飛べない暗黒竜は淫魔サキュバスと✕✕したい 作:脳内ラフレシア
バケツをひっくり返したような土砂降りの雨が岩肌を打ち付けている。真っ暗な空から雷の轟音が鳴り響く嵐の日のことだった。雄と雌、二匹の暗黒竜が岩山を滑るように滑空して力比べをしていた。
雌の方が雄の竜よりやや速い。じわじわと距離を離している。
雄の暗黒竜は牙を噛みしめた。
そんなことはありえない。血走った瞳ですぐ斜め前を飛ぶ雌の竜を睨みつけた。しかし雌竜の碧い瞳はとても穏やかで、まるで後ろを飛ぶ彼のことなど眼中にないみたいだった。それが余計に雄竜を腹立たしくさせる。
アラトロンという名の雄竜はサヴァオスク山脈の一帯を支配している暗黒竜の群長の息子だ。才能に恵まれ、生まれたときから天才の風格を出していた。教わらずとも火を噴けば見渡す限りを灰にすることができたし、大きな岩だってドロドロに溶けた真っ赤な溶岩にしてしまうことだってできた。魔法も成熟した暗黒竜から一目おかれるほどの感性と魔力を持っている。だけども彼にはたった一つだけ二番手を飲まされることがあった。
飛翔である。
たった今、アラトロンの目の前を飛ぶグリアは飛行だけが取り柄の暗黒竜だ。群れのなかで一番、火を噴くまでに時を無駄にしたし、魔法だって魔力こそ多く持っているが絶望的なまでに才能がなく、暴発させて失笑を買うことがしばしばあった。
しかし飛ぶことに関してだけは目を見張るものがある。空をまるで自分の庭だといわんばかりに自由自在に飛ぶのだ。まるで女神が背中を押しているかのように速く、そして優雅に飛ぶ。
今日こそグリアに勝ってやる、そして全てにおいて優れているのだと示すのだ。
アラトロンは翼を畳み、空気に身を任せて加速した。鱗に打ち付ける雨粒が研ぎ澄まされた刃のように痛い。しかしそれでもグリアはぐんぐん前へと進んでいく。
しっかりとした鱗も生え揃っていないくせに、どうしてこれほどの痛みに耐えて飛ぶべるのだろうか。アラトロンは牙を噛みしめる。心に焦りが生じる。魔法も使えない、炎もろくにあつかえない出来損ないに負けることが怖かった。恐ろしかった。なにより悔しかったのだ。
お前如きに負ける訳にはいかない。
雄竜は口を大きく開けた。いざという奥の手だった。もしこのことが群れの仲間たちにバレれば軽蔑されるだろう。しかしアラトロンにはそれを思い踏み留まるだけの強さはなかった。
竜の口から漆黒の雷が尾を引いて放たれる。
次の瞬間、天から閃光が走り同時に大気をズタズタに引き裂きながらグリアの体を貫いた。
雷を打った暗黒竜は目を見開いた。まさか脅しのつもりがこんなことになるとは思いもしなかった。
視線の先には地面に吸い込まれるように墜ちていく竜の姿があった。その翼は焼け焦げ無残にも千切れているのがよく分かった。
岩山で囲まれたサヴァオスク高原には暗黒竜の群れが住んでいる。群れのなかで二回りも体が小さいグリアは夜空にきらめく星を見上げながらひそかにため息をついた。
「どうして? 私ってこんなにも弱いんだろな」
力こそが全ての暗黒竜。空もろくに飛べず、怖がりな性格をしているグリアは暗黒竜にはとても似つかわしくない。そのせいで群れの仲間たちからは煙たがられていた。
遠くにある岩にむかって焔を吐いてみる。人間の子供ぐらいの大きさで丸い形をした岩だ。
ごぉぉぉぉっっっ!!! という熱気ととももに岩は真っ赤に燃えあがった。しかしグリアは顔を曇らせた。
「こんなんじゃ全然だめ……」
グリアと同じ年ぐらいの暗黒竜ならば蒸発させることができる。しかもなにごとでもないかのように簡単に。
「毎日、努力してるのにな」
もう一度グリアはため息をついた。
