学外での活動を始めてからはや2ヶ月が経過した。
「こうして……完成! 特製オムライスです!」
料理番組に出演したり。
「リスナーのみなさんこんにちは〜〜。わぁっ! すごいコメント流れてる!」
継さんを応援している動画配信者とコラボし、またそれをきっかけに個人でも配信を始めてみたり。
「――――っ……はっ……!!」
ダンスバトルの番組に出たりもした。
これは思いの外反響が大きく、普段の柔らかな印象とのギャップもあってか、その凛々しい姿は特に女性ファンの心を掴んだらしい。
H.I.Fの話題は最終的に天竜さんに軒並み持っていかれたものの本戦出場の実績はそれなりに大きく、100プロともよく仕事をしている関係者への繋ぎを円滑にするファストパスとして存分に有効活用させてもらうことで、短い期間でかなりの露出の機会を得られた。
継さん自身の調子も相当上向きで、タイプの違う仕事それぞれでも八面六臂の活躍を見せてくれている。
春から夏にかけてじっくりと歩いてきた成果がここにきて花開いたのだ。
そして描いた未来図通りに事も運べている。
振り返っていると思わず口元が緩む。
「うわ……コイツ、嫌な笑顔浮かべてんな……」
「ちょっと伍藤さんっ。そんなこと言ったらダメですよ」
「いや、そうは言うがケイよぉ。これは流石に……」
「そ、そんなこと……無いとは言い切れないけど……」
丸聞こえの声でそんな会話をしている。
というか継さんもフォローするなら最後まで頑張ってほしい。
「これだけ順調なんです。少しくらいいい気分になったってよいでしょう」
「ま、実際よくやってるわな。ケイの地力が高いことを抜きにしてもな」
「……素直に褒めるなんて珍しい。明日は雷でも降るんですか?」
髭をいじりながらさらりとそんなことを言う伍藤さんについ驚きの表情を向けてしまう。
伍藤さんはフンと鼻を鳴らした。
「ったく失礼なガキだな。ケイも苦労してんだろ? コイツは意地ばっかり張りやがるもんな」
「あはは……」
同意を求めるが、継さんは気まずそうに笑うだけだった。
その理由に心当たりがあり、ついつい悪戯心が湧き上がる。
「継さんも時折極端に頑固になるので、俺のことを言えないんですよ」
「……もうっ。そういうのは気づいても言わないものなの。他のアイドルを担当する時は気をつけないとダメだよ?」
「それは失礼しました。しかしそういうことならしばらくは必要ありませんね」
「……もう」
そう話すと、継さんは困ったように眉を下げ、諦めたように小さく笑った。
その表情に幾らかの嬉しさを含んでいるように見えたのは俺の期待による虚像だろうか。
「はっ。似たもの同士なわけだ」
鼻で笑いながら呟く伍藤さんの声は不思議と安心したような色を含んでいたような気がした。
「さて。今後の予定ですが継さんのソロライブイベントを開催する予定です」
「うん。ライブ以外から私を知ってくれた人も沢山いるから、アイドルとして素敵なステージを見せたいな」
「流石です。ライブの大きな目的はそれだと考えていましたが、言うまでもありませんでしたね」
気を取り直して、今後の活動方針についてのミーティングを再開する。
ここまでは継さんの認知度を高めるため、広く活動を行ってきた。
仕事は全て継さん自身のものではないコンテンツだったわけだ。
そこで継さんに興味を持った人たちは動画サイトなどから過去のライブ映像を見ることだったり、SNSから継さんを追ってくれているようだが、アイドルの本懐はやはり生でのライブだと考えている。
「H.I.F――――アイドルの競争に勝利するためには、タレントとしてではなくアイドルとしての人気を得る必要があります。だから、このライブで知らしめましょう。賀陽継というアイドルを」
「――――うん。任せて」
こちらの期待に対し、揺らぐことの無い瞳で継さんはそう答えた。
このライブを賀陽継というアイドルの歴史において大きな意味を持つものとする。
頑張りどころだ。
それは継さんにとっても、俺にとっても。
「ライブは二回計画しています」
「わっ……。二回も単独でライブさせてもらえるんだね」
「はい。一回目から二回目までは少し期間を置きますが、忙しないスケジュールになります。冷える季節でもありますので、怪我と病気には十分に注意して行きましょう」
継さんへの関心が高まっているといえど、実際にライブへと足を運ぶ新規ファンは、期待するほど多くはないはずだ。
その推測を踏まえ、1回目のライブで継さんを認知しつつライブに行く程ではないという層へと訴えかける。
「ライブでは撮可のパートを設けます」
「ファンの人に自分のスマホで録画してもいいっていうあれのこと?」
「はい。いつものライブとは勝手が違うかと思いますが、積極的にファンサをして差し上げてください」
