『賀陽継羽』
初星学園高等部アイドル科2年。
目の前に座る女生徒はこの初星学園ではそれなりに名を知られた存在だ。
直近のボーカル試験3位、ビジュアル試験4位、そしてダンス試験1位の才媛。
ジャンルを問わず幅広いパフォーマンスをハイレベルにこなす高い技術力を持ち――――反面、平均的な生徒と同じような学園企画の活動のみを細々と行なっている不思議な生徒。
未だにプロデューサーがついていないことからてっきり人格に大きな問題があるとかそういった弱点があるものと思っていたのだが。
「知ってもらってたなんて、なんだか照れるね……?」
「プロデューサー科の学生ならあなたほどの成績優秀者を知らないなんてことはありえませんよ」
しれっとした顔で当然のことだと語った。頭の中で伍藤が肩をすくめているがさっさと隅へと追いやって会話を続ける。
せっかくの機会なのだ。有望な人材には唾を付けておきたい。
「賀陽さんはどんなアイドルになりたいんですか?」
初星学園のアイドル科生徒ならば皆なにかしらの想いを抱えて進学しているものだ。彼女達が何を大事に思ってアイドルを目指しているのかを知っておくことはコミュニケーションの入り口として妥当だと考えての話題だったが、プロデューサーの言葉を受けた継羽の反応は芳しくはなかった。申し訳なさそうに作り笑顔を浮かべながら返答される。
「それがわからないんだよね〜……」
「ふむ」
どういう感情なのかと疑問には思ったが、何となくは察するものがある。これまでも同じように問われ、答えに窮していたのだろう。
明確な目指す姿を持たないことは確かに発展途上のアイドル候補生としては弱みとなる。その分努力の指向性は定まりにくく、モチベーションの維持もいくらか工夫が必要だ。上等な素材であるが故に、志の無さに落胆するプロデューサーがいたことも想像が付いた。
ここまでのコミュニケーションだけでも彼女が気を遣うタイプの人間であることはわかっている。彼女は対話したプロデューサーの雰囲気を察し、居た堪れなさを感じてしまっていたということだろうか、というところまで推測したところでならばと次の質問を投げかける。
「ではどういった経緯で初星学園へ? ただ流されるままにこの学園の、それもアイドル科にまでたどり着くことは無いかと」
「それは……」
「どのような理由でも構いませんよ。夢を追い続ける以上はどうしても責任が発生する、ですが夢へと歩き出すきっかけまでも格好の良いものである必要はないでしょう」
そもそも漫然としたアイドルへの憧れはあっても実像を結ばないなんてことはありふれた話だ。気に病むほどのことではない。
それにこういった流れも既に経験しているだろう。
「立場も経験もない若輩です。あなたの助けになると約束はできませんが、不都合になることもありません。どうか話してはもらえませんか?」
少々強引に踏み込むと、しばしこちらの目をじっと見つめ返したのち、観念したように口を開いた。
彼女の心に響かせることは出来ないだろうが、ルーツくらいは引き出させてもらおうと、この時はそんな打算的な考えでの発言だった。
――――そのような考えはすぐに意識からこぼれ落ちた。
「妹に、見せてあげたかった。あの子が私がアイドルになることを望んだから、それを叶えてあげたかった」
「――――――――」
まるで罪を独白するように話す継羽。
そういった細やかな情緒や反応を観察するつもりでの質問だったというのに。
当のプロデューサーは継羽から目を逸らすことが出来ないまま固まっていた。
「きっと、こういうことじゃないよね」
目の前の少女が話す声が不思議と遠くに聞こえる。
明滅する視界。瞬きどころか呼吸すらも忘れてしまったような静止。全細胞が歓喜していた。渇望を満たして余りあるほどに。
混じり気のない輝き。ここまでの会話では決して見えなかった性質が、ほんの一瞬で垣間見えたそれがあまりに異様だった。
他者へと何かを捧げたいという願いは大抵その言葉とは違った願いを孕んでいるものだ。
しかしこの目に映る"光"が彼女の言に一切の異がないことを伝えていた。
異常とも言える他者への奉仕性。ともすればそれはアイドルとしてこれ以上に無い才能に他ならない。
「ごめんね、やっぱり……」
「――――ひとつ。聞かせてください」
「え……っと……?」
申し訳なさそうに話を取り下げようとする継羽の言葉を遮り、問いを重ねる。
考えはほぼ決まった。ただ、ふと思い出した伍藤の言葉。ほとんど形だけではあるが、一応確かめておくことにした。
「あなたはその願いを叶える上で、いつまで走り続けられますか?」
「……あの子の、燐羽ちゃんの為であり続ける限り、かな」
寂しそうな作り笑顔のままながら、迷うことなく質問に答える継羽に最後の障壁も容易に崩れる。
決断の時は終えた。
これでもかと見せつけられた彼女の覚悟に対して、今度はこちらが誠意を見せる番だ。
「――――"一番星"、それでどうでしょう」
「えっと……?」
持ってまわった言い回しでは伝わらなかったようで、困ったように疑問の声をこぼす継羽。