そのとき、グリアの背後で大きな影が動いた。
「よぉ、グリア。こんなところで一匹なに企んでいるんだ?」
「アラトロン……様」
グリアは蒼い瞳に怒りをにじませつつも首を垂れた。
アラトロンはグリアと同じ年の竜だ。しかしグリアとは比べ物にならないぐらい優れた暗黒竜として名を馳せている。
「アンタ、才能ないくせにがんばちゃって。無駄だから諦めなよ」
「そうそう、どうせ無駄なんだから」
アラトロンの背後から二匹の牝の暗黒竜が首を出す。
「お前たちなんかに言われたくない。私だって頑張ったらきっと一人前の暗黒竜になれる」
二匹は声をあげてグリアを笑った。
「だ・か・ら! あなたには竜としての才能がないの。わかる? わからないよねえ」
長い舌がグリアの首筋を這う。気持ち悪さに顔を背けようとするが、もう一匹が頭を掴んで止めた。
「努力? そんなものはね結果をだしてこそのもの」
「どんなに頑張ってもあなたは弱いまま。それを努力しているから……なんてただの逃げにすぎないわ」
その竜は岩に向かってひゅーっ! と息を吹きかけるように黒い焔を吐いた。するとたちまち岩にぽっかりと穴が開いた。
魔力を操作しながら焔を吹いて一点に熱を送る技だ。グリアは差を見せつけられてぐっと牙を噛みしめた。
「とにかく邪魔しないでッ! 私のペースってものがあるんだから!」
「ムキになってかわいいー」
「どうせあなたは白竜にすぐ殺させるんだし命乞いの練習のほうがよっぽど効率的よ。『どうか奴隷でもなんでもご奉仕いたしますからお赦しください』ってね」
二匹はけらけらと笑っている。グリアは言われるがままの自分が恥ずかしくなってうつむいてしまった。
「そこまでにしてやるんだな」
二匹の雌竜をアラトロンが制止した。
「お前だって馬鹿にされてばかりの人生を送りたくない。そうだろう?」
アラトロンがグリアの後ろに回る。
「俺が救ってやろうか?」
「どういうこと?」
アラトロンは耳元で囁くように答えた。
「俺とつがいになれ」
グリアはぽかんと口を開けた。二匹の雌竜も同じような反応だった。
「悪い話じゃないだろ? 俺は群れ長の息子だ。俺とつがいになればお前を馬鹿にするやつはいなくなる」
「いやだ」
グリアは即答した。言いようもない気持ち悪さが腹の奥底からこみ上げてくるのを感じる。
「お前なんかに飼われるぐらいなら死んだ方がマシ。私を見くびらないで、お前みたいな性根が腐った奴に媚びを売るほど誇りは捨ててなんかない。そこの二匹みたいになんて絶対にイヤ」
グリアに馬鹿にされと二匹は目を吊り上げて。口に炎を宿した。なみなみならぬ殺気をグリアは感じたが、それでもアラトロンのつがいになるなんて考えられなかった。
「もしかしてまだ翼のことを根に持っているのか? あれは“事故”だった。俺のせいにしてもらったら困る」
グリアは睨みつけた。
「事故?」
たちまち煮えたぎるような思いがグリアの心を埋め尽くした。
「あれはお前が、お前が!」
グリアは言葉を紡ぐことができないほどに怒りを燃やしていた。
「俺が魔法を撃ったと?」
そう言ってアラトロンは天を仰いで笑い飛ばした。
「お前の不運を俺のせいにするな。それともお前は嘘をついてまで己の弱さを周囲に認めさせたいのか?」
グリアはうつむいた。
いまでも群れの仲間たちに訴えたときの惨状が思い返せる。
群れ長の息子と弱いグリア、みなアラトロンを信用した。グリアは誇りを捨ててアラトロンを貶めようとした卑怯者という烙印を押されたのだ。
「アラトロン様! どうしてこんな取柄もないような雑魚竜を?!」
「そうですよ! ほかにも良い雌竜はたくさんいるし! わたしたちだってほら!」
