初星学園アイドル科 賀陽継   作:pocket_ぽけ

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メッキの被り方

 窓から少し湿り気を帯びた暖かな風が部屋へと吹き込んでくる。

 来た頃は陰気な印象を抱いていたこの部屋も、賀陽さんが通い始めて随分と明るく感じるようになった。

 それは彼女が部屋の換気など気を回してくれているだけでなく、彼女自身の太陽のような人柄あってのものだろう。

 そんな彼女は今も既に席につき、ニコニコとこちらを見つめながら俺が話し始めるのを待っていた。

 物思いに耽ってこれ以上待たせていてはいけないと思い、口を開いた。

 

「定期公演お疲れさまです。素敵なステージでした」

「うん。あの子たちも楽しんでくれたみたいでよかったよ。きみのおかげだね」

「どうですかね。今回に関しては後輩の方々との縁ができた時点で成功の軌道に乗っていたように思えるので、誇るほどの功績とは言い難いですね。継さん自身の積み重ねが実っただけでしょう」

 

 ライブは十分な盛り上がりで終えられ、今日はその翌日。

 初ライブの後でも過ごし方に変化が訪れるようなことはない。

 名義を変えたこともあり、世間一般では賀陽さんーーーーもとい継さんは無名の新人アイドルでしかなく、引き続き地道な活動を続けていく必要がある。

 しかしながらその地道な活動をしていく上での最初にして大きな課題は無事乗り越えることができたのだ。

 これは大きな一歩だと言って良いだろう。

 だというのに功労者の継さんは労いの言葉に対して怪訝な表情をこちらに向けていた。

 彼女が言いたいこともわかる。それは先日の活躍についての話ではなく。

 

「……その呼び方、ほんとに続けるの?」

 

 膝の上で結んだ指をくるくると弄びながら継さんはそう言った。

 僅かに不服そうな色を匂わせた声音だが、きちんと理由あってのことだ。

 

「継さん自身がアイドルとして活動する際に間違えずに名乗れるように日頃から慣らしていこうかと」

「うーん……まぁきみならいいかな……」

「そういえば先日伍藤さんから呼ばれた時も似たような反応していましたね。その呼び方に何かあるんですか?」

 

 釈然とはしない様子ながら了承を貰ったついでに、名前の話題において二度目となる気になる言い回しだったので詳しく聞いてみることにする。

 すると困ったような表情を浮かべながらも継さんはその背景を説明してくれた。

 

「えっと……きみは"先輩"のことは知ってるんだよね」

「伍藤さんが3月までプロデュースしていたアイドルの方ですか? あくまで資料の上でですが知っていますよ」

「ふふ。流石だね。私もお世話になってたんだ。とっても」

 

 いつかの日々を思い出すようにしみじみとそう呟く継さん。

 それはレッスンと学業ばかりだった彼女の学園生活の中でも印象深い思い出なのだろう。

 しかしその柔らかな表情は少しずつ苦いものへと変わっていく。

 

「ただその、なんていうか、ちょっと……ちょっと? 変わった人だったんだけどね」

「それは随分と……いえ。続けてください」

 

 言い淀むものの、継さんの歯切れの悪さからなんとなくパンチの強い人だったことは想像できた。

 続きを促すと気を取り直してと話を続けてくれる。

 

「私を"けい"って呼び始めたのはその先輩なの。……後から事情を聞いたら伍藤さんが間違えて教えたって知ったんだけど……ただ! 私にとってはその呼び方は先輩がくれたもので」

「それは……知らずに話を進めてしまってすみません」

「ううん。私も受け入れたから。元々は私の意思というより、先輩が『私だけのあだ名だね!』みたいなことを嬉しそうに言ってくれたことが記憶に残ってて、私が勝手に申し訳ないな~って思ってただけなの。それに、ファンの方々に親しみを持って呼んでもらえるのは嬉しいから」

 

