初星学園アイドル科 賀陽継   作:pocket_ぽけ

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優秀な生徒

 一通りめぼしい場所を周り、そこそこの数のアイドル達を観察した。

 たくさんの原石達に心を躍らせながら学園内を歩き回り、夕方頃学内の生徒たちの姿が減り始めたあたりでようやく切り上げ、プロデューサーは事務室へと戻った。

 

「ふむ……。何人か気になる生徒はいたが……」

 

 どうやら伍藤は外出中のようで事務室にはおらず、プロデューサーは一人パソコンを開いて先ほどまでの時間で目についためぼしい生徒とそれぞれに対する所感をまとめる。

 ――――まず、伍藤が言っていた通り確かに人材の宝庫だった。

 

 プロデューサー自身、アイドルのプロデューサーになろうと考えてから多くのアイドル達を見て、分析をしてきた。

 テレビで目にするような最大手のアイドルから、地域のイベントなどで下積みをしている駆け出しアイドルまで、学業と必要最低限の寝食以外の時間をすべて注ぎ、数百程度は見ただろう。

 そしてそれら全てに対し、個人が持つ性質・魅力、それを踏まえてどのようなプロモーションで売り出されているか。また活動期間内での技能やキャラクター性の変化など。

 それらを始めとしてアイドルを構成する要素を逆探知的に解析し直し、有効な部分、逆に改善すべき部分など自分なりの考えをまとめたレポートを作成した。その出来に関しても伍藤から一定の評価を受けている。

 

 そうして作成したデータと比較しても、学内のアイドル候補生達は未デビューな生徒ですらデータ上の平均を上回った実力を持つ人材ばかりだった。机上の空論に過ぎないが、ピックアップした生徒たちなら誰をプロデュースしたとしてもある程度――――千人規模程度の箱を埋めるレベルまでは持っていけるというのが現状の感想だ。

 そして取り上げた各個人に対し、詳細なリサーチを進めていく方針で考えているのだが、最後にどうやって1人に決定するかを考えた時に伍藤の言葉が引っかかっていた。

 曰く、『最後の時まで信じられる相手を探せ』とのことだが。

 

(そんなもの。話したこともない相手に対して想像出来るはずがない)

 

 そもそも他人を信じるということ自体曖昧なものなのだ。例えば両親や五島のことは信頼していると言って良いだろう。しかしそれは幼い頃から相手を知っており、面倒を見られてきたことによる積み重ねと刷り込みのようなもので、信じる理由なんてものは頭でいちいち認識していない。

 または教師に向けるような大人への無条件な信頼などもあっただろうが、今回の相手は同年代だ。それを適用することは出来ない。

 それに信頼するといっても何に焦点を当てるべきなのかもわからない。嘘をつかないことか? 害を与えてこないこと? それとも真面目にレッスンを続けられることとかだろうか。どれも違う気がする。

 何のとっかかりも得られない問答にモヤモヤとしながら、思考に没頭していた時だった。

 

 コンコンと、入り口の扉がノックされた。

 初めは小さな音で、考え事に熱中してたため、気のせいかと無視したが、少ししたのち先ほどよりも強く扉が叩かれ、向こう側から中へと呼びかける声が聞こえてきた。

 一度思考を中断し、扉の向こうへと耳を傾ける。

 

「伍藤さーん? いらっしゃいますかー?」

 

 どうやら叔父を訪ねて来たらしい。

 本来プロデューサー科の生徒に割り当てられる教室は廊下側の窓が透明で、外から部屋の中が見えるようになっているのだが、昔に割り当てられた古い教室だからか、はたまた叔父に課せられた業務のためか、この部屋の扉には小窓は付いておらず、廊下に面する窓も昔ながらのすりガラスで中の様子を伺えない作りになっていた。

 こうして呼びかける声とドンドンと戸を叩く力が徐々に強くなっていくのも仕方のないことだろう。

 これ以上待たせてしまっては申し訳ないと早足で部屋の入り口へ向かい、戸を開ける。

 

