飛べない暗黒竜は淫魔サキュバスと✕✕したい 作:脳内ラフレシア
「この出来損ない」「恥さらし」
「あなたなんて死んでしまえばいいのに」
グリアは真っ暗闇の中で一人うずくまっていた。
「死んじゃったのかな」
ポツリと呟く。頭の中は絶えず聞くに堪えない言葉でうめつくされていた。
「せっかく逃げたのにな」
グリアは上を見上げた。どこまでも続く真っ暗やみ。
「暗黒竜だし地獄いきなのかな」
と言って一人で笑った。
そのとき、遠くから小さな声が聞こえてきた。
「た……」
グリアは目をつむって声に集中した。するとそれが助けを呼ぶ声だと気が付いた。
「助けて! 誰か!」
グリアは目を覚ました。
「んん……?」
ゆっくりと体を起こす。全身が痛い。翼を動かすだけで背中に電撃のような痛みが走る。
体を動かそうにも木々の枝が肉体に食い込んでいて動けない。仕方なくグリアは人間の姿へと変身した。
「へくしゅ!」
鱗に覆われていない裸の体は弱い。森の冷気にさらされてぶるりと震えあがらせた。
「誰かが助けを呼んでいたような……」
グリアはズキズキと痛む頭をさすった。どうせ夢なのだと思っていた。しかし。
「だれかー! たすけてー!!」
今度ははっきりと聞こえた。
グリアは足を引きずりながら声のする方へと歩くとなんとそこには木に登って声を張り上げる一匹のサキュバスがいた。
その木の下には銀色の毛皮の狼が群れをつくって今にもサキュバスを食べようとした。
「はぁ。仕方ないな」
グリアは少し迷った。弱肉強食。この世界の原理だ。
それでも助けようと思ったのはサキュバスの状況が少しグリアと似ていたからなのかもしれない。
グリアは人間の姿とは言え半分は竜だ。手足は強靭なうろこでおおわれているし、爪は鋼よりも硬い鋭い爪を持っている。
狼ごときで後れをとることはない。
「離れな!」
グリアは狼の一匹を背後から切りつけた。
「きゃいんっ!」
突然の襲撃者に狼は背中から血を吹き出した。
すぐに狼の群れは標的をサキュバスからグリアへと変えて取り囲んだ。
ぐるるるるっ! と呻き声をあげて威嚇している。
尖った牙の間からは涎が垂れていて、夜闇のなか狼の青白く光る瞳はグリアの心臓をどきりとさせた。
しかしグリアは竜としての強さを持っている。
狼よりもはやく飛び出すとすぐに一匹の顎を撃ち下した。ぼきりと骨が砕ける音がひびいい、狼は泡を吹いて倒れる。
しかし二匹の狼が素早く裏を突きグリアの肩に噛みついた。鋭い爪で背中をガシガシと切り刻まれ血が溢れだした。
「うあぁぁっっっ!」
たまらずグリアは悲鳴をあげて倒れる。灼けるような痛みが走る。
「このっ!!」
グリアは噛みついてきた狼の顔を掴んだ。蒼く輝く鋭利な長い爪を肉にふかぶかと食い込ませる。そして力をぐっといれると、ぐっしゃりと頭蓋骨が砕けて眼球が噴き出した。起き上がって体を振ると肉を抉りながら噛みついていたもう一匹の狼が突き飛ばされた。
「死ね!!」
グリアはその狼向けて焔を手のひらから放った。狼は一瞬で灰とかした。
焔を見た狼たちは獣の本能から尻尾を撒いて逃げ出し、サキュバスはその光景を見て木から降りてきた。
「あ、ありがとう! おかげさまで命拾いしたよ!!」
「う、うん。もう、だいじょ……うぶ……」
サキュバスはグリアの手を握って涙交じりに感謝した。しかしグリアは体力の限界を迎えていた。
ぐらりと体を揺らして仰向けになって倒れてしまった。
「ん、んんっ……」
グリアが再び目を覚ました時、鼻腔を美味しそうな焼き魚の香りが刺激した。
「あ! どう体はまだ痛む?」
焼き魚に囲まれた焚火のそばでサキュバスが振り向いて言った。
「たぶん大丈夫」
グリアははっとした。体の痛みが嘘のように引いているのだ。
ふと自分の体を見ると毛布が掛けられていて、包帯が丁寧に巻かれていた。
「よかったー。ものすごく傷だらけだったから心配したよ。切り傷によく効く薬をたっぷりと塗っておいたよ」
サキュバスはにこりと微笑んだ。
「ありがと」
「それじゃあご飯にしよ。あ、そうそうわたしはレイ。見ての通りサキュバス」
レイはそう言って、尻尾と羽をひらひらと動かしてみせた。