グリアを遮って二匹の雌竜は嫉妬と焦りが混ざって早口でアラトロンに言い寄った。
しかしアラトロンには二匹の声は雑音でしかないようだった。無視して話を続ける。
「お前を救えるのは俺だけだ。ほら素直になるんだ」
「反吐がでそう」
グリアはそう吐き捨てると、彼らに背を向けて足早に立ち去った。
「出来損ないのくせに。俺の申し出を断ったことを絶対に後悔させてやる」
その背後を見つめながらアラトロンは顔を歪めて吐き捨てた。
グリアは住処にしている洞穴へと入った。高原を取り囲むように面なるサヴァオスク山脈の岩山には自然出来た洞窟がいくつも空いていて、暗黒竜たちはそこを住処にしている。
「ただいま」
「……」
グリアは心が沈むのが感じた。グリアは母竜と二人暮らしだが、いい思い出は一つもない。イジメてきたあの二匹ですら家族の団欒というものを知っているが、グリアは知らない。
「あ、あの。お母さん。今日ねようやく岩が少し溶けたんだ。だから頑張ったら私もみんなみたいに」
グリアは少しでも喜んでもらおうと今日頑張ったことを出来たことを口にした。
しかし
「ムリよ」
母竜が口にしたのはその一言だけだったが、グリアの心を抉るのには十分だった。
「あのろくでなしの子だからね。あなたはせいぜい群れの中で周りの邪魔にならないように生きて行けばいいのよ」
「うん」
グリアは小さく首を振った。
ろくでなし、父竜のことである。父も暗黒竜だが群れに属さない浮浪者だった。そんな竜との間に出来てしまったグリアは母竜にとって恥辱の証なのだろう。その上、弱いとなったらもう最悪である。
「おやすみお母さん」
グリアは沈黙を背中に背負いながら寝床につくと背中を丸めて尻尾を抱え込んだ。こう寝ると気持ちが少し和らぐのだ。
「お母さんと仲良くなりたいな。あと群れのみんなとも」
グリアは小さな、でも叶うことのできない願いを胸に抱いた。
「アラトロンとつがいになったらなにか変わるのかな」
ふと思い立った考えはすぐにもやもやとした気持ちへと変わり、やがてグリアを眠りへと誘うのだった。
岩山に差し込む朝日の眩しさでグリアは目を覚ました。ゆっくりと体を起こして翼を伸ばす。
晴天の空を見上げてグリアは悲しい気持ちになった。数年前の雷の傷はすっかりと癒えているが空を飛ぶことが出来ない。いざ飛ぼうとすると翼が全く動かなくなってしまうのだ。しかし外に出ると西の空に真っ暗な雲の群れが見えた。
「嵐にならないといいな」
グリアは不安げな声で呟いた。いまでも雷に打たれたあの光景が脳裏にこびりついて離れない。
いつもの魔法の練習場所へと向かい風穴の開いた岩を相手にして焔を吐いて練習をしていた。
喉が痛くなってきたころだろうか。昨日グリアを馬鹿にしていた二匹の雌竜がグリアの元へとやってきていた。
「なに?」
キッと目を細めて睨みつけるグリアを二匹はにやにやと笑みを浮かべながら見つめている。
普通なら生意気だと怒るのに不思議なこともあるものだとグリアは思った。
「アラトロン様の告白を断るからよ。ざまぁみろって感じだわ」
嘲笑を交えて雌竜が言った。
「あんなクソ野郎のどこがいいの? ただの卑怯者だよ」
グリアは反論した。
「勝手にほざいているといいわ。そんなことより群長があなたを探しているわ。はやく集会所に顔を出しなさい」
「群長が?」
首を傾けた。
「さては父親に泣きついたな。そんなのだから卑怯ものだというのに」
グリアは面倒に巻き込まれている予感がしてため息をついた。群長から出ろと言われて出ないわけにはいかない。重い気持ちを引きずりながらグリアは集会所へと向かった。
さて集会所に付くと群れ長とその重臣の竜たちが待っていた。その中にアラトロンの姿もあった。
