やっと戦闘シーン。そして日車贔屓回。
「髙羽のネタの件は一旦保留にするとして、やはり各々が術式を強化させることも東雲との決戦で重要になるだろうね」
ある程度ネタの案を出し尽くしてしまい、髙羽、シャルル以下のしょうもないことしか言えなくなってきた一行は個々の術式強化の話題を出した羂索に心の中で感謝した。
「術式の強化というが、覚醒型の俺たちはそもそも呪力というものすら感覚でしか理解できていない。まずはそこから教えてくれないか?」日車の言葉に羂索は面食らった。
そうだ。そもそもここにいる半数の人間は呪力のいろはを教えられていない。確かに習うより慣れろとは言うが、何もないキャンバスにいきなり絵を描けと言われても戸惑うのは普通だろう。日車の圧倒的な呪術センスを見てしまったがために忘れていたことで、それ抜きに彼と比べられていた他の覚醒型泳者に羂索は哀れみすら覚えた。
「絵はこうやって描く」というのを教えられて初めて空白のキャンバスがいっとう美しく見えるのだ。と羂索は己の本来の目的を思い出して感傷に浸る。
日車の質問に妙に押し黙る羂索の代わりに裏梅が説明を始める。ところどころに羂索が補足を加え、日車が素人質問()をすることで五条悟より遥かにわかりやすく抜け目のない学習ができた。高専生がこのことを知れば血涙を流したであろう。五条のよくわからない言動に振り回されてきた生徒はそれぐらい多かった。
「ある程度のことは説明し終わったし、あとは実践あるのみだね。」羂索の言葉に今まで己の可能性に感動していた覚醒型泳者(主に甘井、麗美、シャルル)は一気に現実に引き戻される。
「協力者の捜索もかねて他の結界に移動するのが1番手っ取り早いだろ」と提案する鹿紫雲。なぜか涙を流した跡があったが、真相を知るのは彼と裏梅のみである。
確かに理にはかなっているが、鹿紫雲に関しては強者と戦いたいだけだろう。現に「そうだな……俺と日車で仙台結界。残りは西に向かうのはどうだ。」と明らかに自分は強者のいる方向に、他は適当なところに向かわせようとしている。
意外にも乗り気だったのは日車だった。
「確かに俺も強者と実際に戦っていろいろ試したいことがある。俺からもその案で頼みたい。」
羂索も肯定する。6日目の朝、一行はそれぞれ逆方向に東京芸術劇場を出た。
――公共交通機関を断固として拒否する鹿紫雲を説得しようとするのは骨が折れた。人混みが嫌いらしいのだ。
「公共交通機関が1番早いんだ。鹿紫雲だって強者との時間を減らしたくはないだろう。」
「ぐぅ…!いや、呪力で強化すればそこまで時間はかからないし訓練にもなるはずだ。」
「そこで呪力を消費するのは得策じゃないし実戦が1番成長できると言ったのは鹿紫雲だぞ。」
弁護士に勝てるはずもなく、今度はぐうの音も出ない鹿紫雲。
「……そうだ。お前には式神がいただろう、あの黒いの。あれに乗って移動すればいい。それは実戦でもあまり鍛えられないだろ。」
何を言っているんだ自分は。と恥ずかしくなる鹿紫雲だが、日車は手を口にあて、何やら考え込んでいるようだった。
「確かにそれは考えてもいなかった。ジャッジマンが式神に分類されるなら俺の呪力操作によって移動手段とすることもできるかもしれない。」
こうして突如天秤に乗られおよそ300kmの距離を移動させられることになった不憫なジャッジマンが誕生した。南無三。
呪力操作を鍛えるためと言ったからには本気で指導する鹿紫雲。仙台に到着するまでに日車の呪力操作の技術は大幅に上昇したのであった。
「あー……仙台結界の協力者候補って誰だっけ。」
「……石流龍と烏鷺享子、あとは黒沐死だな。こいつは呪霊だが。もう1人この結界には前回高得点をとっていた泳者がいたはずだが、もう殺されてしまったらしい。」
戦うことしか考えていない鹿紫雲に呆れながらも説明する日車。対する鹿紫雲も「なんで他の結界の奴らにそんな詳しいんだ」とツッコむ。
「あいにく前回は暇を持て余していてな。髙羽ともう戦いたくなくて潜伏していた間にいろいろと分析していたんだ。」「……大変だな、お前も。」
鹿紫雲はファンタの海を思い出さないように努めながら日車に同情する。
「そんな退屈だったわけでもない。やってはいけないと思い込んでいたことにチャレンジして充実した時間だったさ。」「へぇ」「服を着たまま風呂に入ったりしたな」「何をしてるんだオマエは?」
己が強者に飢えている間に着衣風呂をするやつがいたとは。一応受肉体の記憶を覗いたが、服を着たまま風呂に入るのは非常識であるという認識は間違っていなかった。
最初は日車を真面目で硬いやつと思っていたが、最近はその認識を改めつつある鹿紫雲なのであった。
そんなこんなで仙台結界に着いてからも駄弁っていた2人だが、徐々に変化する足元に違和感を覚える。
「……ゴキブリ……多いな。」気味悪そうに鹿紫雲がつぶやいた途端それは確信となった。前方から大量のゴキブリが押し寄せる。
