初星学園アイドル科 賀陽継   作:pocket_ぽけ

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スカウトを学ぶ

 あれだけ華やかに咲き誇っていた桜は既に散ってしまい、始まりの季節に浮足立っていた生徒たちも気が付けば新たな環境、新たなステージに慣れたようで、いつも通りの雰囲気を取り戻した学園内を男二人で歩いていた。

 

「そうだ。お前、今からプロデューサーな。書類上は俺のアシスタントだが、何でもかんでも俺を通されるのも面倒だ」

「…………無責任では?」

「別に何でもかんでも好き勝手させるって話じゃあねえよ。口出しはしてやるが、基本お前主導でやらせるってだけのことだ。そん時にいちいちアシスタントだの説明すんのも無駄だ。その辺は深く関わる奴とかお偉い相手にだけ話しとけ」

 

 そう話すと、いつの間に用意していたのか真新しいシルバーのケースと共に名刺の束を渡される。

 中を確認するとどうやら俺の名刺らしい。初星学園臨時プロデューサーという肩書と共に学園の認可らしき印が刻まれている。

 知らないところで話が進んでいることが微妙に恐ろしくもあったが、今後必要になると判断したのだろう。ありがたく受け取り、内ポケットへしまっておく。

 

「んじゃまぁ、スカウトのやり方だ」

「やり方って、気になった子に声をかけるとかじゃ?」

「確かにそれも方法の一つだ。だが、そのやり方はあくまでアイドルに全く関係ない人間が混ざったグループの中から偶発的に遭遇した原石を探すってやり方だ」

「それは初星学園では不要なプロセスということですか」

 

 伍藤が問いかけたのはこの学園でスカウトを行う方法であり、こちらの回答は一般的なスカウトの方法の一つだったわけだ。

 つまるところ、この学園ではそれを適用する必要が無いということをまず念頭に置くべきなのだろう。

 

「そういうこった。なんせここにいる生徒はみんなアイドルの原石だ。誰しもがアイドルへの意欲を持っているし、技術面に関しても学園のカリキュラムで育成される。街を歩けばスカウトに声をかけられるような奴らばかりが集まってる訳だな」

「だからといって誰でもよいということではないでしょう。これまであなたがスカウトしてきたアイドル達には、あなたが選ぶだけの何かがあったはずで、何をもってあなたが彼女たちを選んだのか。それを知りたいんです」

 

 目的地は頂点。世界で最も"輝く"アイドルの道程、そして辿り着いた誰かが見せる光。それを最も近い場所で見続けることを願っている以上、自身の働き次第でそこに辿り着きうる才覚を秘めているのか、それを見極める術は非常に重要な能力の一つだ。

 一人一人に対し、長い時間をかけて育て上げるのだ。未来を信用できる確信が無くては長い道のりを歩き続けることは困難だろう。

 だからこそ、数々のアイドルを活躍させ、羽ばたかせてきたこの男の経験やノウハウは正しく、拠り所になりうるものであると信じ、知ることを望んでいる。

 しかし、こちらの願いに対する回答は。

 

「あぁ? 俺がどうしてあいつらを選んだかなんて知っても意味ねえだろう」

「は?」

 

 当たり前のことを言わせるなと、呆れた顔で伍藤は言い放つ。

 意味が分からないという様子で眉をひそめて伍藤を見ると、やれやれと肩をすくめて説明を始めた。

 

「あそこ、見てみろ」

「はい? ……あぁ。いいステージですね。流石初星学園です。でもそれがどうしたんです」

 

 指さす方を向くと、遠くの方で人だかりになっている場所があった。

 耳を澄ませてみれば音楽が聞こえ、ライブをしているのだとすぐに理解する。

 この学園ではオーディションの模擬練習として、毎日の学内ステージ使用権をトレーナーや教員を審査員に据えた試験によって得るシステムがある。

 この時期なら定期公演『初』に向けた活動として目標とするステージによってはそれなりの倍率で苛烈な競争が繰り広げられているはずだ。

 彼女はそれを勝ち抜いた優秀な生徒であるということだが。

 

「2年1組の香取だな。小柄で甘い顔立ちからキュート方面の魅力を前面に押し出しつつも、キレのあるダンスがギャップな実力のあるアイドルだ。直近のダンス試験では確か学年3位だったか」

「詳しいですね。目をつけていたんですか?」

「いいや? この学園の生徒については大体把握してるってだけだ」

「それでよくそこまで知っていますね……」

 

 自分自身もある程度有望そうな生徒については情報を集めているが、直近の試験結果など細かな情報までは把握していない。

 半ばストーカーじみているとプロデューサーは少し距離を開けて歩く。

 

「バカ引くんじゃねえ。それにお前もどうせやることになるぞ。お前は俺と同じで直感よりもデータを信じるタイプだろう?」

「…………確かに」

 

 いざやるとなったら上手くやろうと心に決める。

 やり方を間違えれば容易に問題になることは想像に難くない。

 そう考えていると、話を戻すが、と伍藤は話を再開する。

 

