327人殺した転生美少女の俺は、誰も殺していない ~首を刎ねると、現代日本で目を覚ます~ 作:里奈使徒
「で、どうするの?」
「……断ったら?」
「何も……その事実を伝えるだけさ」
テッドはたんたんと告げる。
「そうなんだ」
ほっと息を吐くルーシェ。
「ただ、ギルド自体に規定はないけど、ギルドに忠誠を誓っているやつらが侮辱されたと思って勝手に制裁を加えるだろうね」
「なっ!? 結局殺されるやつじゃん」
「まぁ、俺も君が気にいってるから殺されたくないけどさ。俺も大事に大事に見守ろうと思ってたのにさ」
やれやれと肩をすくめるテッド。
「レッドジョンが白狼のフランクだけでなく猟犬のヴァンまで殺したって、ギルドの執行部で一部騒ぎになっちゃってさ。しょうがなくだよ」
「いや、えっ? 白狼のフランクなんて知らない」
――初耳だぞ。
「あぁ、そうだったね。フランクは俺が殺したんだった」
さっきから不穏な言葉のオンパレードで心休まる暇がない。
――ギルド員の制裁も怖いけど、犯罪ギルドなんかに入ったら人生終わりだ。どんな犯罪の片棒を担ぐかわかったものじゃない。
「悪いけどことわ――」
「あとさ、老婆心でいうけど、断ると君の家族にも危険が及ぶよ。過激なやつらは基本一家道連れだから」
――な、なんだと。実質、断れないじゃないか! 断れば、家族に危険が及ぶ。承諾すれば……犯罪者の仲間入り、その後の人生なんて想像したくもない。
一体どうすれば……ん!?
ルーシェの目が、キョロキョロと辺りを見渡す。
テッド一人だけ。他に人影はない。仲間は連れてきていないようだ。
「テッド、あなた一人できたの?」
「そうだよ」
「私のこと、他に誰が知ってるの?」
「
――やるしかない。
死人に口なし、というか殺さないけど、日本に送る。
そして、他力本願で申し訳ないがヴァン師匠とコウメさんになんとかしてもらおう。いくら犯罪ギルドの幹部でも、歴戦の
うん、いけるはず。
胸の奥で、何かが燃えた。
右手に、意識を集中する。鎌の柄を呼ぶ。
指先に光の粒子が集まりかけた、その瞬間。
「やめておけ」
テッドの声が、穏やかに割り込んだ。
ルーシェの手が、ピクリと動き静止する。
テッドは手も腰に伸ばしていない。穏やかな笑みのまま、こちらを見ている。
「……何をやめろって?」
「君が今からやろうとしていること」
テッドの制止に怯みながらも、ルーシェは鎌を出そうと、指先に意識を送る。
「ふ〜、だからやめろ。君では俺に勝てない」
「……やってみないとわからない」
「せめて俺と君の差がどれくらい広がってるか、わかってからじゃないと話にならないよ。蟻が巨人に勝てるとでも?」
「バ、バカにするな」
「バカになどしていない。言っただろ? 君の
深淵のガロンって、教科書に載っているぐらいの大悪党じゃないか。俺の中に元々いたルーシェの才能を言っているのか。そうだとしたら、恐るべき嗅覚だ。
「だけど、それは今じゃない。今はまだ発展途上、俺と戦う資格すらないよ。わかってくれ」
「わかってるよ。お前が私より格上だってこと。でも、今お前を倒さないと、姉さんやイリスに危害が及ぶかもしれない」
再び、右手に光の粒子が集まる。鎌の柄が現れ、ルーシェの手に馴染む。両手で、しっかりと構えた。
「確実に死ぬってわかってても?」
「そうだよ。確実に死ぬとわかってても、確実に大事な人に危険が及ぶってわかってるなら、やるしかない」
恐怖が、足の裏から這い上がってくる。膝が震えている。それでも、踏み出した。
鎌の切っ先を、テッドに向ける。目を逸らさずに、テッドを見据えた。
「あぁ、ルーシェしょうがないなぁ」
テッドが、やれやれと肩をすくめた。
「それよりいつもの儀式は?」
「お前には聞かない!」
右手の鎌が、テッドの首に向かって、振り下ろされる。テッドは軽やかに避ける。
「ふぅん、救済ではなく家族のためか。いつものルーチンをしないなんて、レッドジョンらしからぬ私情だね」
「お前に言われる筋合いはない」
「まぁ、そうだけどさ、でもやる気はあるの? 攻撃にまるで殺気を感じないんだけど」
――殺気がないのは当然だ。殺すつもりは毛頭ない、日本に強制転移させるだけだし。コウメさんに善人にしてもらえ。
「わ、私は本気だ。舐めるな。家族に危害を加える気なら殺す」
テッドが、しばし静止する。何かに気付いたように。
「あぁ、そういうこと。くっく」
「……なにがおかしい?」
「――素晴らしいと改めて思ったのさ。ここまで追い詰められても、君はポリシーを曲げない。殺気がないのは、俺が救済の対象者じゃないからだろう?」
テッドの声が、興奮を帯びる。
「
――勝手に理想像を押し付けているようだが、俺は家族を守るためにあらゆる手をつくす。
「黙れ!」
ルーシェが、両手で鎌を握り直す。全身の力を込めて、テッドに切りかかった。
「あぁ」
刃が届く、その寸前。
テッドの目に、獣のような光が宿った。
「なんて美しい顔をするんだ」
穏やかな声。
「思わず、殺したくなっちゃったじゃないか」
鎌が届かなかった。
いや、届く前に、テッドの足が、ルーシェの腹に入っていた。
体が、宙に浮く。
路地の石壁に背中が叩きつけられ、空気が肺から押し出される。
「げほっ……げほっ……」
