初星学園アイドル科 賀陽継   作:pocket_ぽけ

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最初の指針

「おはようございまーす………って、まだ誰もいない」

 

 数日前から通い出した事務室へ恐る恐る入室する。

 部屋の中へと投げかけた声に返事はなく、どうやら今日は一番乗りみたいだった。

 テーブルに荷物を置き、窓へと向かう。

 部屋の主が仕事場に無頓着だからか、週を跨ぐと少し埃っぽくなるこの部屋に空気を取り込みたかった。

 

「うん……いい天気。2人とも少しは気持ちよくお仕事出来るかな」

 

 新鮮な空気の心地よさに小さく笑い、いつも座っている自分の場所に戻ると見慣れたノートが目に映った。

 彼に似て飾り気の無い表紙には、同じく似つかわしく無い交換日記の文字。

 先ほどよりも浮き立ち始めた心に従い、それを手に取りページを開く。

 

「……ふふっ。素直じゃないなぁ」

 

 一画一画丁寧に書かれた彼の文字はこの数日で随分と見慣れたが、彼とのやりとりには未だ新鮮さと新たな発見が多く、何を書いてくれるのかが毎日の楽しみの一つとなっている。

 ものの1、2分で読めてしまう文章を1文字ずつじっくりと咀嚼し、いくらかの満足感と共に読み終えると、機を見計らっていたように部屋の戸が叩かれた。

 ここ数日で聴き慣れた音。

 軽い足取りで入口へと向かい、扉を開いて向こう側に立つ彼を迎える。

 

「おはよう! プロデューサーくん!」

 

☆☆☆

 

『Hatsuboshi IDOL FESTIVAL』

 通称H.I.F。

 初星学園のトップアイドルを決めるアイドルの祭典。

 アイドル科の多くの生徒たちが目指す大会であり、我々にとっても在学中の目標として掲げている。

 しかしアイドル科の誰もが参加することが出来るような甘い催しではなく、参加にはそれに相応しい実績を示す、あるいは選抜試験(セレクション)と呼ばれる試験を突破する必要がある。

 

「というわけで当面の目標としては夏のH.I.F参加に向けて選抜試験に参加していきます」

「はいっ。頑張るね!」

 

 紆余曲折から賀陽さんと無事契約を結ぶことが出来、いざここからどうしていくか、プロデューサーとアイドルで見据える先をキチンと合わせるべく、事務室で賀陽さんへと今後の方針を共有していた。

 現在は月曜の放課後。学生としての一日を終えた後でも疲れた様子は見られず、上機嫌にこちらの言葉に返事をする賀陽さんに関心する。

 

「賀陽さんは随分と体力がありますね」

「そうかな?」

 

 初星学園のアイドル科は一般的な高校生が受けるような座学を同じように受け、それに加え体育の授業のようにアイドルとしての共通レッスンの時間が設けられている。そのレッスンはかなりの強度で行われ、中等部のアイドルコースを受講し始めた生徒や、高等部から外部入学してきた生徒にはその過酷さからアイドルの道を諦めてしまう者もいる程だ。

 賀陽さんは中等部からの内部進学生で慣れているとはいえ、そのレッスンに加えて個人的に行っている1時間程度の早朝ランニングを行い、授業を受けたうえでこの元気だ。基礎体力も相当鍛えられていると見てよいだろう。

 しかし、ともすると疑問が一つ。

 

「放課後の自主レッスンに加えて、先日買い物に出かけた際に休日もレッスンしていると言っていましたが、きちんと休めていますか?」

「う、うん。休日は半日で切り上げるようにしてるから……」

「ふむ……。では残りの半日は何をして過ごしているんですか?」

「えっと……学校の宿題とか……」

「それは休んでいるとは言いにくいですね……」

 

 相変わらず敏くもこちらの意図を読み取ったようで、賀陽さんは後ろめたそうに休日の内訳を口にした。

 彼女の様子から明確な疲労の色は見えないようなので、睡眠の質や回復力が非常に優れているのかもしれないが、一般的な尺度から照らし合わせると休息が不足しているようにも見える。

 

「まぁ良いでしょう。今後はレッスンに関してもこちらで作成した計画に基づいて実施していただく予定ですので。仕事の都合などで必要に駆られない限りはレッスン量は減らすことになりますから」

「あ……。うん。分かったよ。きみに任せるね」

「はい。では具体的に何をしていくのかですが――――」

 

 大まかな方針を共有したため、続けて詳細な方策を説明しようとした時だった。

 部屋の扉が慣れた様子で無遠慮に開かれた。

 

「お~っす……って、あぁ、来てたんだな、ケイ」

「…………お疲れ様です伍藤プロデューサー」

「あん? なんだおめえ、機先を制されたみてえな顔しやがって」

「いえ。お気遣いなく」

 

 いつも通り気怠げに首を鳴らしながらこちらへそんなことを言ってくる。適当なくせに話す内容はやたらと正確なのが腹立たしい。

 素直に頷いても余計に腹が立ちそうなため適当に流していると、意外にも別の場所から声が上がった。

 

