老練ラットは胡坐をかく   作:すすのて

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2.微睡みの記憶

 

 こぽり。身じろぎをしただけで周囲に小さなあぶくが生まれる。口を開くと体内に液体が流れ込み、隙間が出来ていた胃袋の中を満たした。

 呼吸はまだ不必要らしく、苦しさを感じたことは一度もない。

 

 ガルハッタは目の前の透明な壁に手をついた。

 液体で満たされた透明な壁は周囲を一周しており、天井も蓋のような何かがある。床はぶくぶくと小さな泡を出しているだけで、出入り口などはどこにもない。

 

 閻魔大王との対面後。ガルハッタが気が付いた時には、すでにこの筒状の入れ物の中に生まれたままの姿で漂っていた。

 欠損などはなく五体満足の赤ん坊だが、目も耳も薄ぼんやりとしか機能せず、ガラスの向こう側を確認することは出来ない。

 

(胎内にいる赤ん坊と同じ状態なんだろうか)

 

 思考しようとするも頭がうまく動かない。が、ひとまず自分の体内の気を感じ取ることはできた。

 まるで霞のような吹けば飛ぶエネルギーだが、それでもゆっくりと全身に循環させれば現在の自分の状況がわかるのだからありがたい。

 

(自由になるまで寝るか、スピリットのトレーニングをするか……)

 

 スピリットとは自らに秘められた潜在エネルギーを自在に引き出し、不思議な術へと昇華する技術のことをいう。

 潜在能力を全て引き出すには、肉体と精神のズレを正して揺るぎない精神性を確立しなければいけない。

 

 そして、今のガルハッタには体と精神に大幅なズレが生じている自覚がある。

 転生前のガルハッタとしての記憶を継続して保持している影響だろう。まだ完全には体内エネルギーを掌握できていなかった。

 

(……スピリットのトレーニング一択だな。本当にブロリーのクローンになったのであれば、エネルギーの掌握と制御は必須能力だ)

 

 せっかく集中できる環境なのだと思い直し、周囲のことは忘れて自分自身へ意識を向けることにした。

 しかし。思いとは裏腹に、自らの命を動かし維持するのに精一杯の小さな肉体は眠りを求め、ガルハッタの意識は深く沈んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数日前。

 ヤードラット人“ガルハッタ”の、最期の日。

 

 

 

 ────ブィイ……ブゥン!

 緑色の光の玉が風切り音を発生させながら、狭い宇宙船の一室を縦横無尽に飛び回る。壁にぶつからず、曲がる。光同士が一瞬すれ違う。

 そんな光景を前に、ガルハッタは瞼を閉じた。気を察知することのみに集中する。

 

 ────ブゥウン!

 間近まで接近した気弾を右に避け、避けると同時に光の玉を自身のエネルギーで包み込んだ。すぐさま握り締めるように圧縮。

 薄い膜でぎゅっと押し潰された緑色の玉はボンッと音を立てて、煙や爆発の衝撃全てを膜の外へ漏らすことなく消失した。

 

 前方から、背後から、頭上から。囲むように向かってきた光の玉も同じように捕らえ、爆発させる。

 ボン、ボン、ドンと爆発音が続けて鳴った。

 忙しない気配が鳴りを潜めたことを察して、ガルハッタは目を開けた。

 

 トレーニング用に空けた一室は広く、それでも思い切り体を動かすには物足りない無機質な部屋。

 壁などにダメージがいかないように常にバリアを展開した状態で、気弾にもあまり力を込めずにコントロールのみに重点を置いたのが今回の訓練内容だった。

 

「複数の気の操作は上手くなったが、それぞれの動きに意識を割きすぎて速さが足りんなあ。俺みたいな老いぼれでもすぐに対処できちまう」

 

 ガルハッタがそう言うと、対面で仁王立ちしていた黒髪の少年はムスッとした顔でフンと鼻を鳴らした。

 

「……気弾より殴った方が早い……」

 

「おいおい。トレーニングに付き合えって言い出したのはお前さんだろ。素直に聞くつもりないなら今後は無しだ」

 

 投げやりな言葉に呆れてため息を返すと、少年は眉間のしわを深くして引き結んだ口を更に固く閉ざした。

 

 この気難しそうな少年はブロリー。

 六年前に宇宙空間で生身のまま漂っていた赤子のブロリーと父親のパラガスを拾ってから、この親子はずっとガルハッタの宇宙船に身を寄せていた。

 

 喃語しか話さなかったブロリーもこの数年で言葉を話し、歩き回り、格闘の真似事を始め、エネルギー弾を扱うほどに大きくなった。

 

 パラガスと組み手を始めてからは、教えてもいないのに無意識に肉体強化しているし。

 ブロリーの経験不足と肉体のリーチ差から勝ち越しているパラガスも、あと数年経てば逆転するかもしれないと零していた。

 

(教えられずとも我流で力を扱うことができる才能。生まれつきの強大な生命エネルギー。……正しい使い方を教えないと、将来大変なことになりそうだなぁ)

 

 ブロリーの才能と成長スピードに焦りつつも喜んでいるパラガスを見ると、あれがサイヤ人の感性なのか、もしくはただの親バカなのか。

 

 不満さは隠さずにじっとガルハッタを睨め付けるブロリーを見返して、ガルハッタはその場で胡座を組んで浮遊し、う~んと唸りを上げた。

 