洒落たことを言ってやったとプロデューサーが浮かべていた自信の表情はバツの悪そうなものへと変化していきつつ、咳払いを一つののち、仕切り直すように自らの意思を伝え直した。
「俺があなたを一番星にします。あなたをプロデュースさせてください」
「え……」
それは継羽にとって停滞した現状に訪れた一つの変化。行き詰った今を変え得る微かな希望。
自信に満ちた表情で真っすぐ見つめてくる年下の少年が返事を待っているのだと気づくのに数瞬を要しながら、言葉を詰まらせる。
その時、この場に立つ二人はそれぞれが明るい未来を夢想していた。
「――――ごめんなさい。それは、出来ない、よ」
「は…………」
かくして、伸ばされた手は結ばれず。
幻想は霧のように形を成さないまま、指の隙間からすり抜けていった。
☆☆☆
「いや。そりゃお前……」
「……なんですか」
継羽が部屋を立ち去るのと入れ違うように戻ってきた伍藤に事のあらましを話すと、正気を疑うような顔で当然の失敗であるかのように伍藤は呟いた。
彼女の置かれた状況と、他のプロデューサー達が彼女と組みにくい背景。それらを考慮した上で自分と組む以上の選択肢は無いと確信して誘いをかけたのだ。
正直未だに何故断られたのか想像もつかなかった。
「彼女にとっても悪い話じゃないはず。だとしたら何故……」
「どこからそのやたらとでかい自信が沸いて……いや、あながち過剰という訳でもねぇんだろうが……」
初めて見るほどに沈んだ様子のプロデューサーに、いつも適当な扱い方をする伍藤も珍しく言葉のかけ方に迷い、顎の髭をいじりながら気まずそうにしていた。
「スカウトもしれっとした顔で成功させちまうもんかと思ってたがまぁ出来ないこともあるか……」
伍藤は机の上に取り出した契約書類をトントンと指で叩きながら言った。
「確かにこの学園じゃあアイドル科の生徒にとってプロデューサーが付くことは成功への大きな一歩だ。だがそれは相手にある程度の信頼が担保されていることが前提だ。プロデューサーとしての経験もある他の奴らとお前さんとでは違うんだから今日見たやつみたいなシンプルなやり方をしてもうまくいくとは限らねえ」
一度契約してしまえば満了となる年度末までは互いに特別な理由なしでの契約解除は出来ないこともあり、例えば引く手あまたな生徒であれば相手は注意深く選ぶものなのだ。
いくら声がかかることの無い生徒とはいえ、わざわざリスクばかりを背負うことになる選択は難しいだろう。
ならばどのような方法を取るべきかとプロデューサーが考えていると、伍藤は続けた。
「まずはきちんと話すことだな。俺達大人とは違ってお前さんの考えをなんでも汲み取ってはくれたりはしねえんだ。逆にあいつらの気持ちを分かってやるのも難しい。自分の中で完結させねえで、考えは十分に伝えろ。……コミュニケーション不足になったアイドルとプロデューサーは大抵ロクなことにならねえからな」
それが伍藤自身の経験なのか、他のプロデューサーを見てきたためのものなのかはわからない。しかし噛みしめるように語られた言葉には説得力があった。
しかし教えを実行するにも困る。これまであまり友人と呼べる相手もおらず、同年代とのコミュニケーションなどは苦手な自覚があるのだ。
自らの意図を伝えるにしてもどう伝えるのが正解なのかと首をひねっていると出血大サービスだ、と伍藤が続ける。
「お前さんのやり方でいい。正解なんてねえんだ」
「あくまで仕事としてのドライな関係でよいと思っていたんですよ。信頼関係を気づく関わり方なんて俺のやり方にはありませんよ」
「なら探していけ。少なくとも悪いことにはならないと俺や学園長が判断したから、お前さんにそれを渡したんだ」
名刺を仕舞っている内ポケットを指さされる。
1か月と少し。共に過ごす中で伍藤は能力だけでなく、人柄も見て判断したとそう言う。
言葉と行動の両方で示された信頼は、自然とプロデューサーの心に馴染むのを感じた。
お前のやり方で。と言いながらも自分ならこうするときちんと示す。これは優秀な指導者である訳だとようやく自分の実感として理解する。
「賀陽が持ってきたデータ。見てもいいぞ。役に立つだろうからな」
「……まさかさっき部屋にいなかったの、わざとではないですよね」
「じゃ、俺は帰るから、戸締り忘れるんじゃねえぞ~」
ひらひらと手を振って部屋を出ていく伍藤の背が憎たらしかった。
一体どこまでが仕込みなのか、それともそれらしいことを言っているだけなのか。
いくらかそんなことを考えたあたりで無駄であると気づき、釈然としない思いを抱えながら目の前に置かれたメモリに視線を落とす。
卒業生の練習風景が入っているものとのことで興味自体はあったが、今の状況において何の役に立つのかと疑問に思いながらもパソコンに差し込み、動画データを再生する。
「ああ……。なるほど」
再生された動画を見て得心すると同時に、賀陽継羽という存在へ焦がれる思いが高まるのを感じる。
まずはスタートラインへ。無数に浮かび上がる輝きへの道筋を一旦頭の外へと置き、彼女をスカウトするための方策を練り始めた。