初星学園アイドル科 賀陽継   作:pocket_ぽけ

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「よくきたのう。伍藤のところの少年」

「お忙しいところ貴重なお時間をいただきありがとうございます」

「そう肩肘を張らずともよい。伍藤相手と同じようにしてくれて構わんぞ」

「そういうわけには……。それに今日はお願いに来た立場ですので」

「うむ。話は聞いておる」

 

 学園長室。

 今俺はその奥に立ち、書斎机に座るこの部屋の――――学園の主と向かい合っていた。

 

 来賓応対用の明らかに高級なソファー。

 学園の記録が記されているであろう古ぼけた装丁の本の数々。

 贅を尽くすようなことはなく、必要なだけの予算がかけられていることがわかる部屋。

 

 普通の生徒ならば好き好んで寄りつこうとはしない威厳ある場所。

 そんな場所に生徒ですらない自分が訪れる用事があった。

 正確に言えば、生徒でないが故にだ。

 好々爺じみた振る舞いをしながらも滲み出る十王邦夫という男の格に気圧されそうになりながら、弱気を表に出さぬよう一層気を引き締めて対話を始める。

 

「では改めておぬしの口から聞かせてもらおう」

「はい。学園長にはプロデューサー科の"課外活動支援制度"を利用する許可をいただけないでしょうか」

 

 深々と頭を下げる。

 少なくともまずは誠意を見せなければ始まらない話だ。

 『課外活動支援制度』

 その名の通り、プロデューサー科の学生が契約したアイドル科の生徒と共に学外で活動する上での予算を提供する制度だ。

 つまり本来は初星学園の学生、学費を払いその権利を得ている者に与えられる支援を受けさせろと言っているのだ。ただでさえ特例で居座らせてもらっている身で望むにはあまりに図々しい願い。

 

 だとしても、ここから先のステップへと継さんを進めるために必要なことだった。

 学外で広く活動していくにはどうしても元手となる資金が必要だ。

 100プロ所属の伍藤には頼ることのできない内容であり、ただの高校生である自身にも当然そのような資金はないのだから。

 

「おぬしならそれが身勝手な申し出であることは承知しておるな?」

「はい」

「その上でこうして便宜を図ることを乞うと」

「はい。どうかお願いいたします」

 

 頭上から落とされる声は平坦なものだった。

 あるいはそう見せているのか。

 わからないが腹芸が通用するような相手ではないことは確かなのだ。

 用意してきた手札を愚直に切っていくしかない。

 沈黙に背中に汗が浮かぶ。

 少しの間考えるような雰囲気を見せた後、頭上から声がかかった。

 

「まず申し出は理解した。顔を上げるとよい。そのままでは話が出来ぬからな。おぬしの立場や学園の都合。そのあたりの話は割愛するぞ」

「……ありがとうございます」

 

 どうやら最初の段階は乗り越え、話は聞いてもらえるようだった。

 しかし安堵の色は見せないよう努める。

 油断や隙を見せられる相手ではないのもある。

 しかしそれ以上に、自分に力があることを示さなければならない。

 

「事前に送られてきた資料。支援の目的とする企画は確認した。良く出来ておった。支援を受ける条件を満たした学生がこれを提出してきたのなら、学園は許可を出していたじゃろうな。伍藤の協力で作ったのかのう?」

「光栄です。信じていただけるかはわかりませんが、H.I.F後に一人で作成しました」

「伍藤から聞く話は正直眉唾だと思っておったが、実際に結果を残しておるのだから驚きじゃの。伍藤が出張で1週間ほどいない今を狙ってやってきたのもわざとか?」

「少しは説得力に足しになるかと」

「賢しいのぅ」

 

 問答の感触は良い。

 しかしそれはあくまで資料の出来に限った話だ。

 学園長の論調は、それを考慮しても支援は難しいと述べているのに等しい。

 

「支援を受ける条件は知っておるな?」

「はい。一つ目は初星学園アイドル科の生徒と契約しているプロデューサー科の生徒であること。二つ目がプロデューサーとアイドル共に事務所所属ではないこと。そして最後がプロデューサーの学科順位が5位以内である。または担当アイドルが学内で何らかの実績を残していること」