(優先してほしいのは力加減のコントロールなんだが……。緻密な訓練ばかりだとストレスで爆発しそうだしなあ)

 

「そうさな……。ブロリー、お前さんは何が得意で何が苦手か自分で理解してるかい?」

 

 ガルハッタからの問いかけに、ブロリーは自らの記憶を探るように目線を横に滑らせた。

 

「…………体を強くするのはやってる。速く飛んだり、気弾を遠くに飛ばしたりは、やらない……」

 

 ばつが悪そうにもごもごと口を動かしている様子を見るに、筋力や防御などの補助には力を入れているが、エネルギー弾や飛行などにはあまり手を出していないらしい。

 

 殴る蹴るが楽しいと。肉弾戦を好むところがなるほどサイヤ人らしい。

 スピリットに重点を置いているガルハッタをトレーニングに誘うのだから、てっきりそっち方面に興味が湧いたのかと思ったが。

 

 ガルハッタは顎に手をやったままひとつ頷き、次いでにやりと笑った。

 

「なるほど。じゃあ空中戦でもやってみるかい?」

 

「……くうちゅうせん?」

 

「なんだ、パラガスとはまだやったことないか?」

 

「……わからない……」

 

 空中戦という単語を初めて聞いたかのような反応をするブロリーに、ガルハッタは面白そうに目を細めた。

 

「空を飛びながら戦うことさ。距離が開くから気弾中心になるし、地面に落ちないように戦わにゃならんし。まあ六歳にはまだ危ないか」

 

「やる……!」

 

 空を飛びながら戦う、という説明を聞いた時点で既にブロリーの目はきらきらと期待に輝き始めていた。

 興奮に任せて詰め寄り、いつの間にかガルハッタの衣服を握りしめるほどに接近している。

 そんなブロリーの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 

「やるならパラガスの許可が必要だなあ。初めて挑戦することは親父さんに言わなきゃいけないって前に約束しただろう?」

 

「うぅ……」

 

「はっはっはっ! そんな顔してもダメダメ」

 

 好きなものを取り上げられた時のように愚図った声を漏らすブロリーの髪を、わしゃわしゃと雑に撫で回した。

 

「室内トレーニングはこれで終わりにして、パラガスんとこ行くかね。今日降りる予定の星は文化レベルがあんまり高くねえし、気弾使ったトレーニングもできるだろう。親父さんが許してくれたら空中戦もできるかもしれんぞ」

 

「……うん」

 

 不貞腐れた顔でガルハッタの衣装を握りしめるブロリーは、ここ最近、新しい星に到着しても宇宙船内に一人残るようになっていた。

 

 食料や燃料の補充、金策など、どうしても他の星へ降りることになる。

 パラガスが組み手に誘うと外には出るのだが、原住民が住んでいる町や村などには近寄ろうとしない。

 

 サイヤ人の悪評が広まりすぎているのだろう。

 親子の尻尾や黒髪を見て怯え非難する星もあれば、追い出そうとする星もあり。突然攻撃を仕掛ける星もある。

 そういう出来事に何度も振り回されて、知らない人間と出会うと疑心暗鬼が先に出てしまうようだった。

 そんな調子で、親子が定住できる星を見つけられるはずもなく。

 

 

「ブロリー、膝に乗るかい?」

 

「……うん」

 

 動こうとしないブロリーに聞いてみると、不貞腐れた顔のまま身を乗り出して膝に登ってきた。

 だいぶ大きくなったブロリーだが、まだガルハッタの懐に収まるようだった。

 

 お互いが前方を向く態勢で落ち着くと、ガルハッタはブロリーの頭頂部に顎を乗せて両腕を腹に回した。そのまま悪戯に軽く体重を乗せてみると、ブロリーがガルハッタの腕をぺちんと叩いた。

 

「重い……」

 

「でかくなったなぁ、坊っちゃん」

 

 ガルハッタのしみじみとした発言に、ブロリーは訝しげに見上げた。そんなブロリーを見下ろし、にやりと笑う。

 

「もっとでかくなれよ。俺が潰れるくらいにな。そんでいろんな事を知って、好きなもん見つけるんだ。そしたら楽しくなるさ。俺みたいにな」

 

「……?」

 

 突拍子もないガルハッタの言葉に、ブロリーは不思議そうに眉をしかめた。

 

「……ガル、なんか変……」

 

「あっはっはっはっはっ! そうかいそうかい! じゃあもっと変なことをしてやろう!」

 

 ブロリーのつれない反応を笑い飛ばし、ガルハッタは高速宙返りを繰り出した。

 腕の中から小さな悲鳴が聞こえ、ブロリーの腹に回していた腕に小さな指が食い込む。

 

「このままパラガスんとこまで飛んでってやろう!」

 

 絶叫マシンのようにブロリーを振り回し、部屋中を縦横無尽に飛び回った。

 出入り口の扉もスピリットの分身を使って開けさせて、スピードを緩めることなく廊下まで踊り出る。

 錐揉みのように回転しながら、パラガスがいるであろう操縦室に向かって高速で飛んだ。

 

 ガルハッタの快活な笑い声と、ブロリーの押し殺し損ねた唸り声を余韻として残しながら。

 

 

 

 

 

 まどろみに浮かび上がった記憶の欠片。

 

 それは誰かにとって、年月で風化し薄れ行く程度の記憶であり。

 

 別の誰かにとっては、夢の中で繰り返し再生されるほどの価値がある記憶であった。

 

 

 

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