「あのー! いないんですかー!?」

「そんなに叫ばなくても――――」

「え――――?」

「――――聞こえていまぶっ!?」

 

 不意に扉が開かれたことで的を失ったげんこつが正面に立つ自分へと向かって来たことも、仕方のない、ことだろう。

 

 

 

 

 

「ご、ごめんね〜〜!」

「……いえ、こちらの不注意でもあるので」

 

 ソファに腰掛けるこちらの正面にしゃがみ、下から覗き込むかたちで向かい、あわあわと何度目かの謝罪を述べる女生徒。

 未だ痛む鼻をティッシュと共に抑える右手を下ろし、不本意ながらも非の幾らかを預かろうと言葉を返す。

 

「あ、ダメだよまだ抑えてないと」

「もう止まっているでしょう」

「ほんと? んー…?」

 

 顔を近づけて鼻血が止まったことを確認しようとする女生徒。あまりまじまじと見られたいものでもないため遠ざけるように体を逸らすも、ジリジリと距離を詰められる。

 諦めていくらかの気まずさに耐えていると、彼女はふっと元の場所へと身を戻して安心したように言った。

 

「止まってるみたいだね。よかった」

 

 安堵したように綻ぶ表情。

 彼女は自然と他者を想うことが出来る人間なのだろう。それを直視することに居心地が悪く感じ、小さく焦点をずらしながら、話題を変えた。

 

「……お気遣いありがとうございます。それで伍藤に何かご用があったようですが」

「え? うん。先輩のレッスン動画を持って来て欲しいって言われて…………?」

 

 突然用件を聞かれ、困惑しながらも鞄から取り出したメモリをこちらへ見せてくる。

 届け物ということであれば代わりに受け取っても問題はないだろうとそれに手を伸ばすと、女生徒ははっとした表情を浮かべてその手を引き下げた。

 

「その、君はいったい……? 伍藤さんとはどう言う関係で……?」

 

 今更な警戒だなと少し呆れの色が頭に浮かんだが、決して表に出すことなく事務的に回答をする。

 

「そういえばまだ挨拶もできていませんでしたね。俺は伍藤プロデューサーの下でアシスタントとして勉強させてもらってる――――です」

「そうなんだ……。今年からってこと?」

 

 卒業生の動画を依頼する相手だ。昨年度以前にも叔父や担当アイドルと関わりがあったのだろう。見たことがない人間、それもおおよそ大人には見えない風貌の男が関係者面で応対している状況に警戒した様子でいくつか聞いてくる。

 叔父がこの場にいれば、そうでなくとも不在の可能性があるのなら事前に話を通しておいてくれれば面倒がなかったもののと脳内の壮年男性へと苛立ちをぶつけながらも、重ねられる問いに一つずつ回答した。

 次々に降りかかる質問に答え続けた甲斐もあり、彼女の警戒心は次第に溶けていったようだった。

 彼女本来の柔らかな声音で会話が行われる。

 口から出る言葉も駆け引きのように思考を介したものではなく、自然と出てきた言葉へと変わっていったように感じた。

 

「そっかあ。高校生なのにプロデューサーなんて、立派だねえ……」

 

 だからこそだろう。感心したように、自分とは違う眩しいものに向けるように呟かれたその言葉が引っかかった。

 

「――――プロの世界に身を置くという意味では貴方方アイドル科の皆さんも同じですよ。それに日々の努力と言う意味では初星学園のアイドルに勝る人間はそうはいません」

 

 はっきりとそう伝えると、彼女は驚いたような表情を浮かべていた。どうやらきちんと意味は伝わっているらしい。

 過ぎた謙遜や不当な自己評価は常に比較され続ける勝負の世界においてはマイナスにしか働かない。だからこそアイドルには過不足なく自己肯定感を与えるべきであると考えている。

 彼女はそうされるに相応しいアイドルだと俺は知っているのだから。

 

「それを踏まえればあなたの方がよっぽど立派ですよ。賀陽継羽さん」

 

 目の前に立つエリート生徒にはそれに相応しい自信が伴うべきだと伝えるべく、彼女の名前を口にした。

 

 

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