 

 決して少額ではない支援。対象は厳しく選定する必要があるのは当然だ。

 純粋な初星学園所属の生徒。その中でも将来性が見込める生徒にのみこの支援は行われる。

 継さんがH.I.F本戦への出場という実績を得たことで、この交渉に踏み切れたというのが背景だ。

 

 またこれはプロデューサー科内での競争意識の向上を図り、更なる研鑽を推進する目的もあるという。

 それ故に。

 

「その通り。そしてこの制度による支援を受けた生徒の名前、実施したプロデュースは学内に公開される」

「承知しております。……それによるリスクも」

 

 椅子の数が限られているこの支援を受ける。それも正式な生徒ですらない人間が。

 当然他の学生にとっては面白い話ではない。非難の声が挙がることは必定だろう。

 

「間違いなく不満を訴えるものが出てくるじゃろうな。無理のないことじゃが……その意見はおぬしに限らず、賀陽くんの耳にも入ってしまうことは避けられないじゃろう」

 

 学園長の語る通りだ。

 俺が避難の矢面に立つことは願ってもいないことだ。

 しかし矛先は必ずしも俺だけに向くとは限らない。

 向けられる言葉から、毅然としてアイドルを守り抜くだけの力。

 そしてその非難を知ったアイドルの心を守ること。

 それが出来なければこの取り組みは継さんの足を引っ張る結果になりかねない。

 

「おぬしがこの学園で活動することを許可した時に言ったことは覚えておるな」

「心に刻んでおります」

 

 "プロデューサーとして、添い遂げると決めたアイドルの未来を護る"。その覚悟があるのかを問われた。

 その時の自分には実感はなかった。

 ただ自分ならば果たせるという自信に基づいて返答をしたことを覚えている。

 あれから半年。継さんと歩んだ鮮烈な日々はその覚悟を定めるのに十二分な理由になった。

 彼女との足跡を思い浮かべ答える。

 

「この申し出を今持ち込んだのは、それができるだけの実績を賀陽が打ち立てただけではなく、H.I.Fでの出来事を経て賀陽自身が上を目指す覚悟を決めたと、"優先順位"をはっきりさせたと感じたからこそです」

「今の彼女ならば跳ね除けられると?」

「それで足を止めてしまうことはないでしょう。他人に気を遣う人間なので、私に非難が集まることで心を痛めさせてはしまうと思いますが」

「なるほどのう」

 

 学園長は顎をいじりながらこちらを見定めるように見ている。

 決して逸さぬよう正面から視線をぶつけ返す。

 沈黙に満ちた部屋に時計の音だけが鳴り響く。

 しばしの膠着の末に。

 

「おぬしの意見は理解した。つまるところ、支援制度の認可とそのための大義名分の流布をしてほしいと」

「……その通りです。過ぎた要求だとはーーーー」

「よい。過度な願いとも思わぬ。それがアイドルに必要なのだろう?」

「……はい」

 

 こちらの言葉を制止してそう言う。

 アイドルを第一とする精神。

 この箱庭の主人にとって、それこそが最も重要なのだろう。

 その上でこちらの選択も尊重しようとする懐の広さ。

 おそらくこの学園の生徒を目に見えない部分でずっと守り続けてきた男なのだ。

 

「いいじゃろう。おぬしの願い。その両方を呑んでも構わんぞ。ただしおぬしにも示してもらうぞ」

「私自身のプロデューサーとしての能力を、ですよね」

「話が早いの。H.I.F本戦出場はおぬしら二人の確かな実績だが、それだけでは賀陽くんの才能に乗っかっただけという意見もあるじゃろう」

 

 学園長は数枚の紙束を取り出し、こちらへと差し出した。

 受け取り、視線を落とす。

 

「筆記試験ですか」

「プロデューサー科一年の上期期末試験。レポートを最終課題としたものを除いたものじゃ。今この場でこれを受けてもらう。抜き打ちテストってやつじゃの」

 

 先ほどまでの厳粛な空気を解き、学園長は愉快そうに笑いこちらの様子を見る。

 どう乗り越えるのか、とこちらの対応がどう来るのかを面白がっているようだった。

 それに対し、こちらも笑みを返す。

 これは願ってもない展開だ。

 