「気持ちわりぃんだよ!!!」
鹿紫雲は日車を避けた全方向に呪力を放出する。電気と同質のソレは術者を殺すには至らないものの、ゴキブリの殲滅には効果的であった。
直後、側面からあり得ない規模の呪力が放たれる。鹿紫雲はギリギリ如意棒で受け止めるも、大きく吹っ飛ばされた。
「鹿紫雲!」「……おい、あんまワクワクさせんなよ」
心配する日車に対して鹿紫雲は戦う気満々だ。これは協力は一旦なしだな、と日車も現れた呪霊に向き直る。
「コガネ。あれが黒沐死か?」「そうだぜ!よく知ってんな!」「協力する気は……なさそうだな」
黒沐死は東雲の圧倒的な強さを目にした後、その食欲にはさらなる拍車がかかった。ドルゥヴ・ラグダワラが殺され、休眠状態を終えて1日で50人もの一般人を食った今もなお、食事に飢えている。今の黒沐死は食事を妨げる日車に怒り心頭で会話の意思など示すはずもなかった。
――「お前が鹿紫雲か。その電撃みたいなやつ……もしかしてお前江戸の時代に生きてたやつか?」先ほど鹿紫雲を吹っ飛ばした砲身のようなポンパドールヘアをした男が問う。
「ああ。もっともその頃には老齢だったがな。」
「へぇ。俺は石流龍。仙台藩の"大砲"さ。お前のところまで噂が流れていたかは知らないが一応有名人のはずだぜ。」
鹿紫雲は生前の羂索との会話を思い出した。
「同時代の人間か。俺が健在であれば戦いを申し込むこともあったかもしれないな。なんにせよ"今なら思いっきり戦える"ってわけだ」
鹿紫雲は如意棒を構え、石流も髪を整える。
「やっぱそうでなくちゃねぇ」
二人の戦闘狂の戦いは今、幕を開けた。
「……あっけないな」
領域は崩れ、日車のガベルは"処刑人の剣"へと変化する。
死滅回遊中の大量殺人を告発された黒沐死に死刑判決を取ることは容易だった。領域内では攻撃できないことに苛立ちを見せていた黒沐死は自ら突っ込む。処刑人の剣を構え一気にトドメを刺そうとした日車を邪魔したのは――ゴキブリだった。
ゴキブリは処刑人の剣に触れると真っ逆さまに落ちていき、その剣はガベルへと戻ったのだ。困惑する日車にすかさず黒沐死が突撃し、日車はそれをモロにくらって背後のビルを2つほど抜いて3つ目のビルでようやく止まる。血を吐く日車はようやく理解した。「この呪霊は己の天敵である。」と。
黒沐死には確かに「没収」と「死刑」が適用された。しかし「没収」は彼の魔剣に。処刑人の剣もゴキブリ1匹が1人とカウントされ、その効果を終えた。
もう一度「没収」しても今度はゴキブリ1匹に適用されるかもしれない。もしそうなれば領域展開による呪力消費と圧倒的に割りが合わない。彼はガベルによる物理攻撃のみで彼を倒すことに決めた。
背後の壁以外の三方からゴキブリの大群が押し寄せる。術式の対象になったということは各々が呪力を持ち、自律して動いている本物のゴキブリであるということだ。逃げる空間は……もう空中しかなかった。
彼は頭を高速で回転させて考える。なんとかしてゴキブリを薙ぎ払う?いや、ガベルはそれには向いてないし、どう変形しても鹿紫雲のように範囲攻撃のできない俺はいつか綻びが出る。やはり空中に逃げるか。でもどうやって?
一度跳んでも空中に足場でもない限り留まることなんて――
そこまで考えて日車は確信した。己の勝利を。
足に呪力をこめて高く跳び上がる。それを狙っていたと言わんばかりに黒沐死は日車の左側から突撃して吹っ飛ばす。
「ソノ血を喰らわせロ!!!」黒沐死は己の最高速度で突っ込む。
しかし吹っ飛ばされた日車は空中で姿勢を変え、空気の"面"を捉える。ガベルで無意識下にしていたことを応用し、その面を壁として呪力で思い切り蹴って反対方向――黒沐死のいる方に方向転換した。突然の180度の方向転換に黒沐死は反応できない。そのまま日車はガベルで黒沐死を撃ち返す。
――天才的な呪術センス。そして初めて出現した"天敵"と自身の成長への昂りで彼の意識は研ぎ澄まされていた。ガベルと黒沐死の間で黒い火花が爆ぜる――黒閃――
黒沐死は一撃で絶命した。
日車は黒沐死の攻撃で重傷を負っていたものの、黒閃による"ゾーン"で視界は異様に澄んでおり、呪力の流れがはっきりと見えていた。
彼の感覚は背後からの新たな攻撃を感知し、咄嗟にガベルを構える。後ろには何もなかったが、突如"衝撃波"を食らった。
空中にいる烏鷺は舌打ちする。体力を消耗した今なら楽に殺せると思っていたのに。
烏鷺を発見した日車は先ほど習得した面を捉える技術で彼女に近づく。戦いをみてその技術を土壇場で使ったのは見ていたが、まさかもう自由に使いこなせるとは思っていなかった烏鷺は不意を突かれた。
もし彼の技術がすでに実用できるものであったならば、あそこまで黒沐死に苦戦することもなかったからだ。完全に後手を踏んだ烏鷺に領域を展開する。
――また領域展開⁈いや、有り得ない話じゃない。おそらくアイツの領域は"必中"の効果のみを持っているんだ!