咳き込みながら、地面に手をついた。視界が揺れる。腹の奥が、燃えるように痛い。
それでも、鎌を握り直した。
柄を地面に突き立て、杖にして、立ち上がろうとする。
膝が笑っている。手が震えている。それでも、目だけは、テッドに向けた。
テッドが、ゆっくりと近づいてきた。
屈んだ。ルーシェの目線の高さまで、自分から下りてきた。
「……これでもかなり手加減しているんだよ」
「ク、クソ」
ルーシェが鎌を握って踏み込み、テッドに切りかかろうとする。
「わかってくれ。君を殺したくないんだ」
テッドが軽やかに交わし、ルーシェを抱き締めた。
そして、耳元で。
「今はね」
――じゃあ、いつかは殺すってことじゃないか。耳元で甘くささやきながら、サイコパスかよ。いや、わかってはいたが。
ルーシェが、テッドを突き放す。両手で鎌を握り直し、正眼に構える。全身の筋肉が張り詰めた。
「しかたがないなぁ」
テッドが、両手を軽く上げて構えた。
「実際、今の君の実力は猟犬のヴァンにも劣る。だから君がヴァンに狙われていると知ってボディガードしていたんだけど……」
テッドが、そこで一度、言葉を切った。
「君は殺せた。実力的には到底無理なはずなのに」
「そ、それは……」
「あの日俺も大佐に一芝居うたれて、別件に呼ばれていたし、君のことが心配だったんだよ」
――お前に心配される筋合いはないが、確かにヴァンとの一戦はまかり間違えば死んでもおかしくなかったと言える。
「どうやって勝ったんだい?」
「……」
「手の内は知られたくはないよね。それが得体の知れない相手だったらなおさらだ。わかるよ」
テッドはうんうんとひとりで納得している。
「……おそらく、限界ぎりぎりの戦いで君に眠っている狂気が目覚めたんだと予想している」
――違うんだけどね。いや、少し合ってるのか。実際、コウメさんのギフトでブーストかかっていたときはヴァンを圧倒していたし。
「その狂気、自由自在に出せないでしょ。それを出せないなら俺には勝てない」
「う、うるさい。これでもくら――」
「お願いだからやめてくれ。俺はさ、ルーシェ、君を尊敬している」
「尊敬?」
「あぁ、ヴァンは妻子を殺され絶望していた。まるで絶望の化身のように、生きる屍だったよ。レッドジョンとして、ヴァンは何が何でも殺さなければならない対象だった」
テッドが、恍惚とした表情でルーシェに近づく。ゆっくりと、しかし確実に、距離を詰めてくる。
「く、来るな」
ルーシェが、鎌を構えたまま後ずさる。踵が、路地の石畳を擦った。
「いけずだな。俺はこんなにも君を思っているというのに」
テッドの手が、伸びる。ルーシェの頬に触れそうな距離まで。
ルーシェの背中が、壁に当たった。もう、下がれない。
「ひ、ひぃ。よせ、来るな」
冷たい石の感触が、背中越しに伝わる。全身の毛が逆立つ。
テッドが、ルーシェの目の前で立ち止まる。そして、耳元に唇を寄せた。
「ルーシェ」
「な、何を……」
「格上のヴァン相手に、よくぞ勝った、よくぞ殺してくれた」
テッドが三日月に弧を描いたような顔で囁く。そして、ゆっくりと顔を寄せる。唇が、ルーシェの唇に触れそうな距離まで。
「やめろ、やめろ」
ルーシェは鎌をぶんぶんと振り、無理やり距離を開ける。
「おおっと危ない危ない」
テッドはかろやかに身をかわす。ルーシェは涙目になりながらも闘志をふるいたたせてもう一撃振るう。
「ルーシェは強情だな」
しばし顎に手をそえて思案するテッド。
「あぁ、こういえばいいのか。仮に俺を倒せたとしても無駄だよ。君の情報は漏れているから」
「えっ、さっきギルドには詳しく報告してないって」
「うん、ギルドには報告していない。でも、俺の仲間、レッドジョンの
「ま、マジで」
「うん、まじで。少しは俺に感謝してよ。俺がいるから情報の漏洩を最小限に抑えているんだから」
「そ、そんな」
「まぁ、いきなりなんで気持ちの整理も必要かな。一週間後に、また会いに来る」
テッドがそう言って踵を返したが、急に振り返る。
「あぁ、そうだ。セリアに、よろしく」
「なっ!?」
その一言が、ルーシェの全身に衝撃を走らせた。
「可愛い妹さんもね」
最後にウインクして、路地の闇に消えていった。
ルーシェは、その場に立ち尽くす。
月明かりの路地に、自分一人が残されていた。
◇
家に戻ったのは、夜が更けてからだった。
玄関を開けると、廊下の灯りが温かかった。
「お帰り」
イリスの声がした。
「……ただいま」
「遅い」
「ごめん」
イリスが、こちらを見上げた。目を逸らさないと、何かを読まれそうだった。
「ご飯、温め直す?」
「うん。お願い」
イリスが台所へ消えた。
奥のテーブルに、セリアがいた。書類を広げて、何か書き込んでいる。書類の隅に、見慣れた印章。憲兵本部の押印。
その隣で、テッドが笑っていた光景が、瞼に蘇った。
「ルーシェ、お帰り」
「……うん」
「顔色、悪いわよ。大丈夫?」
「平気。寝不足なだけ」
セリアの唇が、何か言いかけて、閉じた。
ルーシェは食卓につき、イリスが温め直してくれたスープを口に運んだ。
温かい。
味は、しなかった。
目の前に、姉と妹がいる。何でもない夜の食卓。何でもない灯り。何でもない時間。
守れるのか、これを。
一週間。
あの男の声が、耳の奥でまだ響いていた。