「なんの御用でしょうか?」
グリアは内心で舌を出しながら頭を下げた。群長のこともあまり好きではないからだ。欲のために平気で仲間を見殺しにすることができる残忍な竜だ。白竜との戦争が起きたときにはそうやって武功を積み上げ生き残ったのだと他の暗黒竜たちが噂をしていたのを耳にしたことがある。
紅い瞳がグリアをまじまじと見つめてやがて群長は口を開いた。
「少し貴様に役を振ってやろうかと思ってな。さぁさぁこの竜なんていかかでしょう?」
うやうやしく話す群れ長を怪訝に思ってグリアが頭をあげるとあっと息を呑んだ。
そこには太った人間の男が立っていた。豚のように太った男で煌びやかな衣を身に纏い十本の指に大きな宝石のついた指輪をつけている。首にはじゃらじゃらとした黄金に輝くネックレスがかかっていた。
その男の背後には女が立っていたがグリアは不思議に思った。女から全く魔力を感じられなかったのだ。不気味だ。
「まぁまぁといったところかなあ」
なんの苦労もしたことのないような幼い声が男の口から飛び出た。
「人間の姿を見せてくれないかな?」
「グリア! はやく人間の姿に変わるのだ」
群長がグリアをせかした。グリアは訳が分からなかった。
「なぜです? どうして私がこの者のいいなりなんかに……」
といったところで男の後ろに立っていた女が素早く駆けてグリアの頭に手を置いた。
動きを予想していなかったとはいえ、彼女の動きは俊敏で無駄がなく全く目で追うことができなかった。
手を置かれた瞬間、グリアは意識が遠のくのを感じた。そしてそれがすぐに洗脳の魔法であることに気が付いた。
たちまちグリアは竜の姿から人間の姿へと強制され、集会所のまんなかに布一枚も身に付けていない裸の姿でさらされた。
「へぇ。なかなかにえろいじゃん。コイツでいいよ」
「群長! さっきからなんなのですか!」
グリアは叫んだ。こんなふうに馬鹿にされていいわけがない。ましてや暗黒竜と比べ物にならないぐらい下の種族である人間に視姦され、言い表しようのない喪失感が心に広がっていく。
群長は静かに答えた。
「今日から貴様はこのお方のもとで奉仕するのだ」
グリアの衝撃を昨日のアラトロンの告白のときよりも大きかった。
「な、なにを言ってるのですか? なんで私がこんな人間の元で!」
グリアは怒りと恥ずかしさで頬を赤く染めていた。
「空もろくに飛べず大した力もない役立たずの貴様が一人前に反論するでない! いいか、貴様はこの帝国商人様に売られてこそやっと役に建てるのだ。それ以外にどう役立つのかいってみろ」
売られる瀬戸際にある竜の少女はぶるぶると肩を震わせたが絶妙な言葉をすぐには出せなかった。
「いえないだろ? なら分かっているだろう?」
下卑た視線がグリアを包み込む。
そのときはっとしたアラトロンがグリアを見下げていた。
命乞いをしろということか。ここでアラトロンに頭を下げれば彼は適当にその場を収めてくれるのだろう。昨日の二匹かそれか別の雌竜かを代わりに差し出すつもりなのだろう。
「やっぱりダメだな」
ぽつりと漏れた呟きに竜の頭を押さえていた女は怪訝そうな目をした。
その女目掛けてグリアは拳を振るう。鱗で覆われた手は女の胸に直撃して彼女は壁まで吹き飛ばされた。
「ッ!!」
グリアの拳に鈍い痛みが走る。とっさに魔法で防御されたようだ。
そして竜に変身して集会所の出口へと駆けた。
「逃がすな!」
群長が叫ぶ。すぐに出口を二匹の竜が塞いだ。
グリアは二匹の目の前で人間の姿へと変身した。背丈が十分の一になったグリアは二匹の脚の間を滑るように抜けて外へ飛び出した。
ぽつぽつと雨が降り始めている。遠くからゴロゴロと雷の音も聞こえる。