アイドル文化としてはそう珍しいものでもなく、継さんも知っていたようだ。
肯定すると、目を閉じて少し考えるような仕草をしたのち、継さんは頷いた。
「いつもとは違って少し緊張するかもだけど……うん。きちんと出来ると思う」
「では今試しにやってみましょうか」
「え、え?」
マイク代わりのペンを手渡し、スマホのカメラを継さんに向ける。
画面越しに映る当人は訳が分からず狼狽えているが、知ったことではない。
カメラを構えたまま片手で手元のパソコンを操作し、とあるファイルをクリックした。
「――――っ。もうっ」
再生された曲を聴いた継さんは目を見開き、どこか怒ったように、それでいて嬉しそうにそう呟き、ペンを握った手を口に近づけた。
瞳を閉じて口元に小さく微笑みを浮かべたその表情に自然と意識を引き寄せられる。
そして息を吸い、ハミングでメロディを追い始めた。
「――――♪」
画角から外れないよう小さくフリーハンドでカメラへのアピールをしながら、様々な表情を画面越しに見せる。
急に振られたにも関わらず、流石の優等生的実力だ。
ファンサ一つ一つの質も申し分なく、蓄えられた彩とりどりのアピールの手数は無尽蔵。
今現在活躍するトップアイドルにも劣らない技術はH.I.Fに敗退したとしても決して曇りを見せたりはしない。
それどころか、瞬間的な魅力はあの日のパフォーマンスを上回る瞬間すらある。
それでも、あの日見た一番星の高みには未だ届かない。
だが届かせるための道筋は描いた。
「…………えっと」
ワンコーラスを終えたところで音楽を止める。
継さんはふっと力を抜くと、これでよかったのかと問うようにこちらの言葉を待っていた。
「素敵なファンサでした。ドキドキしましたよ」
素直な賞賛を送ると。
「ドキドキ!? え、あ、ありがとう…………ど、どうしたの? いつものきみとなんだか違うような……」
「俺も担当アイドルを褒めるくらいしますよ」
「技術を褒めてくれることはあるけど、きみ自身の感じ方を話してくれたことはなかったから……」
露骨に驚いた反応を見せられ、意義を申し立てるとそう言い返される。
そう言われれば一理あるような気もする。
「というかよくメロディを追えましたね」
「よかった。デモのままで歌ったけど合っていたんだ。……これで完成なのかな?」
「はい。大変お待たせしました。おかげさまで自信を持ってあなたの曲だとお渡しできるものになりました」
俺のことはさておいて、継さんが歌詞はないものの今日初めて聴かせた曲を音程通りに歌えたことに驚きを伝える。
先日ほぼ完成となっていたデモ音源だけは渡していたが、完成するまでは覚えるほど聴いてもらうつもりはなかったのだ。
真面目な継さんのことだ。曲が完成したらすぐにモノにできるように聴き込んでいたのだろう。
「これが賀陽継というアイドルの最初の楽曲――――『サンライトリング』です」
「サンライトリング……いい名前だね。ありがとうプロデューサーくん……これが、わたしの歌」
噛み締めるようにその名前を呟く継さんの姿にじんわりと胸に暖かいものが広がる。
彼女の為に用意したこの曲を、きっと彼女は大切に歌ってくれるだろう。
その姿を想像すると心が高鳴る。
「歌詞カードです。目を通して感想をいただけますか?」
「うん……」
どこかふわふわした様子の継さんに歌詞カード差し出すと、彼女はそれを両手で受け取りそっと目を落とす。
それからしばらくの間、彼女の目が歌詞をなぞるのを黙って見ていた。
そうして、ゆっくりと視線を上げた継さんと視線がぶつかった。
「プロデューサーくん……」
覗いた目は揺らいでいる。それは不安の色だ。
やはり彼女は優秀なアイドルだ。
読んだ歌詞の意味を、自分にとってどんな歌なのかを汲み取っている。
「ご理解いただけましたか?」
「――――これはファンみんなに届ける歌じゃないよね」
「はい。少なくとも今は」
この曲は紛れもなく彼女のためのものだ。
賀陽継羽という少女の持つ、暖かくそれでいて強固な誓いを歌う音楽。
であればこの歌の宛先はただ一人なのだ。
「きみは、私がこれを歌ってもいいと、思ってるんだよね」
「もちろん。あなたには、あなたの感じたままの形でこの曲を歌ってもらいたい」
それこそが継さんの輝きを最大限に発揮する方法だと今の俺は考えている。
彼女の鮮烈な生き様は必ず人々の心を震わせると、そう信じている。
しかしアイドルらしからぬその振る舞いには代償も伴う。
ファンを正面に捉えないやり方は歪みの原因になりうるのだ。
それを継さんは理解していた。
「それで、誰かを……悲しませてしまうことはないのかな」
「申し訳ありませんが、絶対に無いとは言えません」
アイドルが特定のファンを特別扱いすることを面白く思わない人はいるだろう。