「基本的にスカウトは誰も手をつけていない原石を拾い上げる行為だ。他人の尺度で見ても、じゃあそれにあてはまるアイドルは手をつけられずにいるのかと確かめてみれば、たいていの場合既にプロデューサーがついてるのが普通だ」

 

 一理ある。

 

「実力もあって、セールスポイントもはっきりしてる香取だ。今はまだプロデューサーはついていないが……ほら、見てみろ」

「…………まあ。あれだけの実力なら納得もしますよ」

「くくっ。そう言う割に驚いてるな」

 

 言った傍からライブ終わりの香取に近づいたプロデューサー科の学生が彼女を誘い、遠めに見る限り合意が取れたという場面が見えた。

 伍藤の説明に妙に都合のいいタイミングでスカウトされていったものだから驚きながらも、さては元々知っていたなと疑いの視線を向けるがニヤニヤと愉快そうな笑みを返されるだけで真偽は全く分からなかったため、煽りの言葉を無視して歩を進める。

 

 視界に映る、先の未来に希望を抱き、夢に近づいた実感を噛みしめるような"輝き"が溢れる少女の表情。かつての自分が苦しいくらいに焦がれて、それでも見つけられなかった眩い光はすぐ近くにあった。

 気を抜けば足を止めていつまでも眺めていたくなるが、未練を振り払い散策を続ける。

 遠くで見ているだけでは満たされないことは既に知っている。

 だからこそより近くで。

 ――――極上の輝きを、それを放つ宝石を自分のモノにしたい。

 

「……やれやれ。また陰ってやがる。ただでさえ愛想のいい方じゃあねぇんだから、気分くらい明るくしておけ」

「そうですね。寄り道や遠回りをしている暇なんてないので。いらないことでアイドル候補生の心証を悪くしたくはありません」

「わかってんならいいさ。まぁ悩むようなら見て比較すればいい。それだけの人材がこの学園にはいる。そこから直感的に絞り込むもよし、データを収集してより優れた者を選ぶもよし。ただしこれだけは忘れるな」

 

 それまで軽い口調で話していた伍藤が小さく息を吐き足を止める。

 いつも適当な伍藤が纏う神妙な空気感に、プロデューサーも足を止め真っすぐ向かい話を聞く姿勢を取った。

 

「お前が最後の時まで信じられると思える相手を探せ」

「……一応覚えてはおきます」

「今はそれでいいさ」

 

 伍藤の言葉は、大事にそうに語られる割にありふれた警句ではないかというのが正直な感想だった。

 他人を信じるか、信じないかということにはあまり意味を感じられない。

 信頼しようがしまいがプロデュースの最善手は揺るがないと考えているし、アイドルの実力についても同様である。

 大衆の心理を知り、それに対し効果的なプラスを積み上げる。プロデューサーとして出来ることなどそれくらいだろうというのが自分の考えである以上、信頼などという不確定要素を考慮に入れるべきではないはずだ。

 しかし、あまり多くを教えたがらない伍藤が珍しく、こんなにも真剣に伝えてきた言葉だ。飲み込めずともひとまずは受け入れておくべきと判断し、消極的ながら承知の返答をする。

 それを聞いた伍藤はどこか懐かしむようにプロデューサーを見ながら、満足そうにそう言った。

 

「……おっと。もうこんな時間か。用事があるから俺は行く。お前さんは一人で歩き回るでもしてみればいいさ」

「え。俺一人で回っていいんですか。これまで控えるように言っていたでしょう」

 

 わざとらしくたった今思い出したようなことを言い、一人で回ってみろと伍藤に指示をされる。

 しかし突然の単独行動許可には不安があった。

 先ほどスカウトされた生徒のことをよく知らなかったように、彼女達のことを知るために学園を自発的に見て回ってアイドル候補生達の様子を伺ったりしなかったのは伍藤の言いつけがあってこそだったのだ。

 授業で生徒たちが教室にいる間に伍藤の事務室へ入り、学園が静まるころにそこを出る。半ば隠されているような扱いを受けていたこともあり、自身の存在が生徒の目に触れてしまうのは不都合なのだと考えていた。

 しかし伍藤は問題ないと語る。

 

「さっき渡しただろう? お前がこの学園で大手を振って活動するための立場を用意できたからな」

 

 指を刺された内ポケットに触れて硬質な感触を確かめる。

 適当に作ったのではとも疑っていたが、どうもかなり根回しされた結果のものらしい。

 頼れる道具になるのだろうと考えるのと同時にずしりと一段重みを感じた。

 

「そういう……。それはどうもありがとうございます。どうやって教員や学園長を納得させたのかは気になりますが」

「俺のことを敬う気になったか?」

「何を言っているんですか。あれだけの結果を残し続けたプロデューサーを尊敬していないはずないでしょう」

「それならもう少し態度に見せやがれ……」

 

 毒づきながら、とりあえず気楽に周ってみろと手を振りながら伍藤はその場を去った。

 プロデューサーは1人その場に残され、慣れない状況に居心地の悪さを感じながら立ち尽くす。

 どこへ行ったものかと、頭の中でアイドルを観察するのに向いた場所を何箇所か上げてみる。

 

「まずは動いてみないと」

 

 リストアップを終え、小さくつぶやいて再び歩き出した。

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