何度目かの風景だ。
普通の観客として見ていた時は、目にするそれぞれのライブに様々な違いはあれど、どれも同じアイドルのライブという区分にあると自分の中で大まかに分類していた。
しかしたった数ヶ月、数度の、それも同じアイドルのライブだというのに。その見え方も、湧き上がる感情も、何もかもが違って見える。
『アイドルのライブは一期一会』
そんな言葉は一時の熱に浮かされたファンが感じた幻想に過ぎないと考え、自分ならば成功するライブに再現性を持たせられると心から思っていた。
結果、俺の抱いていた根拠のない"幻想"は砕かれたというわけだ。
『みんなありがとう!! ずっと応援してくれている人たちも、新しく私を知ってくれた人たちも! これからも、みんなに届くライブをするから!! 着いてきて!!』
ステージ上から客席に向けて笑顔で言葉を届ける。
アイドルらしいありふれた言葉。
ありふれた言葉だというのに、きちんと胸に届く。
アイドルを追いかけ、応援するファンにとって、全霊のステージを果たしたアイドルの放つその言葉は真実なのだ。
それを証明するように、アイドルのーーーー賀陽継のその宣言に対して観客からは熱狂の歓声が返された。
『ーーーー最後の曲です! "Campus mode!!"』
自らの言葉を歓迎する声に、一瞬嬉しそうに表情を緩めた彼女は、気合を入れ直すように力強く最後の題目を告げた。
そうしてライブは終幕へと向かう。
アイドルが舞台から去り、会場は平常時の照明に照らされ、観客はその表情と声音に冷めやらぬ熱を見せながら、退場していった。
その人波に身を任せながら、聞き耳を立てていると、聞こえる言葉のほとんどは好意的な言葉だ。
「今日のライブ最高だったな! H.I.Fの時から少し雰囲気が変わったっていうか……」
「それな! 前よりも自信が見えるみたいな、俺たちを引っ張ってくれる感じがしたなぁ」
ファンの生の言葉一つ一つを忘れぬよう脳内に刻み込みながら、次へ次へと場所を変え、できるだけ多くの声を耳に入れる。
「っ…………」
むせかえるような熱気と早朝からの活動による疲労。それに加えてたくさんの声を聞き分けようと脳を激しく稼働させているせいか、軽く頭痛がした。
しかし気にしている場合ではない。
人混みを無理のない範囲でかき分けて歩けば様々な言葉が聞こえる。
「アイドルのライブって正直もっと緩い感じなのかと思ってたけど、継ちゃんすっごいな! 熱意に揺さぶられたって言うのかな……今もドキドキしちゃってるよ」
「今日歌ってたのって初星学園の曲なんだよね? 賀陽継の持ち曲とかってないのかな?」
狙い通り、あるいは期待以上の成果だ。
ライブまで足を運んでくれた新規ファンへの訴求力も十分であることが伺える。
内心ガッツポーズを取りながら、調査を切り上げ人目を避けながら、ふわふわと浮ついた調子で関係者通路へと向かった。
「あ、おかえりなさい、プロデューサーくん」
「お疲れ様です。継さん。お待たせしてしまいましたか」
戸をノックして楽屋に入ると、すでに着替えを終えて制服姿で何かの教科書を読んでいた継さんが、顔を上げてこちらを迎えた。
荷物もまとめ終わっており、待たせてしまったかと申し訳なく思って聞くと継さんは首を振って答える。
「ううん。さっき帰り支度を済ませたところだから。それに伍藤さんもまだーーーー」
と、そこまで言ったところで、無遠慮にドアが開け放たれた。
「おーっす……っとお前さんも戻ってきてたか。ご苦労さん。どうだったよ」
「お疲れ様です伍藤さん。ええ、かなり好評でした。これならプラン通りに事を運べるかと」
いつも通りにやる気なさげに首を鳴らしながら伍藤さんが部屋に入ってきて、こちらの首尾を確かめた。
話の途中だった継さんをチラリと伺うと、気にしなくて大丈夫と小さく笑う。ありがたくそれに甘えることにして伍藤さんの問いに答えると、満足げに頷いて続ける。
「そいつは何よりだ。お前さんの代わりにライブの後始末をしてやった甲斐があるってもんだ」
「今回ばかりは本当にありがたかったので、素直に感謝を述べさせてもらいますよ」
「素直じゃねえ〜」
実際SNSには現れないファン達の生の反応を確かめたことで得るものは少なくはなかった。