 継さんはそこで顔を上げ、少し気恥ずかしそうに笑った。

 自分がどう在るかよりも他人がどう感じるかを判断軸に置く彼女らしい考えだ。

 表現者向きではない性質ではあるが、そういった考えのアイドルならいたっていい。むしろアイドルを志す人間がそれぞれ持つ動機を考えれば稀少価値でもある。

 ともあれ継さん自身がそう言ってくれるのであれば、このまま突き進んでも問題ないだろう。

 

「それでは改めて、今後は継さんと呼ばせてください」

「うん、いいよ。きみにそう呼ばれるのはちょっと気恥ずかしいけど。私もそろそろ先輩離れしないとね」

「継さんがそこまで信頼する方となると、その先輩にも興味が湧きますね」

 

 彼女が一緒にいることを選ぶことが出来るアイドルだ。性格として考えられるのは強烈な自己を持っているか、他人に無関心であるなどだろうか。

 それとも伍藤さんと話すときの態度もだが、やはり継さんは年上相手の方が自然体でいられるという話なのか。

 少なくとも以前見た合同レッスン動画に映る継さんは、契約前の個人レッスンや先日のライブと比べ数割増しに実力を発揮していた。かの先輩はそれを可能にする何かを持っていたことに違いはない。

 

「先輩のこともプロデュースしたい?」

 

 興味は絶えないと考えていると、何を思ったのか継さんが楽しそうな笑みを浮かべながらそう聞いてきた。

 思ってもみなかった問いに対して一考の後、俺は首を振りそれを否定する。

 

「ふむ。継さんのプロデュースをするうえで有効ならば……という考えが一番に浮かんだので止めておきましょう。流石に不誠実が過ぎます」

「う、うん……それは、ダメだよね」

 

 思っていた回答と違ったのか、こちらの言葉に対しそれを思いつく時点で不誠実だと呆れたのか。

 継さんは歯切れ悪くそう呟くと気まずそうに手元に目を伏せた。

 こちらも妙な空気と共に広がった沈黙を誤魔化すように話を変える。

 

「そ、それでですね。話は変わりますがそろそろ選抜試験の日程も近づいてきています」

「……どうかな。きみから見て、私は合格できそう?」

「そうですね……先日のライブを経て、継さんの能力もいくらかは発揮できるようにはなりました。ーーーーですが、この先を戦っていくには不十分に感じているのが本音です」

 

 先ほどから転じて真剣なこちらの様子に、継さんも居住まいを正して傾聴の姿勢を取る。

 今現在の立ち位置。課題と方策。その共有を行う。

 

「前にもお話しした通り、継さんの技術部分は学内トップクラスです。それを遺憾無く発揮すれば選抜試験の突破は今のあなたなら可能でしょう」

「うん。ありがとう。きみがそう言ってくれると自信がつくよ」

「ですが、俺達の目標はその先。H.I.F本戦での勝利。つまりは"一番星"です。いくら技術の比重が大きいと言っても、アイドルとしての魅力。自らの輝きを見せつけ、人を惹きつける力が大きく劣っていれば勝つことはできない」

 

 過去のH.I.Fを見ても歌やダンスの技能が他より劣っていても優勝しているアイドルは珍しくない。

 学園がどうやって最終的な優劣を決めているのかは正直疑問だが、アイドルとしての求心力を高めるのは急務であることは確かだ。

 逆に言えば課題はそこだけだ。能力は既に足りているのだから、手を打つべきは彼女の心理的部分。そして"魅せ方"。

 

「あなたが他者に負けない魅力を持っていることは確かですが……」

「きみはそう言ってくれるけど……」

 

 継さんに見た"輝き"を疑ってはいない。少なくとも俺は。

 しかしこちらの発言を真っ向から否定はしないものの、受け入れもできないというのが正直な継さんの反応だ。

 結果に結びついていない故に他人や継さん本人に俺の確信を信じさせることができていない。

 それに本番で彼女の悪癖ーーーー他アイドルを優先する振る舞いが表出しない保証もないのだ。

 だからこそ今俺たちが必要とするのは何をおいても結果だ。

 ファンの増加。選抜試験の勝利。

 数字ではっきり見える形でこれらを達成し、2人揃って前を向きH.I.Fへと挑む。

 そのためのプロデュース方針は既に動き出している。

 

