていく。

 

「できたで」

 

 コウメの声に、皆で座敷に場所を移した。

 

 運ばれた大皿にはたこ焼きが山盛りになっている。青のりとかつお節が散らされ、ソースがたっぷりかかっていた。もうもうと湯気が立ち上る。

 

 ルーシェが爪楊枝を刺す。青のりとかつお節がふわりと舞い上がる。ソースの甘い香りが鼻をつく。

 

「熱っ、熱っ、ほふ、ほむ……」

 

 ――うまい。異世界では絶対に食べられない。

 

 ボブが山盛りのたこ焼きを次々と口に放り込んでいた。ユズがはふはふしながら食べている。秘書が静かに爪楊枝を刺していた。

 

 賑やかで、温かい時間。

 

 たこ焼きパーティ——最高だった。

 

 

 ◇

 

 

 食事の後。ユズが座敷で眠って、ボブたちも帰り、コウメと二人きりになった。

 

「コウメさん、ヴァンさんたちは元気にしてる? あれから何も聞けてなくて」

「三人とも元気やで。ミラさんは泣いて喜んどった。エリちゃん、パパにべったりで離れへんらしくて。ヴァンさん、困り顔しながらも嬉しそうやったわ」

「……よかった」

「それとな、ヴァンさんからの言伝や。ヴィクターは死んだで。もうあんたを尋問しようとする奴もおらん。安心してええで」

 

 ――ヴィクターが死んだ!? なんで、どうして——いや、今はいい。尋問の続きがなくなった。それだけで十分だ。

 

「そっか」

「それと、ルーシェに伝えたいことがあるそうや。今度会いにいったらええ」

「うん、私もヴァンさんにはいろいろ聞きたいことあるし、直接会いに行くよ」

「そうしたらええ。案内したる」

 

 ふっと、コウメの表情が緩んだ。

 

「なんやのど乾いたな。お茶でもいるか?」

 

 コウメが腰を上げかけた時。

 

「コウメさん」

「ん?」

「あの夜のこと、本当にごめんなさい」

 

 ルーシェは深々と頭を下げた。

 

「申し訳ないことをした。言葉だけじゃ足りない、私にできることならなんでも——」

「もうええよ」

「でも——」

「ええよ、言うたやろ。あんたは戻ってきた。それだけや」

「コウメさん」

「ほらほら、しんみりな顔せんと。あんたは笑顔が一番や」

 

 コウメがルーシェのほほをつつく。

 

「ありがとう」

 

 思わず、笑みがこぼれる。

 

 狂ったように鎌を向けたのに。コウメさんを殺しかけたのに。温かく迎え入れてくれた。

 

 ……なぜここまでしてくれるのか。

 

 気づいたら、ルーシェはコウメの胸に顔を埋めていた。

 

 コウメは何も言わない。ただ、そっとルーシェの背中に手を置く。

 

 ――いいんだろうか? 中身はいい大人の男なのに。でも、コウメさんの温もりには抗えなかった。疲れた男は、こういうのに弱い。

 

「コウメさ~ん」

 

 コウメの胸に顔を埋めたまま、甘えるように身をすり寄せた。

 

「なんや、急に甘えてからに。しゃあないなぁ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 コウメがルーシェの頭をそっと撫でる。しばらく、そのまま身を任せていた。

 

「……コウメさん」

「なんや、どうした?」

「ケンにも謝らないと。怪我させちゃった」

「そうやな」

「ケン大丈夫だった?」

「ケンも元気やで。頭に包帯は巻いとったけど」

「うっ……そっか。ごめんて伝えておいて」

「直接言いや」

「うん、それとボイスレコーダーのこと、礼も言いたい」

「なおさら直接言いや。会いに行ったれ」

 

 ルーシェは小さく頷いた。

 

 

 ◇

 

 

 旅館を出ると、夜風が頬を撫でた。まだ少し時間があったので、漫画喫茶に寄る。

 

 リクライニングシートに沈んで、積んでいた漫画を開く。

 

 ヴァンの件も片がついた。気持ちは軽くなったはずだ。

 

 でも、頭に入ってこない。あんなに楽しみにしていた『デスマ』の続きなのに。

 

 ヴァンが言っていた。物体を弾き飛ばすギフト。俺を守っていた、誰か。

 

 なぜ助けた? なぜ名乗らない?

 

 ――今も、どこかで見ているのか?

 

 俺を護衛していたからといって、味方とは限らない。セリアやイリスに、危険が及ばないか——そればかりが頭をよぎる。

 

 答えは出ない。漫画を閉じる。

 

 窓の外に、東京の夜景が広がっていた。

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