「わかりました。お受けいたします」

「ほう。自信ありげじゃの。初星学園の試験はそう易くはないぞ?」

「存じております。ですので備えをしてきました」

「付け焼刃でどうにかできると?」

 

 試すように問う学園長。

 おそらくこれがこの男が課す最後の試練なのだろう。

 ――――であれば、勝ち取った。

 座るよう促された椅子に腰かけ、試験用紙に向かう。

 

「ふー…………」

「…………?」

 

 ざっと問題に目を通し、深く息をつく。

 手に取った鉛筆を澱みなく走らせる。

 もはやこれは学園長の望む実力試しの場ではないだろう。

 なぜならこの試験問題は"既知"のものなのだから。

 

☆ ☆ ☆

 

「というわけで、今後は学外での活動を増やしていこうと思います」

「うん……? どういうわけなの?」

「ネックだった活動資金を得られたという話です」

 

 H.I.Fが終わってから初回となるきちんとしたミーティング。

 事務室の定位置で向かい合い、熱気が優しくなりつつある風を浴びながら継さんにこれからの方針を伝えた。

 端折りすぎて釈然としない様子の継さんに少し詳しい経緯を伝えると、驚きを見せつつ怪訝そうな表情でこちらを見ていた。

 

「いくらプロデューサーくんが優秀だからって、プロデューサー科の試験で満点って本当に?」

「本当ですよ。まぁ素の実力なら不可能ですが」

「え? じゃあどうやって?」

 

 あっけらかんと答えると、継さんは余計に不思議そうに聞き返してくる。

 それに対し、詳しく説明するよりもモノを見せた方が早いかと思い、ファイルから数枚の紙束を取り出して見せる。

 

「これは……えっと、きみが受けた試験?」

「それと全く同じものですね。俺の記入した試験用紙はそのまま回収されたので」

「……じゃあこれは?」

「別の試験用紙ですね。先月入手したものです」

「え、ええっ!? だ、ダメだよプロデューサーくん!?」

「なにか勘違いしていそうですね」

 

 紙束の正体を伝えると、ひどく狼狽えた継さんがガタリと椅子を揺らし、机に身を乗り出すほど前のめりにこちらへとそう訴えた。

 心配の色を滲ませながら叱るように話そうとする継さんを制止し、椅子へと押し戻す。

 

「別に盗んだとかではありません。口の固そうなプロデューサー科の学生に頼んでコピーを貰っただけですよ」

「でも……」

「過去問のやりとりなんて学生ならよくあることですよ。それに学園長が偶然この試験を出題してきただけで、俺自身試験を受ける予定などなかったのですから。何も非難される謂れはありませんね」

「……ちなみに、どうしてその試験問題を貰ってきたの?」

「こういう展開を予想していたからですけれど」

「う、うーん……? それって……う、う〜……」

 

 継さんは納得できるような、できないようなといった様子でうんうん唸っている。

 余計な話をしてしまったかと後悔する部分もあるが、ひとまずさっさと納得してもらいたい。

 頂いてきた免罪符を継さんへと示すことにしよう。

 

「大丈夫ですよ。答案を見た学園長も初めは目を丸くしていましたが」

「それはそうだよ……」

「ですが最後にはこう言ってくださいました。『プロデューサーたるものアイドルのために使える手は全て使うべき』と」

「……そうだよね。私のためにやってくれたんだもんね」

「あー……っと。まぁ、そうですね」

 

 そのように受け取って欲しかったわけではないのだが。

 なんだか恩着せがましい伝え方になってしまい、継さんは思っていたのとは違う形で納得していた。

 しかしとりあえずはこれでいいだろう。

 

「話を戻します。学外活動についてです。理由についてはいくつかありますが、主な理由は極々普通のものです」

 

 継さんの纏う空気が多少張り詰めたものになってしまってはいるものの、ミーティングを進められる空気には戻り改めて説明を始める。

 

「夏に学内に向けて行った知名度向上を、学外に向けても同様に行います」

「うん。分かったよ」

「二つ返事ですね。最近の継さんはあまり迷うことがなくなったように見えます」

「そうかな? 自分だとあんまりわからないけれど……もしそうなら燐羽ちゃんにエネルギーを貰ったからだよ」

 