「継さん。多くの人々からの支持を得て、ファンを急速に増やすアイドル。その条件をご存知ですか?」

「え? なんだろう……愛嬌がある、とか?」

 

 全く見当がついていない雰囲気で、継さん本人としても当たる期待はなく思いついたことを口にしたといった様子だった。

 そんな担当アイドルにニヤリと笑みを浮かべて結果を伝える。

 

「正解です」

「えぇっ!? ほんとに?」

「はい。正確には愛嬌に限った話ではありませんが」

「ん〜……どういうこと?」

 

 意図せず正解してしまったことで、こちらの期待通りに驚きを見せてくれた継さんに向け詳細を説明する。

 

「重要なのは"わかりやすさ"です」

「それは、感情表現とか性格が素直ってことじゃないよね?」

「その通りです。ここで言うわかりやすさというのはファンから見てどういうアイドルなのか。自分自身をどこにおいて応援すればいいアイドルなのか。みたいなことです」

「あ、なんとなくわかる気がするよ。……天竜さんとか、最近すごい人気だよね」

「……そうなんですね」

 

 突然意外な名前が出てきてつい必要以上に無関係を装ってしまう。

 よくよく考えれば、わかりやすいアイドルかつ継さんとの関係もある人ということで頭に浮かびやすいのは明らかだったのだが。

 そんな不自然さを気取ってか、継さんは咎めるような表情をこちらに見せる。

 流石に俺が彼女と面識があることは知らないだろう。適当にサンプルとして使わせてもらうことにしよう。

 

「なんで知らないふりするの。私知ってるんだからね。きみが天竜さんと会ってたの」

「え゛」

 

 なぜ知っているのか。

 それは置いておいてもこれ以上不信感を抱かれたくはないのと同時に、継さんの過去についての情報提供元をバラす訳にはいかないため言い訳に脳内を高速回転させていると、小さいため息と共に助け舟が出された。

 

「今朝、天竜さん本人が来てくれたの。勝手に話してしまってごめんなさいって。律儀な人だから……」

「そ、そうでしたか。俺からも改めて謝罪を」

「それはもういいよ。私のためにしてくれたのはわかってるから。でも、やっぱり直接聞いて欲しかったな」

「それは……外側から見た客観的な出来事として知りたいこともありますから」

「そっか。なら、仕方ないよね。でも、次からは一度私に話して欲しいかな。

 

 少し寂しげな様子でそう締めてこの話は終わりとなった。

 そして改めて元の話に戻る。

 

「話を戻します。せっかくなので天竜さんを例にさせてもらいますと、彼女が強いのは"一目でどう応援すれば良いのかわかるから"です」

 

 天竜さんという強烈な個性を持つアイドルを例に"わかりやすさ"によるメリット、そしてデメリットを説明していく。

 口コミの広がりやすさ、興味の引きやすさ。

 逆に話題性頼りのため、一過性の人気となりやすいことなど。

 

「こういった魅力を持つアイドルだと流布されファンたちが解釈することで、各々が勝手にあなたの中にその魅力を見出そうとする。これをストレートに狙いに行っているのが○○系アイドルのようなキャラ付けを行っている方々です」

 

 妹系、姉系、猫系のようなくっきりとしたキャラ付けから、クール系、おっとり系、王道などの属性分けまで。程度の差はあれど多くのアイドルが自身に定義づけている。

 確かな魅力を持ち合わせていても、今の継さんはファンの方々から見てどんな魅力を持つアイドルなのか像を結んでいないように伺える。

 だからこそ今それが必要だと判断した。

 

「賀陽さんにはそういったわかりやすいアイドル像を纏ってもらい、一気に知名度アップを狙っていきます」

「……私は、どんなアイドルになればいいの?」

 