そのために終演後の挨拶やらあれこれを伍藤さんに代わりにお願いしていたのだ。
これまではなるべく頼らずに自分の力で継さんのプロデュースをするようにしていたが、夏のH.I.Fの一番星には手が届かず、彼女の目標を叶えるために残された時間はそれほど多くない状況でなりふり構ってはいられなかった。
「もうお帰りになられた関係者の方々には後日改めてのご挨拶をさせていただこうかと」
「あぁ。そうすりゃあいい。アイドルのステージを作るのは俺たちプロデューサーやアイドルだけじゃねえんだ。そのあたりはきちんとしておいて損はねえ」
伍藤さんは珍しく真面目な様子でそう言うと、ポケットから車の鍵を取り出して、俺たち二人へと呼びかけた。
「それじゃあ帰るぞ。俺はもう疲れた。さっさと帰って酒飲んで寝る」
「シャワーくらい浴びてくださいね」
「人をなんだと思ってやがる」
俺たち二人に帰宅を促しながら、くたびれたオヤジの手本のようなことをのたまう伍藤さん。
その様子に俺にも継さんにも、どこか残っていたライブへの緊張感がほぐれ、疲れはありつつもリラックスした笑顔が自然と浮かぶ。
はたして狙ってやっているのだろうか。少なくとも今の自分ではこう上手くはできない。
そう考えながら隣を歩く継さんの様子を横目で眺める。
楽屋に戻って彼女を見た時から平気な顔をしていたが、少なからず疲労が蓄積しているのは明らかだった。
それが今はいくらかマシになっている。
そのことに安堵する一方、胸の奥には悔しさが滲んでいた。
☆ ☆ ☆
「それでは、今日はお疲れさまでした。ゆっくりお休みください」
「……うん。お疲れさま。きみはこの後学園に戻るの?」
「そうですね。ライブの記憶がはっきりしているうちに色々整理したいので」
「そっか…………」
伍藤さんの車から降り、寮の前まで継さんを送る。
別れの挨拶をすると継さんはそう問いかけてきた。
自分も相当疲れているだろうに、こちらに対して心配そうな表情を浮かべていた。
確かに疲労はあるが、彼女のようにステージに立ち、体力を大きく消費したわけでもないため支障はない。そう結論づけて、頭を締め付けるような感覚を意識の隅へと追いやる。
「ではこのあたりで」
「うん。今日もありがとうね。プロデューサーくん」
継さんが寮に入っていくのを確かめて、車へと戻る。
その間もあれこれ思案は止まない。
だからだろう。寮の玄関で振り返り、こちらへと視線を送っていた彼女に気づけなかったのは。
そうして伍藤さんの車で学園へと戻ると、すぐさま机に向かう。
そんなこちらの姿に伍藤さんは呆れながらも、何も言うことなく部屋を出ていった。
今後の方針について今日の結果を踏まえて整理を始める。しかし思うように考えがまとまらない。
これまでならば納得のいくプランが複数思い付いていたはずなのに。
「……違う。もっといい筋書きがあるはず」
今後の方針について、思考の棚卸を兼ねて書き殴っていた紙をぐしゃぐしゃに丸め、ゴミ箱へと放り込む。これで三度目だ。
苛立ちのせいか余計に酷くなってきた頭痛が煩わしい。
「計画を進める上でのリスクに変化は……」
思うように仕事をしない脳を導くように、自分自身に言い聞かせる。
計画。それは次のライブで継さんにやってもらおうと考えているとある告白。
あの楽曲と共に、継さんが内に持つ輝きを、一切隠さずにステージに立つことができるようにすること。そのために避けられない障壁を強引に破壊する方法だ。
ーーーー継さんには、彼女がアイドルとして存在する理由をファンに向けて語ってもらう。アイドルとしての彼女の全ては妹のためだけに在るのだと。
普通のアイドルならば隠し続けてもよいその内心を、自らの手で白日の下へと晒す。
それを受け入れられることでようやく賀陽継羽の枷は外れ、その眩い生き様を不足なく見せつけられるようになるのだ。
逆に言えば、カミングアウトだけでは足りない。ファンからその有り様を受け入れられなければ、継さんがそのポテンシャルの全てを出し切ることはできない。
彼女は自分を望むファンに背を向けたまま、好き勝手に振る舞うことができる人間ではないのだから。