振り返ると竜たちが追いかけてくるのが見えた。
「もういいや。こんなところにげてやる」
グリアはふたたび竜に変身すると逃げ出した。
努力していればいつかきっと仲良くなれと思っていた。
母竜とも。
でももう無理だ。
ここに自分の居場所なんてない。
全てを捨てて逃げるのがいちばんだ。
グリアはついに決心を固めた。
「逃がさないよ」
その声はすぐ背後から響いた。本能がグリアの人間の姿へと巻き戻させる。
翼があった空間を女の斬撃が駆け抜けた。グリアは女の姿をみてはっとした。
「サキュバス!」
サキュバスは蝙蝠のような羽と細い尻尾をちらつかせていた。
「ご名答。じゃあおとなしく捕まってちょうだい」
サキュバスが再び斬撃を振るう。グリアは勘で飛び跳ねた。
すぐ下を見えない斬撃が通過して地面が抉られ土が飛び跳ねた。
殺すつもりはないみたい。
グリアは気が付いた。このサキュバスはグリアを捕まえるためだけに行動している。
ならとグリアは背を向けて駆けだす。
いくども斬撃が飛んできたがグリアは勘で避けた。
避けられたり避けられなかったりを繰り返すうちにグリアの体は傷だらけになったが血を振りまきながら走った。
痛い、辛い。どうして自分がこんな目に遭わなくちゃいけないのだろうか。
グリアは涙を零した。
みんなと仲良くなりたかった。できればこんなことになりたくなかった。
グリアは嗚咽を漏らしながら走り続ける。そして立ち止まった。
前が崖になっていたのだ。
パラパラと小石が堕ちる。堕ちたらひとたまりもないだろう。
「もう鬼ごっこは終わり。大人しく……」
サキュバスが剣をかざした。グリアはもうダメだと目をつぶった。
そのときアラトロンが二人の間に割って入った。
「グリア! 俺のものになれ!」
その言葉がグリアの脳を揺さぶった。いまここで頷いてしまえば楽な人生を送れるだろう。
「お前だって人間ごときの奴隷になどなりたくないだろ?」
お前がそうなるように仕向けたのだろうが。グリアの心に再び焔が灯った。
「言ったでしょ。あなたのつがいになるぐらいなら死んだ方がマシだと!」
グリアは竜の姿へと変身した。
「お前もこの群れも暗黒竜もクソ!! 大嫌いだ!! みんな死んでしまえばいい!!!」
死ぬつもりで恨み言を吐いて。そして崖を飛び降りた。
大量の雨粒がグリアの翼を撃った。必死に羽ばたくがみるみる落ちていく。
「くそっ! くそっ!!」
グリアは何度も翼を動かした。骨が軋むほど必死に広げた。すると下から温かい空気が吹き上げて身体を空高く持ち上げた。
重かった体が嘘のように軽くなり鳥のように空を滑り始める。
背後にはアラトロンとサキュバスが崖で立ち尽くしていた。グリアは振り返らず雨雲の中へと姿を消した。
雨雲の中は氷の粒でいっぱいで進むたびに羽が痛かった。それよりも空を滑空する喜びがグリアの心をいっぱいにした。
しかし次の瞬間、グリアの背中からパッと血飛沫が上がった。
サキュバスが放った最後の一撃だった。グリアの翼は一瞬で動かなくなった。みるみるうちに高度が下がっていく。
「惜しいな。あともうちょっとだったのに……」
グリアは雲から姿を出した。
山脈ははるか遠くになっていた。眼下には人間の街が広がっている。グリアは必至に翼を広げながらもゆっくりと堕ちていく。
人間の街のある草原を一時間以上かけて通り過ぎ、緑生い茂る森に入った。
ついに地面の小動物が見えるぐらいの高さでグリアは木に翼を絡めとられた。肉体をバラバラに引き裂かれるような痛みが襲い掛かる。
巨体は地面を大きく抉り太い木を何本もへし折った。グリアの意識は真っ暗闇の中へと深く墜ちていくのだった。