継さんがそのポテンシャルを最大限発揮しながらこの曲を歌えば、ファンはきっと彼女の想いに明確な届け先があることに気づくことになる。
その時それぞれのファンがどう感じるのかはファンの数だけのパターンがあり、完全に制御などはできない。
しかし、今の俺が用意できる方策の中で最も継さんの魅力を引き出せる方法はこれ以外に無かった。
それでも――――。
「それでも、あなたが万雷の喝采と祝福の中でこの歌を歌えるように、俺がプロデュースします」
「――――そっか」
はっきりと意志を伝えると、継さんは一言そう呟いた。
俺の中での筋書きは既に描けている。
しかし現時点でそれをすべて伝えてしまうべきではないと考えている。
そのため抽象的な意思表明にしかならなかったが、納得をしてもらえただろうか。
俺の判断に、彼女の優しさを曲げさせるだけの説得力があるのか。
不安に心拍が加速する。
しかし決して態度には出さない。出してはならないと、自らに言い聞かせて揺るぎない表情を作り継さんの言葉を待つ。
継さんの手が伸び、こちらの手を取った。
H.I.Fの時よりも暖かい両手に、俺の右手が包まれる。
「大丈夫、信じてるよ。きみはずっと、私の願いを叶えてくれていたから」
そう伝える継さんの瞳は透き通るように綺麗で、その言葉に嘘が無いのだと理解させられる。
だからこそだろう。
安堵とは異なるものが、心に重くのしかかった。
こちらの価値を認める彼女の信頼に応えなければならない。
あまりにも今更だ。
他人の選択を曲げさせること。他人の進む先を決めること。
無責任なままそんなことをして良いはずなんてなかったのだ。
もちろん今更立ち止まるつもりはない。
その重さを背負った上で、最善のプロデュースを打つ。それだけがプロデューサーが担当アイドルへと捧げられる価値だ。
「ええ。叶えさせますよ。もちろん報酬はいただきますが」
「え!? 報酬って……お金とか?」
虚勢を張れ。
簡単に揺らぐような船に乗りたがる人間などいない。
主導権を手放さず、臆病風に吹かれる心を隠し切れ。
「金銭などでは到底満足できませんね」
「っ……プロデューサーくん!?」
あわあわと目を泳がせる継さんの手を強く握り返し、引き寄せる。
目を見開いてこちらを見る彼女に不敵な笑みを返す。
継さんの顔色はみるみる赤くなっていった。
「そ、そのっ。だめだよ! 私、アイドルだし……」
「何を言っているのですか。アイドルでなければ報酬になりませんよ」
継さんの反応を見るにこちらのペースに引き込めている。
そして俺の求める報酬は、アイドルにとって最上級の目標なのだ。慄くのも無理はない。
あっちこっちに視線を逃がして、目を回すのは過剰な反応だとは思うが。
「え、えぇ……きみ、そんなこと考えてプロデュースしてたの……?」
「もちろん。他のプロデューサーも皆同じでしょう」
「絶対違うよ!?」
信じられないものを見るような目で継さんはこちらを見つめる。
別段おかしなことを言ったつもりはなく首をかしげる。何やら認識の齟齬でもあるのか。
「何を言っているのですか。担当アイドルが頂点で輝くことを望まないプロデューサーなどいませんよ」
「え? ん?」
「いえ。ですから、俺の望む報酬は継さんがトップアイドルになることだと」
「…………あ、うんっ!? そうだよね!!」
こちらの言葉に一瞬固まると、継さんは腑に落ちたように大げさに頷き、赤くした頬をパタパタと手で仰ぎだす。
彼女の動揺はどうやら想像していたものとは違ったらしいが、結局何を考えていたのかは見当が付かない。
首を傾げていると、横やりが入った。
「くくっ……お前ら、いつまでも乳繰り合ってていいのかよ」
「……そういえば伍藤さん、いましたね」
「ち、乳繰り合ってなんていませんから!!」
一度も部屋から出て行ってなどいないのに、完全に存在が頭から抜け落ちていた。
継さんも同じだったようで、突然投げられた声に肩を跳ねさせていた。
「って、プロデューサーくん! レッスンの時間!!」
「おっと……いけませんね。急ぎましょう」
「うん!」
二人揃って立ち上がり、早足で部屋を出る。
慌てながらも継さんは顔だけを部屋へと向けて、声を掛けた。
「行ってきます!」
「おう。転ぶなよ~」
緩い見送りの声を背にレッスン室へと歩き出すと、近くを歩く継さんがすぐ隣へと身を寄せてきた。
どこか周りを憚るようにこちらの耳元へと口を近づけて内緒話をするように囁かれる。
「きみにお返しするために、頑張るよ。トップアイドルは……まだわからないけど」
耳にかかる熱を帯びた吐息に驚いて飛び退くと、そんな動きにびっくりしたような表情を浮かべたのちに、揶揄うような笑みをこちらへと向けてきた。
それがむず痒く、彼女を置き去りにするように極めて早足で廊下を歩く。
「待ってよ〜〜!」
「早く行きますよ! 遅刻したくないでしょう!!」