初星学園アイドル科 賀陽継   作:pocket_ぽけ

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近づく距離と不安

「ワン・ツー・スリー・フォー、ワン・ツー・スリー・フォーっ……」

 

 踊り慣れたダンスを、その新しい解釈を試すように形を変えて舞う。幾人もの先人が生み出してきた表現をミリ単位で模倣する。

 腕を振り上げる速度、高さ。重心の移動から首の角度まで。それら一切に寸分の違いも無い絶技。

 比肩する者のいない神技と評するに相応しいそれを誰に披露するでもなく完遂した少女の表情は浮かない。

 

「次は――――「少し良いですか?」――――わぁっ!?」

 

 別の"手本"を確認しようとしていた継羽に声をかけると、大きく肩を跳ね上げながらこちらへと勢いよく顔を向けてきた。

 

「き、きみ。いつから居たの!?」

「賀陽さんがこの部屋を訪れる前ですね。予約されているのを見つけたので。もちろん学園に許可は取っていますよ」

「私の許可は……?」

 

 信じられないものを見るような目で見つめられる。タブレットへ伸びていた手も行く当てを失って所在なさげに彷徨っていた。

 それを見て立ち上がる。

 

「より"可愛く"したいのならばもう少し顎を引いて上目遣いを意識したら良いかと。逆に"クール"にしたいのならば体を下げる動作でリズムを取ってみるなどもありですね。では失礼します」

「え、ちょ、ちょっとっ」

 

 伝えるべきことだけを話し、さっさと退室する。

 もっと観察したいのは山々だがレッスンに励むアイドルの邪魔になってはならない。

 背中にかかる困惑の声を無視してレッスン室を後にした。

 

 そして翌日。

 

「どうぞ。タオルとドリンクです」

「ありがとう……ってまた居る!?」

 

 さらに翌日。

 

「週末のステージはこのくらいの広さですね。照明はこんな感じで……」

「なるほど……。じゃあこんな感じで……って、あれ?」

 

☆☆☆

 

「きみのプロデュースは受けられないって言ったはずだよね……」

「確かにそんなことを言っていましたね」

「毎日レッスンに付き合って、パフォーマンスのプランまで一緒に考えてくれるのはプロデュースじゃないの?」

「偶然が重なっただけです。たまたま通りかかって、たまたま独り言が聞こえてしまっただけでしょう」

「そんな偶然無いよ!?」

 

 かれこれ1週間ほどそんなことを繰り返していると、レッスンの休憩中にとうとうそう切り出された。

 適当なことを言って煙に巻こうとするも、流石にそこまで流されやすいタイプではなかったようだ。

 しかしながら。

 

「切り出すの遅く無いですか? 5日目ですよ」

「きみが言いたいことだけ言ってさっさと帰っちゃうからだよ!」

「ではずっと一緒にいた方が良いということですか? であればこちらにサインを」

「ち、ちがっ。というかなんでそんなものまで用意して」

「ふむ……。これは甲斐甲斐しく従順な年下男子を自身は責任を負わない都合の良い形でキープしておきたいということですか。であればこちらも泣く泣く受け入れるしかないでしょう」

「変な言い方しないで!? 全然話聞いてくれないし……そ、それなら私だって考えがあるんだから」

 

 そう言うと賀陽さんは体育座りのまま顔を膝に埋める。

 どうやら防御姿勢のようだった。

 どんなものかと興味を惹かれ話しかけてみる。

 

「明日一緒に仕事をする方とは仲が良いのですか?」

「……」

 

 返事は来ない。

 ならばと別の話題を振ってみる。

 

「賀陽さんは筆記の成績に自身は?」

「初星の食堂は美味しいですよね」

「伍藤さんには弱点があるんですよ」

 

 どれも反応は得られなかったがここまでは小手調べだ。探りを兼ねていただけで実のところ勝算の高い話題が一つあった。

 顔も知らない相手を気を引く道具に使うことに後ろめたさはあるものの、だからといって手段を選ぶつもりもない。

 

「――――妹さんはどんな方なんですか? 賀陽さんに似て可愛らしいのでしょうね」

「そうなの! 燐羽ちゃんって言うんだけど……ぁ」

 

 勢いよく上げられた顔はレッスン中とは打って変わって明るいものだったが、こちらの勝ち誇った表情を真正面で直視した瞬間、その顔は真っ赤に染め上がった。

 

「是非続けてください」

「……君って意地悪だよね」

「滅相もありません」

 