だからこそタイミングには細心の注意を払い、ファン心理の変化を重点的に観察していたのだ。
彼女の想いが正しく受け入れられるタイミングを。
当然、先延ばしにし続けることはできない。冬のH.I.Fまで残された時間は少ないからだ。それに、嘘や隠し事は、その期間が長ければ長いほど放った本人にも、明かされた人々にも毒になる。
最悪の場合、炎上も考えられる危険な賭けだ。そうでなくてもファンに不信感を与える結果になる可能性も少なくはない。
そのようなことが起これば、間違いなくH.I.F優勝の目は潰える。ならばいっそのことこの施策を破棄するというのも一つの選択肢だろう。
今が分岐点のはずだ。
この取り組みが薬となるか、毒となるか。
ここで決めなければならない。最善の選択を。プロデューサーである俺が。
「っ……はぁ……」
全身が固まる。体は冷えるが、背中には汗が流れる。肩を上から押しつぶされるような重みを感じる。もちろんそんなものはない。しかし自分の何もかもが鈍らされている感覚か消えない。
目標は手の届く場所に近づいているという確信があった。俺たちは確かに前へと進み、それなりの結果を手に入れている。
ーーーー手に入れているからこそ、失敗は許されない。
『大丈夫、信じてるよ。きみはずっと、私の願いを叶えてくれていたから』
彼女の言葉が俺の中で反響する。
やらなければならない。果たさなければ価値がない。
普通のプロデューサーではない。業界の人間とパスを繋ぐこともできない。
そんな俺にできることは結果を差し出すこと。明確な数字を示すこと。妥協も寄り道もなく、彼女の願いを叶えることだけなのだから。
「継さんを勝たせる……絶対に。そのために差し出せるものはすべて出し切れ」
悲鳴を上げる肉体も、臆病風に吹かれる心も。
振り払って食いしばる。
彼女のプロデューサーであるために。
☆ ☆ ☆
『継さんを勝たせる……絶対に』
「ーーーーーーーー」
扉の向こうから聞こえたその声に心臓が跳ねる。
いつもの平坦な声でもなく、ステージ前のような力強く、優しい声でもない。それでも、初めて聞く声ではなかった。
自分自身に刻み込むような言葉。確かでないことをそれでも誓おうとする苦しげな声音。
彼と私が契約で結ばれる前。頼りない街灯に照らされた彼が、彼自身の願いを捨ててでも、私がアイドルになれるように背中を叩いてくれたあの日と同じ。
自分は、浮かれていたのだろう。
あるいは騙されていたのか。
私の手を引く彼があまりにも頼りになってしまったから。あんなにも私を理解して、思い遣ってくれたから。
私自身の願いを叶える道なのに、たくさんの荷物を彼に背負わせた。彼に寄りかかって歩いていた。
輝けずにいた私のステージを見て、言葉も出せないほどに小さくなっていたあの姿を見ていたはずなのに。
「プロデューサー……くん」
扉を背に、ポトリと床に座り込む。
自分の情けなさに、不慣れな怒りすら湧いてきた。
きっと彼の苦悩は今に限ったことではないのだろう。
私が"賀陽継"になるまでも。夏のH.I.Fの前も。私が何かに気づいたり、変化するきっかけを得たその裏側で、彼は沢山悩んでいたはずだ。
扉の向こうから、紙をめくる音が聞こえる。
それから、ペンを走らせる音。
少しの沈黙の後、何かをクシャクシャと丸める音。
再びペンの音と、その繰り返し。
ずっと、繰り返していたのだ。
今だけではなくこれまでも。
音を立てないように立ち上がる。
今この場で私が彼の助けになれることは無い。
せめて邪魔にはなってはいけない。
静かにその場を去ろうとした時だった。
「え…………?」
部屋の中から何かが崩れるような音。
それが椅子の倒れた音だと理解した時には背筋に冷たいものが走っていた。
一瞬の迷いを振り払い、部屋へと駆け込む。
「大丈夫!? プロデューサーくん!!」
「継さん……? どうして、ここに……?」
部屋に入り視界に映ったのは、床に横たわる彼の姿。
倒れる時に一緒に落ちたであろう資料と、その手から溢れ落ちたペンへと倒れたまま手を伸ばそうとしていた彼が、驚きの表情でこちらを見ながらバツの悪そうな声でこちらへと問う。
そんな彼を見て、口を開くも言葉が出てこない。