 こちらの提案に対して、継さんの反応は芳しくはなかった。

 迷子の子供のように拠り所のない不安を見せていた。

 その理由はもう知っている。

 かつてのスランプ。その根本原因ではないにしろ、彼女の中に理想とするものがないことを彼女自身が語っていた。

 これは本来なら長い時間をかけてアイドル自身で見つけていくことがあるべき姿であるとは思っている。しかし、現実にそれだけの時間があるかはわからない。

 彼女は既に2年生であり、卒業まで残された時間は2年弱だ。3年になる頃には進路を考えていく必要があることを考慮すると、この1年の間に結果を残さなければアイドルを目指し続けることは現実的ではないだろう。

 彼女とこの先も歩き続ける為には今はツギハギでも前進し続けることを選ぶしかなかった。

 

「俺と継さんで作るんです。賀陽継というアイドルを」

「……プロデューサーくんが決めてくれるの?」

「あなたに相応しい姿を提案します。そして継さんに意に沿うかを判断してもらう。まずはこの形でやっていきましょう」

 

 こちら主体で進めていくつもりであることを伝えると、安堵したように緊張の糸を解いたようだった。

 こちらの提案ではあるが、もしかしたら咎めるべきだったのかもしれない。アイドルはその有り様を、生き様を魅せるものだと。その舵取りを簡単に他人に任せるなと。

 しかしそうはしなかった。

 上り調子に進む展開、その勢いを削ぎたくなかったのか。それともただ好調の熱に浮かされていたのかはわからないが。

 

「わかった。お願いします」

「はい。とはいえ実際にはキャラ性を少しクッキリさせるように言動を多少コントロールはしていただきますが、既にファンにお見せしている姿から大きく方向転換するようなことはありません」

「よかった。急に性格が変わったような振る舞いをしたらみんなをビックリさせちゃわないか不安だったから」

 

 渡されたハンドルを素直に受け取りつつ、プレッシャーを軽減する為、全くの別人を演じてもらうようなつもりはないと説明すると、継さんは安心した様子を見せてそう言った。

 

「そうですね。これは応急処置的な対応と思っていただければ」

「どういうこと?」

「少し気の長い話かつ俺の希望を大いに含んだ未来図ですが……」

「?」

 

 本人に面と向かって話すには気恥ずかしさがある話だ。

 だが聞かれた以上は話さない理由もなく。

 

「H.I.Fまで、あるいは終えた先、更に卒業した先になるかもしれませんが」

「……うん」

 

 そう遠くはない未来の話だと伝える。

 それでも在学中ならともかく、卒業後までアイドルをやっているのか、賀陽さん自身想像もついていないのだろう。

 帰ってきたのは曖昧な頷きだった。

 

「いつかあなた自身が本当になりたいアイドルを見つけた時に、それまでに作り上げた"賀陽継"がそれを叶える妨げにならないようにしたいんです」

 

 たとえ虚像を見せるのだとしても、あくまでも賀陽継羽という等身大の少女から結ばれたものにしておきたかったのだ。

 望む未来のため今はメッキを被せることになったとしても、中身の形を歪めることはしない。

 俺が望んだ輝きはその中にしか見えないのだから。壊すような真似をしてしまっては本末転倒というものだ。

 

「私は……」

「い、いえ。急かすようなつもりはありません。この先どうなるのかもわかりませんから」

 

 伝えた願いに対し、躊躇いながら何かを言おうとする継さん。

 どこか消えてしまいそうな様子の彼女に今それを言わせてしまうべきではないような気がして、思わず早口でうやむやにしてしまう。

 あまり見せたことのない反応に継さんは驚いた表情を浮かべてこちらを見つめ、小さく微笑みながら目を伏せた。

 きっと互いになんとなく抱く思いを察していたのだろう。

 そして互いにこれ以上踏み込むことなく、元の打ち合わせに戻り、ひとまずの結論を伝えたところでその日はお開きとなった。

 

 

 

 

 そうして本格化したアイドル活動は無事に実を結び、順調なファンの増加、いくつかのライブや仕事の成功ののちに迎えた選抜試験。

 拍子抜けするほどに呆気なく勝利した継さんは、なんだかんだでハラハラしていたこちらを見て照れ臭さを隠すように悪戯気に笑っていた。

 その表情はここまでに作り上げた"賀陽継"らしい表情で。

 脳裏を掠めた小さな違和感は勝利の熱に覆い隠された。

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