「伍藤さん……いつも言ってますけどケイじゃなくて継羽(つぐは)です」

「別に良いだろ。その方が呼びやすいんだから」

「それならツグとかでいいじゃないですか。なんでケイなんですか!」

「そりゃああれだよ……なんだ、紛らわしいっつうか」

「伍藤さんが読み間違えたってだけじゃないですか……」

「いやいや、ケイの方がなんか強そうでイメージ通りだろう? お前さんのパフォーマンスってそういうとこあるし」

「そういうとこっ!?」

 

 そんなことを言って伍藤が賀陽さんの不満を受け流している。

 というかこの男、やっぱり賀陽さんのパフォーマンスを見たことがあるんだな。

 あまり見たことのない様子で話す賀陽さんに驚いていると、こちらに気づいた賀陽さんがあたふたと弁明したそうにしていたため、つい悪戯心が湧き上がる。

 

「賀陽さんって意外と怒りっぽいんですね……」

「ええっ!? 違うの! これは伍藤さんが何回言っても私の名前を覚えてくれないから……」

「俺もなるべく怒らせないようにしないと」

「も、もうっ、こっち向いて! 絶対からかってるでしょう!」

 

 賀陽さんから隠すように顔を逸らしながら言うが、流石にわざとらしかったのかすぐに気づかれ、叱られてしまった。

 

「親戚なだけあって2人とも似てますよねっ。意地の悪いところとか」

「大変申し訳ありません。先ほどの行いは謝罪しますので、どうかこの人と似てる扱いをするのはやめてください」

「ったく失礼なガキだな」

 

 怒った様子の賀陽さんが放った可愛らしい嫌味がボディの良いところに深く突き刺さったため、さっさと掌を返して降伏の姿勢を取った。

 不真面目でやさぐれた中年と同じ扱いをされるのは流石に受け入れ難い。

 

「邪魔が入りましたが話を戻しましょう」

「切り替え早いね……。えっと、私がこれから何をしていくのかだったよね」

「ほーん? そりゃあ俺も気になるな」

「なら静かに聞いていてください。では早速ですがこちらをご確認ください」

 

 用意していた資料を賀陽さんに手渡す。

 

「これは……高等部生徒による特別レッスン?」

「はい。中等部のアイドルコースから希望者を募って行われる初星学園の定期イベントです。賀陽さんはそのダンスレッスンに講師として参加することとなりました」

「私が先生に……?」

 

 表紙と、続けて最初のページを見た賀陽さんが不思議そうに言った。

 もっともな疑問であり当然想定していたため、こちらの意図を説明しようと賀陽さんと目を合わせ話し始める。

 

「可能な限り賀陽さんがのびのびと実力を発揮出来る場を用意しようとした結果です。講師は賀陽さんお一人。あなたは中等部のアイドル候補生にとっての技術的なロールモデルとなってもらいます」

「ロールモデル?」

「模範となる手本といった意味です」

「なるほど…………うん、わかったよ。やってみるね」

 

 賀陽さんは少し考えるそぶりを見せつつも、了解の意を示してくれる。

 それを少し意外に思っていると、同じことを思ったのだろうか、酒でも飲んでいるのかという様子で麦茶を煽っていた叔父が愉快そうに問いを投げた。

 

「快諾じゃねえかケイ。てっきりもっと適任がいるとか言うもんかと思ってたぜ」

 

 揶揄うような言葉。

 実際そういった反応が返ってくるケースも想定していたし、拗れずとも多少の後押しは必要になるかと考えていた。

 しかし賀陽さんの回答はこちらの杞憂を振り払うものだった。

 

「そうですね……不安はありますけど。でもプロデューサーくんが初めて私に任せてくれたお仕事だから。私もきちんと応えます」

「ほー……なんだ、お前さん随分と信頼されてるじゃねえか。あのケイがなぁ……ちょっと驚いたぜ」

「あの……私がじゃじゃ馬みたいな言い方……」

「…………」

 

 2人の会話の裏で思わず俯いた。

 机に両肘をつき組んだ両手の上に頭蓋の重みを任せるように額を乗せ、聞こえないよう細く長く息を吐く。

 おそらく人に見られるには緩んだ表情になってしまっているはずだ。

 

 正直少し感動している。

 前へと進み出しているのだという実感と、自らが彼女を変えたのだという満足感。

 まだ始まったばかりだが、ここまでも一筋縄では行かなかった。

 そんな彼女から向けられる信頼は想像以上に甘美で。

 なるほど。これはその苦労に足る報酬だ。

 

「大丈夫? プロデューサーくん。具合悪い?」

「そっとしておいてやれ。むしろ絶好調だろうよ」

「……ご心配いただきありがとうございます賀陽さん。問題ありませんので」

 

 こちらを気遣うように覗き込む賀陽さんに礼を返し、姿勢を正す。

 自分にもこんなにわかりやすいモチベーションがあったと知れたことは良い発見だった。

 もしかしたら、この先ただ純粋な気持ちだけでアイドルを好きになり、正しくプロデューサーを志すことになるかもしれないという希望を抱くことが出来た。

 自らの手で自分の人生を輝かせることが出来るかもしれない。

 そのためにもまずは目の前のことだ。

 

「では承諾いただけたようですので詳細を説明します」

 

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