心配を伝える。無理を叱る。そのどちらも私が口にしてはならない言葉な気がしてしまって。
「掴まって」
「継さん……?」
「一回横になろ?」
「……はい。すみません……」
彼も私の様子に違和感を抱いているようだったが、疲労であまり頭も回っていないのだろう。腕の下に強引に体を差し込んで促すと、素直にこちらへと体重を預けた。
部屋の気温はそれなりに涼しいのに触れた体はかなり汗ばんでいて、体は相当冷えてしまっている。明らかに正常ではない。
転ばないようにゆっくりとソファまで連れていくと、彼は言われた通りに横たわり、身を沈める。
「目、閉じてていいよ」
「はい……」
蛍光灯の光を眩しそうにする彼の目元を手で覆って促すと、素直に目を閉じてくれた。右手に触れた目元はよっぽど疲労が溜まっていたのだろう、時折ピクピクと痙攣するように震えていた。
深くゆっくりとした呼吸で体を落ち着かせる彼のすぐ側にしゃがみ、注意深く顔色を確かめる。多少血色は戻りつつあるが、未だ病人のような様子に心が痛んだ。
けれどその感情を彼に伝えて、また余計なものを背負わせてはならないと口をつぐんでいるとプロデューサーくんの方から話しかけられた。
「それで、どうしてここに?」
「私は……その、忘れもの……かな」
「……そうですか」
その問いに対し、歯切れ悪くそう答える。
物音を聞いて慌てて飛び込んできたものだから、それらしい理由など用意できていなかった。
詳しく聞かれてしまうかと急いで言い訳を考えていたが、プロデューサーくんは僅かに苦い表情を浮かべるだけで、追求はしてこなかった。
けれど、そんな表情をさせてしまったことに耐えられず、結局本当のことを話してしまう。
「ごめんね。本当は……きみの様子が気になったんだ。なんだか疲れていそうだったから」
「俺ですか?」
どうしてそんなことを、とでも言いたげな反応だ。
それが少し気に入らなかった。
怒ったりはしないが、おかげでぐるぐると巡っていた思考が少しクリーンになる。
自分のしたいことと、すべきこと。その天秤を幾らか前者に傾ければ、言い訳は後からついてくるような気がした。
「今日のことで急いで整理したいことはまだ残ってるの?」
「いえ……それは一通りまとめ終わりました。今はそれを踏まえた今後の方針を……」
「それは、今日やらないといけない? 疲れた頭で考えるより、一晩しっかり休んだほうがいいんじゃない?」
結論を誘導するような話し方であまり行儀は良くないやり方だろう。
それに自分自身にも経験があるからわかる。
そのやり方が正しい、正しくないに関係なく、体を壊すほどに、追われるように何かに打ち込むには必ず熱が必要だ。
そんな時、外野から投げかけられる利口な言葉などその熱を削ぐ物でしかない。
それでも伝えたかった。
「ですが、今は大事な時期なんです。一日でも早く策を講じれば、一日多く勝つための手が打てる」
「でも、こんなの続けられないよ……さっき、きみは倒れたんだよ?」
「このくらい、少し眠れば……」
プロデューサーくんの言葉を遮るように、彼の目を覆っていた手を彼に見せる。
私の手にはザラザラとした感触と肌色の汚れが付着していた。
「目のクマ。コンシーラーで隠してたんだ。……全然眠れてないんだよね」
「それは……」
否定の言葉も出てこないまま、ただじっと私の手を見つめている。
まるで叱られた子供のようだった。
いつもの彼とは打って変わった頼りない様子。
魔法使いではないプロデューサーくんの姿だ。
頑張り屋で意地っ張りな年下の男の子。
私は魔法使いに何かをしてあげられるほど、立派な人間ではない。それでも、年下の子を支えてあげることなら慣れている。
魔法使いみたいな彼に助けられて、少年の彼を私が支える。それは甘い考えで、余計なお世話で、自己満足なのかもしれない。
それでも、こんなにもボロボロになっている彼をそのままにはしておきたくなかった。
「私にも、何か出来ることとかない?」
私の問いにプロデューサーくんは困ったように眉を寄せた。
きっと彼の中で答えは出ているのだろう。考えながらこちらへと意識を向けているのを感じることから、きっと言葉を選んでいるのだろう。
「継さんには十分頑張ってもらってます」