 継さんは微笑みながらそう語る。

 ここ最近の彼女は以前よりも活力に満ちているように見える。 

 それもそのはずだった。

 

 これまで共に夏のH.I.Fで勝利し、一番星となることを目標に走ってきた。

 しかしあくまで彼女の願いはアイドルとなり妹の期待に応えること。

 H.I.Fに出場し、妹さんを招待した時点でその目的のほとんどは達成されており、継さんの中に一番星を目指す動機は無かったことだろう。

 それをある意味でなあなあにしたまま活動を続けてきた。

 

 だが状況が変わった。

 妹さんの必死な言葉を受け、継さんは自ら一番星になると宣言した。

 明確な目標を得たのだ。

 その願いは走るための燃料になる。

 

「良い傾向です。俺も、負けていられませんね」

「きみはいつも頑張ってくれてるよ。私なんかよりずっと」

 

 この先勢いを増す彼女に置いて行かれないようにという決意を込めて言うと、継さんはこちらを真っすぐにみてそう伝えてくる。

 こういうところは相変わらずだ。これ見よがしにため息をついて苦言を呈する。

 

「自らを低く見るような発言は禁止ですよ。あなたの努力に勝る人間などそうはいません。継さんは日頃からもう少しご自分を認めてください」

「いつものきみみたいに?」

 

 こちらの皮肉にも随分と慣れたようで、たいして意に介さずに楽しそうにそう聞き返される。

 

「……参考にするなら天竜さんあたりにしておいてください」

「……また天竜さんの話する」

 

 自分の日頃の振る舞いをよく見られているということがくすぐったく、微妙な返答をしてしまうと、何かが気に入らなかったようで継さんは拗ねたような表情で呟いた。

 

「天竜さんのこと苦手なんですか?」

「そうじゃなくて…………うーん……でも……」

 

 以前にも天竜さんの話に対して似たような反応を示していたことがあったと思い興味本位で聞いてみると、継さんはあっさりと否定しつつ、しかし続く言葉を濁した。

 ただそれは隠そうというよりは、その逆だったようで。

 どのように伝えようかと思案していたらしい。

 

「あ、あのね。最近わかったみたいなんだけど……」

「はあ」

 

 一人であれこれ呟いたと思ったら、おずおずと顔を上げてもったいぶるように切り出してきた。

 頬を赤くして、言いにくそうに視線を泳がしていたが、ようやく観念したように話し始めた。

 

「私って、その、かなり……独占欲があるみたいで……。それで……きみが天竜さんに夢中なことが……」

「確かにアイドルとしての彼女に心を動かされたことは確かですが……でもあまりピンとは来ませんね。そう思った理由を聞いても?」

 

 カミングアウトされた継さんの自己評価は、あまり彼女とは結び付かない欲求のように思えて説明を求める。

 

「H.I.Fのあと、天竜さんと話したときのこと覚えてる?」

「継さんが啖呵を切った話ですね」

「え!? えぇ……でも、そういうことだったかも……」

「それでそのときに?」

 

 印象的だった出来事で返答すると、慣れない言葉に驚いた継さんがまた思案モードに入りそうだったため、引き戻して続きを促す。

 継さんはコホンと咳ばらいをして仕切り直した。

 

「そ、そのときね。天竜さんが私のファンや燐羽ちゃんのことは自分が満足させてあげるって」

「そんなことを言っていましたね」

「それがとっても嫌だったんだ。みんなや燐羽ちゃんのためを思うなら……私でなくたっていいはずなのに」

「…………なるほど」

「それで気づいたの。私って……独占欲の強い女なのかなって」

 

 理由と共に話す継さんは随分と後ろめたそうだった。

 妹のためにと言いながら、実際には自らのエゴを孕んだ動機だったと自覚した。

 いつもの彼女ならわざわざ自分のことを雑談の話題にはしなさそうだと違和感を抱いていたが、切り出し方に反して思いのほか切実な悩みということか。

 そしてアイドルとしての在り方に関わると感じたからこそ、こうして相談してくれたのだろう。

 