紅い宝石のような瞳がよく似合う黒髪のサキュバスだった。
サキュバスというと淫らなイメージがあったけどもレイはどちらかという元気いっぱいという感じで下賤な印象は感じられなかった。
「私はグリア。いちおう……暗黒竜」
グリアが遠慮交じりにそう言うとレイは顔をぱっとあげた。
「あ、暗黒竜?!」
レイは顔を青ざめた。
「ご、ごめんなさい! まさかそんな暗黒竜様だなんて気が付かなくて無礼な口ぶりを!」
暗黒竜は他の魔物たちがひどく恐れられている存在なのを思い出した。しかしグリアはこのように恐れられることが酷く恥ずかしいように感じてレイが土下座がしようとするのを制止した。
「そ、そんなかしこまらないで! それに私はもう群れに属してないから」
「そうなのですか?」
「敬語はやめて。レイは私を助けてくれた命の恩人なんだから」
そう言うとレイは笑顔で「わかったグリア!」といった。
「それじゃ食べよ」
レイはグリアによく灼けた魚を手渡した。
グリアは一口魚の腹にかぶりつくとその美味しさに驚いた。
白い身は口の中でほろほとと崩れ、濃厚なうまみを染み出だしていた。それに塩がよく効いていてグリアは夢中で魚にがぶりついた。
「おいしい! こんなにおいしい魚はじめて食べた」
「でしょー。魚焼くの得意なんだ」
グリアは二匹目を口に頬張りながらあることに気が付いた。
「なんだから体がぽかぽかする。なんていうか……」
グリアはなんとか言葉を見つけようと考えていると
「体の芯から力が湧いてでてくる?」
レイがぴったりの言葉をいった。
「そうそう。でもなんでわかったの?」
そう言うとレイはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに笑みを深めて答えた。
「実はね。私は料理魔法が使えるんだ!」
「料理魔法?」
聞き馴染みのない魔法にグリアは首をかしげた。
「そんな魔法なんてないよ。魔法は焔、雷、水、そして風にそれぞれ闇と光の二属性の全部で8系統しかないんだもの」
そう言うとレイは答えた。
「基本はそうだね。料理魔法はどっちかというとスキルみたいなものかな。私のたった一つの才能」
「へー」
グリアはよくわからないといった返事を返した。
「それでどんな魔法をかけたの?」
「んーとね。元気になる魔法。具体的にいえば回復魔法だね。体の傷を癒えやすくしたり、心を落ち着かせたりとかそんな効果」
「ふーん」
もう一度魚に口をつけると確かに力がみなぎってくる感じがする。
「レイはすごいなー。だったら群れの中で大活躍だったんじゃない?」
そう言うとレイの顔が少し曇った。
「どうだろーね。サキュバスはえっちの上手さが大事だからね。料理なんてうまくても誰も褒めてなんてくれないよ」
「そうなんだ。なんだかもったいないね」
グリアがそういうとレイはにやっとしていった。
「だからわたしは人間さんの街へと行こうとおもうの!」
「へえ」
グリアは驚いた。サキュバスが人間の街へと行くなんてあまりないからだ。山脈から出たことのないグリアでもそれぐらいの常識は持っている。
「人間さんの街で自分のレストランを持つことがわたしの夢なんだ」
そう言って楽しそうに話すレイを見てグリアは心がずきりとした。
「私はなにもしたいことがないな」
ポツリと呟くとレイがいった。
「どうしてグリアはとっても強いから何にでもなれそうだよ?」
グリアは首を横に振って否定した。
「強くなんてないよ。狼にも後れをとるぐらいだし」
「仕方ないよ。あれ狼じゃなくて魔狼。しかも人間をたくさん食って変異しためっちゃ強い奴」
「そうなの? そういう割には弱かった気がするけど……」
「つよいよ! あの群れだけで街が滅ぶことだってあるんだから!!!」
グリアはまた再び驚いた。
あの程度、グリアですら傷ついても倒せるのだから。
「とにかく大したことじゃないよ。暗黒竜の群れだと私が飛びぬけて弱いんだから」
「そうだったの?」
グリアはうつむいて首を縦に振った。
「でもとっても格好よかったよ」
レイの言葉にぱっとグリアは面をあげた。