「それはステージに立ったり、レッスンをしたりすることだけだよね。私が何を頑張ればいいのか、どんなパフォーマンスをすればいいのか、どんなお仕事をするのか。そういうのは全部きみが決めて、決断してくれてる」
「それがプロデューサーの仕事です。俺が果たすべき役割で、背負うべき責任なのですから、継さんが気にする必要はありませんよ」
突き放しているようにも聞こえる言葉。
その意図を察するのは難しくないくらいには、彼と積み重ねた時間は少なくはない。
私が真っ直ぐに目標へと向かうことが出来るために、アイドルとしての想い以外の荷物を全て背負おうとしてくれている。
でも、そのせいで彼はこんなにも苦しげに私のプロデュースをしている。それは私にとって受け入れがたいことで。
「私たちがそれぞれ果たすべき役割はそうかもしれない。でも結果の責任は私も背負うべきだよ」
どうにかしたい一心からか語気が強くなってしまう。
プロデューサーくんは一瞬驚いた表情を浮かべ、その顔は微かに痛みを耐えるようなものに変わっていった。
その様子に、気持ちを伝えようと開きかけていた口が固まる。
彼が何を感じたのかはわからない。けれど、その心を傷つけたことだけは理解できた。
動けないでいると、彼は未だ重そうな体を一人で起こし、こちらへと視線を返す。
「……あなたの在り方を歪めたくないんですよ」
「私の在り方……どういうこと……?」
絞り出すように彼が口にした言葉。
その意味が理解できず聞き返してしまう。
私の在り方とは。責任を負うことでそれが変わってしまうのか。
彼の視線は下を向いていて目が合うことはなく、私の疑問に答えを示すこともしなかった。
代わりに、揺れる声で言った。
「あなたには真っ直ぐに願いだけを見つめていて欲しい。俺はプロデューサーとして、あなたが安心してそう出来るよう努めなければいけなかった」
組み合わせた手を強く握りしめながら吐露する言葉は、堰を切ったように溢れ出す。
「それなりに上手くやってるつもりだったんですよ。定期公演からH.I.Fへ。学内から学外へ。短い期間でステップアップを重ねて」
「そうだよ……! きみのおかげで私はここまで……」
「その大半はあなたの才覚で得た結果ですよ」
「っ…………」
その言葉を聞いた時、背筋に冷たいものが落ちた。
細部に違いはあれど、何度も耳にした言葉。
謙遜だと思っていた言葉が彼の本心なのだと否応なしに理解させられる。
成果は私の才能によるもので、失敗は自分の力不足だと彼は語る。
思慮深い彼に似つかわしくない歪な考え。卑屈で傲慢な理論。
彼がどうしてそう考えるのかはわからない。
ただそう考えさせてしまっていることが、ひどく寂しい。
「自分ならばもっと優れたプロデュースが出来る。学園に来る前、外野から見たアイドルの売り出し方を観察して、俺は心からそう思っていた。実際、今の俺よりもあの日の俺はよっぽど優れたプロデュースをできるでしょう」
喜びは差し出され、痛みは引き受けられる。
あまつさえ他の誰かの方が相応しいのだと真剣な声音で語られる。
数分前まで触れていたくらい体は近くにあるのに、心の距離はあまりにも遠い。
締め付けられる胸を握りしめ、視線を落としながらどうにか伝えたい言葉を探す。
「……私は、今ここにいるきみだから……きみが……っ」
「……心配しないでください。突然放り出したりはしませんから。あなたをプロデュースすることは俺の願いです。誰にも譲るつもりなどありません」
自分が伝えたい気持ちも、伝え方も、何もわからなくなって。絞り出した言葉も彼には届かない。
俯いて黙りこくる私に呆れたのだろうか。頭上から小さく息を吐く音と、近くにあった熱が遠ざかっていくのを感じた。
「……今日は帰りますから。継さんも、今度こそきちんと休んでください」
「…………そう、だね」
納得も、反論も出来ず、動けないでいると、彼は折れたようにそう言った。
とうとう私は何も言い返すことが出来なかった。
ただ彼の言葉に頷いて、事務室を後にする。
寮への道。コートを揺らしながら前を歩く彼はこちらを伺うことは無く、当然会話もない。
暗闇と沈黙の中、私の頭の中を答えの出ない問いだけがぐるぐるとめぐり続けていた。