「これは必ずしも悪いことじゃないとは思っているんだけど……」

「わかっているじゃないですか」

「素敵なアイドルはみんなそういう強い思いを抱いてるって知ってたから。それに……きみがずっと私自身の願いを問いかけ続けてくれてた」

 

 机の上に置かれた日記をチラリと一瞥しながら継さんそう言う。

 半ば惰性になりつつあった交換日記が少しでも役に立っていたのなら報われる思いだ。

 そしてそれがわかっているのならば既に解決はそう遠くない場所にある。

 必要なのは継さん自身が変化した自認を好意的に受け入れられるようにすること。

 ならば教えよう。これは他でもない彼女から学んだことなのだから。

 

「今回、結構な無茶と博打を打って学外での活動に漕ぎつけたわけです」

「えっと? 話が戻った?」

「いえ。続いていますよ。それでです。これは継さんの一番星になるという目的のために計らったことですが」

「う、うん。いつもお世話になっています。ありがたいし、嬉しいけれど、やっぱりきみからは貰ってばかりだね」

 

 言葉の通り、いくらかの喜びの様子を見せながらも少し申し訳なさそうに継さんは言う。

 いつもならばさっさと否定してその後ろめたさを拭おうとするところだが、これからの話には都合が良いためそのまま話を続ける。

 

「これはあなたのための活動です。ですが、同時に俺自身の目的のための活動でもあります」

「プロデューサーだもんね。優秀なアイドルを育てたいものだよね」

「まぁそんなところです」

 

 こちらの意に反した行動でないことを示せば幾分か軽く受け止めるようにしてくれる。

 ここまではこれまでにもあったやりとりだ。

 継さんもそういうものだと納得するようにしてくれている。

 だが今日はここからもう一歩、自らの心を打ち明ける。

 

「ただそれだけでもありません。あなたをプロデュースするうえで、他にも有効な手段はあります。ですがそれを選ばず、学外というより広い場所に向けての活動を俺は選びました」

「うん……?」

 

 こちらが何を話そうとしているのか今ひとつ察せず、首を傾げている継さんに向けてはっきりと伝える。

 

「俺が、もっとあなたをたくさんの人に知ってもらいたかったから。あなたをもっとたくさんの人に好きになってもらいたかったからですよ」

「わ…………」

 

 嘘偽りのない言葉だと伝えるため、思いのままに飾ることなくその願いを口にする。

 最近は多少こうした好意的な感情を伝える機会が増えつつあるものの、素直に言葉にされることを珍しく感じているのだろう。

 驚いた表情でこちらを見ていた。

 

「俺がそうしたくて、あなたの為になることをしようと頑張っているんです」

「……うん。なんだか嬉しいな。あたたかくて」

「あなたの抱いた願いも同じですよ」

「ふふ……そっか。ほんとだね」

 

 誰かが自分のために何かをしてくれることはそれだけでも嬉しいことだ。

 しかしその思いやりはその人にとって無理をしていないか。本当は面倒だったりしないかと不安になることはままある。

 そんな時に、その思いやりが贈り主にとっても望んでいることだと、そうすることが願いなのだと知ることができたのならば。

 それはとても嬉しいことなのだ。

 

 俺は継さんから学んだ。

 俺や伍藤さんのために、事務室の掃除をしたり、花を持ってきてくれたり。新鮮な空気を部屋に取り込んでくれたり。

 そのときの彼女の横顔が楽しげなものだと気づいたとき、胸に広がった暖かな感情を。

 直接それを教えてやるつもりはないが。

 

「継さんの見つけた新しい願いは、これまで大事にしてきたものに決して劣らない。胸を張って抱いていくべきものです」

「うんっ。……ありがとう。プロデューサーくん」

 

 花が咲くような笑顔を見せてくれる。

 喜ぶ彼女を見ているとこちらも嬉しくなる。

 迷わずに願いへと走る彼女の隣に居られると誇らしくなる。

 

 ーーーーだからこそだ。

 彼女に相応しい自分でありたい。

 役目を果たさなくては。

 夏のH.I.Fには果たせなかった役目を。

 

「さて、ではミーティングを再開しましょうか」

「よろしくお願いしますっ……私、頑張るよ!」

 

 まずはそのための第一歩だ。

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