必殺の効果を持たない術式は展開が早い。烏鷺は領域で対抗することを早々に選択肢から外した。
「烏鷺享子は1016年7月8日に窃盗を犯した疑いがある。」
「はああああぁぁぁぁぁ??!!!」
烏鷺はジャッジマンが述べた罪状に素っ頓狂な声を上げる。そして日車も受肉前の罪――しかも窃盗という比較的小さな罪――が問われたことに困惑する。
窃盗なんて小賢しいこと――いや、日月星進隊の隊員に盗んだ食べ物を振る舞った記憶があるかもしれないな。ともかく――
「いつのどんな話を出してんのよ!そんなの覚えてるわけないじゃない!そもそも時効よ」
「……そうだな」
日車自身も平安時代の罪が時効であること、仮に有罪にできても「没収」すら怪しいことから素直にそれを認めた。証拠も烏鷺が楽しそうに仲間と食事をしている写真だけだった。
「無罪」
あるとは分かっていたが、無罪が言い渡されたのは初めてだった。なにしろ死滅回遊ではほとんどが罪を犯した人間(もしくは呪霊)だったのだ。
領域は崩れ、再びガベルを持とうとして日車は気づく。
「アンタ領域展開後の術式の焼き切れすら知らないの?つまり覚醒型の人間ってことかしら」焦って呪力操作がおぼつかない日車に
そのまま近づき烏鷺は領域を展開する。
――「領域に対抗する手段はないのか?」日車は羂索に聞いた。「基本的にはこちらも領域を展開して対抗するね。だけど君の領域は必中効果だけの簡素なものだし押し合いには向いてないだろうね。あとは――」
日車は羂索との会話を思い出し、咄嗟に自身の体に薄く領域を展開する。――領域展延だ――
烏鷺は2度目の舌打ちをする。明らかな覚醒型泳者なのに、この場で領域展延まで習得するなんて。しかもさっき潰した肺や黒沐死のダメージが修復されている。黒沐死戦の直後は治していなかったことからおそらくこれも
現在協力関係にある石流の助けも望めなかった。負けか。
黒閃のゾーン状態でただでさえ急な日車の成長曲線は指数関数的なものに変化していた。烏鷺が領域の維持を諦めたことで術式が焼き切れ、自身はそのまま落下していく。
そしてこのタイミングで日車の術式は戻り、彼はガベルを出す。しかしその目に映るのは――烏鷺の裸体――
烏鷺は術式が使えなくなったことで正真正銘裸であった。さらに見てしまったことを責めるように石流のグラニテブラストの流れ弾が日車を襲う。
あまりの衝撃に協力の2文字をようやく思い出した日車は烏鷺を抱えて石流の攻撃を避けた。
烏鷺は助けられたことにポカンとする。
「なんのつもり?」
日車は目を合わせずに答えた。「俺たちは戦いに来たんじゃない。協力関係を結べないか確認しに来たんだ。」「にしてはあの鹿紫雲とか言うやつ、どう見ても戦いたがってたじゃない。まあ、うちの石流もそうだけど。」「……」
二人は今も戦いを続ける戦闘狂に目を向けた。
「なんかノらねえな」
鹿紫雲、石流の両者はお互いを強者と認め、いい勝負をしていたがどこか全力を出しきれていない感覚があった。石流がついにそれに言及する。
二人ともその原因は理解していた。明確に口にしたのは鹿紫雲だった。「……東雲か」「だろうな」
特に石流は東雲に対して不満を持っていた。強いのは良い。だが己は何も出しきれなかった。例えるならばデザートを上から大量に落とされただけ。味わってこそのスイーツを石流は一口も食べることができなかったのだ。
あれほど激しかった二人の動きが止まる。「すっかり冷めちまったな。一時停戦……するか?」「そうだな。再び戦うのは東雲をどうにかした後だ」
こうして2組は決着をつけ、日車、鹿紫雲と烏鷺、石流の協力関係は結ばれたのであった。
一方西側に赴いたメンバーも新たな敵と出会う。
――2回目のコロニー殲滅まであと8日。
書いた後に「これ空中ジャンプしなくてもジャッジマン呼び出したら黒沐死戦どうにでもなったな」と気づきました。
でもどうしても空中ジャンプを習得して欲しかった…!