「ほんとだよ。わたしを助けようと傷ついてまで戦っているグリアはとっても格好よかった。グリアがどう思っていても強いと思うな」
「ほ……んとに?」
グリアはたまらずポロポロと涙を零していた。
「ど、どうしたの?!」
レイがグリアの背中をさすった。
「私ずっと馬鹿にされてて……こんなこと言われたことなかった。だから……だから……」
一度零れ落ちた涙はなかなか止まらない。グリアはこんな弱い姿を見せまいと顔を覆い隠した。
「きっとたくさん頑張ってきたんだね」
レイがグリアを抱きしめた。
「グリアはとっても頑張り屋さん。ちゃんとその頑張りは強さになっているから安心して」
「う、うわぁぁあん」
グリアはレイのお腹に顔を押し当ててはばかることなく泣きわめいた。
泣いて、しばらくするとようやく落ち着いたようだった。
「ごめんね。こんな情けない姿をみせちゃって」
「ううん。そんなことないよ」
レイは笑ってみせた。
「それにグリアのことが分かった気がする」
「どういうこと?」
レイはにこりと笑って答えた。
「グリアってなんだか人間臭いところがあるよね」
グリアの頬が赤くそまった。恥ずかしがっているのだ。
「馬鹿になんかしてないよ。わたしはなんだかそっちの方が好き。冷酷な暗黒竜って感じじゃなくて人間臭いグリアの方がね」
「ありがと」
「うん」
グリアは俯いた。
「グリアはこれからどうするの?」
レイが切り出した。
グリアはしばらく答えなかった。群れに戻りたくなかったからだ。
いっしょにいたいって言っちゃダメかな。グリアの心にぽつりとそんな考えが浮かび上がった。
サキュバスと共にするなんて暗黒竜の誇りからすれば考えらない話だったが、あの殺風景な群れよりも暖かくて優しいレイといる方が何百倍も良い時間を過ごせる気がするのだ。
でも、もし断られたら。グリアは心配だった。
するとレイが口を開いた。
「ねえグリア。いっしょに街で暮らさない?」
「え?」
グリアはびっくりしてレイを見つめた。
「人間さんの街はきっと楽しんと思うんだ。いっぱい美味しいものがあったり愉快な人たちだっている、にぎやかな場所なんだって。だからグリアと一緒に行きたいな。一緒なら心強いから」
グリアはしばらく言葉に詰まった。
「グリアが嫌なら全然断ってもいいよ。人間さんの街は白竜の支配地だからね。暗黒竜だとバレないように人間の姿を強いられると思うし」
「ううん! そんなの全然いやじゃない。群れに戻るほうがずっとずぅ────っとイヤ!」
グリアは声を張り上げた。
「私もレイといっしょにいたい。人間の姿で暮らすなんてなんにも苦しくないよ」
「じゃあ決まりだね!」
レイはニコリと笑って。手を差し出した。
「改めてよろしくグリア!」
グリアはその手を握り締めて「うん」と大きく頷いた。
二人は街に向かって歩き出した。
グリアは食事のお礼にとレイの荷物を担いだ。
「わ、悪いよ! それにすっごく重いでしょ?」
「ん? ぜんぜん軽いよ」
「うそ」
「嘘じゃないよー。あんぐらいの大きな岩でも持ち上げられるからね」
グリアがそういって顎で指した先にはレイの背丈の何倍もある岩があった。
「えぇ……」
「だからこれぐらい羽みたいに軽いんだから」
グリアはそういってぴょんぴょんと跳びはねてみせる。
「あんまり乱暴に動いたら傷が開いちゃうよ!」
レイが慌てていった。グリアは振り向くと「そのときはレイがまた治してね」
「もー。調子がいいんだから」
レイはやれやれと笑った。
夜闇が薄れて東の空がだんだんと赤くなってくるころだ。
「街道にでたね」
森を切り裂いて通る大きな道が二人の前に伸びている。
「この道をたどっていけば街にでる。いよいよだね」
「人間の街かー」
グリアは心臓が高まるのを感じていた。
生まれてこの方、高原から出たことが無いから大冒険だ。
「レイ! 早くいこう!」
そういって街道を歩き始める。
「あ、まってー」
グリアの後ろをレイが追いかける。
夜の闇はすっかりと消えて、東の空から太陽が二人を明るく照らしていた。
二人が向かう遠い先には高い壁で覆われた街が待ち構えている。期待と希望を胸に抱きながらグリアとレイは街道を進んでいく。