 彼女から投げかけられる不慣れそうな悪態を軽く受け流した後、これ以上不信感を募らせる前に一度こちらの意図を伝えておこうと口を開いた。

 

「これはあなたへのアプローチのつもりです。俺の価値を証明し、プロデュースを受け入れてもらうための」

「…………きみが優秀なんだろうなってことは、この一週間でもよくわかったよ。私には持っていない視点をたくさん持っていて、きみと作り上げたパフォーマンスは今までよりもずっと良いものになったと思う」

「それでも、ダメですか?」

 

 こちらを評価する言葉を賀陽さんは伝えてくれる。

 しかし、だからプロデュースを受ける。と続く様子でないことは明らかで、弱気に答えが分かっている問いを返してしまう。

 当然回答は望むものではなく。

 

「ごめんね」

「せめて、理由を聞いてもよいですか。至らないのならば足るまで鍛えます。不快ならば正します。俺は、他の何を置いてもあなたをプロデュースしたい」

「っ……。違うの。これは私の方の問題。価値を示していないのは私だから」

「そんなことは」

「明日のミニライブ。きみはきっと来てくれるよね。だから、続きはその後にしよう? きっと優秀なきみならわかると思うから」

 

 こちらの言葉を制するように賀陽さんはそう言う。

 結局、彼女の真意はわからないままその日は別れることとなった。

 『価値を示していないのは私』

 おかしな話だ。初めに価値を見出したのはこちらの方で、だからこそこれほどまでに熱心にスカウトをしているのだというのに。

 

 彼女のレッスン風景を、彼女とのやり取りを、目にしてきた一挙手一投足を反芻しながら廊下を歩いていると、いつの間にかプロデュース室の前に到着していた。

 少々荒っぽく扉を開け、部屋の中へと声をかける。

 

「戻りました」

「おーう。お疲れさん……って、しょぼくれた顔してんなぁ。プロデューサーたるものアイドルが不安になるような情けねえ姿を見せるもんじゃあねえぜ」

「なんですかそれ。余計なお世話ですよ」

「ま、そのくらいが可愛げがあるってもんだ」

「まったく……」

 

 チェアにふんぞり返って座る男の神経を逆撫でするような言葉に苛立ちながらも、伍藤という男はこういう人間だったと諦めてそそくさと自分の椅子に座る。

 

「明日は賀陽さんのライブを見に行ってきます」

「へぇ……。なんだ、前進してんじゃねえか。行ってこい行ってこい」

 

 荷物をまとめながら予定を伝えると、伍藤さんは感心したような様子で了解を返してきた。

 一見適当な返事だが、その態度からなんとなく読み取れたこともある。

 賀陽継羽というアイドルの持つ問題。それはおそらく実際のステージでこそ表れるということ。

 その推測は彼女の言動にも符合する。

 実際ステージ映像は入手することが出来ておらず、アイドルとしての彼女における数少ないブラックボックスとなっているのだ。

 そこにある何かを、明日見極める必要がある。

 

「まぁ気負うことはねえさ。これはあいつの問題であり、お前さんはまだ何も背負っちゃいねえ。結果どんな選択になろうとも無責任ってことはねえだろう」

「俺の方が彼女から手を引くと?」

「それもありえるってだけだ」

 

 まるでこちらが彼女を見限るとでも言いたげなその言葉が苛立たしかった。

 あれほどの輝きに触れたのだ。そして自分はそれに誰よりも感化され、魅了されていると自負している。

 狂気的なまでに固い意志と、願いを実現するに足る比類なき才覚。その両方を持ち合わせている以上、抱える問題など些細なことのはずなのだ。

 彼女がフリーであるのはひとえに他のプロデューサー達の見る目の無さ故だと。

 

「ありえませんね。それほどまでに彼女は眩い」

「ま、アイドルに熱くなるのはいいが、盲目にはなるなよ。お前さんはプロデューサーなんだからよ」

「わかっています」

「本当かねぇ」

 

 そのやり取りを最後に部屋を出る。

 どうあれすべては明日この目で確かめればよいことだ。

 積み上げた情報から浮かび上がる曖昧な不安を飲み込み一日を終える。

 

 そうして迎えたライブ当日。

 

 

 

 

 

「は…………?」

 

 小さなライブハウスでのむせかえるような熱気と盛り上がりの中。

 その輪から外れたように。

 "何者にもなれずに"必死にパフォーマンスをこなす少女がそこにはいた。

 ぼやけた輪郭はスポットライトの光に押し流されるように、くすんだ色合いを見せていた。 

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